絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百三十二話 ジェシー
「そしたら部活動を始めているみたいで、掃除をしている間に聞こえた話とかで、ここが『大会』などのために起動従士を育てる場所だってことが解って……。それで勇気を出して入ろうとしたらファルバートくんが」
「あいつが入ってきて、まぁ高圧的に色々といちゃもんつけているから、その会話に入れる訳もなくずっと待っていた……要するにそういうことだな?」
ジェシーの言葉を代弁するようにヴィエンスは言った。ただしその言い回しは少しぶっきらぼうなものであった。
そのぶっきらぼうな言い回しを女子に言うのもいかがなものかと思ったマーズは、それについて咎めようとした。
それよりも早くジェシーは頷き、そのことについて認めた。
「……じゃああなたは騎士道部に入ろうとは今のところ考えていないのかしら?」
「さっきの話を盗み聞きしてしまいましたが、学力試験と入学式にあった訓練で総合的に評価しているなら、私は『優等生』なんてそんな箔つきではありません。ただの凡庸な学生です」
自身を凡庸だと言って、ジェシーは首を横に振った。
しかし、凡庸と卑下するものの、この学校は基本的に頭の良い人間があらゆる所からやって来るので、たとえこの学校で凡庸でも普通の学校で上位に入るくらいだ。要するにこの学校と普通の学校では基準がまったく違う。
しかしながら、学力の可視化からの順位付けは、少なくともほかの学校よりは厳しいものになるのは事実だ。起動従士として較べられていくのは彼らが生きていく中での回数を考えれば学校でのそれなどちんけなものに過ぎない。
そもそも他人と較べられるということは社会では必要不可欠だ。必ず一回以上は他人と較べられる。それによって『自分』という存在が社会的に認められるといえるだろう。
ジェシーに関しては今日来たばかりであるしシルヴィアたちに較べれば『大会』への関心が低いようにも思える。だから彼女を一先ず『保留』としたのだ。
「まぁ、凡庸と言ったってこの学校の『平凡』ってのは世間でも高レベルな人間であることは事実よ」
マーズは言うと、立ち上がってジェシーの肩をぽんぽんと叩いた。
「……まだ色々と整理がつかないことだってあるだろう。そう簡単に整理がつくことではない。なにせ人生を左右する大事な選択になりかねないからね」
「…………そう、ですね。わかりました。改めて考えてみたいと思います」
そう言って彼女は頭を下げ、踵を返しその場を後にした。
◇◇◇
その日の夜。
ザイデル家の夕食は優雅なものであった。ビーフステーキにコーンスープ、マッシュポテトにガーリックトーストなど、贅を尽くしたものが並んでいる。
ザイデル家の夕食には会話という調味料が存在しない。存在してはいけないのだ。親子どうしで会話をすることがない。ファルバートが進言しても、彼の父親であるバルト・ザイデルに否定されてしまえば彼はなにも言えない。
ファルバートはバルトの良きパペットになっているのは、ザイデル家に仕える人間なら周知の事実だった。でも、それを言わない。言えるはずがない。
「……時にファルバート」
ワイングラスを傾けながら、バルトは言った。
「なんでございましょうか」
ファルバートは言った。
バルトは傾けたグラスの中に入っているワインを啜り、
「……なんでも、騎士道部という部活動に入っているようだな。リュートから聞いているぞ」
それを聞いてファルバートは心の中で舌打ちする。リュートとは彼の幼馴染であり、バルトの部下であった。リュートと同い年であるというのに、バルトに対する忠誠心は厚い。しかしながら、ファルバートにとっては一番近しい存在にいるので、彼を無視するわけにもいかないのであった。
しかし、バルトの言葉に答えないわけにはいかない。そう思ったファルバートは一口水を啜ってそれに答える。
「はい、確かに私は騎士道部に入部表明してまいりました。なんでも『大会』メンバーへと部員を優先的に昇格させる。だから、それが一番であると考えたためです」
その通りだった。筋の通った考えだった。
だが、それが父バルトに通ずるかと言われると……また微妙な話だった。
ファルバートの話にバルトは頷く。どうやらそれで理解したようだ。
「……ふむ。ならばいい。しかし、私が疑問に思ったのはもうひとつのことだ。……どうやら、騎士道部とやらには、かのゴーファンの双子がいるらしいな?」
それを聞いてファルバートの顔が引きつった。どうやらリュートはそれに関しても伝えていたらしい。
それを聞いてファルバートはひどく後悔する。早く自分の口からそれを伝えたかったのに、リュートの口からそれが伝えられたということが至極こそばゆいものを感じた。
ファルバートは一瞬遅れてそれに頷く。
バルトの話は続いた。
「……しかもゴーファンの双子の片割れが、その騎士道部で部長の地位……ひいては今回の『大会』でリーダーに就くらしいではないか? 私の苦労を知らないわけではあるまい? いつまでも彼奴らに見下される立場でありたくないのだよ」
「それは重々承知しております。ですから、僕は決断しております。近々、シミュレートセンターにてシミュレートマシンどうしの戦闘ではありますが、リーダーを決める模擬戦を行うよう取り付けました。これで僕が勝てば、ゴーファンの双子を見返すことが出来るでしょう」
