絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百十八話 一つ
「一緒になる……? どういうことだ」
「そのままの意味だよ」
アーデルハイトは指を崇人の身体に這わせていく。ぞくぞくと、悪寒が崇人を襲った。
アーデルハイトは続ける。
「私と一緒になって、世界を変えようとは思わないか? 聞いた話だとタカト、お前は『別の世界』から来たらしいじゃないか? なら、前の世界に愛着があったんじゃないか。どうだ? 元の世界に戻るために、私が手助けしたっていいんだぞ」
それは、その言葉は、一瞬で嘘だと解った。
欺瞞だと思った。そういうふうに見せつけるために、崇人をアーデルハイトと一緒にさせるための口実だと思った。
だから、崇人は首を横に振る。それを見てアーデルハイトは目を丸くする。
「……どうして?」
崇人が絶対に了承してくれるとでも思っていたのか――アーデルハイトにとってその行動は予想外のことだったらしい。
崇人はそれに答える。
「確かに俺は元の世界に戻りたいさ。……でも、今じゃねぇんだよな。少なくとも、戻るタイミングは今じゃない。それは自覚している。俺はまだこの世界で『やらなくちゃいけないこと』が残っているような、そんな気がするんだ」
やらなくちゃいけないこと。
崇人のその表現にアーデルハイトは困惑した。異世界の人間がこの世界で『生き甲斐』を見つけた……つまりはそういうことを言っているのだ。
アーデルハイトはその意味が解らなかった。向こうの世界で生まれ育ったのであれば、向こうの世界に愛着が湧いているのは寧ろ当然の事だろうし、それが異世界で帰ることが出来ないならば尚更、戻りたい気持ちが増しているのではないか――アーデルハイトはそんな考えを抱いていたのだ。
だが、崇人の考えは違った。アーデルハイトの考えを完璧に信じきっていないということを考慮したにしても、それは予想外の返答だったのだ。
やらなくちゃいけないことがある。だから異世界には帰ろうとは思わない。
それはやっぱりアーデルハイトには、そこまで至らない考えでもあったのだ。
「……元の世界には戻りたくないの?」
アーデルハイトは気を取り直し質問を再開する。
崇人は考える間もなく、答える。
「そんなわけはない。元の世界だって愛着は湧いていたさ。そりゃあいろいろと大変なことがあったしこっちと比べると全然違う。あっちの世界にはあっちなりの、こっちの世界にはこっちなりの良さがある。俺はそれを一年かけて、まだ断片だけかもしれないが、理解しようとしているんだ」
「ふうん……なんだ、つまんないの」
アーデルハイトは崇人の身体から離れ、先程座っていた椅子に座り直す。
唐突に、アーデルハイトはポケットから飴を取り出した。その飴は至極透明だった。
アーデルハイトはそれを口に放り込む。一瞬目を細めたので、その飴は彼女にとってあまり好きではない味だったのかもしれない。
「……まぁ、ともかく。私があなたをどうこうする、って話はあなたが普通にしてくれれば大丈夫。別に学生を使って脅すことも考えていない。あくまでもこれは『話し合い』なのだから」
「話し合い、ねぇ。ただの話し合いにしては仰々しいところばっかりな気もするがな。話し合いがしたいだけならこんな仮想空間で強制的に攻撃の手段を奪って拘束までさせるか?」
崇人の言葉にアーデルハイトは一笑に付す。
まるで崇人の解答を聞いて崇人が悩む様を楽しんでいるようにも見える。
崇人は未だに信じることが出来なかった。アーデルハイトがここまでの意志を持って行動しているということに。
しかし、彼女の意志が本当であるならば、今まで彼女が表舞台に現れなかった理由も頷ける。カーネル独立騒動の後ヴァリエイブルがペイパスを取り込んだが、その時アーデルハイトの姿はなかった。国お抱えの起動従士の姿がなかった、というのだ。
普通に考えればその事は有り得ないことだった。だが彼女が乗るリリーファーはそのまま残されていたから、起動従士自体にそれほどの脅威を持つことは誰一人として居なかった。
そして、今。
アーデルハイトは新たなリリーファーと仲間を引っ提げて、ついに行動を起こしたのだ。
「……アーデルハイト」
「うん? どうかしたかな?」
アーデルハイトは首を傾げる。
崇人はそれを口にしていいか、悩んだ。かつては彼女と仲間だったから、そういう気持ちが芽生えているのだろう。
だが、そんなわけにはいかない。そんなことをして、いいとは思わなかった。
でも、それでも。
崇人はその言葉を口にした。
「お前は間違っているよ」
「…………何ですって?」
アーデルハイトは言った。
その声には若干ながら怒りが込められているようにも聞こえた。
「私が何か間違いを犯しているとでも言うのなら、私が何を間違っているのか、言って欲しいものだけれど」
「それを言って納得するかどうかが微妙なポイントだな。俺がこれを言えば突然お前にデータを消去させられるかもしれないし」
「……何よ。私がそんなことをする人間に見えるかしら?」
「テロ行為を起こす時点でまともな感性を持った人間とは思っていないがな」
崇人が言ったその言葉を聞いて、アーデルハイトは高笑いした。彼女にその話が琴線にふれたのかもしれない。
「それは私だけではないよ、タカト・オーノ。誰だってそうだ。人は仮面をつけて生きている。いつもの時と心のなかでは……まぁ、えらく違うものだよ。私はそれを、自信を持って言うことが出来る」
「仮面、ねえ」
崇人は呟く。
確かに仮面は誰にだって存在するものだし、誰にだって使うことが出来るアイテムである。それは人に表情を隠すことが出来るから、何を考えているのか解らなくさせることが出来る。便利といえば便利だ。
しかし代償として――仮面をつけていてもつけていなくても表面的に人間を信じることが出来なくなってしまう。それはもはや当然の事にも思える。
「仮面があるからこそ、人間は疑うことを覚えた。疑うことを覚えたからこそ、さらに狡猾な手段を考え出すようになった」
歌うようにアーデルハイトは言った。
だが、崇人の考えはそうではない。
「狡猾な手段が人を苦しめる。ひいては仮面が人を苦しめるんだ。人間は仮面を外して生活すべきではないか?」
「仮面を外す。それは即ち素性を、素顔をさらけ出せということか」
アーデルハイトの言葉を崇人は否定。
「素顔をさらけ出して、というよりもそれから先の『そのままの姿で話し合う』……それが大きいかな。人は仮面をつけすぎて、素直に話すことを忘れてしまったような気がするよ」
「ふうん……。なるほどね、やはり異世界人というのは私たちの世界とは違った常識を持っているから違った考えを言えるのかしらね。ほんとうに、ほんとうに面白い意見だったわ」
アーデルハイトはもう飴を舐めきったらしく、二つ目の飴を舐め始める。
「……なぁ、アーデルハイト。せめて学生だけは解放してはくれないか。俺一人だけでも充分な人質になるだろ?」
「それはつまり、自分の命と学生四十五名の命を交換しろ……そう言っているのかしら。それが等価である、といえるのかしら?」
「等価かどうかは解らないが、少なくとも他の学生よりかは使えるんじゃないか。あくまでも自覚だけど」
「とんだナルシストね」
アーデルハイトは再び立ち上がり、崇人の隣に座った。
そして彼の耳に口づけするように、そっと囁いた。
「いいわよ。その代わり……私を満足させることが出来たらね」
その言葉はとても艶やかだった。アーデルハイトの言葉を聞いているだけで思考が溶けていく――崇人はそんな錯覚に陥っていく。
そして崇人は、ゆっくりとそれに頷いた。
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