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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第二百六十四話 背徳の起動従士(後編)

『……ねぇ、あなた。この通信が聞こえている?』

 任務中、マーク・ゼロを操縦するマーズの耳に声が届いた。
 マーズは直ぐにそれが他のリリーファーからの通信であることを把握すると、

「こちらマーズ、聞こえているわ。どうかしたかしら、何か作戦に支障でも?」
『あなた……どうしてここまで冷静にしていられるの……?』

 抑揚は無く、はっきりとした口調。
 しかしそれには明らかな意思があった。
 怒りだ。極端までに膨らんだ怒りである。もはやそれを隠しきれておらず、言葉の節々からそれを感じ取ることが出来る。
 もしかしたら、その『怒り』はマーズに気付かせるためにわざと感じ取らせているのかもしれない。彼女はそう考えた。それは本人に聞いてみないと、確認することは出来ない。

「……えーと、マーク・ワンで間違いないよね? その起動従士ナターシャ・クロムウェルで」
『えぇ、間違いないわ』

 数瞬の沈黙を置いて、ナターシャは答える。
 ナターシャはマーズと同じくらいの年齢であるということは彼女も知っていた。ただ、学校は違うことから今まで会うことは無かった。
 ナターシャとマーズ、二人が初めて出会ったのは作戦会議前に行われた顔合わせの時だった。薄黄色の髪がとても艶やかで、美しかったのを覚えている。それがたとえ同性であったとしても、見惚れてしまうくらいに。
 ナターシャは財閥クロムウェル家の長女であった。しかし両親との折り合いが付かなくなり、半ば強制的に起動従士訓練学校に入学させられた。
 実質的な『絶縁』であったが、それについて彼女は後悔などしていない。寧ろ、リリーファーを動かせる一番近い可能性を手に入れることが出来るからか、彼女は喜んでいたのだ。まぁ、絶縁めいた状態になったとはいえ、二十歳まではクロムウェルの姓を名乗ることが出来るし、援助も多少ながら受けることが可能だ。
 しかしペナルティとして二十歳までに結婚し、名字をクロムウェルから変更しなくてはならないのだ。それは確かに大変なことだ。そして、それを彼女自身の口から聞いた時、マーズは同情した。しかし、ナターシャの心情を良く知らない彼女が上辺うわべだけ同情しても無駄だった。実際ほんとうにマーズは上辺だけだったのか、それとも心から同情していたのかは解らない。しかしナターシャの意志を知らないのもまた事実だ。

『あなた、ほんとうに今回の作戦を最後まで全うするつもりなのかしら? このままではわたしとしても流石にどうかと思うのだけれど』
「それに対しての解答を示すならノー、ね。私達起動従士はたとえどんな命令でも逆らうことが出来ない」
『ならば、問う。あなたは死を命令されれば死ぬのかしら? 今の言葉はそれと近い意味になるけれど?』

 そこまで来れば、それはまるで子供の理屈だった。確かに二人は子供だ。だが、次に彼女たちは起動従士である。起動従士は軍属であり、軍の命令に逆らうことは先ず出来ない。

「……それとこれとは話が別でしょう。そんな命令を受け取ることなどできません」
『だったら、この大量虐殺を命じた命令も、私は受け取ることができません。そもそも、同じ国民を殺すためにリリーファーに乗っているわけではありませんから』
「まあ、それはあなた自身の考えだから気にしないけれど」
『それじゃ、あなたは大量虐殺を認めている、ということなのね』
「認めなくてはならないことだって、世の中にはあるのではないかしら?」
『……それは言い訳よ。言い訳に過ぎないわ。あなた、それでもほんとうにリーダーを務めるつもり?』

 マーズは溜息を吐く。

「リーダーはわたし。命じられたのもわたし。そして出撃するよう私たちは命じられた……。それ以上でもそれ以下でもない。私たちは軍からしてみれば代用の効く何かだよ。捨てることもできるし、そのまま飼い殺しにすることだって出来ると思う」
『ならば……!』
「だが、それとこれとは話が別。私たちは言われた命令をこなすまで。その命令がひどいものだったら、まあ、仕方ないかもしれないけれど。それでも我儘で命令を遮ることはいけない」

 メインエンジンの音が耳にこびり付く。それくらい長い時間、メインエンジンが駆動しているのである。今か今かと待ち構えている。いつ動くのかと待ち構えているのだ。
 だから、マーズは話を締める。

「……ともかく、もうこれ以上迷惑はかけられない。命令をただこなすだけ。感情も何もかも押し殺して、私は私のすべきことをやるだけ。私から報告しておくから、あなたはもうここから姿を消しなさい。そのほうが、あなたの身のためよ」

