絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百六十五話 命の代償
サラエナを火の海にしたリリーファー、マーク・ツーとマーク・スリー。それに乗っていたのは何れも似たような容姿の男女であった。
正確には彼らは双子であった。それも双子ではスタンダードの一卵性双生児というやつだ。一応髪を伸ばすとかどうにか違いを見出だそうとしているが、裏を返せばそれ以外は完全に一致なのだ。
「どうだい、リア。調子は?」
マーク・ツーに乗る起動従士が訊ねる。とはいえ、中に乗っているのは少年だ。起動従士の中でも珍しい。カーキ色の髪はとても鮮やかだ。まるで絵の具を塗ったようだし、もっというならば、彼の身体的特徴をも含めて、それ自体が一枚の絵画になる美しさだと言ってもいい。藍色の瞳、すらりと通った鼻、まるで女性めいた桜色の唇。痩せ型と言われがちだが、決してそうには見えず、世間一般に見れば普通の体型なのかもしれない。まあ、どちらかといえば少しだけ骨張った身体だろう(本人による総合評価であり、これが第三者による評価ではない)。
そんな少年イグネル・エクシルは双子の妹であるリフィリア・エクシルと通信をしていた。
『調子は……特に問題ないよ。順調に作戦も進んでいるし』
「そうだね。ならば、それでいいんだ」
『リアは大丈夫。だってお兄様が一緒に居るんですもの!』
その言葉に少しドキリとしてしまうイグネル。リフィリアは妹だが、けっこう外のことを気にしないでこういうことを話す。だからそれを聞いているイグネルからすれば少々恥ずかしいことではあるのだろうが、しかしそれが何年と続けばもう『日常』と化してしまった。周りもそういう考えを理解しているのが、彼にとって少々有り難かった。
「……まぁ、いいや。それよりもリフィリア。作戦の首尾はどうだい?」
『そちらも順調です。サラエナの三分の二が陥落しました。残り三分の一も時間の問題でしょう』
そうさらりと言えるのは、彼女がそれを悪と認識していないからかもしれない。
そもそも悪とは何か――と考える人間も居る。悪も正義も、その定義ははっきり言ってまちまちだ。
だから国で『正義』を定義した。これが国法だ。国法で定義されているから正義、定義されていないから悪である。
何も自分が悪だと思って活動する人間は非常に少ない。それが逆なら話が別であるし、誰もが皆『正義』を持っている。それが歪んでいないかどうか、その判断は本人か或いは他人かに委ねられてしまう。
「そうか。ならば、それほどまでに心配する必要性はないかな」
『当たり前です、お兄様。私はお兄様を守るために、戦っているのですから!』
「普通逆だよなあ……」
頭を掻いて、笑みを浮かべるイグネル。
リフィリアはさらに話を続ける。
『何をおっしゃいましょうか! 私はお兄様を大切にお慕い申し上げているというのに。私はただお兄様のことが……』
「解ったよ、済まなかった。別に君のことを責めているわけじゃない」
そう言ってリフィリアを宥めるが、しかし彼としては少しだけ後悔しているところがあった。
リフィリアとイグネル、兄はイグネルなのだが、リリーファーの類希なる才能を持っているというのは、どちらかといえばリフィリアだった。しかしこの二人、別に親が起動従士だったわけでもなく、ただ一般の市民だった。ほんの数年前、リリーファーを実物大に見た彼らはそれに一目惚れしてしまい、訓練学校への入学を決意したのだ。
入学してから、その才能が発揮されたのはリフィリアの方だった。だからといって別にイグネルには才能がない――というわけではない。イグネルだって普通の起動従士と比べればある程度秀でている方だ。
だが、妹であるリフィリアはそれ以上だった。彼女が持っているパイロット・オプション――『真紅の薔薇』が彼女の凡てを変えてしまったといってもいいだろう。
『真紅の薔薇』はその現象から名付けられた、稀有な例であると言われている。唯一と言ってもいい、『別対象型』のパイロット・オプションである。真紅の薔薇――そのパイロット・オプションははっきり言って明らかになっていない。それゆえに、彼女はこう言われている。
