絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百六十六話 理想論
「……蒔かない種は何も出てこないよ。それは可能性を捨てているからだ。それは可能性を生み出す機会を自ら捨て去っているだけだ。だが、たとえ一粒でも種を蒔けば、それは機会チャンスを生み出し、それは可能性を生み出す。一粒が確実に芽を出すかは微妙だ。何十粒ばら蒔いたとしても芽を出すのはよくても数粒だ。それだけでも案外いい方だと思うけれどね」
『……お兄様の話はたまぁに難しい話が出てきて、よく解りません。というか、解らないものだらけです。未確認です。天才とか謳われる私ですが、それでも理解出来ません』
そう言ってリフィリアは小さく溜息を吐く。即ち彼女が呆れ返ってしまったわけだが、別にそれは今回が初めてなわけではない。月に一回、週に一回、一日一回、一時間一回……いつどのタイミングかは彼自身コントロール出来ていないところがあるが、そのような回りくどい言い回しをする。
それが好きか嫌いかと簡単に決められることは、彼には出来なかった。何故ならそれは半ば発作的に、それでいて日常的に起きることだからだ。もっと言うならそれにリフィリアの鋭い突っ込みめいた何かが入って漸く完成と言える。毎回毎回飽きずに突っ込みをするリフィリアもリフィリアであった。
「まぁ……そんなことはさておき、とりあえず命令を確認しておこうか。僕たちの殲滅対象はサラエナのみだ……ただしそれはあくまでも今のところであるし、それが変更される可能性は充分にあるだろうけれど」
『お兄様、それはいったい?』
リフィリアの声には疑問よりも濃いある感情があった。――それは『歓喜』だ。興味よりも恐怖よりも畏怖よりも強い感情、それが歓喜だ。
とどのつまり、彼女はこう思っているのだ。
――もっとたくさんの人間を『殺す』機会に恵まれる
無論、それが正しいかどうかと言われると微妙なところだし、彼女が短絡的にその考えに辿り着くだろうことはイグネルにも解っていた。
だが彼女にとってそれが正しいか正しくないかは、もはや判別が付かなくなっていた。判別をつける必要が無かった――そう言ってもいいだろう。実際、彼女たちはそんな考えがまともに働かないくらい狂ってしまっている。狂っているからこそ、正しいことが間違っていると思う。間違っているからこそ、間違っていることを間違っているとは思わなくなる。前提が違えば、こうも違ってしまうのだ。
「それは簡単だ。サラエナ以外にも出てしまったんだよ、やはりティパモールの内乱はそう簡単に抑え込むことが出来ないらしい」
『……だから、それ以外も「潰す」ということですか? ティパモール内乱は確かに国にとっては悪なのでしょうが、はっきり言ってここまで無惨に殺す必要が無いようにも思えます』
「確かにな。それはその通りだ。そして、僕もそう思った。だが、やはり国はこのままティパモールを破壊する方向でまとまっているらしい。それ以上の許容も認められない、国にとってはさっさとティパモールを潰しておきたい気持ちが強いのだろうな……」
『それほどまでに攻撃する必要が?』
イグネルは首を横に振って話を続ける。
「これ以上ティパモールを潰しておきたいんだろう。だが、近い将来アースガルズとの新たな交易拠点にでもすればここの旨味も幾分出てくる。少なくとも今の土地よりかはより良い場所と化すだろうな。……まぁ、それがどこまで続くかどうかははっきり言って解らないが」
『確かにそれは正しい知己によるものだと思われますし、正しいことでしょう。ですが、それをヴァリエイブルが考えているのでしょうか?』
「考えているだろう。そこまで考えているはずだ。……にもかかわらず、こんなことになっているのは甚だ疑問だけれどね。そこまでする必要はあるのか? と疑問を投げ掛けたくなるくらいだよ」
ティパモールを交易の拠点として活用する――この考えは何もイグネルが初めて考え付いたものではない。昔から学者がそう国に進言しているのだ。しかしながら、国はその進言を一切無視しており、学者たちとの間で軋轢が生じている。なぜそれほどまでに軋轢が生じる必要があるのか――それは彼らにも理解できなかったし、だから何度も反論した。
