絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百九十三話 攻略作戦、中盤Ⅸ
だが、彼はこれに対処しなくてはならない。少なくとも自由都市ユースティティアとそれを中心とする法王庁自治領で起きた問題については法王庁――ひいては法王がその問題に直接対処せねばならなかったのだ。
「……ヘヴンズ・ゲートの方は?」
「ヘヴンズ・ゲートには現在リリーファーを数機そちらに派遣しております。それで何とかなるとは思いませんが、時間稼ぎにはなるかと……」
「時間稼ぎ? 貴様、もしやゲートを陥落させる前提で考えているのか!」
「そんな、まさか! 私はそんなことを一切考えてなど……」
報告に来た臣下に文句を言っても仕方がなかった。しかし、彼は今とても苛々していて、鬱憤が溜まっていたのだ。
それについては報告に来た臣下にだって解ることだった。だからといって口答えなどしなかった。上の言葉は素直に聞いて少しでも気持ちを和らがせる、そのために彼は話を聞いているのだ。たとえ理不尽な怒りを受けようとも、それについては仕方ない話だと既に割り切っていた。
「……ゲートに関しましては、聖騎士団を出す方向で調整しまもなく出動させる予定です。バルダッサーレ騎士団長にはまだこの前の戦闘の疲れを労ってもらってはいませんが、参戦していただく予定です」
「バルダッサーレか……。確かに彼奴がいれば聖騎士団は百人力だろう。しかし、幾らあいつとはいえ、こうスパンを短くして参戦を決意するのは大変だっただろうな」
「もともとは指揮官のみの予定でしたが、ユースティティアに直接爆撃されたのを見て、こんなことをしている場合ではないと激昂しておられました」
バルダッサーレの理由を聞いて、法王は頷く。
未だここで諦める場合ではなかった。兵士が未だ『やれる』と言っているのだ。守るべき土地に土足で踏み入り攻撃してきた連中に、裁きを下すべきだと言っているのだ。
なのにリーダーを務める彼が、簡単に戦いを諦めてもいいのだろうか?
答えはノーだ。諦めていいはずがない。彼の判断一つで法王庁自治領に住む人間を生かすことも殺すことも出来る。ならば、出来る限り、いや、確実に前者の結果に導かなくてはならない。
「ヘヴンズ・ゲートにはバルダッサーレ率いる聖騎士団を送れ。そしてユースティティアには『聖人』を呼ぶぞ」
その言葉に臣下はひどく驚いた。
それもそのはず。聖人とは法王庁自治領に二人しかいないという魔術師のことだ。今回の戦争の規模からして彼らが出撃することになるのは、もはや当然にも思えた。
だが、このタイミングで参戦になる、しかもヘヴンズ・ゲートではなくユースティティアの守護をさせる……そのことに彼は驚きを隠せなかった。
「……どうした。早く聖人とバルダッサーレたちに報告しろ。各自持ち場につけ、と」
その言葉を聞いて、臣下は恭しく笑みを浮かべながら頭を下げて、その場を後にした。
◇◇◇
『聖人』アタナシウス・レブルゴールは暗闇の中で沈黙を保っていた。
彼なりの精神統一、或いはそれ以上といえるだろう。
アタナシウスは何かの気配に気が付いたのか、前を向いた。
「……それ以上黙りを続けているつもりならば、敵と見なして攻撃を行うぞ」
彼が声をかけた先にはただ闇が広がっていた。
しかし、そうではなかった。闇の向こうにかすかに明かりがある。
「突然のことで申し訳ない。だが、事態はそう悠長に待ってくれるほど優しくないのです」
「……なんだ、さっさと言えよ。そんなに勿体ぶって」
「聖人のお二方を戦場にお招きしたい……法王猊下はそのように考えているようです」
それを聞いてアタナシウスは目を輝かせた。
「……ふうん。ずっとずっとずっと待っていたが、これで漸くその不安は消えたと。猊下は我々に何をさせる気なんだ、まったく」
