絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百三十三話 言葉
そこに立っていたのは少女だった。少女というよりもさらに幼い女の子がそこに立っていた。赤い髪をした少女、その体躯に見合わないきつい眼は、見るものを圧倒させる。
少女の話は続く。
「ねえ……私の話、聴いてる?」
訊ねられて、ファルバートは素直に頷く。
「君はインフィニティというリリーファーについて、どれくらいの知識を得ている? 正確じゃなくて曖昧な知識でも構わない」
「インフィニティは最強のリリーファーだ。誰もが知っている最強のリリーファーだよ」
「そう、そうだね」
少女は歩き始める。それを見て、ファルバートも後を追った。
少女は歌うように話を続ける。
「そう。インフィニティは最強のリリーファー。それゆえに可能性は無限大にある」
「そうだ。だから僕はそれを乗ろうと思っていた」
「だが、そこにいたのはもう起動従士が決定されていたインフィニティの姿だった」
ファルバートは頷く。
「インフィニティになんであんな無名な存在が居たのか? もちろん、何らかの力を認められたからそこにいたのかもしれない。でも僕は認められなかった。認めたくなかった、と言ってもいいかもしれない」
「うんうん。君が辛いのは解るよゥ」
気が付けば彼女はファルバートの部屋の扉を開けて、その中へ入っていた。
しかしファルバートはそれに違和を抱くことなく、その中に入っていく。
少女はベッドに腰掛けて言った。
「君がとても辛いのは仕方ないことだ。私もそれを聞いていて胸が痛むよ」
そう言って少女は胸を撫で下ろす。
少女は足を揺らせて、ふんふんと鼻歌を歌う。その光景はまさにいたいけな少女のそれだった。
「……君はインフィニティに乗れるようにしてくれるのか、この僕を」
「うん。もちろんだよ。君をこの私が変えてあげようじゃないか」
高圧的な態度を取る彼女だったが、しかしファルバートは気にしなかった。普通ならばその時点で違和を抱いてもおかしくなかったのに。それでも彼は疑問を、違和を、抱くことはなかった。
なぜだろうか? ――それはきっと誰に聞いても解ることではないだろう。
ファルバートは少女の隣に腰掛ける。
「……ほんとうに、ほんとうにか?」
「私の言動が欺瞞に満ちていると思うのも仕方ないことだろうが、これは真実。私のことを信じて、私の言うとおりにしてくれればあなたは最強のリリーファー、インフィニティに乗ることが出来るの」
多少少女の言動にブレが出てきたようにも思えるが、しかしファルバートがそれを気づいたかどうかは解らない。
「どうすればいい。どうすれば、最強のリリーファーに乗ることが……」
「契約、しましょ」
少女はそう言って袖を捲ると、そのままの腕をファルバートに見せた。
その意味をファルバートは理解できなかったが、
「私、言っていなかったけど精霊なの。知ってる?」
精霊。
この世界に原始から存在する、四大元素に属する人間ではない存在。それが精霊である。動物でも幽霊でも神様でももちろん人間でもない存在だ。
その精霊が、彼の前にいて契約を提案している。
その意味を彼は知らないわけでもなかった。
「契約……精霊である君と?」
こくり、と少女は頷き話を続ける。
「そうよ。精霊と契約すれば多大な力を手に入れる。それはあなただって知っている事項のはず。もしかしたらインフィニティの起動従士を力で奪えるかもしれない」
「力で……奪える……」
ファルバートは彼女の言った言葉を反芻する。力で奪うことが出来る。これは普通ならばルールに反することだから、ダメなのかもしれないが、少なくとも今の彼にそれを判断することは出来なかった。
ファルバートは訊ねる。
「そういえばそれに関しての副作用みたいなものはあったりしないよな?」
「副作用? あなたはそんな後ろめたいことを考えるわけ?」
少女は言って、目を細める。
「だってインフィニティに乗ることが出来るのよ? 少しの副作用なんて気にしないのが常ってもんじゃない?」
