絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百二十八話 結成(後編)
マーズは何か企んでいるのではないか――彼はそう思った。マーズは常に崇人とともにいるから、何を考えているのか常に解っている。だが、それが『確信』ではなくて『つもり』であったとしたなら? 確かにそう言えるのではなくて、証拠もなく崇人がただ言っているだけに過ぎなかったら?
確かに今彼が考えていることは証拠などない。強いて言うなら、いつもは学校に対してノータッチな彼女が積極的だということだ。よもやゴーファン家のように、有名な家柄に媚を売るために彼女がするとも思えなかった。
だからこそ、彼は気になった。どうしてなのか……と。
「どうせ、訊ねてもはぐらかされるだけだろうしなあ」
崇人は独りごちりながら廊下を歩く。先ずはリモーナとヴィエンスに、正式にその許可が通ったことを伝えなくてはならない。そう思ったからである。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
崇人が自分の家に帰宅したのはそれから数時間後のことであった。実際アリシエンスに書類を提出したあとは授業も無かったので直ぐに帰ることは可能だったが、結局話が長引いてしまったためにここまでずれ込んでしまったのだ。
マーズは食事をしながら、崇人を見て、
「まあ、なんというか……。遅くなるなら遅くなるって早めに言って欲しいものだったね。」
明らかにマーズの表情が怒っているように見えたので、崇人は頭を下げる。
「別に遅くなろうと思って遅くなったわけじゃないよ。この前も言ったかどうか解らないけど、実は……」
彼が言った『部活動結成』のことを聞いて、マーズはふーんと言って、頷いた。
「そういえばそんな話を聞いた気がするね。この前の夕食で」
「えっ、言ったっけ? だって部活動を結成したのって今日のことだし。それに先生に許可を得たのも今日のことだぞ……?」
「いや、だいぶ前の話だよ。もし部活動があるんだったら入りたいなあ……的な話を言っていた気がするよ。しかしまあ、まさか自分で部活を作っちまうとは、あの時と比べると思いもしなかったけどね」
「それはこっちだって一緒だよ」
そう言って崇人は自分の部屋に荷物をおいて、腰掛ける。
「手を洗った? あと嗽は?」
「全部済ませたわ、子供じゃねーんだぞ」
今の風貌は明らかに誰がどう見ても子供なんだけどね……というツッコミを入れることを、マーズはしなかった。
「そういえば、部活動ってどういうことをやっていくつもり?」
マーズに言われて、崇人は思わず凍りついた。別になにも考えていないわけではなかったし、そう言われるのを予想していなかったわけでも無い。
ただ、マーズがここまでこだわってくるその理由を知りたかった。
だから、崇人は訊ねる。
「……どうしてだ? 別に、学生が決めていくんだし問題ないだろ。マーズが今から学生になります、ってんなら話は別だけど」
「いやいや、何の冗談? 学生になるわけないじゃない……強いて言うなら特別教師?」
「……ん?」
今俺はあまり聞き逃してはいけないような、重要な情報をさらっと流したような気がするぞ?
