絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百四十一話 そして彼らは明日へと
桜を見終わり、もう夕方になり日が暮れかけていた。
「もう帰りましょうか。明日のためにゆっくりと休む必要もあるでしょうし、みんなそれぞれ門限もあるでしょうし」
マーズは言って、電車に乗り込んだ。
夕日が沈みゆくターム湖は、行きに見たそれとは違った風景であった。穏やかな、まるでその風景が一枚の絵画のように思えるほどの美しさであった。
電車では気が付けばみんな眠ってしまっていて、起きているのはマーズだけになってしまっていた。そのマーズもうつらうつらという感じだったが、彼女が寝てしまい駅を通過してしまうと何かと面倒臭いことになるので、何とかねてはいけないと必死に耐えていた。
ターム湖畔では疎らにしかなかったネオンが降りる駅についたころには全体的に拡散されている。
「それじゃみなさん、また明日」
学校の最寄駅についた頃にはとっぷりと日が暮れていた。一応マーズの方から家族には報告済みであるとはいえ、学生たちにとってこれくらい遅い時間で帰れていないのはあまりにも経験したことないらしく、少しだけ怯えているようにも見える。ファルバートもシルヴィアとメルも名家の人間だからそういう風に反応してしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
シルヴィア、メルは駅の西側へ、ファルバートとリュートは駅南側へ、崇人とヴィエンス、それにマーズは駅東側にそれぞれ歩き始めて、彼らは別れた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「やっぱりサクラは綺麗だったなあ」
ヴィエンスと別れ、崇人とマーズは道を歩いていた。もちろん荷物はアリシエンスに借りたがま口財布に凡て入っているので心配することはない。
マーズは空を見上げて、笑みを浮かべる。
「そうね。サクラがだいたい咲くのはこの時期で……しかも生えている場所は限られているのよ。どうしてか知らないけどね。桜の苗を植えてもめっきり出来ない場所だってあるし。まあ、それはほかの植物でも考えられる話か」
「ウメ切らぬ馬鹿サクラ切る馬鹿……って言葉があってな」
「それってタカトのいた世界にあったってこと?」
マーズの言葉に崇人は笑みを浮かべて、頷く。
「ふうん……。面白いね、タカトの世界にもあったものがこの世界にもあるなんて。ほんと、共通点ばかりあるっていいよね」
そういうものだろうか。と崇人は思った。
彼は未だにこの世界がどういう仕組みで成り立っているのかとか常識的なことを理解できていないことが多く、だからたまに常識がない風に思われてしまうこともある。そのときは適宜調べるかマーズに訊ねるかのいずれかの方法を選択している、というわけだ。
「まあ、この世界にいたほうがはっきり言って楽しいけどな」
「前の世界はそんなに楽しくなかったの?」
「いや、楽しくなかったとかそういうわけじゃないんだが……。今自分が生きているのは紛れもなくこの世界だろ? だからこの世界に生きているのがとても楽しいんだよ」
「なるほどねえ……毎回思うけどあんたの人生観はほんとよく解らない。この世界の人間がもたない人生観だからかもしれないけれど」
「この世界の殆どの人間がこんな人生観抱いていたら、それはそれでどうかと思うけどな。人の考えはそれぞれだし、だからこそ『違い』や、それを『修正』しようとする何かがあると思うんだがな……。どれが正しいかなんて、結局誰にも解らないんだ」
崇人はそう言って空を見上げる。空には月がぼんやりと光っていた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
次の日。
放課後の時間に騎士道部の面々は外部に『練習』しに出掛けていた。そこまではバスでそう時間もかからない。だから、騎士道部の面々は今バスに乗っているのだった。
幾つかバス停名がアナウンスされたところで、マーズがボタンを押す。止まります、という人工音声とともに甲高いブザー音がバスの中に鳴り響いた。
「それじゃあ次で降りるからねー。あ、運賃はこっちで持つから財布開いて運賃表と整理券の番号照らし合わさなくてもいいからね。あと整理券も一緒に回収するから」
マーズは後ろに座っている騎士道部のメンバーに向かってそう言った。
そして、その言葉の通りバス停に着くと全員がマーズについてきていることを確認して、八人分の運賃を支払った。
リリーファーシミュレートセンターの玄関に入るとメリアが珍しくそこまで出迎えてくれていた。彼女の目の下には相変わらずくまがあった。
「……ちゃんと睡眠取ってるのか?」
「これでも昨日は二時間も寝たわ」
……二時間『も』ということはそれより寝れない日もあるんだろうか、と突っ込むのはやめておいた。
「それにしてもあなたがここまで出てくるなんて、珍しいわよね。いつもは受付経由で行くのに」
「なんか気分が良かったからね。たまには出るのもいいかなぁ、って」
「気分かー」
マーズとメリアのやり取りはなんと無くほのぼのとしたものだった。
メリアは白衣を翻し、踵を返した。