それを聞いてバルトは頷く。その表情は心なしか先ほどよりも柔和である。
「解った。期待しているぞ、ファルバート」
そう言って、バルトは立ち上がるとその場から姿を消した。そのあいだ、ファルバートはずっと頭を下げ続けていた。
親子の会話というよりは上司と部下のそれに近い。それを聞いていたメイドも、恐らくはそう思っただろう。
だが、それについてファルバートは普通だと思っていた。こうすることが自分にとって理想形であると確信していた。
しかし、ひとつだけ腑に落ちない。
「……インフィニティ」
彼は、最強のリリーファーの名前を呟いた。
バルトの言うとおりならば、彼がその主になっていてもおかしくない逸品。どうして名前も知らない人間がそこまでインフィニティに乗ることが出来るのか……彼には解らなかった。
そもそも、インフィニティに乗れるほどの人間だというのなら、何らかの有名な家系にいるはずである。しかしタカト・オーノというのは彼やバルトが知る有名な家系には入っていない。当然だろう、なぜなら彼は『異世界』からやってきた人間なのだから。
「どうしてあいつが乗っているんだ……。僕があれに乗るべきなのに……!」
彼が騎士道部に入った理由は『二つ』ある。ひとつは大会に参加するため。そしてもう一つは――。
――インフィニティの起動従士を、自らのものにするため。
それは理由というよりも野望といったほうが正しい。そもそも彼はインフィニティについて知っていることは少ない。強いて言うなら、そのリリーファーは最強であり、敵う存在がいない――ということだ。
バルトは常日頃から『インフィニティに乗れるような人間になれ』とファルバートに言ってきていた。しかし一年前、崇人がその資格を所有することになると、バルトはひどく激昂した。どうして自分の息子ではなくて、名前も知られていない人間が、いとも簡単にその資格を得ることができたのか。彼は王家に抗議するほどだった。その姿を見てバルトをこう思った人間は多いだろう。かつては一二を争う起動従士だったのに今はただ耄碌しただけの爺だ――と。それを聞いてファルバートは悲しんだ。現に彼もバルトのせいで様々な根も葉もないことを言われてきたが、それでも彼は父親を信じていたし、インフィニティは自分が乗るべきであると信じて疑わなかった。
「僕がインフィニティに乗るためには……」
気が付けば彼は食堂を出て、自分の部屋へと続く廊下を歩いていた。ぶつぶつと話していたり考え事をしていたためか、彼はそれに気づかないようだったが。
「インフィニティに乗りたいかい?」
――声が聞こえたのは、その時だった。
普通の彼ならば不審者だと思い直ぐに戦闘態勢に入るが、その存在が言った言葉を聞いて一瞬躊躇った。
インフィニティに乗りたいか。
その言葉の意味を理解出来ない彼ではなかった。
「あいつが入ってきて、まぁ高圧的に色々といちゃもんつけているから、その会話に入れる訳もなくずっと待っていた……要するにそういうことだな?」
ジェシーの言葉を代弁するようにヴィエンスは言った。ただしその言い回しは少しぶっきらぼうなものであった。
そのぶっきらぼうな言い回しを女子に言うのもいかがなものかと思ったマーズは、それについて咎めようとした。
それよりも早くジェシーは頷き、そのことについて認めた。
「……じゃああなたは騎士道部に入ろうとは今のところ考えていないのかしら?」
「さっきの話を盗み聞きしてしまいましたが、学力試験と入学式にあった訓練で総合的に評価しているなら、私は『優等生』なんてそんな箔つきではありません。ただの凡庸な学生です」
自身を凡庸だと言って、ジェシーは首を横に振った。
しかし、凡庸と卑下するものの、この学校は基本的に頭の良い人間があらゆる所からやって来るので、たとえこの学校で凡庸でも普通の学校で上位に入るくらいだ。要するにこの学校と普通の学校では基準がまったく違う。
しかしながら、学力の可視化からの順位付けは、少なくともほかの学校よりは厳しいものになるのは事実だ。起動従士として較べられていくのは彼らが生きていく中での回数を考えれば学校でのそれなどちんけなものに過ぎない。
そもそも他人と較べられるということは社会では必要不可欠だ。必ず一回以上は他人と較べられる。それによって『自分』という存在が社会的に認められるといえるだろう。
ジェシーに関しては今日来たばかりであるしシルヴィアたちに較べれば『大会』への関心が低いようにも思える。だから彼女を一先ず『保留』としたのだ。
「まぁ、凡庸と言ったってこの学校の『平凡』ってのは世間でも高レベルな人間であることは事実よ」
マーズは言うと、立ち上がってジェシーの肩をぽんぽんと叩いた。
「……まだ色々と整理がつかないことだってあるだろう。そう簡単に整理がつくことではない。なにせ人生を左右する大事な選択になりかねないからね」
「…………そう、ですね。わかりました。改めて考えてみたいと思います」
そう言って彼女は頭を下げ、踵を返しその場を後にした。
◇◇◇
その日の夜。
ザイデル家の夕食は優雅なものであった。ビーフステーキにコーンスープ、マッシュポテトにガーリックトーストなど、贅を尽くしたものが並んでいる。