崇人はそう思って、再び訊ねる。
「……おい、それってどう言う意味だ」
「どう言う意味もなにも、しばらくろくに戦争が起きる様子もないし、だったら後進によりよい指導をしてくれ、という王様の命令でね。ここしばらく中央で教職に就くことになったんだよ。あ、でも臨時だからね。特別だからね。そんなに長いあいだはいないよ。どれくらいかってえと……まあ、『大会』が始まるくらい?」
「それって一ヶ月以上あるじゃねえか! なんだよそれ、聞いてないぞ!」
「秘密はぎりぎりまで取っておくといいって聞くでしょー?」
「きかねえよそんなの! で、いつなんだ?」
「明日から」
「唐突ぅ!」
崇人は思わず柄にでもないツッコミを入れた。
「……まあ、そんなことはさておき、どちらにしろ明日からあなたのクラスに授業などで参加することになるわ。もちろん学生としてではなくて、教師として……だけどね」
「何か裏があったりしないだろうな……。たとえばテロ集団が入っているとか」
「うーん、詳しいことは言えないけど……まあそれはおいおいということで! じゃ、片付けよろしくー」
そう言ってマーズは一足先に食事を終え、リビングへと戻っていった。崇人は残されていた食事とマーズの食べた残骸を見て、ひとつ大きな溜息を吐くのであった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「これから一ヶ月近くとなりますが、あなたたちの授業の担当となります、マーズ・リッペンバーです。みなさん、よろしくお願いしますね」
……どうやら、マーズのいったことは嘘ではないようだった。崇人は朝、ファーシに連れられ入ってきたスーツ姿のマーズを見て確信した。
因みにクラスは大盛況である。当たり前だろう。この国のエース起動従士であるマーズが特別教師として来ているのだ。驚かない方がおかしいのかもしれない。
「それではみなさん、よろしくお願いしますね。マーズさんはこれから担任の補佐としても活動していただきます。一応、『大会』がある一ヶ月後あたりまでこのクラスにいることになっておりますので……」
ファーシはそう言うが、実際のところその声が聞こえることはない。クラス全体に響き渡る雑音がそれを制しているからだ。その雑音源となっているのはほかでもない、学生の話し声だ。学生がマーズについて様々なことを話しているからこそ、それほどまでに声が大きくなってしまっているのだ。
ファーシはそれでも気にすることなく話し続け、そしてそれが終わるとそそくさと出て行った。
それを見送ってすぐ、マーズは教壇を叩いた。
しん、と教室が静まり返る。
「私が授業を行うのは主に実技関連。だが、実技には知識を伴わなくてはならない。そうでなくては正しいリリーファーの操縦などできるはずがない」
そう言ってマーズはどこからか伸びる金属製の棒を取り出して、一番前に座っているリモーナを指した。
「あなた、リモーナさんでしたね。リリーファーを操縦するうえで必要なことは」
「せ、精神力……それに体力、リリーファーの装備している武器を知っておくことでしょうか」
こころなしかリモーナの声は震えていた。
それを聞いたマーズは頷く。
「ええ。その通りです。よく学んでいますね。ですが精神力というのは非常に崩れやすいんですよ。知っていますか? 人はどんなに精神を鍛えたってあっという間に崩れ去ってしまいます。人間の精神なんて砂上の楼閣といえるでしょう。ああ、つまり砂の上に建っている建物に等しいってことです。砂の上になんの土台もおかずに建物を建ててもあっという間に崩れてしまうでしょう? それと同じで、私たちの精神もあっという間に崩れてしまうんですよ。……おかしいでしょう?」
マーズは言って踵を返す。
カバンから取り出したのは、一冊の本だった。それは、崇人たちがいつも使っている教科書だ。
「だから知識を学ばねばならない。起動従士だからといって力学や数学を学ぶ必要がないわけではない。それは、生きていく上で必要なのだから」
