絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百十九話 幕引き
その頃、シミュレートルームのメリアたちはロープでぐるぐる巻きにされて中央に置かれたかたちとなっていた。扉の前には仮面の男が一人たっており、逐次彼女たちの様子を確認している。
しかしながら、ほかの人間は今ここにはいない。……即ち、チャンスだった。
メリアは監視を続けている仮面に気付かれないように隠し持っていたナイフをロープにあてがった。そしてゆっくりとそれを上下に動かしていく。そういうことでロープが少しずつ切れていくわけだ。
メリアを縛っているロープが切れてその意味を為さなくなるまでそう時間はかからなかった。ロープが切れたのを確認すると、メリアはポケットに入っているあるものを触れた。
それはボタンだった。そのボタンはこのような状況を逆転させる『切り札』でもあった。だから、そう簡単にホイホイと使えないのである。
そして空いている左手で隣にいるマーズにナイフを手渡す。
「手足が自由になってから十秒後、確実に相手側に混乱が生じる。それに乗じてあいつを確保するわよ」
メリアから聞いたその言葉にマーズは耳を疑った。だが、メリアの方に顔を向けることも、表情を変えることも――いわゆる相手にバレてしまうような開けっ広げな行動はしなかった。やはりそういうところは軍人なのだ。
マーズのロープが切れたのを彼女自身が確認したところで、メリアに合図を送る。準備完了だ。あとはメリアがボタンを押し、それにより発生する『何か』によって混乱する連中を襲う。
そしてメリアはポケットに入っていたボタンを押した。
刹那、コントロールルームのアラームが鳴り響いた。
「なんだっ!?」
その仮面の男は天井を見上げた。だからマーズたちへ送る監視の目が若干上向いた。
そのタイミングを、マーズは見逃さなかった。
マーズは男の懐に入り――股の間にある『急所』を思い切り蹴り上げた。直後、情けない声をあげて股を抑えながら男は崩れ落ちた。
「男を捕まえる、とは言ったけど何もここまでしなくていいのよ……?」
男をロープで縛り上げていくマーズを見て、メリアは言った。心なしかメリアの言葉が震えて聞こえたマーズはそれに笑みを浮かべて答える。
「奴は敵よ? これくらいやっておかないと意味がないわ。それに瞬間的に気絶させるほどの衝撃を与える場所……なんて考えたらああいう考えしか浮かんで来なくてね」
「……まぁ、そう考えればそうだけど……ね」
そう言ってメリアは扉を締めた。ただし、物理の施錠鍵ではなく、電子的な鍵である。
「これさえしておけば少なくとも数時間は持つわ。……それにしても馬鹿ね。どうしてここを占領しておいて、ここを手薄にしておくのか。馬鹿としか言い様がない」
メリアは椅子に腰掛けるとワークステーションとにらみ合う。
メリアは誰がどう見ても怒りに満ちていた。
「私の研究を、開発したものをこんなくだらないことに使いやがって……。なめるなよ、テロリストが。直ぐにその正体曝け出してやる。……いや、その前に先ずは」
タン、とキーボードの音が響いた。
刹那、巨大なディスプレイに一つの単語が浮かび上がる。
All log out.