国はそれに対して強硬姿勢を取った。国の言葉を批判した学者を次々と投獄したのである。流石に処刑まではしなかったが、それに大きな批判が上がった。解放運動も繰り広げられた。しかし、最終的にティパモールの制圧が完全に終了するまで学者たちが解放されることはなかったのである。
『それでも……納得行きません。どうしてこんなことを……』
「それを僕たちが考えたとしても、何も変わることはないよ。今の状態では、ね」
『やはりそうでしょうか……』
「そうだよ。実際にはこれを行うことが出来るのはやはり難しい。理想論だ。そして、現実的にその可能性を排除しているのが国だ。僕達は国に忠誠している以上、やらなくてはいけないんだ」
『でもそれはあくまでも形だけ、でしょう?』
「ああ、まあ、そうだ。形だけだ。何も完全に虜になれ、なんてことは言っていないよ」
イグネルは言って、頷いた。
彼らがそう考えたとしても、それが実際に適用されるわけではない。それでいて実行されるわけでもない。そして、それに対して不満を抱いているわけでもない。
ただ、気になるだけ。疑問を抱いているだけなのだ。どうしてこれをするのか、なぜこうする必要性があるのか、それについて気になっているだけに過ぎないのだ。
彼らのリリーファーに同時に連絡が入ったのは、その時だった。
その命令は大層シンプルなものであった。
それを聞いたイグネルは了承すると連絡を切る。それを確認して大笑いした。
「どうやら軍は余程リリーファーに惚れ込んでいるらしいな、リア。仕事だよ、さらにお金が増えるぞ」
『お金が増えることについては割とどうでもいいのだけれど……、それで? 何をすればいいの?』
「レステアに進撃する。そしてまた大量の人を殺すんだ」
それを聞いて、リフィリアは笑みを浮かべた。しかしながら映像は見ることが出来ないから、それをイグネルが目撃したわけではない。
だが彼は彼女がきっと笑っているだろうということは薄々気付いていた。彼女はそういう性格だから、そういうことは手を取るように分かるのだ。やはり兄妹と言ったところだろうか。
「さあ、向かおうか」
そしてイグネルは長い通信を切って、リリーファーコントローラを強く握った。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、レステアにあるベクター医院。
日に日に増え続ける患者にベクターは疲れていた。しかしそれでも患者が回復するわけではない。彼は疲れている身体にムチを打つかたちで頑張っていた。
「ベクター先生や、最近思いませんかね?」
患者の一人、老人がベクターに問いかけた。もちろん突然というわけではなく、老人の怪我を治療していたというおまけつきだが。
「最近思わないか……ってなんのことでしょうか?」
「内乱ですよ。収まる気配がない。それどころかお互い戦力を疲弊している。噂だとこっちにはどこかの国がパトロンとして存在しているんじゃないかなんて言われているくらい」
「『反乱の騎士団』はそれを一切私たち市民に報告しませんからねえ……。まあ、あまり私たちに恐怖心を植え付けたくないだけなのかもしれませんが」
反乱の騎士団はティパモール内乱を推し進める派閥のことであり、ティパモール内乱の総監督を務めている。しかしながら、市民の殆どはその存在を名前だけしか知らず、構成とかメンバーとか何をしているのかとかそう言ったことを知らないのである。それは反乱の騎士団が徹底的に秘密主義を貫いたからだと言われている。
老人の話は続く。
「でも、少しくらい市民を信用してもらったっていいと思うんですよ。バチも当たりませんよ、ティパ神様だって、きっとお許しになられることでしょうよ。でも、騎士団はそれをひた隠しにする。それって何だかおかしくはないですかね?」
「……というと?」
ベクターは包帯を巻く腕を止め、老人に訊ねる。
「この内乱……人為的に起こされたものではないんですかね?」
人為的。
要するに偶然ではなく必然。奇跡ではなく確実。不可能ではなく可能だったということだ。この内乱が起きたのは偶然ではなく必然であり、それは人為的である。
しかし、ベクターはそれをこう捉えた。
「なにをおっしゃっているんですか。そもそもこの内乱の始まりは不平不満を訴えた市民が国軍に殺されてしまって、それのために戦ったと言われています。それが正しいだろうし、それを疑う人間もいません」
「そうです、そこですよ。疑う人間がどうしていないんでしょう?」