ファルバートは答えない。
少女は笑みを浮かべて、さらに話を続ける。
「……考えてみなさい。インフィニティに乗ることが出来る、それほどの力を与えると言っているの。副作用がどれほどあっても、この有り余る力を手に入れるチャンスを逃すということ。これを考えると……」
「解っている。解っているんだ、でも……」
じれったいね、と言って少女はファルバートの目を見た。ファルバートも自然と少女の目を見つめ始める。
ファルバートは少女の目を見ていくうちに、徐々に微睡みの中へ落ちていくのを感じた。どうしてなのかは誰にも理解できなかった。しかし、彼はどうしてか、その睡眠欲に耐え切れなかった。
彼がすやすやと寝息を立てるのを見て、少女は自分の指を見つめる。
すると彼女の人差し指の爪が鋭く尖っていく。その鋭利な爪で、躊躇なくファルバートの首筋を引き裂いた。
直ぐにファルバートの首筋からは赤い血が漏れ始める。彼女はそれを指で掬って舐めた。
「『契約』は済ませたかい、ハンプティ・ダンプティ」
声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは――。
「なんだい、帽子屋か。おどろかせやがって。まったく、油断も隙もありゃしない」
「油断も隙もないのはそっちだろ。抜けがけしてザイデル家と接触したんだからさ」
「別に接触は悪くないだろう? これはあくまで僕が独自にやっていることだ。君の計画には干渉しないはずだよ」
「彼に『インフィニティに乗れる』と言って契約を薦めたことが、計画に干渉しないと? 笑っちゃうね、そんなことが有り得るのかい?」
「……あれは契約ではない。契約に見せかけた、ただの儀式だ」
「知っているよ。それくらい。『みなまで言うな』ってやつだ」
帽子屋はせせら笑いながら、ハンプティ・ダンプティの隣に腰掛けた。
「……彼がどういう働きをするのか楽しみだよ、ハンプティ・ダンプティ。せいぜい木乃伊取りが木乃伊にならないようにしないとね?」
「それを君に言われるとは思いもしなかったよ、帽子屋」
そして。
ハンプティ・ダンプティと帽子屋は姿を消した。
◇◇◇
ジェシー・アンソワーズはごく一般的な家庭に生まれた少女だ。しかしながら彼女の類希なる才能は、彼女を起動従士訓練学校の入学へと導いた。
「……大会のメンバーに選ばれるかもしれないの」
だから、その発言を彼女の口から聞いたときは彼女の両親は驚いたに違いない。だって大会に出ることが出来るのは名誉なのだから。栄誉なことなのだから。大会に参加出来る人間は数少ない。だから自ずと優秀な人間に限られる。
大会に出ることができるということは、その学校で優秀な人間であることが認められた――ということに等しい。だから彼女の両親は喜んでいるのだ。彼女が『選ばれた』という事実に。
「でもね……、私悩んでいるの。ほんとうに出ていいのかどうか」
「何を言うんだ。出たほうがいい。ジェシー、お前は頭がいいんだから」
「でも、周りにいる人間はみんな……私よりももっと頭がいいのよ」
「ジェシー」
ジェシーの父親は彼女に語りかけた。
「ジェシーは頭がいい。そして、人と比べて劣っているところがあるかもしれないし、それは仕方ないことかもしれない。でも、ジェシー、君は君だ。それ以外の何者でもない。だから、君が嫌だというのならそれでも構わない。大会に参加しなくても構わないだろう。……でも、いつか後悔する。あの時出ていればよかったなんて思っても、もう遅い。人生は一度きりだ。リセットもできなければセーブもできないし、もちろんそのセーブデータを使ってやり直しめいたことも出来ない。その意味が……僕の言いたい意味が解るかい? 人生は一度きりだ。だから精一杯楽しんで精一杯苦しんで精一杯喜んで精一杯笑って……悔いのないように生きて欲しいんだ。悔いのないように生きて、悔いなく死んでいく。それが一番の理想だと思うし一番の生き方だと思うんだよ。僕はそういう生き方をしてきたかと言われれば、残念ながらはっきりと『そうだ』と言えない。だからジェシー、君にはそういう生き方をして欲しくないんだ」