マーズたちはそれに倣い、ついていくこととした。
シルヴィアとファルバートはシミュレートマシンのある部屋に、それ以外の人間はコントロールルームにやって来た。
「シルヴィアとファルバート、それぞれシミュレートマシンに入ったか?」
ワークステーションに備え付けられていたマイクを使って二人に指示を送る。
『大丈夫だ』
『こちらは問題ないわ』
少し遅れて、二人からの返事が返ってくる。二人ともシミュレートマシンに乗るのは初めてだというのに、ひどく落ち着いていた。余裕すら見えていたのだ。
マイク入力がオフになっていることを確認して、メリアは椅子を回転させる。後ろの方に立っているマーズたちは何があったのかと思った。
メリアは小さく溜め息を吐いて、そのことについて答えた。
「二人とも初めてこれに乗る……だったよな? それにしては二人とももう同調が上手くいっている。完璧とは言わないけど、普通の起動従士と同じくらいにシミュレートマシンを動かすことが出来るわ」
「やっぱり才能ってもんかな」
ヴィエンスはメリアに言った。メリアはその言葉に頷く。
「才能が遺伝するなんて話は聞いたことがないないけれどね。今まで研究したことがないからかもしれないが……しかし興味深い。ああいうのを研究して発表すれば、その結果が若干微妙であっても学会デビューが出来るだろうな」
とどのつまり。
ヴィエンスが拍子に言ったその言葉は、きちんとした学者が本腰を入れて研究してもおかしくないことだったのだ。
「……そういうのを研究しててもおかしくないと思うがな」
「思うだろう? だがな、君たちも充分知っているように起動従士には『マッチング』がある。起動従士になるための適性がある。その適性はたとえ起動従士の親から産まれた子供でも遺伝しないことがある。完全にランダムなんだ。その不安定な状態にある適性をどうにか安定出来ないか? 適性の条件とは何か? 昔から研究されているのはこんなのばかりだ」
今の研究者が研究しているのは『才能』ではなく『適性』だということだ。才能以前に適性が無ければ起動従士としては使い物にならない。確かにこれは比べようのない真実だが、かといってそのままでは初期レベルの勇者に伝説の剣を与えたようなもの。即ち全然弱いわけだ。弱い存在をリリーファー同士の戦闘が出来るまで鍛え上げるには、いったいどれほどの時間を費やせばいいのだろうか。そしてその方法はあまりにも時間がかかりすぎるのだ。
「……今君が言った才能くんだりについては、後で私のほうから話を通して、こちらのほうで研究開発を進めておこう。なぁに、あれほどのデスマーチを乗り越えたんだ。きっと今年中には完成するでしょうよ」
「もう帰りましょうか。明日のためにゆっくりと休む必要もあるでしょうし、みんなそれぞれ門限もあるでしょうし」
マーズは言って、電車に乗り込んだ。
夕日が沈みゆくターム湖は、行きに見たそれとは違った風景であった。穏やかな、まるでその風景が一枚の絵画のように思えるほどの美しさであった。
電車では気が付けばみんな眠ってしまっていて、起きているのはマーズだけになってしまっていた。そのマーズもうつらうつらという感じだったが、彼女が寝てしまい駅を通過してしまうと何かと面倒臭いことになるので、何とかねてはいけないと必死に耐えていた。
ターム湖畔では疎らにしかなかったネオンが降りる駅についたころには全体的に拡散されている。
「それじゃみなさん、また明日」
学校の最寄駅についた頃にはとっぷりと日が暮れていた。一応マーズの方から家族には報告済みであるとはいえ、学生たちにとってこれくらい遅い時間で帰れていないのはあまりにも経験したことないらしく、少しだけ怯えているようにも見える。ファルバートもシルヴィアとメルも名家の人間だからそういう風に反応してしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
シルヴィア、メルは駅の西側へ、ファルバートとリュートは駅南側へ、崇人とヴィエンス、それにマーズは駅東側にそれぞれ歩き始めて、彼らは別れた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「やっぱりサクラは綺麗だったなあ」
ヴィエンスと別れ、崇人とマーズは道を歩いていた。もちろん荷物はアリシエンスに借りたがま口財布に凡て入っているので心配することはない。
マーズは空を見上げて、笑みを浮かべる。
「そうね。サクラがだいたい咲くのはこの時期で……しかも生えている場所は限られているのよ。どうしてか知らないけどね。桜の苗を植えてもめっきり出来ない場所だってあるし。まあ、それはほかの植物でも考えられる話か」
「ウメ切らぬ馬鹿サクラ切る馬鹿……って言葉があってな」
「それってタカトのいた世界にあったってこと?」
マーズの言葉に崇人は笑みを浮かべて、頷く。
「ふうん……。面白いね、タカトの世界にもあったものがこの世界にもあるなんて。ほんと、共通点ばかりあるっていいよね」
そういうものだろうか。と崇人は思った。
彼は未だにこの世界がどういう仕組みで成り立っているのかとか常識的なことを理解できていないことが多く、だからたまに常識がない風に思われてしまうこともある。そのときは適宜調べるかマーズに訊ねるかのいずれかの方法を選択している、というわけだ。