「先生……?」
学生のひとりがマーズをそう呼んで、言った。
「これはれっきとした授業です。そうですね……私の経験談とでも言えばいいでしょうか。正直な話、紙に書いたものを読んで理解したって実際の場面ではなにも役に立たないのが殆ど。結局は経験がモノをいうのです。経験があればあるほどパターンに応じての行動がより豊かなバリエーションと化す。つまりはそういうことですよ」
マーズの言い分には筋が通っていた。確かに知識だけでそういう場面を乗り込もうなんて笑止千万である。だからこそこの学校では模擬戦として訓練用リリーファーに乗った学生同士がバトルすることもあるが――それも所詮『知識』に過ぎない。実戦で模擬戦めいた行動をとればあっという間に負けてしまうのは確定事項ともいえるだろう。
とはいえ、凡てを経験に頼るわけにもいかない。もちろん知識が必要だし、長年積み上げられた経験は知識と化すことだってある。そういうわけで知識と経験のうまい使い方が大事なのだ――マーズはそう言っているのであった。ただし、それをきちんと理解できているのはこのクラスにどれくらいいるのか、それとこれとは話が全くの別になるが。
確かに今彼が考えていることは証拠などない。強いて言うなら、いつもは学校に対してノータッチな彼女が積極的だということだ。よもやゴーファン家のように、有名な家柄に媚を売るために彼女がするとも思えなかった。
だからこそ、彼は気になった。どうしてなのか……と。
「どうせ、訊ねてもはぐらかされるだけだろうしなあ」
崇人は独りごちりながら廊下を歩く。先ずはリモーナとヴィエンスに、正式にその許可が通ったことを伝えなくてはならない。そう思ったからである。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
崇人が自分の家に帰宅したのはそれから数時間後のことであった。実際アリシエンスに書類を提出したあとは授業も無かったので直ぐに帰ることは可能だったが、結局話が長引いてしまったためにここまでずれ込んでしまったのだ。
マーズは食事をしながら、崇人を見て、
「まあ、なんというか……。遅くなるなら遅くなるって早めに言って欲しいものだったね。」
明らかにマーズの表情が怒っているように見えたので、崇人は頭を下げる。
「別に遅くなろうと思って遅くなったわけじゃないよ。この前も言ったかどうか解らないけど、実は……」
彼が言った『部活動結成』のことを聞いて、マーズはふーんと言って、頷いた。
「そういえばそんな話を聞いた気がするね。この前の夕食で」
「えっ、言ったっけ? だって部活動を結成したのって今日のことだし。それに先生に許可を得たのも今日のことだぞ……?」
「いや、だいぶ前の話だよ。もし部活動があるんだったら入りたいなあ……的な話を言っていた気がするよ。しかしまあ、まさか自分で部活を作っちまうとは、あの時と比べると思いもしなかったけどね」
「それはこっちだって一緒だよ」
そう言って崇人は自分の部屋に荷物をおいて、腰掛ける。
「手を洗った? あと嗽は?」
「全部済ませたわ、子供じゃねーんだぞ」
今の風貌は明らかに誰がどう見ても子供なんだけどね……というツッコミを入れることを、マーズはしなかった。
「そういえば、部活動ってどういうことをやっていくつもり?」
マーズに言われて、崇人は思わず凍りついた。別になにも考えていないわけではなかったし、そう言われるのを予想していなかったわけでも無い。
ただ、マーズがここまでこだわってくるその理由を知りたかった。
だから、崇人は訊ねる。
「……どうしてだ? 別に、学生が決めていくんだし問題ないだろ。マーズが今から学生になります、ってんなら話は別だけど」
「いやいや、何の冗談? 学生になるわけないじゃない……強いて言うなら特別教師?」
「……ん?」
今俺はあまり聞き逃してはいけないような、重要な情報をさらっと流したような気がするぞ?