ジェシーの父親は、ジェシーの肩を撫でながら、非常に丁寧な語り口でそう言った。
少女の話は続く。
「ねえ……私の話、聴いてる?」
訊ねられて、ファルバートは素直に頷く。
「君はインフィニティというリリーファーについて、どれくらいの知識を得ている? 正確じゃなくて曖昧な知識でも構わない」
「インフィニティは最強のリリーファーだ。誰もが知っている最強のリリーファーだよ」
「そう、そうだね」
少女は歩き始める。それを見て、ファルバートも後を追った。
少女は歌うように話を続ける。
「そう。インフィニティは最強のリリーファー。それゆえに可能性は無限大にある」
「そうだ。だから僕はそれを乗ろうと思っていた」
「だが、そこにいたのはもう起動従士が決定されていたインフィニティの姿だった」
ファルバートは頷く。
「インフィニティになんであんな無名な存在が居たのか? もちろん、何らかの力を認められたからそこにいたのかもしれない。でも僕は認められなかった。認めたくなかった、と言ってもいいかもしれない」
「うんうん。君が辛いのは解るよゥ」
気が付けば彼女はファルバートの部屋の扉を開けて、その中へ入っていた。
しかしファルバートはそれに違和を抱くことなく、その中に入っていく。
少女はベッドに腰掛けて言った。
「君がとても辛いのは仕方ないことだ。私もそれを聞いていて胸が痛むよ」
そう言って少女は胸を撫で下ろす。
少女は足を揺らせて、ふんふんと鼻歌を歌う。その光景はまさにいたいけな少女のそれだった。
「……君はインフィニティに乗れるようにしてくれるのか、この僕を」
「うん。もちろんだよ。君をこの私が変えてあげようじゃないか」
高圧的な態度を取る彼女だったが、しかしファルバートは気にしなかった。普通ならばその時点で違和を抱いてもおかしくなかったのに。それでも彼は疑問を、違和を、抱くことはなかった。
なぜだろうか? ――それはきっと誰に聞いても解ることではないだろう。
ファルバートは少女の隣に腰掛ける。
「……ほんとうに、ほんとうにか?」
「私の言動が欺瞞に満ちていると思うのも仕方ないことだろうが、これは真実。私のことを信じて、私の言うとおりにしてくれればあなたは最強のリリーファー、インフィニティに乗ることが出来るの」
多少少女の言動にブレが出てきたようにも思えるが、しかしファルバートがそれを気づいたかどうかは解らない。
「どうすればいい。どうすれば、最強のリリーファーに乗ることが……」
「契約、しましょ」
少女はそう言って袖を捲ると、そのままの腕をファルバートに見せた。
その意味をファルバートは理解できなかったが、
「私、言っていなかったけど精霊なの。知ってる?」
精霊。
この世界に原始から存在する、四大元素に属する人間ではない存在。それが精霊である。動物でも幽霊でも神様でももちろん人間でもない存在だ。
その精霊が、彼の前にいて契約を提案している。
その意味を彼は知らないわけでもなかった。
「契約……精霊である君と?」
こくり、と少女は頷き話を続ける。
「そうよ。精霊と契約すれば多大な力を手に入れる。それはあなただって知っている事項のはず。もしかしたらインフィニティの起動従士を力で奪えるかもしれない」
「力で……奪える……」
ファルバートは彼女の言った言葉を反芻する。力で奪うことが出来る。これは普通ならばルールに反することだから、ダメなのかもしれないが、少なくとも今の彼にそれを判断することは出来なかった。
ファルバートは訊ねる。
「そういえばそれに関しての副作用みたいなものはあったりしないよな?」
「副作用? あなたはそんな後ろめたいことを考えるわけ?」
少女は言って、目を細める。
「だってインフィニティに乗ることが出来るのよ? 少しの副作用なんて気にしないのが常ってもんじゃない?」
ファルバートは答えない。
少女は笑みを浮かべて、さらに話を続ける。