それは学生たち全員がシミュレートマシンから接続される仮想空間への脱出を意味していた。
――しかしそれは、あくまでも『生きている』人間だけに限った話だが。
「確認。五十人入ったうちの四名が死んだ。そして、さらに一人は帰ってこない。いや、帰れないように設定してやがる……だと!?」
メリアの口調が若干変わりつつあることに誰もツッコミを入れなかったし入れようとも思わなかった。このタイミングでそんなツッコミを入れるのは非常に野暮であったからだ。
メリアは目を血走らせながら、その『ログアウトが許可されていない』人間を特定していく。名簿を見ていけばそういうのは簡単に判明するからだ。
因みに学生たちがいる部屋には既に学生が持つ端末にメッセージを送信しているし、厳重な警備の下で実行しているため、現時点で現実世界の学生の身体に被害は見られていない。
そして、メリアはその人物が誰であるか特定した。
「見つけたわ、映像アップするわよ!」
その言葉を聞いて、マーズはディスプレイを注視した。
そこにいたのは、崇人だった。そして、崇人の前にいたもうひとりの人間。
その姿に、彼女は見覚えがあった。
「嘘……どうして……?」
マーズは呟く。
メリアはそれを聞いてマーズの方を振り向いた。
「知っているのか、マーズ」
「知っているもなにも、彼女はペイパスの起動従士だった人間よ。かつては同じ任務で戦った仲間でもある。名前は……アーデルハイト・ヴェンバック」
マーズはメリアの質問に、そう答えた。
◇◇◇
「ふむ。どうやら流れが変わってしまったな。……コントロールルームが奪還されたらしい。」
アーデルハイトは崇人とこれから事に臨もうとしたそのタイミングで、そう言った。崇人はそれをいったいどこから聞いているのか解らなかったが、質問しないことにした。
「それにしても……困ったなあ。まさかこれほどまでに早く勝負がついてしまうとは。私はシミュレートセンターを舐めていたかもしれん。近いうちにはこの空間から強制的に射出されて捕まるだろう。もしかしたら、現実世界の私の身体はもう監視下にあるかもしれない」
「だったら、もう諦めたらどうだ」
崇人の言葉にアーデルハイトはせせら笑う。
「ここまでやってきて、今更諦めろ、と? タカト、きみはいったい何を言っている。私は、類希なる力があると言われたんだよ、彼に。彼の命令は従わなくてはならない。彼の言う『類希なる力』が目覚めるその時までは……、私は頑張らなくてはいけないのだよ……!」
「それは戯言か。それとも妄言か」
「意味を理解できないのは、まあ、しょうがないだろうね。現に私も最初こそ理解できなかった。だが、『彼』の力は素晴らしいものであったのは事実だよ。人間ではない、もうひとつの可能性だ」
もうひとつの可能性。アーデルハイトはそう言った。だが、その意味を理解することは、今の崇人にはできなかった。
その表情を見つめながら、アーデルハイトは言った。
「だったら……ひひひ、もうオシマイだよ。私の計画もこれまでだ。曖昧な計画だったかもしれない。私の計画が、このテロ行為があとの世界に何を残すのか解らない。きっとこれは彼にとって、私の力を試していたんだよ。そして私は失敗した。そう、失敗したんだ。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……」
唐突に、アーデルハイトは壊れたカセットテープのように同じ単語を発し始めた。
失敗した。
その言葉は、徐々に鋭く、なっていく。
「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……」
頭をかかえながら、彼女は立ち上がる。舐めていた飴を噛み砕き、彼女はふらふらと歩いていく。
それを眺めていた崇人も、やがてゆっくりと彼女の後を追っていく。
部屋を抜け、廊下を歩く。ぶつぶつと、『失敗した』と言いながらひたすらに。
「アーデルハイト」
崇人が優しく語りかけても、アーデルハイトはその凶行を止めることはない。寧ろ、悪化しているようにも思える。
