絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百八十九話 攻略作戦、中盤Ⅴ
バックアップに回されたリミシアだったが、意外と彼女はそれに対して嫌悪感を抱くことはなかった。それどころかリリーファーに乗れることばかりを考えていたわけだからひどく喜んでいたに違いなかった。
しかしながらバックアップはあまりにもリリーファーに乗れる機会が少ないことを思い知らされて、彼女は憤慨する。
――私の還りゆく場所へ、どうして戻してくれないのか。
私はリリーファーに還る。私はリリーファーに還らなくてはならない。それを止める人間は排除せねばならない。
彼女はそういう考えのもと、リリーファーシミュレートセンターを襲撃しようと考えこともあった。結局は未遂に終わってしまい、拘置所に送られるだけで済んだ。
しかし、その事件が起きてから彼女に『問題児』のレッテルが貼られるようになるのは、もはやを火を見るより明らかであった。
そしてリミシアはずっとバックアップで活動を続けていた。彼女に貼られていた問題児というレッテルはいつまでもいつまでも消えることなどなく、彼女が関わりを持つたびにそのレッテルが強調されていくのは確かだった。
だが、それを誰かが止めることもなかった。グランハルトはそれを目の前で目撃したわけではなかったが、とはいえ自分の意志で止めるべきだろう――そもそもそういう考えをもった人間はバックアップ或いは起動従士にはいないだろうなどと考えていたからだ。だからグランハルトは注意もせず、ただそういうことがあっただけだと思い続けていた。
しかし、それを許さなかったのはレナだった。彼女は同性だからというのもあるのだろうが、グランハルトをしつこく責め立てた。そしてその行為をしていた人間についても注意をして、結果レナとリミシアはそれから深い仲となっていったのだった。
それをグランハルトは気に入らなかった。そして、あるときレナに彼は訊ねたのだ。
「なあ、レナ。どうしてあいつをかばう。あいつと一緒にいる。あいつと一緒にいるから、君まで悪者扱いされてしまうときだってあるんだぞ。それでいいのか、君は?」
その言葉にレナは微笑むと、
「そんなつまらないことか」
そう言った。
つまらないこと? グランハルトは考える。自分が言っていることはそれほどまでにつまらないことなのか。それほどまでに面白くないことなのか。
そう言われても、自分の考えが間違っているなど、自然、考えようとはしない。
「……なあ、グランハルト。あいつはほんとうに悪い人間なんだろうか? 確かにあいつはシミュレートセンターを襲撃しようとしただろう。だが、それは単純な理由で、『リリーファーに乗りたかった』という我々と一緒の単純な理由に過ぎないんじゃないか。それだけを聞いてみればほら、なんとなくでも彼女が悪い人間ではない、って思えてくるはずだ」
「だが……」
「だが、じゃない。そう、なんだよ。何を同じメンバーで潰し合っている? 確かに私だって第一起動従士になりたいさ。でも無駄な争いをする必要があるか? そんな争いをする人間が騎士団でやっていけると思うか? 私は、ノーだ。そんな人間が集団でやっていけるはずがない。有り得ない」
それもそうであった。彼女の言い分は理が適っている。間違いなどない。
だが、それでもグランハルトは納得いかない。
それはきっと、彼女がリミシアに奪われるのを拒んでいたからかもしれない。レナを自分だけのものにしたいのに、リミシアは奪っていく。それをグランハルトは横目で見ていて、意識下で拒んでいた。現実を拒んでいたのだ。
そして今、リミシアは実質レナの場所を奪ったかたちで副リーダーに所属している。自分が副リーダーでそのまま昇格となって良かった、とそのときグランハルトはほっと溜息を吐いていた。彼からしてみればリミシアが主導権を握るということは自分やレナの居場所を奪ったということに等しいと考えていたからだ。
