絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百十二話 進級試験前日(前編)
二月十九日。進級試験が始まる、その前日のことである。リリーファーシミュレートセンターは開始前日になっているにもかかわらず、アスレティックコースの最終チェックに追われていた。
マーズ・リッペンバーとアルジャーノン、それにフレイヤがやってきたのはそのタイミングのことであった。今までならばワークステーションに視線を置いたまま話すのだが、ストレスがピークに達しているためか面と向かって話をしている。
「すごいクマね……少しは休んだら?」
「ほんとは休めるはずの時間だったのに、国王陛下がこの時間にシミュレートマシンを稼働させるよう来たからね。労働の法律でも作って基準を設けて欲しいくらいだ。これが終わったら私は休む。絶対にだ。誰の命令も聞かない」
「いやいや、私の演習はどーなんのよ?」
「あんたは演習しすぎなのよっ!! 少しは家で身体を休めておけよ、有事に備えて!!」
「有事と言われても……やはり身体を動かさないと鈍ってしまうのは事実だしね。あ、でも今日は私じゃないし、あなたと一緒に観測する側よ」
それを聞いてメリアは首を傾げる。そして、次第に笑みを浮かべていく。
「へえ……。あなたがそうなんて、珍しいじゃない。明日は雪でも降るかしら?」
「よしてよ。それにまだ雪が降ってもおかしくない季節だっていうのに。……そうじゃなくて、今日は彼が行うの。フレイヤと私はそれを見学してその真価を判断するってだけ」
それを聞いたメリアはアルジャーノンに視線を送る。嘗めるように見つめられているためか、アルジャーノンも若干ながら緊張してしまっていた。
アルジャーノンを見て、メリアはふうんとだけ言った。
「あ、あの……その意味って……?」
「いいや、特に意味はないわ。ところで、演習だっけ? いいわよ、とりあえずシミュレートマシンの部屋へと連れて行ってあげて」
その言葉にマーズは静かに頷いた。
◇◇◇
シミュレートマシンにアルジャーノンは乗り込む。息を吐き、整える。彼は緊張こそ和らいだようだが、あまりに久しぶりのことなので実際に動かすことが出来るか――それが不安で仕方なかった。
シミュレートマシンに載せられて訓練をしているわけではない、ということもあるだろう。それ以上に彼は一度も実戦に参加することがなかった、という点が挙げられる。
出動したときに躊躇なく人を殺すことは出来るのだろうか。そしてそれは神に反することなのだろうか――そう思うのだ。
だが。
彼は自分でこの道を進むことを選んだ。もう後戻りすることなど出来ない。
アルジャーノンはリリーファーコントローラを強く握った。
それは自分の意志を確かめるために。
それは自分の意志を確固たるものへと変貌させるために。
アルジャーノンが向かった演習先はブルーグラスエリアとは違った趣のあるエリアであった。一言でいえば、彼の乗るリリーファーの目の前には、巨大な火山があった。
『ここはボルケイノエリアだ。名前のとおり、エリアの中心には巨大な火山がそびえ立っている。それをうまく使うというのも手だな』
コックピットにメリアの声が響く。
それを聞いてアルジャーノンは頷いた。
しかし。
まだ気になるところが幾つかあった。
「あの……僕は何と戦えば?」
その言葉に、メリアは失笑する。
『何を言っているんだ、君の目の前に立っているじゃないか』
それを聞いて、改めてアルジャーノンは前方を見た。
そこには、立っていた。紛れもなく、隠れることもなく、堂々と立っていた。
それは赤いリリーファーだった。背後にそびえる火山から漏れ出てくる溶岩のような、ドロドロと粘度の高い『赤』。溶岩にずっと浸かって染み込んだようにも思える、その赤い姿がアルジャーノンの目に焼きついていた。
「あれが……敵だというのか」
