絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二百四話 カレー戦争(前編)
「そもそも、どうしてアスレティックコースなんてものを考えようとしたのよ」
「そんなこと私に言われても解ると思うか?」
そう言われてマーズは頷く。確かに彼女はこう言った。命令が来た、と。ならば命令についての理由を聞くこともないし訊ねることもないだろう。
メリアはワークステーションを再開させ、画面をマーズに見せる。
そこに映っていたのはスケジュールだった。恐らくそれは彼女のスケジュールだろうが、カレンダーにはびっしりと予定が書かれていた。
「今日が六日だ。そして試験は二十日だから……ちょうど二週間になる。年度が変わる、このてんてこ舞いになりがちなタイミングでこういう案件が出てデスマーチ化している私を見て、まだその理由を聞こうと思う?」
「……そうね。確かにそれも酷な話ね」
今の彼女は窶れている。そんな彼女を質問攻めにするのも、マーズの良心が痛むというものである。
マーズはコーヒーを一口飲み、皿に乗っているクッキーを一枚手に取った。
「それじゃ、あなたにアスレティックコースの質問をするのはやめておいた方がいいのかもね……」
「タカトに質問してこい、なんて言われたの?」
「いいえ、私の個人的な理由よ」
それってタカトに質問してこいと言われたと同義じゃないの? なんてことをメリアは思ったが言わないでおいた。今の彼女がカリカリしているのは言わずとも解るからだ。
メリアは溜息を吐いた。
「……質問は出来ることなら答えたくないのよね。クライアントの守秘義務に反するから。けれど……これは特例よ? 私とあなたの仲だから、話してあげるんだから」
「ありがとう、メリア」
そう言って彼女は頭を下げる。
それを見ることなくメリアはワークステーションにキーボードを介してコマンドを撃ち込んでいく。その打鍵音の素早さといったら、彼女が今まで聞いたことのないくらい素早いものだった。
そして、しばらくしてワークステーションにある立体図が浮かび上がった。
「これは……?」
「これがさっきあなたの言った、アスレティックコースの立体図。まあ、これはあくまでも設計上の段階であって、完成品とは言えないけれど、大まかなポイントはこれで決定だしコース自体を変更することはないわ」
メリアの言葉を聴きながら、彼女はコースを眺めていく。
スタートは草原から始める。極一般的なスタートと言えるだろう。逆にこれが雪原だとか山脈の真ん中とかだったら開発者を恨むレベルだ。
スタートからしばらくは草原の中を走っていく。非常に平坦な道のりだからスタミナを削ることもない。楽なコースとも言えるだろう。
最初の関門――とマーズが心の中で考えたのはその先にある洞窟だ。別に洞窟にリリーファーが入ることが出来ないだとかそういうわけではない。ただし、リリーファーが複数機入るにはその場所は狭すぎる。せいぜい二機が限界だろう。即ち、最初の二機に入らなくては一位でゴールするのは不可能に近い。
洞窟は細くて長い。高低差こそないものの水脈があるのか洞窟の中に流れている川を越える必要がある。その川の幅はそこそこ広いのでここでもタイムロスしやすいといえる。
最初の関門である洞窟を抜けると山脈エリアに入る。――これを見て彼女は即座に第二の関門であることを理解した。
山脈とはいったものの山はひとつしかない。しかし標高はそれなりに高いのか山頂近辺には雪が積もっている。ということは雪崩の可能性もあるし、雪に足を取られて滑ってしまう可能性もあるということだ。
山脈を抜けると広がるのは市街地だった。
「……ちょっと待って。どうしてアスレティックに市街地が? 何か意味でもあるの?」
「さすがにここまでは言えないかな。けれど市街地を破壊するとかそういうことは……まあ、たぶんないと思うけど」
曖昧な返答をされてマーズは腑に落ちなかったが、コースのチェックを再開する。
市街地を抜けるとそこには海が広がっていた。
「……ねえ、メリア」
「ノーコメントで」
そう言われては仕方がない。
再び、コースチェックに戻るマーズ。