第三者から見れば、グランハルトもレナもリミシアも、バックアップの人間凡てのどこかが歪んでいた。
そしてそれを誰も気がつかない。お互いがお互い狂っているのは解るのかもしれないが、自分が『狂っている』だなんて認識できている人間はそういないだろう。それは別にバックアップに限った話ではない。
だが、作戦は作戦、私情は私情だ。やはりそういう点は割り切らなくてはならないしそうしないと作戦がうまく進まない。
だから、彼はそれを飲み込むしかないのだ。
考えるのはこの作戦が終わってからでいい。この作戦が終わってから、それからレナと話し合うのもいい。そうだ、レナと一緒に過ごすのもいいだろう。それもいい。
グランハルトはそんなことを考えると、俄然やる気が出てきた。
彼らの目的地、自由都市ユースティティアは目の前に迫っていた。
自由都市ユースティティア。
法王庁自治領のクローツ大陸部分、その大体真ん中付近にあるのがユースティティアである。円形に壁が作られており、その街に入るのは自由である。どんな人間でもそこに入ることが出来、どんな人間でも住むことができる。
人間からすれば究極の都市。
それが自由都市ユースティティアであった。
その場所をリリーファーに乗って、バックアップの彼らは見下ろしていた。もう時間は夕方になっており、明かりがちらほらと点いていた。
きっとそこでは家族の団欒もあるのだろう。楽しい会話があるのだろう。人々の笑顔があるのだろう。嬉しい世界が、平和な世界が、自由な世界があるのだろう。
それを見下ろしていたリリーファーは、たじろいだ。ほんとうにその作戦を実行すべきかどうかということもあるが、それが成功するのかどうかということだ。これを行うまでに殆ど敵に会うことのなかった。せいぜい最初の敵だけだ。それ以外に会うことはなかったのは、果たして奇跡なのか相手の作戦なのか。もし後者ならばバックアップの面々はまんまとそれに引っかかってしまったことになる。
だが、グランハルトはそれを実行せねばならなかった。作戦を遂行せねばならなかった。例え結果が失敗だろうが成功だろうが、作戦を遂行しなければそのいずれも与えられることはない。
ならば、やらねばならない。
そう、グランハルトは決意して――ムラサメのコックピットにあるキーボードにコマンドを入力した。
充電を含め、ものの数秒で自由都市ユースティティアへコイルガンにより弾丸が射出された。
ユースティティアのとある家庭ではちょうど夕食の準備をしていた。今日のメニューはビーフシチューである。だからこの家庭の母親はシチューを息子や父親に食べさせてあげようと昼からずっと煮込んでいた。美味しいエキスを含んだシチューだ。そのシチューは彼女の息子の大好物であり、先程今日のメニューを聞いたときとても喜んでいた。作っている方も精が出るというものである。
また、別の家庭では父親が息子に向けて絵本を読んでいた。いつも仕事で遊ぶことができないからかたまの休日は遊んでいるのだろう。ともかく、子供はとても楽しんでいた。もうこの絵本は何度も母親から読み聞かせられただろうに、彼はそれを表情にも言葉にも出すことなく聞いていた。それほど父親と遊ぶのを楽しみにしていたのだ。この時間を楽しみにしていて、かけがえのないものだと思っていたのだ。それは父親だって同じに違いない。
また、別の家庭では母親が息子と会話をしていた。彼女の息子が話す内容といえば大体ラジオか或いは放送塔から流れる公共放送で流れた解らないことを彼女に質問するといった感じだった。
「ねえおかあさん、『せんそう』ってなあに?」
「戦争……難しい単語を知っているのね」
「ラジオで言ってた!」
息子の言葉を聞いて、母親は頭を撫でる。
「戦争ってね、とっても怖いんだよ。人がいっぱい死んじゃって、誰かが勝つまで続くのよ」
「こわいね」
「怖いよー? けれど、ここまで戦場になったりすることはないよ。戦火が広がることもない、って広報は言っていたし。だから安心していいんだ」