まるで、まるで、まるで、実在しているみたいではないか。本当にその場に存在しているようではないか。ここが現実世界であると言われても違和がないくらい、恐怖が彼の心の中にあった。
『んん。どうした、まさか怖いのか?』
恐らくコントロールルームには血圧や心拍を見る何かがあるのだろう。それを見てメリアは彼に言った。その口調は彼を慈しむ思いではなく、彼を煽っていくような、下に見ている感じの方が強かった。
「……まるで蔑んでいるようなそんな感じですね。僕にはこれが出来ない、とでも言いたいんですか? 残念ですがあなたたちの考えは手に取るように解りますよ。機械で血圧とか心拍とか計らなくても、声を聞いただけで……」
『……だったら、倒してみたらどうだ。御託を言わずに倒す。実力を示してからくどくどと話してみるのが一番だと思うが』
メリアの言葉は一理あった。そのとおりだった。御託ばかり連ねている人間は基本的に(若干の例外こそあるが)実力がそれに伴っていないケースが殆どである。実力がある人間はあまりその実力を開け広げることもなく謙虚に対応している。大抵そういうものである――とメリアは半ば勝手な考えで行動している。
アルジャーノンに対してもそういう対応で返した。彼がこれで御託ばかり言う人間なのか、実力がそれなりにあって発言しているのかが解るのだ。
アルジャーノンはメリアからの通信を半ば強引に切って、目の前を再び見た。敵のリリーファーは目の前に立っているが、とはいえあれは電子空間に具現化されたコンピュータプログラムである。だから、人が乗っているわけではない。あれが完全に壊滅したとしても中にいる起動従士が死ぬことはないしそもそも起動従士は入っていない。だから安心して殺せる。だから安心して壊せる。だから安心して攻撃できる。
――でも、その一撃を出す、その行動へと踏み出す一歩が出来ないのだった。怖いわけではない、恐ろしいわけではない、彼はそう思っているかもしれない。だが、根底にはリリーファーが『怖い』という思いがあるのだろう。
震えて身体が動かない。
痺れを切らしたのか、敵のリリーファーが行動を開始する。AIは非常に高性能であり、漸く動けるようになったアルジャーノンがコイルガンで攻撃しても直ぐに避けられてしまう。
そして。
敵のリリーファーは装備していたナイフでアルジャーノンの乗るリリーファーを貫いた。
結果は最終的判断を下す国王が見ることもなく、明らかだった。
「……私は長年シミュレーションの映像を見てきていたが、これはひどい。最低最悪だ。こんな人間をよく騎士団に入れようなどと審議をしたものだよ、国王はいったい何を考えているというんだ……」
メリアはそのあとぶつぶつと呟き始めた。
マーズは一瞬でもアルジャーノンが、崇人みたいに力を発揮するのではないかと淡い期待を抱いていたがそれも杞憂だった。
「……とりあえず、今日は帰りなさい。私からあなたの結果については報告しておくから。メリア、今回の演習のデータ、もらえるかしら?」
「もらえるもなにも、もう送信しちまってるよ。だから、あっちには報告がいっているはず」
「さすがメリア。やるわね」
「……そんなことより私は今から急いで進級試験の最終チェックに入るから、もう帰ってもらってもいい?」
「えー私もやりたかったのに」
そう言ってマーズは頬を膨らませる。
対して、メリアは何も言うことなく椅子を回転させて再びワークステーションに何かを入力しているキーボードの打鍵音が響き始めた。
「……帰りましょう。こうなったらもう彼女は何も聞いてはくれない。ところでアルジャーノン……だったかしら、あなたどこに住んでいるの?」
「一応私の家だけど……」
そう言って恥ずかしそうにフレイヤは手を挙げる。
「……なに、アルジャーノンはフレイヤのヒモってわけ?」
「ちょっとそれは言い方がきつくないかな!? 少しは働いてもらうよ! えーとほら……神父さんとか」
そもそも法王庁から逃げてきたというアルジャーノンが神父をして問題はないのだろうか、なんてことを思うマーズだったがそんなことを今言うのはとても野暮なことだった。
