絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百七十七話 神の御座
「神を作る、か。成る程、それもいいアイデアかもしれない。僕のメモ帳に書き添えておくことにしよう」
「神を作ることじゃ……ないというのか」
「違うね」
帽子屋はハンプティ・ダンプティを鼻で笑った。
帽子屋はガラスに手を置いて、
「僕は神を作るのではない。だって僕達は世界を監視するために生まれた存在なのだから。だけれどもうそれに飽きてしまったんだよ、僕は。理由は二つある。一つは人類が我々の思っているプランで生きていくことをしなくなったという点について。これについては非常に面白いことではあるが……しかしいつか我々の凡てが知られてしまうのではないかという恐怖もある。そして、もう一つ」
帽子屋は人差し指を立てる。
「もう一つは簡単だ。単に私利私欲と言われればそれまでだが……。だが、そんな言葉で囚われるものではない。もっと素晴らしくて、もっと崇高な考えなのだから」
「……何だ。そんなに勿体ぶらずに言ってみろ」
「これは神の御座だ」
「神の、御座……だと?」
ハンプティ・ダンプティは帽子屋の言葉を反芻する。
「そう、神の御座。神の座る場所と言ってもいい。これは神になる魂が座る場所に過ぎない。君はこれが神そのものではないかと考えたが……そんなわけはない。これはただのリリーファーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
この人間めいた形の巨大な物体が、リリーファーである。帽子屋はいうがハンプティ・ダンプティには如何とも信じられないことだった。そもそもこれ程のリリーファーを見たことがない。
「リリーファーであることが間違っているわkではない。ただリリーファーである意義が解らない。これに君が乗ってドンパチでもするつもりかい?」
「成る程。そのアイデアもあるね。だが、今ここでは不採用だ」
踵を返し、帽子屋は指を振る。
「そんな簡単な問題ではない。そんな簡単に解決出来ることじゃないんだよ。だが、簡単に解決する方法がたった一つだけある。それは僕が実施しようとしている方法だ」
彼の目の前に置かれていたのは機械だった。普通、機械といえば様々な用途に用いられるためにボタンとかレバーとか数多に設置されているものだと思われるが、この機械にはレバーが一つしか設置されていない。
「このレバー、何に使うと思う?」
「……まさか」
ハンプティ・ダンプティは自らの考えの恐ろしさに冷や汗をかいた。
帽子屋は笑みを浮かべて、
「そう、その通りだ。これは『彼女』を解放するための装置だ。これを引けば、地上へと彼女が解き放たれる。そのあとに何が起きるかは……誰もが想像出来るかもしれないし、誰も想像出来ないことかもしれない」
「お前は……悪魔になろうとしているのか!」
「悪魔? いいや、違うね。僕は神の御膳立てをしているだけに過ぎない。神が降臨するために、自分たちが住みやすい世界にするために、行う第一歩だよ。もっとも、その一歩は大きすぎてそれだけで計画の大半を終了してしまうのだがね」
悪魔ではなく。
神が降臨する空間を創りだす。
そのための苦労は惜しまない。
「しかし……それとこの巨大なリリーファー、どう関係があるという? まさかこれを駆動させて世界を破壊するとか言い出さないだろうな?」
「半分正解だ。だが、半分誤答とも言える」
遠まわしに帽子屋は答えたので、ハンプティ・ダンプティは苛立ちが隠せなかった。当然だろう、今までけむにまいてきたのだから。漸く彼の作戦の全容が明らかになるといったこんなところでまたけむに巻かれるわけにはいかないのだった。
「ならば、その誤答と言える部分をお教え願えないかな? 幾ら何でも君だけが知っている情報が多すぎるよ。そうだと僕たち『シリーズ』も君に対する疑念をぬぐいきれない」
「……そうか。確かにそうかもしれない。だが、今更ここで真実を告げたとしてもそれを変更することなどできないのだよ。もう計画は最終段階に突入しているのだから」
「おい、それってつまり……どういうことだ」
ハンプティ・ダンプティの言葉に帽子屋は答えない。
いや、それどころか。
この世界に、この空間に誰ひとりとして存在しないような、そんな感じで帽子屋は立っていた。笑みを浮かべ、水に揺蕩うリリーファーを眺めていた。
「やっと……僕の思い描いた世界を作ることができるんだ。長かったよ……アリス、そしてイヴ」
帽子屋は微笑む。
彼は手に握っていたスイッチを――ゆっくりと押した。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
ヴァリエイブル連合王国、その首都にあるヴァリス城。
「国王陛下! 大変です!」
兵士が大声を上げてノックもせずに王の間へと入ってきた。
国王であるレティア・リグレーはそれをものともせず、兵士に訊ねる。
「兵士よ。先ずは落ち着きなさい。そして落ち着いてから何があったのか、私に伝えてください」
「落ち着いてもいられません」
しかし兵士はその命令を拒否した。