包帯を巻くのを再開し、ベクターは頷く。
老人はさらに饒舌になっていく。
「しかしていったいどうして人間は戦うこととなってしまうのか……。確かにわしが若かった頃は今みたいに戦っていたが、今はそれだけではない。言葉もあるし紙もある。言葉を伝える手段が充分に備わっている。だというのにどうして戦ってしまうのか。はっきり言って戦いは何も生み出しません。お互い血を流しあって、当たり前のことを決めるだけのためのこと。負けた者は勝った者に従う。それが自然の摂理であるし戦いの法則でもある。そうでしょう? この内乱だっていざこざがあったからだ。私たちが全面的に悪いのかもしれない。しかしその意見を言おうとすると……どうなるかお分かりですかね」
「まあ、罰せられるでしょうねえ」
「ええ、そうです。罰せられます。どうしてでしょうね? どうして、わしはただ意見を言っただけだというのに、どうして罰せられにゃいけないのでしょうかね?」
「うーん……どうしてでしょうね。そういう意見に誘導して欲しくない、とか」
「そう、わしは考えておるのですよ」
包帯を巻き終わり、笑顔でベクターは老人を見つめる。
「はい、これでおしまいです。あとは安静にしていてくださいね。後ろ未だ来ている人が居るのでおしゃべりはほどほどにお願いします」
事務的な対応をしてベクターは机に向かう。老人は頭を下げて立ち上がり、診察室を後にした。
一人になったベクターは老人の言葉を考える。所詮老人の戯言だ――彼はそう考えていたが、しかし気になることは浮かび上がってくる。
そもそも、今回の内乱を起こした理由はなぜだったのか。
不平不満。それは協会によるものだ。水を売り出してそれを高値につり上げたから……そう言う人間もいるし、しかし協会が水を買い占めたのは内乱が始まってからだから関係ないのではないかと言う人間もいる。
とどのつまり、内乱が起きた要因を知らないか、或いは曖昧な理由を知っている人間が殆どであるということだ。
となると、ひとつの仮説が浮かび上がる。それは――。
「おや、先生。どうなさいましたかな?」
――現実に引き戻されたベクターは、机から患者の前へと向き直った。そこに居たのは青年だった。よく見ると頭から血を流している。しかしかすり傷程度のようだった。
ベクターはそれを見て、青年の治療を開始した。
ベクターがその一瞬の想像で考えたそれは、頭の奥底へとあっという間に追いやられていった。
『……お兄様の話はたまぁに難しい話が出てきて、よく解りません。というか、解らないものだらけです。未確認です。天才とか謳われる私ですが、それでも理解出来ません』
そう言ってリフィリアは小さく溜息を吐く。即ち彼女が呆れ返ってしまったわけだが、別にそれは今回が初めてなわけではない。月に一回、週に一回、一日一回、一時間一回……いつどのタイミングかは彼自身コントロール出来ていないところがあるが、そのような回りくどい言い回しをする。
それが好きか嫌いかと簡単に決められることは、彼には出来なかった。何故ならそれは半ば発作的に、それでいて日常的に起きることだからだ。もっと言うならそれにリフィリアの鋭い突っ込みめいた何かが入って漸く完成と言える。毎回毎回飽きずに突っ込みをするリフィリアもリフィリアであった。
「まぁ……そんなことはさておき、とりあえず命令を確認しておこうか。僕たちの殲滅対象はサラエナのみだ……ただしそれはあくまでも今のところであるし、それが変更される可能性は充分にあるだろうけれど」
『お兄様、それはいったい?』
リフィリアの声には疑問よりも濃いある感情があった。――それは『歓喜』だ。興味よりも恐怖よりも畏怖よりも強い感情、それが歓喜だ。
とどのつまり、彼女はこう思っているのだ。
――もっとたくさんの人間を『殺す』機会に恵まれる
無論、それが正しいかどうかと言われると微妙なところだし、彼女が短絡的にその考えに辿り着くだろうことはイグネルにも解っていた。
だが彼女にとってそれが正しいか正しくないかは、もはや判別が付かなくなっていた。判別をつける必要が無かった――そう言ってもいいだろう。実際、彼女たちはそんな考えがまともに働かないくらい狂ってしまっている。狂っているからこそ、正しいことが間違っていると思う。間違っているからこそ、間違っていることを間違っているとは思わなくなる。前提が違えば、こうも違ってしまうのだ。