ザイデル家の夕食には会話という調味料が存在しない。存在してはいけないのだ。親子どうしで会話をすることがない。ファルバートが進言しても、彼の父親であるバルト・ザイデルに否定されてしまえば彼はなにも言えない。
ファルバートはバルトの良きパペットになっているのは、ザイデル家に仕える人間なら周知の事実だった。でも、それを言わない。言えるはずがない。
「……時にファルバート」
ワイングラスを傾けながら、バルトは言った。
「なんでございましょうか」
ファルバートは言った。
バルトは傾けたグラスの中に入っているワインを啜り、
「……なんでも、騎士道部という部活動に入っているようだな。リュートから聞いているぞ」
それを聞いてファルバートは心の中で舌打ちする。リュートとは彼の幼馴染であり、バルトの部下であった。リュートと同い年であるというのに、バルトに対する忠誠心は厚い。しかしながら、ファルバートにとっては一番近しい存在にいるので、彼を無視するわけにもいかないのであった。
しかし、バルトの言葉に答えないわけにはいかない。そう思ったファルバートは一口水を啜ってそれに答える。
「はい、確かに私は騎士道部に入部表明してまいりました。なんでも『大会』メンバーへと部員を優先的に昇格させる。だから、それが一番であると考えたためです」
その通りだった。筋の通った考えだった。
だが、それが父バルトに通ずるかと言われると……また微妙な話だった。
ファルバートの話にバルトは頷く。どうやらそれで理解したようだ。
「……ふむ。ならばいい。しかし、私が疑問に思ったのはもうひとつのことだ。……どうやら、騎士道部とやらには、かのゴーファンの双子がいるらしいな?」
それを聞いてファルバートの顔が引きつった。どうやらリュートはそれに関しても伝えていたらしい。
それを聞いてファルバートはひどく後悔する。早く自分の口からそれを伝えたかったのに、リュートの口からそれが伝えられたということが至極こそばゆいものを感じた。
ファルバートは一瞬遅れてそれに頷く。
バルトの話は続いた。
「……しかもゴーファンの双子の片割れが、その騎士道部で部長の地位……ひいては今回の『大会』でリーダーに就くらしいではないか? 私の苦労を知らないわけではあるまい? いつまでも彼奴らに見下される立場でありたくないのだよ」
「それは重々承知しております。ですから、僕は決断しております。近々、シミュレートセンターにてシミュレートマシンどうしの戦闘ではありますが、リーダーを決める模擬戦を行うよう取り付けました。これで僕が勝てば、ゴーファンの双子を見返すことが出来るでしょう」
それを聞いてバルトは頷く。その表情は心なしか先ほどよりも柔和である。
「解った。期待しているぞ、ファルバート」
そう言って、バルトは立ち上がるとその場から姿を消した。そのあいだ、ファルバートはずっと頭を下げ続けていた。
親子の会話というよりは上司と部下のそれに近い。それを聞いていたメイドも、恐らくはそう思っただろう。
だが、それについてファルバートは普通だと思っていた。こうすることが自分にとって理想形であると確信していた。
しかし、ひとつだけ腑に落ちない。
「……インフィニティ」
彼は、最強のリリーファーの名前を呟いた。
バルトの言うとおりならば、彼がその主になっていてもおかしくない逸品。どうして名前も知らない人間がそこまでインフィニティに乗ることが出来るのか……彼には解らなかった。
そもそも、インフィニティに乗れるほどの人間だというのなら、何らかの有名な家系にいるはずである。しかしタカト・オーノというのは彼やバルトが知る有名な家系には入っていない。当然だろう、なぜなら彼は『異世界』からやってきた人間なのだから。
「どうしてあいつが乗っているんだ……。僕があれに乗るべきなのに……!」
彼が騎士道部に入った理由は『二つ』ある。ひとつは大会に参加するため。そしてもう一つは――。
――インフィニティの起動従士を、自らのものにするため。
それは理由というよりも野望といったほうが正しい。そもそも彼はインフィニティについて知っていることは少ない。強いて言うなら、そのリリーファーは最強であり、敵う存在がいない――ということだ。
バルトは常日頃から『インフィニティに乗れるような人間になれ』とファルバートに言ってきていた。しかし一年前、崇人がその資格を所有することになると、バルトはひどく激昂した。どうして自分の息子ではなくて、名前も知られていない人間が、いとも簡単にその資格を得ることができたのか。彼は王家に抗議するほどだった。その姿を見てバルトをこう思った人間は多いだろう。かつては一二を争う起動従士だったのに今はただ耄碌しただけの爺だ――と。それを聞いてファルバートは悲しんだ。現に彼もバルトのせいで様々な根も葉もないことを言われてきたが、それでも彼は父親を信じていたし、インフィニティは自分が乗るべきであると信じて疑わなかった。
「僕がインフィニティに乗るためには……」
気が付けば彼は食堂を出て、自分の部屋へと続く廊下を歩いていた。ぶつぶつと話していたり考え事をしていたためか、彼はそれに気づかないようだったが。
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