「まあ、この世界にいたほうがはっきり言って楽しいけどな」
「前の世界はそんなに楽しくなかったの?」
「いや、楽しくなかったとかそういうわけじゃないんだが……。今自分が生きているのは紛れもなくこの世界だろ? だからこの世界に生きているのがとても楽しいんだよ」
「なるほどねえ……毎回思うけどあんたの人生観はほんとよく解らない。この世界の人間がもたない人生観だからかもしれないけれど」
「この世界の殆どの人間がこんな人生観抱いていたら、それはそれでどうかと思うけどな。人の考えはそれぞれだし、だからこそ『違い』や、それを『修正』しようとする何かがあると思うんだがな……。どれが正しいかなんて、結局誰にも解らないんだ」
崇人はそう言って空を見上げる。空には月がぼんやりと光っていた。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
次の日。
放課後の時間に騎士道部の面々は外部に『練習』しに出掛けていた。そこまではバスでそう時間もかからない。だから、騎士道部の面々は今バスに乗っているのだった。
幾つかバス停名がアナウンスされたところで、マーズがボタンを押す。止まります、という人工音声とともに甲高いブザー音がバスの中に鳴り響いた。
「それじゃあ次で降りるからねー。あ、運賃はこっちで持つから財布開いて運賃表と整理券の番号照らし合わさなくてもいいからね。あと整理券も一緒に回収するから」
マーズは後ろに座っている騎士道部のメンバーに向かってそう言った。
そして、その言葉の通りバス停に着くと全員がマーズについてきていることを確認して、八人分の運賃を支払った。
リリーファーシミュレートセンターの玄関に入るとメリアが珍しくそこまで出迎えてくれていた。彼女の目の下には相変わらずくまがあった。
「……ちゃんと睡眠取ってるのか?」
「これでも昨日は二時間も寝たわ」
……二時間『も』ということはそれより寝れない日もあるんだろうか、と突っ込むのはやめておいた。
「それにしてもあなたがここまで出てくるなんて、珍しいわよね。いつもは受付経由で行くのに」
「なんか気分が良かったからね。たまには出るのもいいかなぁ、って」
「気分かー」
マーズとメリアのやり取りはなんと無くほのぼのとしたものだった。
メリアは白衣を翻し、踵を返した。
マーズたちはそれに倣い、ついていくこととした。
シルヴィアとファルバートはシミュレートマシンのある部屋に、それ以外の人間はコントロールルームにやって来た。
「シルヴィアとファルバート、それぞれシミュレートマシンに入ったか?」
ワークステーションに備え付けられていたマイクを使って二人に指示を送る。
『大丈夫だ』
『こちらは問題ないわ』
少し遅れて、二人からの返事が返ってくる。二人ともシミュレートマシンに乗るのは初めてだというのに、ひどく落ち着いていた。余裕すら見えていたのだ。
マイク入力がオフになっていることを確認して、メリアは椅子を回転させる。後ろの方に立っているマーズたちは何があったのかと思った。
メリアは小さく溜め息を吐いて、そのことについて答えた。
「二人とも初めてこれに乗る……だったよな? それにしては二人とももう同調が上手くいっている。完璧とは言わないけど、普通の起動従士と同じくらいにシミュレートマシンを動かすことが出来るわ」
「やっぱり才能ってもんかな」
ヴィエンスはメリアに言った。メリアはその言葉に頷く。
「才能が遺伝するなんて話は聞いたことがないないけれどね。今まで研究したことがないからかもしれないが……しかし興味深い。ああいうのを研究して発表すれば、その結果が若干微妙であっても学会デビューが出来るだろうな」
とどのつまり。
ヴィエンスが拍子に言ったその言葉は、きちんとした学者が本腰を入れて研究してもおかしくないことだったのだ。
「……そういうのを研究しててもおかしくないと思うがな」
「思うだろう? だがな、君たちも充分知っているように起動従士には『マッチング』がある。起動従士になるための適性がある。その適性はたとえ起動従士の親から産まれた子供でも遺伝しないことがある。完全にランダムなんだ。その不安定な状態にある適性をどうにか安定出来ないか? 適性の条件とは何か? 昔から研究されているのはこんなのばかりだ」
今の研究者が研究しているのは『才能』ではなく『適性』だということだ。才能以前に適性が無ければ起動従士としては使い物にならない。確かにこれは比べようのない真実だが、かといってそのままでは初期レベルの勇者に伝説の剣を与えたようなもの。即ち全然弱いわけだ。弱い存在をリリーファー同士の戦闘が出来るまで鍛え上げるには、いったいどれほどの時間を費やせばいいのだろうか。そしてその方法はあまりにも時間がかかりすぎるのだ。
「……今君が言った才能くんだりについては、後で私のほうから話を通して、こちらのほうで研究開発を進めておこう。なぁに、あれほどのデスマーチを乗り越えたんだ。きっと今年中には完成するでしょうよ」
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