だから彼女はそれを咎めることなどせず、ただ溜息を一つ吐いたのみだった。
マーズ・リッペンバーとアルジャーノン、それにフレイヤがやってきたのはそのタイミングのことであった。今までならばワークステーションに視線を置いたまま話すのだが、ストレスがピークに達しているためか面と向かって話をしている。
「すごいクマね……少しは休んだら?」
「ほんとは休めるはずの時間だったのに、国王陛下がこの時間にシミュレートマシンを稼働させるよう来たからね。労働の法律でも作って基準を設けて欲しいくらいだ。これが終わったら私は休む。絶対にだ。誰の命令も聞かない」
「いやいや、私の演習はどーなんのよ?」
「あんたは演習しすぎなのよっ!! 少しは家で身体を休めておけよ、有事に備えて!!」
「有事と言われても……やはり身体を動かさないと鈍ってしまうのは事実だしね。あ、でも今日は私じゃないし、あなたと一緒に観測する側よ」
それを聞いてメリアは首を傾げる。そして、次第に笑みを浮かべていく。
「へえ……。あなたがそうなんて、珍しいじゃない。明日は雪でも降るかしら?」
「よしてよ。それにまだ雪が降ってもおかしくない季節だっていうのに。……そうじゃなくて、今日は彼が行うの。フレイヤと私はそれを見学してその真価を判断するってだけ」
それを聞いたメリアはアルジャーノンに視線を送る。嘗めるように見つめられているためか、アルジャーノンも若干ながら緊張してしまっていた。
アルジャーノンを見て、メリアはふうんとだけ言った。
「あ、あの……その意味って……?」
「いいや、特に意味はないわ。ところで、演習だっけ? いいわよ、とりあえずシミュレートマシンの部屋へと連れて行ってあげて」
その言葉にマーズは静かに頷いた。
◇◇◇
シミュレートマシンにアルジャーノンは乗り込む。息を吐き、整える。彼は緊張こそ和らいだようだが、あまりに久しぶりのことなので実際に動かすことが出来るか――それが不安で仕方なかった。
シミュレートマシンに載せられて訓練をしているわけではない、ということもあるだろう。それ以上に彼は一度も実戦に参加することがなかった、という点が挙げられる。
出動したときに躊躇なく人を殺すことは出来るのだろうか。そしてそれは神に反することなのだろうか――そう思うのだ。
だが。
彼は自分でこの道を進むことを選んだ。もう後戻りすることなど出来ない。
アルジャーノンはリリーファーコントローラを強く握った。
それは自分の意志を確かめるために。
それは自分の意志を確固たるものへと変貌させるために。
アルジャーノンが向かった演習先はブルーグラスエリアとは違った趣のあるエリアであった。一言でいえば、彼の乗るリリーファーの目の前には、巨大な火山があった。
『ここはボルケイノエリアだ。名前のとおり、エリアの中心には巨大な火山がそびえ立っている。それをうまく使うというのも手だな』
コックピットにメリアの声が響く。
それを聞いてアルジャーノンは頷いた。
しかし。
まだ気になるところが幾つかあった。
「あの……僕は何と戦えば?」
その言葉に、メリアは失笑する。
『何を言っているんだ、君の目の前に立っているじゃないか』
それを聞いて、改めてアルジャーノンは前方を見た。
そこには、立っていた。紛れもなく、隠れることもなく、堂々と立っていた。
それは赤いリリーファーだった。背後にそびえる火山から漏れ出てくる溶岩のような、ドロドロと粘度の高い『赤』。溶岩にずっと浸かって染み込んだようにも思える、その赤い姿がアルジャーノンの目に焼きついていた。
「あれが……敵だというのか」
まるで、まるで、まるで、実在しているみたいではないか。本当にその場に存在しているようではないか。ここが現実世界であると言われても違和がないくらい、恐怖が彼の心の中にあった。
『んん。どうした、まさか怖いのか?』