――真紅の薔薇と戦った者は、必ず勝つことが出来ない。
それはおとぎ話めいたものにも思われるが、しかしそれは紛れもない事実であった。紛れもない事実であるのならば、それを誰も疑わなければいいのだが、しかし悲しいことに疑うことを忘れられないのが人間の性というものだろう。
ところで。
人間とはどうして疑うことを忘れられないのだろうか。
人間は信じ続ければ困ることもないというのに、どうして疑ってしまうのだろうか。実際、この内乱ですら、疑うことが結果としてこのような戦乱を招いてしまっている。だから、完全に疑ったことによって引き起こされたものだと言っても、誰もそれに異を唱えることができないのであった。
「……ほんと、どうしてだろうね。どうして人は信じ続けないのだろうか。でないと、今回のようなことが起き続けてしまうのに、さ」
イグネルは言った。
対して、リフィリアの返答は冷たい。
『人間を滅ぼすのは人間ですよ。たとえ強大な力を持った生物が現れたとしても、最終的には人間と人間の戦いに帰結する。それは悲しいことですけれど、しかし仕方ないことでもあります。仕方ないことではありますが、しかしながらそれをそのままにしてはいけません。蔑ろにしてはいけないのです。だから、私は起動従士としてこの世界を是正する。間違っていることを、正しくないことを、凡て正しくするために。「黒」を「白」とするために。それはお兄様にも何度も言っていることですし、いくらお兄様であってもそれを止めようと言うのであれば、私は全力でお兄様を潰す……そう言った気もしますが』
「君の言葉を僕が否定するわけないだろ、リア。君は君の世界を構築すればいい。僕はその中に少しでも居られるのであれば……それはとても幸せなことなのだから」
『お兄様はとても静かです。それでいて自分の意見を一切申しません。まるで私のボディーガードめいた……何かのような。いいえ! お兄様はそんなわけありません! そうでしょう、お兄様?』
「ああ、そうだ」
イグネルは頷く。
『僕は君の唯一の兄であり肉親であり信頼できる人間であり……友でもある。そんな君を僕が見捨てるわけがない。だが、僕は君のことを見捨てることができない。君が僕を見捨てることができても、その逆は出来ない。僕は君を助けなくてはいけないんだよ』
「どうして……ですか」
『何度も言ったじゃないか。それが君にとっても僕にとっても最善の選択だ、と』
エクシル家はかつては貴族として土地と財産を大量に所有し、その栄華を極めた。だが、極めるところまで極めればあとは落ちるだけ――それはどこでも道理で一緒のことだった。貴族もそういう社会の上に成り立っている。そして、エクシル家もその例に漏れず、一気に降下した。名前も、資産も、凡て奪われた。
残されたのは身体のみ――ではなく、慈悲により残された伽藍洞の家。その家に唐突に彼女たちは住むこととなった。
そしてその出来事と同時に、彼女たちは誰も信じられなくなった。そして同時に信じられなくなったもの――それはお金だ。お金は人を恐るべき方向に変えてしまう。かつては純粋な青年がお金によって悪徳な性格へと変貌を遂げてしまったり、貧乏だった老人が大量のお金を手に入れることで贅沢に走るなど、それによっていい結果を生み出したのはほんのひとにぎりで、それも頭がいい人間ばかりだ。
即ち凡人にはお金によって良い結果を生み出すことは皆無であり、それが起きたことは『奇跡』といってもいい……そういうことである。まあ、それが実際に実現出来るかどうかはまた別の話である。
しかしながら、彼女たちは今までお金を信じてこなかった。お金が嫌いだからというわけではない。流石にお金をまったく使わない生活というのは無人島までいかないとほぼ不可能であるから、必要最低限のお金しか使用しなかった。そしてお金が欲しいと言ってくる人間は何が何でも突っ放した。だから彼女たちは友達を作らなかった。人間強度が下がるからではない。ただ、怖かったのだ。人間と関わるのが怖かった。またお金によって家が崩壊してしまうのが嫌だった。実際彼女たちがここまで上り詰めたのはほぼ奇跡に近いし、もしこれが奇跡でないというのなら、彼女たちは凡人ではなく天才の範疇に入るのだろう。実際、リフィリアはパイロット・オプションとしては稀有なものを手に入れている。