海を超えると小さな島があった。そしてその島には巨大な穴があった。深い深い穴だ。その穴を抜けると――そこには迷宮が広がっていた。
「ああ、ちょこっと補足ね。その迷宮の壁はめったにリリーファーの装備じゃ破壊できないようになっているから」
「余計なことしてくれるわね……」
そんなことを呟きながらも、マーズはコースチェックに勤しむ。
島の地下に広がる迷宮は島の大きさの数倍もの大きさを有しており、クリアするのはそう簡単ではないだろう――マーズはそう悟りながら、迷宮の出口を探した。
そして、その迷宮の出口には小さく『ゴール』の文字が書かれていた。
コースチェックを終了して、マーズは溜息を吐く。
「どうでした、コースチェックの感想は?」
「ひたすらに面倒臭いコースだということだけは理解できたわ。とりあえずこれをやっても精神とスタミナを摩耗することだけは、ね」
「それが目的、らしいわよ? 国王陛下が言うには、様々なことを経験させることで、起動従士の力を育てる、だって。戦争のときに自分の力を過信して出撃したときとは大違いね……っと、これはオフレコで」
そうね、とマーズは頷いて一口分残っていたコーヒーをきれいに飲み干した。
◇◇◇
ところ変わって、中央。崇人たちがいる学校では昼休みを迎えていた。
今日は昼休みに入ってヴィエンスと一緒になんとなく食堂へ向かおうとした矢先のことであった。リモーナは女子陣に囲まれて食事の誘いを受けていたが、それを凡て断って崇人についていったのだ。別に女子たちはそれで何か言ったわけではないが、少し彼女たちの心が傷ついてしまったのは事実であった。
「いいのか? あんなに女の子たちが誘ってくれたのに」
「いいのよ。女の子たちの会話というのも堅苦しいものがあるのよ? 化粧がどうだの可愛い服がどうだの……。私はそんなことより自分の意志をはっきりして服とかを選びたいのよ。なのに、ブレイクしているからこれがいいんだーとか、この食べ物たべてないなんて時代遅れだよーだとか話すんだよ? 自分が時代に乗り遅れていないのを参照するためにそーいうことをする子って、なんか好きじゃないなって」
「そんなのは男子だってあるぜ。まあ、女子くらいではないがな」
ヴィエンスは言ったが、リモーナは微笑む。
「でも女子よっか男子と話していたほうが何かと面白いし」
「男子ばかりの環境で育ったとか?」
「それに近いかも」
そう言って照れ隠しに微笑んだリモーナ。
「……まあ、それもあるけど、とりあえず気兼ねなく話ができるのが一番、かなあ」
「なんだよ。それ」
そう言ってヴィエンスは微笑む。
それを見て、リモーナもまた笑った。
◇◇◇
「カレーにはじゃがいもを入れる派? 入れない派?」
「……何を言っているんだ、じゃがいもはカレーに必須だろ」
「いやいやいやいや、おかしいって。じゃがいもが溶けたらあつあつになるじゃん! 猫舌の私にとってそれはちょっち辛いかなーって」
「でもそれって少数意見だろ。少なくともカレーに入る具材は人参・じゃがいも・肉・玉ねぎ、以上だ」
「いや、俺は人参を抜くぞ?」
崇人とリモーナの会話にヴィエンスが入ってくる。しかもその意見は火に油を注ぐような発言だ。
「いやいやいや! おかしいって! 人参は入れるべきだろ!? しかもじゃがいもと同じくらいになるくらいの大きさにしておいてさ!」
「いや、その考えはおかしい……」
さて。
なぜこのようなことになってしまっているのだろうか。
それは少し前、ちょうどリモーナがカレーを食べていたそのタイミングまで遡ることになる――。
スプーンでカレールーの海に半ば沈めているじゃがいもを掬い上げて、リモーナはじっと眺めていた。
それを見て違和を感じた崇人は、
「どうした、リモーナ。もしかしてじゃがいもが嫌いなのか?」
訊ねた。
リモーナはそれを聞いて首を横に振る。
「じゃがいも自体は嫌いではないのだけれどね。なんというか、溶けてしまうと美味しくないじゃない? ドロドロしたカレーってあまり好きじゃないのよね……」
因みに今彼女が食べているカレーは若干ながらドロっとしている。手作りであるからか、日によってドロドロしているかサラサラしているかが違うのだ。それもこの食堂のカレーの人気の秘密ともいえるだろう。