恐らくコントロールルームには血圧や心拍を見る何かがあるのだろう。それを見てメリアは彼に言った。その口調は彼を慈しむ思いではなく、彼を煽っていくような、下に見ている感じの方が強かった。
「……まるで蔑んでいるようなそんな感じですね。僕にはこれが出来ない、とでも言いたいんですか? 残念ですがあなたたちの考えは手に取るように解りますよ。機械で血圧とか心拍とか計らなくても、声を聞いただけで……」
『……だったら、倒してみたらどうだ。御託を言わずに倒す。実力を示してからくどくどと話してみるのが一番だと思うが』
メリアの言葉は一理あった。そのとおりだった。御託ばかり連ねている人間は基本的に(若干の例外こそあるが)実力がそれに伴っていないケースが殆どである。実力がある人間はあまりその実力を開け広げることもなく謙虚に対応している。大抵そういうものである――とメリアは半ば勝手な考えで行動している。
アルジャーノンに対してもそういう対応で返した。彼がこれで御託ばかり言う人間なのか、実力がそれなりにあって発言しているのかが解るのだ。
アルジャーノンはメリアからの通信を半ば強引に切って、目の前を再び見た。敵のリリーファーは目の前に立っているが、とはいえあれは電子空間に具現化されたコンピュータプログラムである。だから、人が乗っているわけではない。あれが完全に壊滅したとしても中にいる起動従士が死ぬことはないしそもそも起動従士は入っていない。だから安心して殺せる。だから安心して壊せる。だから安心して攻撃できる。
――でも、その一撃を出す、その行動へと踏み出す一歩が出来ないのだった。怖いわけではない、恐ろしいわけではない、彼はそう思っているかもしれない。だが、根底にはリリーファーが『怖い』という思いがあるのだろう。
震えて身体が動かない。
痺れを切らしたのか、敵のリリーファーが行動を開始する。AIは非常に高性能であり、漸く動けるようになったアルジャーノンがコイルガンで攻撃しても直ぐに避けられてしまう。
そして。
敵のリリーファーは装備していたナイフでアルジャーノンの乗るリリーファーを貫いた。
結果は最終的判断を下す国王が見ることもなく、明らかだった。
「……私は長年シミュレーションの映像を見てきていたが、これはひどい。最低最悪だ。こんな人間をよく騎士団に入れようなどと審議をしたものだよ、国王はいったい何を考えているというんだ……」
メリアはそのあとぶつぶつと呟き始めた。
マーズは一瞬でもアルジャーノンが、崇人みたいに力を発揮するのではないかと淡い期待を抱いていたがそれも杞憂だった。
「……とりあえず、今日は帰りなさい。私からあなたの結果については報告しておくから。メリア、今回の演習のデータ、もらえるかしら?」
「もらえるもなにも、もう送信しちまってるよ。だから、あっちには報告がいっているはず」
「さすがメリア。やるわね」
「……そんなことより私は今から急いで進級試験の最終チェックに入るから、もう帰ってもらってもいい?」
「えー私もやりたかったのに」
そう言ってマーズは頬を膨らませる。
対して、メリアは何も言うことなく椅子を回転させて再びワークステーションに何かを入力しているキーボードの打鍵音が響き始めた。
「……帰りましょう。こうなったらもう彼女は何も聞いてはくれない。ところでアルジャーノン……だったかしら、あなたどこに住んでいるの?」
「一応私の家だけど……」
そう言って恥ずかしそうにフレイヤは手を挙げる。
「……なに、アルジャーノンはフレイヤのヒモってわけ?」
「ちょっとそれは言い方がきつくないかな!? 少しは働いてもらうよ! えーとほら……神父さんとか」
そもそも法王庁から逃げてきたというアルジャーノンが神父をして問題はないのだろうか、なんてことを思うマーズだったがそんなことを今言うのはとても野暮なことだった。
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