絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百八十一話 胎動Ⅳ
「とにかく、嵐は何とかせねばなるまいな」
法王は呟く。その言葉にバルタッサーレは頷いた。
ヴァリエイブルから生み出されている『嵐』は最低最悪の災害であった。このままではヴァリエイブルだけではなく、他国にも影響を及ぼしかねない。
「となると……事態を収束させるためには、先ずは嵐を止めなくては」
「嵐についてだが、破壊する必要はない」
人差し指を立てて、法王は言った。
バルタッサーレは法王の言っている言葉の意味を即座に理解したらしく、表情を強ばらせる。
「まさか……ヴァリエイブルを犠牲にして、嵐を食い止めるおつもりですか!!」
「まあ、予定ではそうだ。ヴァリエイブルにはあの最低最悪の大災害を生み出した『罰』を償ってもらう必要がある。そのためにも、彼の国であの嵐を食い止める必要があるわけだ。生憎、私たちの領土はなんとかすればヴァリエイブルからの嵐による攻撃を食い止めることが可能となる。報告通りならばヴァリエイブルは長らく人が住めなくなるだろう。そうなれば、世界はだいぶ狭くなるな」
「確かにそうですが……。それを守るのも我々の仕事なのでは……!」
バルタッサーレは激昂する。今目の前に立っているのが自らの上司で、この状況から自分自身に何が起こるのかを理解していたのに。
ただ自分の信念だけで罪の無い多数の人間を見殺しにするということが、そのことよりも優先して許せなかったのだ。
「何を怒っている。……まさか君、ヴァリエイブルに同情しているのではないだろうな?」
「だとしたら……何だと言うのですか」
バルタッサーレの言葉に、法王は小さく溜息を吐いた。
「だとしたら、か。先の戦争までは、未だ忠誠を誓っていた。それでいて忠実な部下だった」
「それはあなたが神の代行者だったからです。私は。いえ、この領土に住む人間は! 神が居ることを信じ、あなたの言葉を神の言葉とした! そしてあなたを……神として信じた!」
「あぁ、そうだったな。確かにそうだった。あんまりにも当たり前過ぎて、忘れてしまっていたよ」
そう言って法王は笑った。
下卑た笑顔だった。
それを見たバルタッサーレは、ただ何も言えなかった。
それは今まで信じていた法王が、善人の皮を被った悪魔だからだろうか?
それともヴァリエイブルの人間を少しでも救うことが出来る絶対的な『力』があるにも関わらず、向かうことが出来ない自分を蔑んでいるからなのか?
それは自分自身でも解らないことだった。彼にとってそれは身勝手なことかもしれなかったが、それでも、彼は葛藤した。葛藤し続けた。
「…………人間を無慈悲に殺したくないのだろう?」
法王の言葉に俯いていた彼は、その言葉を聞いて思わず顔を上げた。
法王の話は続く。
「別に私も言うことではないだろうと思い言わないでおいたが……、人の命を無慈悲に取ろうなど考えて、いいはずが無い。いいはずが無いのだよ」
「ならばヴァリエイブルにもそれが適用されないでしょうか……! このままではさらに被害が増大して、甚大な災害へと姿を化してしまいます。確かにかつてヴァリエイブルは我々と闘った国です。ですが和平条約を結び、今やあの国との関係も歩み寄ったものにしなくてはならないのでは……」
「歩み寄った、和平条約? バルタッサーレ、君のマイブームは冗談を言うことなのか?」
それを聞いて、再びバルタッサーレの怒りのゲージが徐々に上昇していく。
「冗談、ですと……! あれほどまでに破壊の限りを尽くし! 圧倒的な力でヴァリエイブルを蹂躙した『あれ』はどうなのですか! 我々はそれを繰り返さないべく、世界に平和を取り戻すべく和平条約を結び、平和へとそれぞれの未来を歩み始めたのではありませんか! それをあなたは……何もかも、完膚なきまでに破壊するおつもりですか!!」
「この世界は育ち過ぎた。良い方向にも悪い方向にも、だ。だから、この世界を『一から』創り直す。世界創成とも言えることだ」
「私が言いたいのはそういうことでは……!」
法王は笑みを浮かべ、外を眺める。外は雲ひとつない青空だった。
「これ以上『命令』を守りたくないのであれば、敢えてそれを止めようとはしない。だが、君が所属しているのは何処だ? 君の直属にいる上司は誰だ? そのことを努々忘れないでおくこと……だな」
その言葉を聞いて、バルタッサーレは小さく舌打ちした。目の前に居る人間こそ彼の上司だったが、そんなことどうでも良かった。
そして踵を返すと、言葉もかけないまま足早に去っていった。
去っていったバルタッサーレを見送って、法王は再び下卑た笑みを浮かべた。
そして彼は高らかに声を上げだした。周りには部屋もある。そこには人も居るというのに、彼は笑った。人目も憚らずに、笑ったのだ。
「……見ていて楽しかったよ、法王猊下?」
声が聞こえた。
その声は闇から聞こえているようだった。
法王もその声の主の正体を理解していたからか、ただ頷いた。
「きっと彼はああ思っているだろう。……私が崇拝している法王猊下は変わってしまった、とね! やはり人間というのは見ていて面白い。何度もやったとしても毎回パターンの異なる、予想外の行動を取るのだから」
姿が。
変わっていった。
壮年の男性は、猶予も与えること無く、ものの数秒で少女へと姿を変えた。
「ご苦労様、ハンプティ・ダンプティ。感想は?」
帽子屋と呼ばれる男は、高級感溢れる椅子に腰掛ける少女に問い掛ける。
「上々といったところかな。……それにしても、バルタッサーレ、だっけ? 彼を放つのはなかなかに痛手な気がするなぁ。別に帽子屋の計画に茶々を入れるつもりは無いが……。そこのところ、どうにかならなかったのかい?」
「彼は計画に不要だったからね。『試した』んだよ、もしここで未だ誘いに乗るようならば再び登用したが……、あの様子ならば登用しないで正解だったな。所詮起動従士はリリーファー無しではろくに戦うことも出来ない。況してや法王庁が所有する起動従士の殆どが僕たちの息がかかっている人間ばかりだからね」
「とどのつまり、バルタッサーレが国を離れようとも何ら問題は無い……と?」
帽子屋は頷く。
「まぁ、もしかしたら必要なパターンが現れるかもしれないけれどさ。少なくとも次の段階に向かうためにはいらないよ」
「インフィニティを依り代にした……擬似的な『世界の最期』、か。まさかここまでうまく成功するとはね」
「世界の最期は最初から考えていたことだからね。でも、これで終わりじゃない。終わりは終わりのままではなく、そこから始まりも生まれる。それを僕たちは危惧する必要があるんだよ」
「第二第三のインフィニティが出る可能性も……あるのか?」
ハンプティ・ダンプティはずっと気になっていたことを帽子屋に訊ねた。
第二第三のインフィニティ。これは彼ら『シリーズ』が想定している未来の可能性……その一つだった。
インフィニティは最強のリリーファーと言われている。その理由は単純明解、インフィニティを上回る力を持つリリーファーが開発出来ないからだ。したくても、技術力が無い。
だが――五年、十年と時代が過ぎていけばどうなるだろうか? 飛躍的に発達する科学技術が、いつしかインフィニティの技術を上回ったとしたら?
「……確かにその可能性も考えている。最低最悪の可能性だけれどね。インフィニティには未々頑張ってもらわないといけないし、インフィニティの性能を上回るリリーファーも出てもらっては困る。……だから、世界の最期、その後に残された世界は『技術レベルをある段階まで引き下げる』必要があるわけだ」
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