「そんなこと私に言われても解ると思うか?」
そう言われてマーズは頷く。確かに彼女はこう言った。命令が来た、と。ならば命令についての理由を聞くこともないし訊ねることもないだろう。
メリアはワークステーションを再開させ、画面をマーズに見せる。
そこに映っていたのはスケジュールだった。恐らくそれは彼女のスケジュールだろうが、カレンダーにはびっしりと予定が書かれていた。
「今日が六日だ。そして試験は二十日だから……ちょうど二週間になる。年度が変わる、このてんてこ舞いになりがちなタイミングでこういう案件が出てデスマーチ化している私を見て、まだその理由を聞こうと思う?」
「……そうね。確かにそれも酷な話ね」
今の彼女は窶れている。そんな彼女を質問攻めにするのも、マーズの良心が痛むというものである。
マーズはコーヒーを一口飲み、皿に乗っているクッキーを一枚手に取った。
「それじゃ、あなたにアスレティックコースの質問をするのはやめておいた方がいいのかもね……」
「タカトに質問してこい、なんて言われたの?」
「いいえ、私の個人的な理由よ」
それってタカトに質問してこいと言われたと同義じゃないの? なんてことをメリアは思ったが言わないでおいた。今の彼女がカリカリしているのは言わずとも解るからだ。
メリアは溜息を吐いた。
「……質問は出来ることなら答えたくないのよね。クライアントの守秘義務に反するから。けれど……これは特例よ? 私とあなたの仲だから、話してあげるんだから」
「ありがとう、メリア」
そう言って彼女は頭を下げる。
それを見ることなくメリアはワークステーションにキーボードを介してコマンドを撃ち込んでいく。その打鍵音の素早さといったら、彼女が今まで聞いたことのないくらい素早いものだった。
そして、しばらくしてワークステーションにある立体図が浮かび上がった。
「これは……?」
「これがさっきあなたの言った、アスレティックコースの立体図。まあ、これはあくまでも設計上の段階であって、完成品とは言えないけれど、大まかなポイントはこれで決定だしコース自体を変更することはないわ」
メリアの言葉を聴きながら、彼女はコースを眺めていく。
スタートは草原から始める。極一般的なスタートと言えるだろう。逆にこれが雪原だとか山脈の真ん中とかだったら開発者を恨むレベルだ。
スタートからしばらくは草原の中を走っていく。非常に平坦な道のりだからスタミナを削ることもない。楽なコースとも言えるだろう。
最初の関門――とマーズが心の中で考えたのはその先にある洞窟だ。別に洞窟にリリーファーが入ることが出来ないだとかそういうわけではない。ただし、リリーファーが複数機入るにはその場所は狭すぎる。せいぜい二機が限界だろう。即ち、最初の二機に入らなくては一位でゴールするのは不可能に近い。
洞窟は細くて長い。高低差こそないものの水脈があるのか洞窟の中に流れている川を越える必要がある。その川の幅はそこそこ広いのでここでもタイムロスしやすいといえる。
最初の関門である洞窟を抜けると山脈エリアに入る。――これを見て彼女は即座に第二の関門であることを理解した。
山脈とはいったものの山はひとつしかない。しかし標高はそれなりに高いのか山頂近辺には雪が積もっている。ということは雪崩の可能性もあるし、雪に足を取られて滑ってしまう可能性もあるということだ。
山脈を抜けると広がるのは市街地だった。
「……ちょっと待って。どうしてアスレティックに市街地が? 何か意味でもあるの?」
「さすがにここまでは言えないかな。けれど市街地を破壊するとかそういうことは……まあ、たぶんないと思うけど」
曖昧な返答をされてマーズは腑に落ちなかったが、コースのチェックを再開する。
市街地を抜けるとそこには海が広がっていた。
「……ねえ、メリア」
「ノーコメントで」
そう言われては仕方がない。
再び、コースチェックに戻るマーズ。
海を超えると小さな島があった。そしてその島には巨大な穴があった。深い深い穴だ。その穴を抜けると――そこには迷宮が広がっていた。