崇人はそう思って、再び訊ねる。
「……おい、それってどう言う意味だ」
「どう言う意味もなにも、しばらくろくに戦争が起きる様子もないし、だったら後進によりよい指導をしてくれ、という王様の命令でね。ここしばらく中央で教職に就くことになったんだよ。あ、でも臨時だからね。特別だからね。そんなに長いあいだはいないよ。どれくらいかってえと……まあ、『大会』が始まるくらい?」
「それって一ヶ月以上あるじゃねえか! なんだよそれ、聞いてないぞ!」
「秘密はぎりぎりまで取っておくといいって聞くでしょー?」
「きかねえよそんなの! で、いつなんだ?」
「明日から」
「唐突ぅ!」
崇人は思わず柄にでもないツッコミを入れた。
「……まあ、そんなことはさておき、どちらにしろ明日からあなたのクラスに授業などで参加することになるわ。もちろん学生としてではなくて、教師として……だけどね」
「何か裏があったりしないだろうな……。たとえばテロ集団が入っているとか」
「うーん、詳しいことは言えないけど……まあそれはおいおいということで! じゃ、片付けよろしくー」
そう言ってマーズは一足先に食事を終え、リビングへと戻っていった。崇人は残されていた食事とマーズの食べた残骸を見て、ひとつ大きな溜息を吐くのであった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
「これから一ヶ月近くとなりますが、あなたたちの授業の担当となります、マーズ・リッペンバーです。みなさん、よろしくお願いしますね」
……どうやら、マーズのいったことは嘘ではないようだった。崇人は朝、ファーシに連れられ入ってきたスーツ姿のマーズを見て確信した。
因みにクラスは大盛況である。当たり前だろう。この国のエース起動従士であるマーズが特別教師として来ているのだ。驚かない方がおかしいのかもしれない。
「それではみなさん、よろしくお願いしますね。マーズさんはこれから担任の補佐としても活動していただきます。一応、『大会』がある一ヶ月後あたりまでこのクラスにいることになっておりますので……」
ファーシはそう言うが、実際のところその声が聞こえることはない。クラス全体に響き渡る雑音がそれを制しているからだ。その雑音源となっているのはほかでもない、学生の話し声だ。学生がマーズについて様々なことを話しているからこそ、それほどまでに声が大きくなってしまっているのだ。
ファーシはそれでも気にすることなく話し続け、そしてそれが終わるとそそくさと出て行った。
それを見送ってすぐ、マーズは教壇を叩いた。
しん、と教室が静まり返る。
「私が授業を行うのは主に実技関連。だが、実技には知識を伴わなくてはならない。そうでなくては正しいリリーファーの操縦などできるはずがない」
そう言ってマーズはどこからか伸びる金属製の棒を取り出して、一番前に座っているリモーナを指した。
「あなた、リモーナさんでしたね。リリーファーを操縦するうえで必要なことは」
「せ、精神力……それに体力、リリーファーの装備している武器を知っておくことでしょうか」
こころなしかリモーナの声は震えていた。
それを聞いたマーズは頷く。
「ええ。その通りです。よく学んでいますね。ですが精神力というのは非常に崩れやすいんですよ。知っていますか? 人はどんなに精神を鍛えたってあっという間に崩れ去ってしまいます。人間の精神なんて砂上の楼閣といえるでしょう。ああ、つまり砂の上に建っている建物に等しいってことです。砂の上になんの土台もおかずに建物を建ててもあっという間に崩れてしまうでしょう? それと同じで、私たちの精神もあっという間に崩れてしまうんですよ。……おかしいでしょう?」
マーズは言って踵を返す。
カバンから取り出したのは、一冊の本だった。それは、崇人たちがいつも使っている教科書だ。
「だから知識を学ばねばならない。起動従士だからといって力学や数学を学ぶ必要がないわけではない。それは、生きていく上で必要なのだから」
「先生……?」
学生のひとりがマーズをそう呼んで、言った。
「これはれっきとした授業です。そうですね……私の経験談とでも言えばいいでしょうか。正直な話、紙に書いたものを読んで理解したって実際の場面ではなにも役に立たないのが殆ど。結局は経験がモノをいうのです。経験があればあるほどパターンに応じての行動がより豊かなバリエーションと化す。つまりはそういうことですよ」
マーズの言い分には筋が通っていた。確かに知識だけでそういう場面を乗り込もうなんて笑止千万である。だからこそこの学校では模擬戦として訓練用リリーファーに乗った学生同士がバトルすることもあるが――それも所詮『知識』に過ぎない。実戦で模擬戦めいた行動をとればあっという間に負けてしまうのは確定事項ともいえるだろう。
とはいえ、凡てを経験に頼るわけにもいかない。もちろん知識が必要だし、長年積み上げられた経験は知識と化すことだってある。そういうわけで知識と経験のうまい使い方が大事なのだ――マーズはそう言っているのであった。ただし、それをきちんと理解できているのはこのクラスにどれくらいいるのか、それとこれとは話が全くの別になるが。
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