「それは簡単だ。サラエナ以外にも出てしまったんだよ、やはりティパモールの内乱はそう簡単に抑え込むことが出来ないらしい」
『……だから、それ以外も「潰す」ということですか? ティパモール内乱は確かに国にとっては悪なのでしょうが、はっきり言ってここまで無惨に殺す必要が無いようにも思えます』
「確かにな。それはその通りだ。そして、僕もそう思った。だが、やはり国はこのままティパモールを破壊する方向でまとまっているらしい。それ以上の許容も認められない、国にとってはさっさとティパモールを潰しておきたい気持ちが強いのだろうな……」
『それほどまでに攻撃する必要が?』
イグネルは首を横に振って話を続ける。
「これ以上ティパモールを潰しておきたいんだろう。だが、近い将来アースガルズとの新たな交易拠点にでもすればここの旨味も幾分出てくる。少なくとも今の土地よりかはより良い場所と化すだろうな。……まぁ、それがどこまで続くかどうかははっきり言って解らないが」
『確かにそれは正しい知己によるものだと思われますし、正しいことでしょう。ですが、それをヴァリエイブルが考えているのでしょうか?』
「考えているだろう。そこまで考えているはずだ。……にもかかわらず、こんなことになっているのは甚だ疑問だけれどね。そこまでする必要はあるのか? と疑問を投げ掛けたくなるくらいだよ」
ティパモールを交易の拠点として活用する――この考えは何もイグネルが初めて考え付いたものではない。昔から学者がそう国に進言しているのだ。しかしながら、国はその進言を一切無視しており、学者たちとの間で軋轢が生じている。なぜそれほどまでに軋轢が生じる必要があるのか――それは彼らにも理解できなかったし、だから何度も反論した。
国はそれに対して強硬姿勢を取った。国の言葉を批判した学者を次々と投獄したのである。流石に処刑まではしなかったが、それに大きな批判が上がった。解放運動も繰り広げられた。しかし、最終的にティパモールの制圧が完全に終了するまで学者たちが解放されることはなかったのである。
『それでも……納得行きません。どうしてこんなことを……』
「それを僕たちが考えたとしても、何も変わることはないよ。今の状態では、ね」
『やはりそうでしょうか……』
「そうだよ。実際にはこれを行うことが出来るのはやはり難しい。理想論だ。そして、現実的にその可能性を排除しているのが国だ。僕達は国に忠誠している以上、やらなくてはいけないんだ」
『でもそれはあくまでも形だけ、でしょう?』
「ああ、まあ、そうだ。形だけだ。何も完全に虜になれ、なんてことは言っていないよ」
イグネルは言って、頷いた。
彼らがそう考えたとしても、それが実際に適用されるわけではない。それでいて実行されるわけでもない。そして、それに対して不満を抱いているわけでもない。
ただ、気になるだけ。疑問を抱いているだけなのだ。どうしてこれをするのか、なぜこうする必要性があるのか、それについて気になっているだけに過ぎないのだ。
彼らのリリーファーに同時に連絡が入ったのは、その時だった。
その命令は大層シンプルなものであった。
それを聞いたイグネルは了承すると連絡を切る。それを確認して大笑いした。
「どうやら軍は余程リリーファーに惚れ込んでいるらしいな、リア。仕事だよ、さらにお金が増えるぞ」
『お金が増えることについては割とどうでもいいのだけれど……、それで? 何をすればいいの?』
「レステアに進撃する。そしてまた大量の人を殺すんだ」
それを聞いて、リフィリアは笑みを浮かべた。しかしながら映像は見ることが出来ないから、それをイグネルが目撃したわけではない。
だが彼は彼女がきっと笑っているだろうということは薄々気付いていた。彼女はそういう性格だから、そういうことは手を取るように分かるのだ。やはり兄妹と言ったところだろうか。
「さあ、向かおうか」
そしてイグネルは長い通信を切って、リリーファーコントローラを強く握った。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
その頃、レステアにあるベクター医院。
日に日に増え続ける患者にベクターは疲れていた。しかしそれでも患者が回復するわけではない。彼は疲れている身体にムチを打つかたちで頑張っていた。