その言葉を聞いて、彼は母親の膝の上に寝転がった。
どこにでもある平凡な日常の凡て。
どこにでもあるような世界。
平和な世界。
それを、一発の弾丸が、完膚なきまでに破壊した。
しかしながらバックアップはあまりにもリリーファーに乗れる機会が少ないことを思い知らされて、彼女は憤慨する。
――私の還りゆく場所へ、どうして戻してくれないのか。
私はリリーファーに還る。私はリリーファーに還らなくてはならない。それを止める人間は排除せねばならない。
彼女はそういう考えのもと、リリーファーシミュレートセンターを襲撃しようと考えこともあった。結局は未遂に終わってしまい、拘置所に送られるだけで済んだ。
しかし、その事件が起きてから彼女に『問題児』のレッテルが貼られるようになるのは、もはやを火を見るより明らかであった。
そしてリミシアはずっとバックアップで活動を続けていた。彼女に貼られていた問題児というレッテルはいつまでもいつまでも消えることなどなく、彼女が関わりを持つたびにそのレッテルが強調されていくのは確かだった。
だが、それを誰かが止めることもなかった。グランハルトはそれを目の前で目撃したわけではなかったが、とはいえ自分の意志で止めるべきだろう――そもそもそういう考えをもった人間はバックアップ或いは起動従士にはいないだろうなどと考えていたからだ。だからグランハルトは注意もせず、ただそういうことがあっただけだと思い続けていた。
しかし、それを許さなかったのはレナだった。彼女は同性だからというのもあるのだろうが、グランハルトをしつこく責め立てた。そしてその行為をしていた人間についても注意をして、結果レナとリミシアはそれから深い仲となっていったのだった。
それをグランハルトは気に入らなかった。そして、あるときレナに彼は訊ねたのだ。
「なあ、レナ。どうしてあいつをかばう。あいつと一緒にいる。あいつと一緒にいるから、君まで悪者扱いされてしまうときだってあるんだぞ。それでいいのか、君は?」
その言葉にレナは微笑むと、
「そんなつまらないことか」
そう言った。
つまらないこと? グランハルトは考える。自分が言っていることはそれほどまでにつまらないことなのか。それほどまでに面白くないことなのか。
そう言われても、自分の考えが間違っているなど、自然、考えようとはしない。
「……なあ、グランハルト。あいつはほんとうに悪い人間なんだろうか? 確かにあいつはシミュレートセンターを襲撃しようとしただろう。だが、それは単純な理由で、『リリーファーに乗りたかった』という我々と一緒の単純な理由に過ぎないんじゃないか。それだけを聞いてみればほら、なんとなくでも彼女が悪い人間ではない、って思えてくるはずだ」
「だが……」
「だが、じゃない。そう、なんだよ。何を同じメンバーで潰し合っている? 確かに私だって第一起動従士になりたいさ。でも無駄な争いをする必要があるか? そんな争いをする人間が騎士団でやっていけると思うか? 私は、ノーだ。そんな人間が集団でやっていけるはずがない。有り得ない」
それもそうであった。彼女の言い分は理が適っている。間違いなどない。
だが、それでもグランハルトは納得いかない。
それはきっと、彼女がリミシアに奪われるのを拒んでいたからかもしれない。レナを自分だけのものにしたいのに、リミシアは奪っていく。それをグランハルトは横目で見ていて、意識下で拒んでいた。現実を拒んでいたのだ。
そして今、リミシアは実質レナの場所を奪ったかたちで副リーダーに所属している。自分が副リーダーでそのまま昇格となって良かった、とそのときグランハルトはほっと溜息を吐いていた。彼からしてみればリミシアが主導権を握るということは自分やレナの居場所を奪ったということに等しいと考えていたからだ。
第三者から見れば、グランハルトもレナもリミシアも、バックアップの人間凡てのどこかが歪んでいた。