対して兄のイグネルは平平凡凡と言ってもいい。リフィリアが天才だから、その代償なのかは解らない。しかしイグネルが平凡の才能を持っているということは事実である。ほかならない事実だ。それ以上でもなくそれ以下でもないしそれを変えることも出来ないだろう。努力に応じては変えることができるかもしれないが、まあ、それも無駄だと思っているのがイグネルなのかもしれない。二人共『天才』だということが証明されてしまえば彼女たちを組ませようとはしないだろう。それは国が認めない。なぜならそれによって彼女たちがクーデターでも起こされたら対応のしようがない。彼女たちの言い分をそのまま認めなくてはならない。
だから、イグネルは凡人を『演じ』なくてはならなかった。あくまでも奇跡に操られている凡人を演じる。それが彼の役目だ。リフィリアの類希なる才能を隠すためではない。寧ろそれに隠れているのだ。その時のために、彼は力を隠しているといってもいい。
「命は金で買えない。だが、命は金で『変える』ことが出来る。貧乏だった人間が一日で貴族の仲間入り、逆に貴族で順風満帆だった人間が一日で街で情けを恵んでもらう立場に成り下がるかもしれない。そしてその権利は誰にでも与えられている。その結果までは保証されていないけれどね」
『結果まで保証されていたら、「ギャンブル」の意味がないですわ、お兄様』
ギャンブル。
リフィリアはそう言った。
彼女たちはそれをギャンブルと呼んでいる。いつでも人間は金によって『変わる』ことが出来る。命を買うことは出来ないが金によって生活を変えることが出来る。生活を買う……そういえば言い回しも通用するかもしれないが、要するにそういうことなのだ。彼女たちはそのギャンブルに勝ち続けてきた。ひとつの目的のために。ひとつの義務のために。ひとつの任務のために。
「……それじゃ、聞くけどリア……そこにいる難民は死ぬべき人間だと思うかい?」
イグネルは指差す。そこにいたのは怯えて立ち上がれなくなった難民だ。恐らくティパモールの人間だろう。
リアは笑みを浮かべて、イグネルの言葉に答えた。
『……当然ですわ、お兄様。ですが、実際に死ぬかどうかはあの難民次第です……わねっ!』
最後力を込めたのはパンチを地面に放ったからだ。パンチ一発で地面が砕け、その難民は地面の切れ目へと飲み込まれていった。
それを見てリフィリアは一言。
『……あそこで死んだということはあの人間は死ぬべき人間でしたよ。そして私たちは二人人間を殺したから一万ルクス来月の給料に加算されるわけだ。……はっきり言って人間一人殺すごとに五千ルクスって安いですわよね、お兄様。どう思います?』
「うん。僕も安いと思うけれどねえ……。でも何度言っても改定してくれないんだよ。起動従士の給料が高いってのもあるんだろうけれどね。今度起動従士の給料を下げるって噂もあるくらいだし」
『それじゃ、ますます起動従士が減るのではありません? 流石に起動従士になった理由が金儲けなんて人間はいないと思いますけれど……』
「起動従士になった理由が普通の人間なんて居やしないよ。起動従士という世界の汚れ役を進んで受けている時点でそいつはかわりものだ。もちろん、僕とリアもそれに該当するけれどね」
そう言って二人はリリーファーを動かしていく。
彼女たちはこれまでも、そしてこれからも虫けらのように命を潰していく。その大きさ小ささには関係ないはずだ。
彼らは人間一人殺すたびに五千ルクス支給される。それが高いか低いかで言えば、はっきり言って低いだろう。実際それによって人命の価値が決められていると言ってもいいのだから。
五千ルクス。
その価値が低いのか高いのか――それは誰も知ることが出来ない。知る手段が無いからでもあるし、それを定義出来るのはカミサマくらいだろう。せいぜい人間が勝手に位置づけしているだけに過ぎないのだから。
そしてそれを起動従士たちは解って人を殺している。兵士だってそうだ。殺さなければやっていけない。戦果を上げねば食べていけない。平和な世界に彼らは不要だ。だから戦争を起こさねばならない。だからそういう種を蒔かねばならない。それが実際に『戦争』という火種へと発展するかは別だが、蒔かねば種は成長しないのだ。