「ベクター先生や、最近思いませんかね?」
患者の一人、老人がベクターに問いかけた。もちろん突然というわけではなく、老人の怪我を治療していたというおまけつきだが。
「最近思わないか……ってなんのことでしょうか?」
「内乱ですよ。収まる気配がない。それどころかお互い戦力を疲弊している。噂だとこっちにはどこかの国がパトロンとして存在しているんじゃないかなんて言われているくらい」
「『反乱の騎士団』はそれを一切私たち市民に報告しませんからねえ……。まあ、あまり私たちに恐怖心を植え付けたくないだけなのかもしれませんが」
反乱の騎士団はティパモール内乱を推し進める派閥のことであり、ティパモール内乱の総監督を務めている。しかしながら、市民の殆どはその存在を名前だけしか知らず、構成とかメンバーとか何をしているのかとかそう言ったことを知らないのである。それは反乱の騎士団が徹底的に秘密主義を貫いたからだと言われている。
老人の話は続く。
「でも、少しくらい市民を信用してもらったっていいと思うんですよ。バチも当たりませんよ、ティパ神様だって、きっとお許しになられることでしょうよ。でも、騎士団はそれをひた隠しにする。それって何だかおかしくはないですかね?」
「……というと?」
ベクターは包帯を巻く腕を止め、老人に訊ねる。
「この内乱……人為的に起こされたものではないんですかね?」
人為的。
要するに偶然ではなく必然。奇跡ではなく確実。不可能ではなく可能だったということだ。この内乱が起きたのは偶然ではなく必然であり、それは人為的である。
しかし、ベクターはそれをこう捉えた。
「なにをおっしゃっているんですか。そもそもこの内乱の始まりは不平不満を訴えた市民が国軍に殺されてしまって、それのために戦ったと言われています。それが正しいだろうし、それを疑う人間もいません」
「そうです、そこですよ。疑う人間がどうしていないんでしょう?」
包帯を巻くのを再開し、ベクターは頷く。
老人はさらに饒舌になっていく。
「しかしていったいどうして人間は戦うこととなってしまうのか……。確かにわしが若かった頃は今みたいに戦っていたが、今はそれだけではない。言葉もあるし紙もある。言葉を伝える手段が充分に備わっている。だというのにどうして戦ってしまうのか。はっきり言って戦いは何も生み出しません。お互い血を流しあって、当たり前のことを決めるだけのためのこと。負けた者は勝った者に従う。それが自然の摂理であるし戦いの法則でもある。そうでしょう? この内乱だっていざこざがあったからだ。私たちが全面的に悪いのかもしれない。しかしその意見を言おうとすると……どうなるかお分かりですかね」
「まあ、罰せられるでしょうねえ」
「ええ、そうです。罰せられます。どうしてでしょうね? どうして、わしはただ意見を言っただけだというのに、どうして罰せられにゃいけないのでしょうかね?」
「うーん……どうしてでしょうね。そういう意見に誘導して欲しくない、とか」
「そう、わしは考えておるのですよ」
包帯を巻き終わり、笑顔でベクターは老人を見つめる。
「はい、これでおしまいです。あとは安静にしていてくださいね。後ろ未だ来ている人が居るのでおしゃべりはほどほどにお願いします」
事務的な対応をしてベクターは机に向かう。老人は頭を下げて立ち上がり、診察室を後にした。
一人になったベクターは老人の言葉を考える。所詮老人の戯言だ――彼はそう考えていたが、しかし気になることは浮かび上がってくる。
そもそも、今回の内乱を起こした理由はなぜだったのか。
不平不満。それは協会によるものだ。水を売り出してそれを高値につり上げたから……そう言う人間もいるし、しかし協会が水を買い占めたのは内乱が始まってからだから関係ないのではないかと言う人間もいる。
とどのつまり、内乱が起きた要因を知らないか、或いは曖昧な理由を知っている人間が殆どであるということだ。
となると、ひとつの仮説が浮かび上がる。それは――。
「おや、先生。どうなさいましたかな?」
――現実に引き戻されたベクターは、机から患者の前へと向き直った。そこに居たのは青年だった。よく見ると頭から血を流している。しかしかすり傷程度のようだった。
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