「先程、大きな爆発があり……その原因は不明なのですが、ティパモールが消滅しました! そしてその付近にあったカーネルも損傷! 現在確認作業を急いでおります!」
「カーネルとティパモールで爆発……? カーネルはリリーファー開発の拠点となっている場所ですよ! いったいあそこで何が!」
「分かりません! 分かりませんが……、ただ爆発の近くに居た人間は口を揃えてこう呻いていたそうです」
――巨大な人間が地の底から湧き上がってきた
「……何ですって?」
レティアはそれを聞いて耳を疑った。そうだろう。そのことは実際ならば有り得ないことなのだから。
しかし彼女は思い出す。それは世界の伝承とも言えることだった。おとぎ話のようにも思えて、子供達がよく大人から聞かされる、ポピュラーな昔話だ。
巨人が出現し、世界を無に帰すというその昔話。
彼女はそれを即座に思い出した。
「『アルファの巨人』……まさかほんとうの話だったとは!」
「アルファの巨人、というと……昔話の一つとして有名なアレですか」
「そうです。あなたも聞き覚えがあるでしょう? 小さい頃、親から聞いたことがあるはずです。私も母からその話を聞いて覚えています。あの物語の最後は確か……」
「大いなる光に包まれた巨人がその巨人とひとつになって、世界を闇から守る……でしたか」
「それは一般的に知れ渡っている話、ですね」
それを聞いて兵士のひとりは首を傾げる。
アルファの巨人には二つの物語が存在している。一つは民衆に広く知れ渡った一般的な物語。闇を振り払うという伝統的なハッピーエンドで物語は締められる。
もう一つは王族などの限られた人間しか知らない真実の物語。昔話として語られるのは変わりないがそれが実際に起きたのかどうかは解らないし、ハッピーエンドかどうかも解らない。
レティアの話は続く。
「あのアルファの巨人……私の知っている話では光の巨人とひとつになり、そのあと、巨人の意思によってどちらにも世界は傾くのです」
「どちらにも……とは、もしや」
兵士の顔がみるみるうちに青ざめていく。レティアの言いたかったことが理解できたからだろう。
レティアは頷き、話を続ける。
「ええ、つまりそういうことです。世界は闇に包まれるかどうか……それは巨人の意思によって決定されるということ。裏を返せば巨人を操る人間の意思によって世界が繁栄するか破壊の一途を辿るのかが決まる……ということなのです」
レティアは立ち上がり、窓を見上げる。
ティパモール、それにカーネルのほうは黒煙が上がっていた。
「どちらにせよ、このままでは危険です……。ティパモール、カーネル近辺に住む国民を急いで首都へ集めなさい! 今すぐに!」
「はっ!」
敬礼し、兵士はその場を去る。
レティアは、黒煙をただ見つめるだけだった。
「神を作ることじゃ……ないというのか」
「違うね」
帽子屋はハンプティ・ダンプティを鼻で笑った。
帽子屋はガラスに手を置いて、
「僕は神を作るのではない。だって僕達は世界を監視するために生まれた存在なのだから。だけれどもうそれに飽きてしまったんだよ、僕は。理由は二つある。一つは人類が我々の思っているプランで生きていくことをしなくなったという点について。これについては非常に面白いことではあるが……しかしいつか我々の凡てが知られてしまうのではないかという恐怖もある。そして、もう一つ」
帽子屋は人差し指を立てる。
「もう一つは簡単だ。単に私利私欲と言われればそれまでだが……。だが、そんな言葉で囚われるものではない。もっと素晴らしくて、もっと崇高な考えなのだから」
「……何だ。そんなに勿体ぶらずに言ってみろ」
「これは神の御座だ」
「神の、御座……だと?」
ハンプティ・ダンプティは帽子屋の言葉を反芻する。
「そう、神の御座。神の座る場所と言ってもいい。これは神になる魂が座る場所に過ぎない。君はこれが神そのものではないかと考えたが……そんなわけはない。これはただのリリーファーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
この人間めいた形の巨大な物体が、リリーファーである。帽子屋はいうがハンプティ・ダンプティには如何とも信じられないことだった。そもそもこれ程のリリーファーを見たことがない。
「リリーファーであることが間違っているわkではない。ただリリーファーである意義が解らない。これに君が乗ってドンパチでもするつもりかい?」
「成る程。そのアイデアもあるね。だが、今ここでは不採用だ」
踵を返し、帽子屋は指を振る。
「そんな簡単な問題ではない。そんな簡単に解決出来ることじゃないんだよ。だが、簡単に解決する方法がたった一つだけある。それは僕が実施しようとしている方法だ」
彼の目の前に置かれていたのは機械だった。普通、機械といえば様々な用途に用いられるためにボタンとかレバーとか数多に設置されているものだと思われるが、この機械にはレバーが一つしか設置されていない。
「このレバー、何に使うと思う?」
「……まさか」
ハンプティ・ダンプティは自らの考えの恐ろしさに冷や汗をかいた。
帽子屋は笑みを浮かべて、