正確には彼らは双子であった。それも双子ではスタンダードの一卵性双生児というやつだ。一応髪を伸ばすとかどうにか違いを見出だそうとしているが、裏を返せばそれ以外は完全に一致なのだ。
「どうだい、リア。調子は?」
マーク・ツーに乗る起動従士が訊ねる。とはいえ、中に乗っているのは少年だ。起動従士の中でも珍しい。カーキ色の髪はとても鮮やかだ。まるで絵の具を塗ったようだし、もっというならば、彼の身体的特徴をも含めて、それ自体が一枚の絵画になる美しさだと言ってもいい。藍色の瞳、すらりと通った鼻、まるで女性めいた桜色の唇。痩せ型と言われがちだが、決してそうには見えず、世間一般に見れば普通の体型なのかもしれない。まあ、どちらかといえば少しだけ骨張った身体だろう(本人による総合評価であり、これが第三者による評価ではない)。
そんな少年イグネル・エクシルは双子の妹であるリフィリア・エクシルと通信をしていた。
『調子は……特に問題ないよ。順調に作戦も進んでいるし』
「そうだね。ならば、それでいいんだ」
『リアは大丈夫。だってお兄様が一緒に居るんですもの!』
その言葉に少しドキリとしてしまうイグネル。リフィリアは妹だが、けっこう外のことを気にしないでこういうことを話す。だからそれを聞いているイグネルからすれば少々恥ずかしいことではあるのだろうが、しかしそれが何年と続けばもう『日常』と化してしまった。周りもそういう考えを理解しているのが、彼にとって少々有り難かった。
「……まぁ、いいや。それよりもリフィリア。作戦の首尾はどうだい?」
『そちらも順調です。サラエナの三分の二が陥落しました。残り三分の一も時間の問題でしょう』
そうさらりと言えるのは、彼女がそれを悪と認識していないからかもしれない。
そもそも悪とは何か――と考える人間も居る。悪も正義も、その定義ははっきり言ってまちまちだ。
だから国で『正義』を定義した。これが国法だ。国法で定義されているから正義、定義されていないから悪である。
何も自分が悪だと思って活動する人間は非常に少ない。それが逆なら話が別であるし、誰もが皆『正義』を持っている。それが歪んでいないかどうか、その判断は本人か或いは他人かに委ねられてしまう。
「そうか。ならば、それほどまでに心配する必要性はないかな」
『当たり前です、お兄様。私はお兄様を守るために、戦っているのですから!』
「普通逆だよなあ……」
頭を掻いて、笑みを浮かべるイグネル。
リフィリアはさらに話を続ける。
『何をおっしゃいましょうか! 私はお兄様を大切にお慕い申し上げているというのに。私はただお兄様のことが……』
「解ったよ、済まなかった。別に君のことを責めているわけじゃない」
そう言ってリフィリアを宥めるが、しかし彼としては少しだけ後悔しているところがあった。
リフィリアとイグネル、兄はイグネルなのだが、リリーファーの類希なる才能を持っているというのは、どちらかといえばリフィリアだった。しかしこの二人、別に親が起動従士だったわけでもなく、ただ一般の市民だった。ほんの数年前、リリーファーを実物大に見た彼らはそれに一目惚れしてしまい、訓練学校への入学を決意したのだ。
入学してから、その才能が発揮されたのはリフィリアの方だった。だからといって別にイグネルには才能がない――というわけではない。イグネルだって普通の起動従士と比べればある程度秀でている方だ。
だが、妹であるリフィリアはそれ以上だった。彼女が持っているパイロット・オプション――『真紅の薔薇』が彼女の凡てを変えてしまったといってもいいだろう。
『真紅の薔薇』はその現象から名付けられた、稀有な例であると言われている。唯一と言ってもいい、『別対象型』のパイロット・オプションである。真紅の薔薇――そのパイロット・オプションははっきり言って明らかになっていない。それゆえに、彼女はこう言われている。
――真紅の薔薇と戦った者は、必ず勝つことが出来ない。
それはおとぎ話めいたものにも思われるが、しかしそれは紛れもない事実であった。紛れもない事実であるのならば、それを誰も疑わなければいいのだが、しかし悲しいことに疑うことを忘れられないのが人間の性というものだろう。