 そして、通信を切り、マーズはクロウザの基地から発進した。



 レステア、ベクター医院。

「どうやらヴァリエイブルが本気を出したらしい。サラエナとクロウザから攻撃を開始した。だから、ここにもたくさんの患者がやってくるだろうし、ここが戦地になることも間違いないだろう」
「それで、私たちを外に出す……ということですか」

 たくさんの荷物を抱えたアニーの頭を撫でて、ベクターは笑みを浮かべる。

「仕方ないんだ。君たちを傷つけるわけにはいかない。もうほかの子供たちはどうにかしてティパモールから逃がしたからね。あとはきみとレナだけだよ。二人だけならどうにか家族にも偽装出来るだろうし何とかなるだろう」
「そういう話ではありません。先生は……」

 アニーはベクターのことが好きだった。
 だから彼女はベクターと一緒に居たかった。ベクターとともに最後まで仕事をしたかった。
 だから彼女は一生懸命、涙を流しながら、言っている。

「……君の気持ちはよくわかる。君がこの街の人間を、傷ついた人間を助けたいと思う気持ちも解る。だが、時間がもうない。時間がないんだ。これ以上していたら、君も、レナも危ない。君たちのことを僕は大事なんだよ。大事にしているんだよ。解ってくれ」
「解ってくれ、って……。私の気持ちも解らないで……」

 アニーは荷物を放り捨てて、唐突にベクターを抱きしめた。
 それは突然の行為だったから、彼にも予想外のことであった。アニーはそれが精一杯だった。ほんとうはキスしたかった。それ以上の行為へと発展したかった。しかし時間がなかったのと、これ以上は恥ずかしかったのとがせめぎ合って、結局これ以上は出来なかった。

「先生……、絶対生きてくださいよ。そして、私たちが帰ってくることが出来るように、ここは残しておいてくださいね」
「ああ、解った」

 ベクターは笑みを浮かべ、頷く。
 アニーは荷物を再び抱え、レナとともに向かっていった。
 もちろん、彼が元々用意しておいた場所である。彼は職業柄いろんな友人関係がある。それを有効に活用した次第だ。
 彼はアニーたちを見送り、中へ入り椅子に腰掛け一息吐く。

「……嘘、吐いてしまったなあ」

 彼の言葉は誰もいない医院に溶け込んでいった。



 サラエナの地下道を抜けて、ヴァルトとブレイブは漸く到着した。
 そこは高台にある廃屋だった。抜け道がないようにカモフラージュしたためだろう。

「……何だよ、あれ」

 高台からサラエナを見る。
 そこに広がっていたのは、火の海だった。
 今まで彼らが暮らしていた、サラエナが火の海に沈んでいっている。

「何だよ……何なんだよ……」

 ヴァルトは涙を流し、膝から崩れ落ちる。
 対してブレイブはただじっとそれを見つめていた。それを目に焼き付けているようにも思えた。

「……兄さん、俺たちが何をしたって言うんだよ。そんなに権利を主張しちゃいけないのかよ」
「だから、それを忘れてはいけない。それを耐えるんだ。耐えねばならないんだよ。ずっと耐え続けなくてはいけない。復讐は復讐しか生み出さない」
「じゃあ泣き寝入りしろ、って話かよ! 泣き寝入りして、ずっとヴァリエイブルに踏み潰された感じで生き続けろ。兄さんはそう言いたいのかよ!!」
「俺だって辛いよ!! 辛いが、頑張るしかねえんだよ。生きるしかないんだよ。そうじゃないと、グレイシアに笑われるぞ。あいつは、グレイシアは、命をかけて俺たちをここまで逃がしてくれたんだよ。だから……」
「そうなのかも……しれないけどよ……」

 クラクションが背後から鳴った。
 その唐突とも言える音に気になった彼らは振り返る。
 そこにあったのはこの光景には似つかわしくないスポーツカーだった。黄色のスポーツカーに乗っているのは、若い女性だった。
 女性はサングラスを外して、ウインクをする。

「もしかして……師匠の言っていた……?」
「あなたたちがヴァルトくんとブレイブくん……かな? 何だか一人足りないっぽいけど、それは触れないほうがいいよね」

 そう言ってスポーツカーから女性が降りてきた。
 女性は笑みを浮かべながら、スポーツカーの後部座席から何かを取り出した。
 それは衣服だった。

「一先ずここから逃げるわよ。その砂まみれの服はここで捨てて、この服を着なさい」

 それぞれに服を投げつける。サイズは凡て合っていた。

「あなたは……」

 その言葉に、女性はサングラスを再びかけた。

「私はアルシア・ヴェンダー。エージェントと言ってくれればいいかな。とりあえずそれ以上の肩書きは私、持つ気なんてないからさ」

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