「猊下は、このまま行くと敵に飲み込まれていくのを回避したい狙いがあります。たとえば今はもうユースティティアの目の前まで敵の騎士団が迫ってきています。市民にも多数の被害が出ています」
「つまりはそれをどうにかしたいから、とりあえず聖人でも呼んでおけば何とかなるだろう……。話だけ聞けば、物語をこのようにしか解釈出来ない」
「必ずしもそうとは限らないのですが……、まぁいいでしょう。ともかく今法王庁自治領の一大事であることには、変わりありません」
アタナシウスは苦い表情を浮かべる。それほど戦いたくないのだろうか……というのははっきりと解っていないが、しかし彼が浮かべた表情は、どちらかといえばそれとは違う何かに起因する。
アタナシウスが持っていた杖が、暗闇であるにもかかわらず、仄かに輝いた。
「……というか僕だけに参加の命令を言うのは些かどうかと思うけれどね。聖人には僕のほかにもう一人居るじゃないか。怒ると怖い、もう一人が」
「呼びましたか、アタナシウス」
背後から聞こえたその声は彼にとって既知だった。そして出来ることならば敵に回したくない存在の声だった。
アタナシウスは振り返った。そこに立っていたのは、女性だった。腰まで伸びた長い黒髪は艶やかであり、それを頭の上の方で結んであった。服は彼女が持っているその武器にまったく似つかわないものであった。
――純白のドレス、だ。彼女はそれを着ていた。
そして、その純白のドレスの格好にはまったく似合わないそれを、彼女は背負っていた。
それは剣、だった。しかしそれはただの剣ではない。まず大きさが普通の剣の規格外であった。大抵、普通の剣というものは腰に構えていることもありそれほど長くはない。
しかし彼女の武器になっている長剣は違った。彼女の身長とほぼ同じ大きさだったのだ。その割りには刀身は太くないので、彼女の華奢な身体がそれで隠れてしまうことはない。
だが、そうとはしてもその重量は相当である。普通の人間ならば歩くこともままならないだろう。そんな規格外の剣を持って戦うのだから、尚更『聖人』という存在が規格外であることを実感させる。
そんな彼女が、アタナシウスの前に立っていた。
「……まったく。リリーファー同士の戦いに私たちを使うとは。法王庁は相当お困りのようね」
誰に言ったでもない言葉を呟いて、彼女は目を瞑った。
彼女の姿を見て、アタナシウスは直ぐに反応することは出来なかった。何故なら、アタナシウスの中での『彼女』のイメージは、仕事が早い存在などではなく、彼以上にマイペースな存在だったからだ。
聖人はあまりにも強い。それゆえに普段は表舞台に登場することなどなく、法王庁に仇なす者が現れた時やこのようにピンチなタイミングになったときに用いられる――所謂最後の切り札であった。
だから、聖人を法王が使用するのを決断したということは、裏を返せば法王庁がそれほどまでに追い詰められていることを意味していた。
「えぇ……。残念ながら現在の戦況はとても我々にいい方向に傾いているとは言えません。寧ろ逆です。悪い方向に進んでいます」
「ヘヴンズ・ゲートも攻め入られている……とのことらしいな? あちらに聖騎士団を割いて、僕らをユースティティアに配置するって少々おかしな考えではないかな?」
「それは仕方ありません。それは変えられようがないのです」
そう言って、男は踵を返す。
「いいじゃないか。もう少し話をしよう。どうせここでなら時間の流れは緩やかだ。……法王猊下もそれを考えた上で魔法で私たちを無理矢理召喚することもしなかったのだろう?」
そう言ったのは長剣を背負った女性――キャスカ・アメグルスであった。
キャスカの問いに、男はこちらに振り返らないまま、ただ微笑みで返した。
「……ですが、この場所は時間が止まっているわけではありません。ゆっくりであっても時間は蓄積され続けているのです。それが意味することは聖人であるあなたたちが知らないとは言わせませんよ」