ところで。
人間とはどうして疑うことを忘れられないのだろうか。
人間は信じ続ければ困ることもないというのに、どうして疑ってしまうのだろうか。実際、この内乱ですら、疑うことが結果としてこのような戦乱を招いてしまっている。だから、完全に疑ったことによって引き起こされたものだと言っても、誰もそれに異を唱えることができないのであった。
「……ほんと、どうしてだろうね。どうして人は信じ続けないのだろうか。でないと、今回のようなことが起き続けてしまうのに、さ」
イグネルは言った。
対して、リフィリアの返答は冷たい。
『人間を滅ぼすのは人間ですよ。たとえ強大な力を持った生物が現れたとしても、最終的には人間と人間の戦いに帰結する。それは悲しいことですけれど、しかし仕方ないことでもあります。仕方ないことではありますが、しかしながらそれをそのままにしてはいけません。蔑ろにしてはいけないのです。だから、私は起動従士としてこの世界を是正する。間違っていることを、正しくないことを、凡て正しくするために。「黒」を「白」とするために。それはお兄様にも何度も言っていることですし、いくらお兄様であってもそれを止めようと言うのであれば、私は全力でお兄様を潰す……そう言った気もしますが』
「君の言葉を僕が否定するわけないだろ、リア。君は君の世界を構築すればいい。僕はその中に少しでも居られるのであれば……それはとても幸せなことなのだから」
『お兄様はとても静かです。それでいて自分の意見を一切申しません。まるで私のボディーガードめいた……何かのような。いいえ! お兄様はそんなわけありません! そうでしょう、お兄様?』
「ああ、そうだ」
イグネルは頷く。
『僕は君の唯一の兄であり肉親であり信頼できる人間であり……友でもある。そんな君を僕が見捨てるわけがない。だが、僕は君のことを見捨てることができない。君が僕を見捨てることができても、その逆は出来ない。僕は君を助けなくてはいけないんだよ』
「どうして……ですか」
『何度も言ったじゃないか。それが君にとっても僕にとっても最善の選択だ、と』
エクシル家はかつては貴族として土地と財産を大量に所有し、その栄華を極めた。だが、極めるところまで極めればあとは落ちるだけ――それはどこでも道理で一緒のことだった。貴族もそういう社会の上に成り立っている。そして、エクシル家もその例に漏れず、一気に降下した。名前も、資産も、凡て奪われた。
残されたのは身体のみ――ではなく、慈悲により残された伽藍洞の家。その家に唐突に彼女たちは住むこととなった。
そしてその出来事と同時に、彼女たちは誰も信じられなくなった。そして同時に信じられなくなったもの――それはお金だ。お金は人を恐るべき方向に変えてしまう。かつては純粋な青年がお金によって悪徳な性格へと変貌を遂げてしまったり、貧乏だった老人が大量のお金を手に入れることで贅沢に走るなど、それによっていい結果を生み出したのはほんのひとにぎりで、それも頭がいい人間ばかりだ。
即ち凡人にはお金によって良い結果を生み出すことは皆無であり、それが起きたことは『奇跡』といってもいい……そういうことである。まあ、それが実際に実現出来るかどうかはまた別の話である。
しかしながら、彼女たちは今までお金を信じてこなかった。お金が嫌いだからというわけではない。流石にお金をまったく使わない生活というのは無人島までいかないとほぼ不可能であるから、必要最低限のお金しか使用しなかった。そしてお金が欲しいと言ってくる人間は何が何でも突っ放した。だから彼女たちは友達を作らなかった。人間強度が下がるからではない。ただ、怖かったのだ。人間と関わるのが怖かった。またお金によって家が崩壊してしまうのが嫌だった。実際彼女たちがここまで上り詰めたのはほぼ奇跡に近いし、もしこれが奇跡でないというのなら、彼女たちは凡人ではなく天才の範疇に入るのだろう。実際、リフィリアはパイロット・オプションとしては稀有なものを手に入れている。