「そう、その通りだ。これは『彼女』を解放するための装置だ。これを引けば、地上へと彼女が解き放たれる。そのあとに何が起きるかは……誰もが想像出来るかもしれないし、誰も想像出来ないことかもしれない」
「お前は……悪魔になろうとしているのか!」
「悪魔? いいや、違うね。僕は神の御膳立てをしているだけに過ぎない。神が降臨するために、自分たちが住みやすい世界にするために、行う第一歩だよ。もっとも、その一歩は大きすぎてそれだけで計画の大半を終了してしまうのだがね」
悪魔ではなく。
神が降臨する空間を創りだす。
そのための苦労は惜しまない。
「しかし……それとこの巨大なリリーファー、どう関係があるという? まさかこれを駆動させて世界を破壊するとか言い出さないだろうな?」
「半分正解だ。だが、半分誤答とも言える」
遠まわしに帽子屋は答えたので、ハンプティ・ダンプティは苛立ちが隠せなかった。当然だろう、今までけむにまいてきたのだから。漸く彼の作戦の全容が明らかになるといったこんなところでまたけむに巻かれるわけにはいかないのだった。
「ならば、その誤答と言える部分をお教え願えないかな? 幾ら何でも君だけが知っている情報が多すぎるよ。そうだと僕たち『シリーズ』も君に対する疑念をぬぐいきれない」
「……そうか。確かにそうかもしれない。だが、今更ここで真実を告げたとしてもそれを変更することなどできないのだよ。もう計画は最終段階に突入しているのだから」
「おい、それってつまり……どういうことだ」
ハンプティ・ダンプティの言葉に帽子屋は答えない。
いや、それどころか。
この世界に、この空間に誰ひとりとして存在しないような、そんな感じで帽子屋は立っていた。笑みを浮かべ、水に揺蕩うリリーファーを眺めていた。
「やっと……僕の思い描いた世界を作ることができるんだ。長かったよ……アリス、そしてイヴ」
帽子屋は微笑む。
彼は手に握っていたスイッチを――ゆっくりと押した。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
ヴァリエイブル連合王国、その首都にあるヴァリス城。
「国王陛下! 大変です!」
兵士が大声を上げてノックもせずに王の間へと入ってきた。
国王であるレティア・リグレーはそれをものともせず、兵士に訊ねる。
「兵士よ。先ずは落ち着きなさい。そして落ち着いてから何があったのか、私に伝えてください」
「落ち着いてもいられません」
しかし兵士はその命令を拒否した。
「先程、大きな爆発があり……その原因は不明なのですが、ティパモールが消滅しました! そしてその付近にあったカーネルも損傷! 現在確認作業を急いでおります!」
「カーネルとティパモールで爆発……? カーネルはリリーファー開発の拠点となっている場所ですよ! いったいあそこで何が!」
「分かりません! 分かりませんが……、ただ爆発の近くに居た人間は口を揃えてこう呻いていたそうです」
――巨大な人間が地の底から湧き上がってきた
「……何ですって?」
レティアはそれを聞いて耳を疑った。そうだろう。そのことは実際ならば有り得ないことなのだから。
しかし彼女は思い出す。それは世界の伝承とも言えることだった。おとぎ話のようにも思えて、子供達がよく大人から聞かされる、ポピュラーな昔話だ。
巨人が出現し、世界を無に帰すというその昔話。
彼女はそれを即座に思い出した。
「『アルファの巨人』……まさかほんとうの話だったとは!」
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「そうです。あなたも聞き覚えがあるでしょう? 小さい頃、親から聞いたことがあるはずです。私も母からその話を聞いて覚えています。あの物語の最後は確か……」
「大いなる光に包まれた巨人がその巨人とひとつになって、世界を闇から守る……でしたか」
「それは一般的に知れ渡っている話、ですね」
それを聞いて兵士のひとりは首を傾げる。
アルファの巨人には二つの物語が存在している。一つは民衆に広く知れ渡った一般的な物語。闇を振り払うという伝統的なハッピーエンドで物語は締められる。
もう一つは王族などの限られた人間しか知らない真実の物語。昔話として語られるのは変わりないがそれが実際に起きたのかどうかは解らないし、ハッピーエンドかどうかも解らない。
レティアの話は続く。
「あのアルファの巨人……私の知っている話では光の巨人とひとつになり、そのあと、巨人の意思によってどちらにも世界は傾くのです」
「どちらにも……とは、もしや」
兵士の顔がみるみるうちに青ざめていく。レティアの言いたかったことが理解できたからだろう。
レティアは頷き、話を続ける。
「ええ、つまりそういうことです。世界は闇に包まれるかどうか……それは巨人の意思によって決定されるということ。裏を返せば巨人を操る人間の意思によって世界が繁栄するか破壊の一途を辿るのかが決まる……ということなのです」
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