そして、アーデルハイトはある場所で立ち止まった。
そこは、暗闇だった。どこまでもどこまでも深い、暗闇。
それが望める、展望台のような場所だ。柵は低く、普通に乗り越えることができる。
それを簡単に乗り越え、アーデルハイトはこちらを向いた。
「なあ、タカト……。知っているか? 人間は夢を見ながらにして、死ぬことができるんだぜ。高い場所から落ちている夢や、燃えている夢、自分の身体が切られている夢……その凡てに、一瞬でも『死んだ』と思えば、或いは錯覚させられるほどのことがあれば、脳は活動を停止してしまう。死んだと錯覚しちまうんだよ」
ふらふらと踊るように歩くアーデルハイト。
「アーデルハイト、やめろ……。いったい、何をするつもりだ」
「私は失敗した。失敗したんだ。そしてそれを彼に見つけられたら、私はどうなるか解らない。だったら……だったら、もう私自身の手でこの事件に幕を下ろしちまったほうがいい。そう思っただけだ」
アーデルハイトは崇人を見て、微笑んだ。
「……じゃあな、タカト」
そして。
アーデルハイトは背後にある暗闇に、倒れこむように落ちていった。
しかしながら、ほかの人間は今ここにはいない。……即ち、チャンスだった。
メリアは監視を続けている仮面に気付かれないように隠し持っていたナイフをロープにあてがった。そしてゆっくりとそれを上下に動かしていく。そういうことでロープが少しずつ切れていくわけだ。
メリアを縛っているロープが切れてその意味を為さなくなるまでそう時間はかからなかった。ロープが切れたのを確認すると、メリアはポケットに入っているあるものを触れた。
それはボタンだった。そのボタンはこのような状況を逆転させる『切り札』でもあった。だから、そう簡単にホイホイと使えないのである。
そして空いている左手で隣にいるマーズにナイフを手渡す。
「手足が自由になってから十秒後、確実に相手側に混乱が生じる。それに乗じてあいつを確保するわよ」
メリアから聞いたその言葉にマーズは耳を疑った。だが、メリアの方に顔を向けることも、表情を変えることも――いわゆる相手にバレてしまうような開けっ広げな行動はしなかった。やはりそういうところは軍人なのだ。
マーズのロープが切れたのを彼女自身が確認したところで、メリアに合図を送る。準備完了だ。あとはメリアがボタンを押し、それにより発生する『何か』によって混乱する連中を襲う。
そしてメリアはポケットに入っていたボタンを押した。
刹那、コントロールルームのアラームが鳴り響いた。
「なんだっ!?」
その仮面の男は天井を見上げた。だからマーズたちへ送る監視の目が若干上向いた。
そのタイミングを、マーズは見逃さなかった。
マーズは男の懐に入り――股の間にある『急所』を思い切り蹴り上げた。直後、情けない声をあげて股を抑えながら男は崩れ落ちた。
「男を捕まえる、とは言ったけど何もここまでしなくていいのよ……?」
男をロープで縛り上げていくマーズを見て、メリアは言った。心なしかメリアの言葉が震えて聞こえたマーズはそれに笑みを浮かべて答える。
「奴は敵よ? これくらいやっておかないと意味がないわ。それに瞬間的に気絶させるほどの衝撃を与える場所……なんて考えたらああいう考えしか浮かんで来なくてね」
「……まぁ、そう考えればそうだけど……ね」
そう言ってメリアは扉を締めた。ただし、物理の施錠鍵ではなく、電子的な鍵である。
「これさえしておけば少なくとも数時間は持つわ。……それにしても馬鹿ね。どうしてここを占領しておいて、ここを手薄にしておくのか。馬鹿としか言い様がない」
メリアは椅子に腰掛けるとワークステーションとにらみ合う。
メリアは誰がどう見ても怒りに満ちていた。
「私の研究を、開発したものをこんなくだらないことに使いやがって……。なめるなよ、テロリストが。直ぐにその正体曝け出してやる。……いや、その前に先ずは」
タン、とキーボードの音が響いた。
刹那、巨大なディスプレイに一つの単語が浮かび上がる。
All log out.