「……考えてみなさい。インフィニティに乗ることが出来る、それほどの力を与えると言っているの。副作用がどれほどあっても、この有り余る力を手に入れるチャンスを逃すということ。これを考えると……」
「解っている。解っているんだ、でも……」
じれったいね、と言って少女はファルバートの目を見た。ファルバートも自然と少女の目を見つめ始める。
ファルバートは少女の目を見ていくうちに、徐々に微睡みの中へ落ちていくのを感じた。どうしてなのかは誰にも理解できなかった。しかし、彼はどうしてか、その睡眠欲に耐え切れなかった。
彼がすやすやと寝息を立てるのを見て、少女は自分の指を見つめる。
すると彼女の人差し指の爪が鋭く尖っていく。その鋭利な爪で、躊躇なくファルバートの首筋を引き裂いた。
直ぐにファルバートの首筋からは赤い血が漏れ始める。彼女はそれを指で掬って舐めた。
「『契約』は済ませたかい、ハンプティ・ダンプティ」
声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは――。
「なんだい、帽子屋か。おどろかせやがって。まったく、油断も隙もありゃしない」
「油断も隙もないのはそっちだろ。抜けがけしてザイデル家と接触したんだからさ」
「別に接触は悪くないだろう? これはあくまで僕が独自にやっていることだ。君の計画には干渉しないはずだよ」
「彼に『インフィニティに乗れる』と言って契約を薦めたことが、計画に干渉しないと? 笑っちゃうね、そんなことが有り得るのかい?」
「……あれは契約ではない。契約に見せかけた、ただの儀式だ」
「知っているよ。それくらい。『みなまで言うな』ってやつだ」
帽子屋はせせら笑いながら、ハンプティ・ダンプティの隣に腰掛けた。
「……彼がどういう働きをするのか楽しみだよ、ハンプティ・ダンプティ。せいぜい木乃伊取りが木乃伊にならないようにしないとね?」
「それを君に言われるとは思いもしなかったよ、帽子屋」
そして。
ハンプティ・ダンプティと帽子屋は姿を消した。
◇◇◇
ジェシー・アンソワーズはごく一般的な家庭に生まれた少女だ。しかしながら彼女の類希なる才能は、彼女を起動従士訓練学校の入学へと導いた。
「……大会のメンバーに選ばれるかもしれないの」
だから、その発言を彼女の口から聞いたときは彼女の両親は驚いたに違いない。だって大会に出ることが出来るのは名誉なのだから。栄誉なことなのだから。大会に参加出来る人間は数少ない。だから自ずと優秀な人間に限られる。
大会に出ることができるということは、その学校で優秀な人間であることが認められた――ということに等しい。だから彼女の両親は喜んでいるのだ。彼女が『選ばれた』という事実に。
「でもね……、私悩んでいるの。ほんとうに出ていいのかどうか」
「何を言うんだ。出たほうがいい。ジェシー、お前は頭がいいんだから」
「でも、周りにいる人間はみんな……私よりももっと頭がいいのよ」
「ジェシー」
ジェシーの父親は彼女に語りかけた。
「ジェシーは頭がいい。そして、人と比べて劣っているところがあるかもしれないし、それは仕方ないことかもしれない。でも、ジェシー、君は君だ。それ以外の何者でもない。だから、君が嫌だというのならそれでも構わない。大会に参加しなくても構わないだろう。……でも、いつか後悔する。あの時出ていればよかったなんて思っても、もう遅い。人生は一度きりだ。リセットもできなければセーブもできないし、もちろんそのセーブデータを使ってやり直しめいたことも出来ない。その意味が……僕の言いたい意味が解るかい? 人生は一度きりだ。だから精一杯楽しんで精一杯苦しんで精一杯喜んで精一杯笑って……悔いのないように生きて欲しいんだ。悔いのないように生きて、悔いなく死んでいく。それが一番の理想だと思うし一番の生き方だと思うんだよ。僕はそういう生き方をしてきたかと言われれば、残念ながらはっきりと『そうだ』と言えない。だからジェシー、君にはそういう生き方をして欲しくないんだ」
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