対して兄のイグネルは平平凡凡と言ってもいい。リフィリアが天才だから、その代償なのかは解らない。しかしイグネルが平凡の才能を持っているということは事実である。ほかならない事実だ。それ以上でもなくそれ以下でもないしそれを変えることも出来ないだろう。努力に応じては変えることができるかもしれないが、まあ、それも無駄だと思っているのがイグネルなのかもしれない。二人共『天才』だということが証明されてしまえば彼女たちを組ませようとはしないだろう。それは国が認めない。なぜならそれによって彼女たちがクーデターでも起こされたら対応のしようがない。彼女たちの言い分をそのまま認めなくてはならない。
だから、イグネルは凡人を『演じ』なくてはならなかった。あくまでも奇跡に操られている凡人を演じる。それが彼の役目だ。リフィリアの類希なる才能を隠すためではない。寧ろそれに隠れているのだ。その時のために、彼は力を隠しているといってもいい。
「命は金で買えない。だが、命は金で『変える』ことが出来る。貧乏だった人間が一日で貴族の仲間入り、逆に貴族で順風満帆だった人間が一日で街で情けを恵んでもらう立場に成り下がるかもしれない。そしてその権利は誰にでも与えられている。その結果までは保証されていないけれどね」
『結果まで保証されていたら、「ギャンブル」の意味がないですわ、お兄様』
ギャンブル。
リフィリアはそう言った。
彼女たちはそれをギャンブルと呼んでいる。いつでも人間は金によって『変わる』ことが出来る。命を買うことは出来ないが金によって生活を変えることが出来る。生活を買う……そういえば言い回しも通用するかもしれないが、要するにそういうことなのだ。彼女たちはそのギャンブルに勝ち続けてきた。ひとつの目的のために。ひとつの義務のために。ひとつの任務のために。
「……それじゃ、聞くけどリア……そこにいる難民は死ぬべき人間だと思うかい?」
イグネルは指差す。そこにいたのは怯えて立ち上がれなくなった難民だ。恐らくティパモールの人間だろう。
リアは笑みを浮かべて、イグネルの言葉に答えた。
『……当然ですわ、お兄様。ですが、実際に死ぬかどうかはあの難民次第です……わねっ!』
最後力を込めたのはパンチを地面に放ったからだ。パンチ一発で地面が砕け、その難民は地面の切れ目へと飲み込まれていった。
それを見てリフィリアは一言。
『……あそこで死んだということはあの人間は死ぬべき人間でしたよ。そして私たちは二人人間を殺したから一万ルクス来月の給料に加算されるわけだ。……はっきり言って人間一人殺すごとに五千ルクスって安いですわよね、お兄様。どう思います?』
「うん。僕も安いと思うけれどねえ……。でも何度言っても改定してくれないんだよ。起動従士の給料が高いってのもあるんだろうけれどね。今度起動従士の給料を下げるって噂もあるくらいだし」
『それじゃ、ますます起動従士が減るのではありません? 流石に起動従士になった理由が金儲けなんて人間はいないと思いますけれど……』
「起動従士になった理由が普通の人間なんて居やしないよ。起動従士という世界の汚れ役を進んで受けている時点でそいつはかわりものだ。もちろん、僕とリアもそれに該当するけれどね」
そう言って二人はリリーファーを動かしていく。
彼女たちはこれまでも、そしてこれからも虫けらのように命を潰していく。その大きさ小ささには関係ないはずだ。
彼らは人間一人殺すたびに五千ルクス支給される。それが高いか低いかで言えば、はっきり言って低いだろう。実際それによって人命の価値が決められていると言ってもいいのだから。
五千ルクス。
その価値が低いのか高いのか――それは誰も知ることが出来ない。知る手段が無いからでもあるし、それを定義出来るのはカミサマくらいだろう。せいぜい人間が勝手に位置づけしているだけに過ぎないのだから。
そしてそれを起動従士たちは解って人を殺している。兵士だってそうだ。殺さなければやっていけない。戦果を上げねば食べていけない。平和な世界に彼らは不要だ。だから戦争を起こさねばならない。だからそういう種を蒔かねばならない。それが実際に『戦争』という火種へと発展するかは別だが、蒔かねば種は成長しないのだ。
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