「ああ、ちょこっと補足ね。その迷宮の壁はめったにリリーファーの装備じゃ破壊できないようになっているから」
「余計なことしてくれるわね……」
そんなことを呟きながらも、マーズはコースチェックに勤しむ。
島の地下に広がる迷宮は島の大きさの数倍もの大きさを有しており、クリアするのはそう簡単ではないだろう――マーズはそう悟りながら、迷宮の出口を探した。
そして、その迷宮の出口には小さく『ゴール』の文字が書かれていた。
コースチェックを終了して、マーズは溜息を吐く。
「どうでした、コースチェックの感想は?」
「ひたすらに面倒臭いコースだということだけは理解できたわ。とりあえずこれをやっても精神とスタミナを摩耗することだけは、ね」
「それが目的、らしいわよ? 国王陛下が言うには、様々なことを経験させることで、起動従士の力を育てる、だって。戦争のときに自分の力を過信して出撃したときとは大違いね……っと、これはオフレコで」
そうね、とマーズは頷いて一口分残っていたコーヒーをきれいに飲み干した。
◇◇◇
ところ変わって、中央。崇人たちがいる学校では昼休みを迎えていた。
今日は昼休みに入ってヴィエンスと一緒になんとなく食堂へ向かおうとした矢先のことであった。リモーナは女子陣に囲まれて食事の誘いを受けていたが、それを凡て断って崇人についていったのだ。別に女子たちはそれで何か言ったわけではないが、少し彼女たちの心が傷ついてしまったのは事実であった。
「いいのか? あんなに女の子たちが誘ってくれたのに」
「いいのよ。女の子たちの会話というのも堅苦しいものがあるのよ? 化粧がどうだの可愛い服がどうだの……。私はそんなことより自分の意志をはっきりして服とかを選びたいのよ。なのに、ブレイクしているからこれがいいんだーとか、この食べ物たべてないなんて時代遅れだよーだとか話すんだよ? 自分が時代に乗り遅れていないのを参照するためにそーいうことをする子って、なんか好きじゃないなって」
「そんなのは男子だってあるぜ。まあ、女子くらいではないがな」
ヴィエンスは言ったが、リモーナは微笑む。
「でも女子よっか男子と話していたほうが何かと面白いし」
「男子ばかりの環境で育ったとか?」
「それに近いかも」
そう言って照れ隠しに微笑んだリモーナ。
「……まあ、それもあるけど、とりあえず気兼ねなく話ができるのが一番、かなあ」
「なんだよ。それ」
そう言ってヴィエンスは微笑む。
それを見て、リモーナもまた笑った。
◇◇◇
「カレーにはじゃがいもを入れる派? 入れない派?」
「……何を言っているんだ、じゃがいもはカレーに必須だろ」
「いやいやいやいや、おかしいって。じゃがいもが溶けたらあつあつになるじゃん! 猫舌の私にとってそれはちょっち辛いかなーって」
「でもそれって少数意見だろ。少なくともカレーに入る具材は人参・じゃがいも・肉・玉ねぎ、以上だ」
「いや、俺は人参を抜くぞ?」
崇人とリモーナの会話にヴィエンスが入ってくる。しかもその意見は火に油を注ぐような発言だ。
「いやいやいや! おかしいって! 人参は入れるべきだろ!? しかもじゃがいもと同じくらいになるくらいの大きさにしておいてさ!」
「いや、その考えはおかしい……」
さて。
なぜこのようなことになってしまっているのだろうか。
それは少し前、ちょうどリモーナがカレーを食べていたそのタイミングまで遡ることになる――。
スプーンでカレールーの海に半ば沈めているじゃがいもを掬い上げて、リモーナはじっと眺めていた。
それを見て違和を感じた崇人は、
「どうした、リモーナ。もしかしてじゃがいもが嫌いなのか?」
訊ねた。
リモーナはそれを聞いて首を横に振る。
「じゃがいも自体は嫌いではないのだけれどね。なんというか、溶けてしまうと美味しくないじゃない? ドロドロしたカレーってあまり好きじゃないのよね……」
因みに今彼女が食べているカレーは若干ながらドロっとしている。手作りであるからか、日によってドロドロしているかサラサラしているかが違うのだ。それもこの食堂のカレーの人気の秘密ともいえるだろう。
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