そしてそれを誰も気がつかない。お互いがお互い狂っているのは解るのかもしれないが、自分が『狂っている』だなんて認識できている人間はそういないだろう。それは別にバックアップに限った話ではない。
だが、作戦は作戦、私情は私情だ。やはりそういう点は割り切らなくてはならないしそうしないと作戦がうまく進まない。
だから、彼はそれを飲み込むしかないのだ。
考えるのはこの作戦が終わってからでいい。この作戦が終わってから、それからレナと話し合うのもいい。そうだ、レナと一緒に過ごすのもいいだろう。それもいい。
グランハルトはそんなことを考えると、俄然やる気が出てきた。
彼らの目的地、自由都市ユースティティアは目の前に迫っていた。
自由都市ユースティティア。
法王庁自治領のクローツ大陸部分、その大体真ん中付近にあるのがユースティティアである。円形に壁が作られており、その街に入るのは自由である。どんな人間でもそこに入ることが出来、どんな人間でも住むことができる。
人間からすれば究極の都市。
それが自由都市ユースティティアであった。
その場所をリリーファーに乗って、バックアップの彼らは見下ろしていた。もう時間は夕方になっており、明かりがちらほらと点いていた。
きっとそこでは家族の団欒もあるのだろう。楽しい会話があるのだろう。人々の笑顔があるのだろう。嬉しい世界が、平和な世界が、自由な世界があるのだろう。
それを見下ろしていたリリーファーは、たじろいだ。ほんとうにその作戦を実行すべきかどうかということもあるが、それが成功するのかどうかということだ。これを行うまでに殆ど敵に会うことのなかった。せいぜい最初の敵だけだ。それ以外に会うことはなかったのは、果たして奇跡なのか相手の作戦なのか。もし後者ならばバックアップの面々はまんまとそれに引っかかってしまったことになる。
だが、グランハルトはそれを実行せねばならなかった。作戦を遂行せねばならなかった。例え結果が失敗だろうが成功だろうが、作戦を遂行しなければそのいずれも与えられることはない。
ならば、やらねばならない。
そう、グランハルトは決意して――ムラサメのコックピットにあるキーボードにコマンドを入力した。
充電を含め、ものの数秒で自由都市ユースティティアへコイルガンにより弾丸が射出された。
ユースティティアのとある家庭ではちょうど夕食の準備をしていた。今日のメニューはビーフシチューである。だからこの家庭の母親はシチューを息子や父親に食べさせてあげようと昼からずっと煮込んでいた。美味しいエキスを含んだシチューだ。そのシチューは彼女の息子の大好物であり、先程今日のメニューを聞いたときとても喜んでいた。作っている方も精が出るというものである。
また、別の家庭では父親が息子に向けて絵本を読んでいた。いつも仕事で遊ぶことができないからかたまの休日は遊んでいるのだろう。ともかく、子供はとても楽しんでいた。もうこの絵本は何度も母親から読み聞かせられただろうに、彼はそれを表情にも言葉にも出すことなく聞いていた。それほど父親と遊ぶのを楽しみにしていたのだ。この時間を楽しみにしていて、かけがえのないものだと思っていたのだ。それは父親だって同じに違いない。
また、別の家庭では母親が息子と会話をしていた。彼女の息子が話す内容といえば大体ラジオか或いは放送塔から流れる公共放送で流れた解らないことを彼女に質問するといった感じだった。
「ねえおかあさん、『せんそう』ってなあに?」
「戦争……難しい単語を知っているのね」
「ラジオで言ってた!」
息子の言葉を聞いて、母親は頭を撫でる。
「戦争ってね、とっても怖いんだよ。人がいっぱい死んじゃって、誰かが勝つまで続くのよ」
「こわいね」
「怖いよー? けれど、ここまで戦場になったりすることはないよ。戦火が広がることもない、って広報は言っていたし。だから安心していいんだ」
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