「……冗談だ。解った。直ぐに敵を倒すために出撃しよう」
男の返事にキャスカは頷いた。
そして男は再び歩き出し、その空間を後にした。
「……ヘヴンズ・ゲートの方は?」
「ヘヴンズ・ゲートには現在リリーファーを数機そちらに派遣しております。それで何とかなるとは思いませんが、時間稼ぎにはなるかと……」
「時間稼ぎ? 貴様、もしやゲートを陥落させる前提で考えているのか!」
「そんな、まさか! 私はそんなことを一切考えてなど……」
報告に来た臣下に文句を言っても仕方がなかった。しかし、彼は今とても苛々していて、鬱憤が溜まっていたのだ。
それについては報告に来た臣下にだって解ることだった。だからといって口答えなどしなかった。上の言葉は素直に聞いて少しでも気持ちを和らがせる、そのために彼は話を聞いているのだ。たとえ理不尽な怒りを受けようとも、それについては仕方ない話だと既に割り切っていた。
「……ゲートに関しましては、聖騎士団を出す方向で調整しまもなく出動させる予定です。バルダッサーレ騎士団長にはまだこの前の戦闘の疲れを労ってもらってはいませんが、参戦していただく予定です」
「バルダッサーレか……。確かに彼奴がいれば聖騎士団は百人力だろう。しかし、幾らあいつとはいえ、こうスパンを短くして参戦を決意するのは大変だっただろうな」
「もともとは指揮官のみの予定でしたが、ユースティティアに直接爆撃されたのを見て、こんなことをしている場合ではないと激昂しておられました」
バルダッサーレの理由を聞いて、法王は頷く。
未だここで諦める場合ではなかった。兵士が未だ『やれる』と言っているのだ。守るべき土地に土足で踏み入り攻撃してきた連中に、裁きを下すべきだと言っているのだ。
なのにリーダーを務める彼が、簡単に戦いを諦めてもいいのだろうか?
答えはノーだ。諦めていいはずがない。彼の判断一つで法王庁自治領に住む人間を生かすことも殺すことも出来る。ならば、出来る限り、いや、確実に前者の結果に導かなくてはならない。
「ヘヴンズ・ゲートにはバルダッサーレ率いる聖騎士団を送れ。そしてユースティティアには『聖人』を呼ぶぞ」
その言葉に臣下はひどく驚いた。
それもそのはず。聖人とは法王庁自治領に二人しかいないという魔術師のことだ。今回の戦争の規模からして彼らが出撃することになるのは、もはや当然にも思えた。
だが、このタイミングで参戦になる、しかもヘヴンズ・ゲートではなくユースティティアの守護をさせる……そのことに彼は驚きを隠せなかった。
「……どうした。早く聖人とバルダッサーレたちに報告しろ。各自持ち場につけ、と」
その言葉を聞いて、臣下は恭しく笑みを浮かべながら頭を下げて、その場を後にした。
◇◇◇
『聖人』アタナシウス・レブルゴールは暗闇の中で沈黙を保っていた。
彼なりの精神統一、或いはそれ以上といえるだろう。
アタナシウスは何かの気配に気が付いたのか、前を向いた。
「……それ以上黙りを続けているつもりならば、敵と見なして攻撃を行うぞ」
彼が声をかけた先にはただ闇が広がっていた。
しかし、そうではなかった。闇の向こうにかすかに明かりがある。
「突然のことで申し訳ない。だが、事態はそう悠長に待ってくれるほど優しくないのです」
「……なんだ、さっさと言えよ。そんなに勿体ぶって」
「聖人のお二方を戦場にお招きしたい……法王猊下はそのように考えているようです」
それを聞いてアタナシウスは目を輝かせた。
「……ふうん。ずっとずっとずっと待っていたが、これで漸くその不安は消えたと。猊下は我々に何をさせる気なんだ、まったく」
「猊下は、このまま行くと敵に飲み込まれていくのを回避したい狙いがあります。たとえば今はもうユースティティアの目の前まで敵の騎士団が迫ってきています。市民にも多数の被害が出ています」