それは学生たち全員がシミュレートマシンから接続される仮想空間への脱出を意味していた。
――しかしそれは、あくまでも『生きている』人間だけに限った話だが。
「確認。五十人入ったうちの四名が死んだ。そして、さらに一人は帰ってこない。いや、帰れないように設定してやがる……だと!?」
メリアの口調が若干変わりつつあることに誰もツッコミを入れなかったし入れようとも思わなかった。このタイミングでそんなツッコミを入れるのは非常に野暮であったからだ。
メリアは目を血走らせながら、その『ログアウトが許可されていない』人間を特定していく。名簿を見ていけばそういうのは簡単に判明するからだ。
因みに学生たちがいる部屋には既に学生が持つ端末にメッセージを送信しているし、厳重な警備の下で実行しているため、現時点で現実世界の学生の身体に被害は見られていない。
そして、メリアはその人物が誰であるか特定した。
「見つけたわ、映像アップするわよ!」
その言葉を聞いて、マーズはディスプレイを注視した。
そこにいたのは、崇人だった。そして、崇人の前にいたもうひとりの人間。
その姿に、彼女は見覚えがあった。
「嘘……どうして……?」
マーズは呟く。
メリアはそれを聞いてマーズの方を振り向いた。
「知っているのか、マーズ」
「知っているもなにも、彼女はペイパスの起動従士だった人間よ。かつては同じ任務で戦った仲間でもある。名前は……アーデルハイト・ヴェンバック」
マーズはメリアの質問に、そう答えた。
◇◇◇
「ふむ。どうやら流れが変わってしまったな。……コントロールルームが奪還されたらしい。」
アーデルハイトは崇人とこれから事に臨もうとしたそのタイミングで、そう言った。崇人はそれをいったいどこから聞いているのか解らなかったが、質問しないことにした。
「それにしても……困ったなあ。まさかこれほどまでに早く勝負がついてしまうとは。私はシミュレートセンターを舐めていたかもしれん。近いうちにはこの空間から強制的に射出されて捕まるだろう。もしかしたら、現実世界の私の身体はもう監視下にあるかもしれない」
「だったら、もう諦めたらどうだ」
崇人の言葉にアーデルハイトはせせら笑う。
「ここまでやってきて、今更諦めろ、と? タカト、きみはいったい何を言っている。私は、類希なる力があると言われたんだよ、彼に。彼の命令は従わなくてはならない。彼の言う『類希なる力』が目覚めるその時までは……、私は頑張らなくてはいけないのだよ……!」
「それは戯言か。それとも妄言か」
「意味を理解できないのは、まあ、しょうがないだろうね。現に私も最初こそ理解できなかった。だが、『彼』の力は素晴らしいものであったのは事実だよ。人間ではない、もうひとつの可能性だ」
もうひとつの可能性。アーデルハイトはそう言った。だが、その意味を理解することは、今の崇人にはできなかった。
その表情を見つめながら、アーデルハイトは言った。
「だったら……ひひひ、もうオシマイだよ。私の計画もこれまでだ。曖昧な計画だったかもしれない。私の計画が、このテロ行為があとの世界に何を残すのか解らない。きっとこれは彼にとって、私の力を試していたんだよ。そして私は失敗した。そう、失敗したんだ。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……」
唐突に、アーデルハイトは壊れたカセットテープのように同じ単語を発し始めた。
失敗した。
その言葉は、徐々に鋭く、なっていく。
「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……」
頭をかかえながら、彼女は立ち上がる。舐めていた飴を噛み砕き、彼女はふらふらと歩いていく。
それを眺めていた崇人も、やがてゆっくりと彼女の後を追っていく。
部屋を抜け、廊下を歩く。ぶつぶつと、『失敗した』と言いながらひたすらに。
「アーデルハイト」
崇人が優しく語りかけても、アーデルハイトはその凶行を止めることはない。寧ろ、悪化しているようにも思える。
そして、アーデルハイトはある場所で立ち止まった。
そこは、暗闇だった。どこまでもどこまでも深い、暗闇。
それが望める、展望台のような場所だ。柵は低く、普通に乗り越えることができる。
それを簡単に乗り越え、アーデルハイトはこちらを向いた。
「なあ、タカト……。知っているか? 人間は夢を見ながらにして、死ぬことができるんだぜ。高い場所から落ちている夢や、燃えている夢、自分の身体が切られている夢……その凡てに、一瞬でも『死んだ』と思えば、或いは錯覚させられるほどのことがあれば、脳は活動を停止してしまう。死んだと錯覚しちまうんだよ」
ふらふらと踊るように歩くアーデルハイト。
「アーデルハイト、やめろ……。いったい、何をするつもりだ」
「私は失敗した。失敗したんだ。そしてそれを彼に見つけられたら、私はどうなるか解らない。だったら……だったら、もう私自身の手でこの事件に幕を下ろしちまったほうがいい。そう思っただけだ」
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