「つまりはそれをどうにかしたいから、とりあえず聖人でも呼んでおけば何とかなるだろう……。話だけ聞けば、物語をこのようにしか解釈出来ない」
「必ずしもそうとは限らないのですが……、まぁいいでしょう。ともかく今法王庁自治領の一大事であることには、変わりありません」
アタナシウスは苦い表情を浮かべる。それほど戦いたくないのだろうか……というのははっきりと解っていないが、しかし彼が浮かべた表情は、どちらかといえばそれとは違う何かに起因する。
アタナシウスが持っていた杖が、暗闇であるにもかかわらず、仄かに輝いた。
「……というか僕だけに参加の命令を言うのは些かどうかと思うけれどね。聖人には僕のほかにもう一人居るじゃないか。怒ると怖い、もう一人が」
「呼びましたか、アタナシウス」
背後から聞こえたその声は彼にとって既知だった。そして出来ることならば敵に回したくない存在の声だった。
アタナシウスは振り返った。そこに立っていたのは、女性だった。腰まで伸びた長い黒髪は艶やかであり、それを頭の上の方で結んであった。服は彼女が持っているその武器にまったく似つかわないものであった。
――純白のドレス、だ。彼女はそれを着ていた。
そして、その純白のドレスの格好にはまったく似合わないそれを、彼女は背負っていた。
それは剣、だった。しかしそれはただの剣ではない。まず大きさが普通の剣の規格外であった。大抵、普通の剣というものは腰に構えていることもありそれほど長くはない。
しかし彼女の武器になっている長剣は違った。彼女の身長とほぼ同じ大きさだったのだ。その割りには刀身は太くないので、彼女の華奢な身体がそれで隠れてしまうことはない。
だが、そうとはしてもその重量は相当である。普通の人間ならば歩くこともままならないだろう。そんな規格外の剣を持って戦うのだから、尚更『聖人』という存在が規格外であることを実感させる。
そんな彼女が、アタナシウスの前に立っていた。
「……まったく。リリーファー同士の戦いに私たちを使うとは。法王庁は相当お困りのようね」
誰に言ったでもない言葉を呟いて、彼女は目を瞑った。
彼女の姿を見て、アタナシウスは直ぐに反応することは出来なかった。何故なら、アタナシウスの中での『彼女』のイメージは、仕事が早い存在などではなく、彼以上にマイペースな存在だったからだ。
聖人はあまりにも強い。それゆえに普段は表舞台に登場することなどなく、法王庁に仇なす者が現れた時やこのようにピンチなタイミングになったときに用いられる――所謂最後の切り札であった。
だから、聖人を法王が使用するのを決断したということは、裏を返せば法王庁がそれほどまでに追い詰められていることを意味していた。
「えぇ……。残念ながら現在の戦況はとても我々にいい方向に傾いているとは言えません。寧ろ逆です。悪い方向に進んでいます」
「ヘヴンズ・ゲートも攻め入られている……とのことらしいな? あちらに聖騎士団を割いて、僕らをユースティティアに配置するって少々おかしな考えではないかな?」
「それは仕方ありません。それは変えられようがないのです」
そう言って、男は踵を返す。
「いいじゃないか。もう少し話をしよう。どうせここでなら時間の流れは緩やかだ。……法王猊下もそれを考えた上で魔法で私たちを無理矢理召喚することもしなかったのだろう?」
そう言ったのは長剣を背負った女性――キャスカ・アメグルスであった。
キャスカの問いに、男はこちらに振り返らないまま、ただ微笑みで返した。
「……ですが、この場所は時間が止まっているわけではありません。ゆっくりであっても時間は蓄積され続けているのです。それが意味することは聖人であるあなたたちが知らないとは言わせませんよ」
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