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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百八十一話 攻略作戦、出動Ⅲ

「可能性として考えられる、一番最悪な話がそれになる」

 グランハルトは慎重な面持ちでそう告げた。確かにペイパスの参戦の可能性はゼロではない。いつどこで交戦するのか、裏を返せばその可能性は無限大に存在する。人間の考えられることは必ず実現出来ることだ――そんなことを言う学者が居るくらいである。

「とはいえ……そんな可能性に脅えていてはろくに本気を出せないのもまた現実だ。本来出せるはずの実力が周りを気にしすぎて出せなかった……なんて笑い話にもならない。だから決してそんなことのないように」

 その言葉にバックアップのメンバーは頷いた。


 会議終了後、レナたちはリリーファーを格納する格納庫へとやって来た。メンテナンスが漸く終了した、という報告が入ったためである。
 レナは自らの乗るリリーファーを眺めながら、これまでの作戦について脳内で再確認していた。

「ムラサメ、カーネルの開発した現段階で一番新しい世代のリリーファー……か」

 誰に言ったでもない呟きを漏らす。
 レナは正直な話、このリリーファーに乗るのが怖かった。何故怖かったのかは解らない。しかし、これだけははっきりと言えた。
 あるタイミングからリリーファーを操縦すること自体気持ち悪くなり始めていたのだ。それが身体的な問題なのか肉体的な問題なのかは、はっきりと解らない。
 ただ、リリーファーに乗ると吐き気を催すのだ。あまりにも恥ずかしい話題だからとレナは誰にも告げたことはない。
 リリーファーに乗って吐き気を催すほうが、起動従士にしてはおかしいのだ。起動従士はリリーファーに乗るために強靭な肉体になる必要がある。リリーファーに乗っている時はリリーファーの装甲が守ってくれるが、乗っていない時ではそうもいかない。自らで自らの身を守ることが重要なのだ。

「レナ、どうしたの? リリーファーをずっと眺めたりしてさ」

 声をかけたのはグランハルトだった。彼女はそちらに振り返ると、グランハルトが笑顔で此方に手を振っていた。

「……別に。何でもないよ。まったく関係ない話だから」
「そうかい? でも、何かあったら僕に言ってくれよ。君には僕が居るんだからさ」

 レナは無言で頷くと、グランハルトは踵を返した。

「なぁ、レナ!」

 グランハルトは彼女に背を向けたまま、言った。

「……どうしたの」
「いや、特に重要な話でも無いのだけれど……」
「焦らさないで言いなさいよ。私だって苛々しているのだから」

 レナの言葉を聞いて、グランハルトは大きく頷いた。

「もし、今回の戦争がうまく行ったら、永遠に君の傍に居たい……そう思うんだけど、どうかな?」

 グランハルトは照れ臭そうな表情で言った。レナの方も一瞬自分が何を言われたのか解らないようだった。
 レナは何を返せばいいのか解らなかった。きっと今、彼女の顔は真っ赤に違いない。もじもじとさせながら、顔を真っ赤にしている彼女もまた立派な『女性』だったのだ。

「……いいわよ。十年でも百年でも、一生あんたの傍にいてあげる」

 やっとのことでレナが紡いだその言葉を聞いて、グランハルトは笑みを浮かべた。

「参ったな……。好きな女の子にそんな可愛らしい表情付きで良い返事を貰っちゃうと……俺だってもっと頑張ろうって思えちまうな」

 グランハルトはそう言って、彼の持ち場へと戻っていった。

「絶対に死ぬなよ……グランハルト」

 レナのその瞳は、ずっとグランハルトの背中を捉えていた。


 ◇◇◇


 その頃、マーズたちは侵攻を続行していた。山の中の行軍というものは、とても難しい。特にリリーファーは平地でも操縦が難しいというのに、傾きが入る山道にもなればその行動は難しくなりつつある。

「……マズイな」

 そんな中で、マーズは前方を歩きながら小さく舌打ちした。
 彼女はいくつかの可能性について危惧していた。そのうちの一つが『疲労』だ。メルキオール騎士団は特に問題ないが、問題はやはりハリー騎士団にあった。休憩なしの行軍は、作戦の経験が少ないハリー騎士団に肉体的にも精神的にも重く伸し掛る。

『おい、少し遅れているぞ』

 通信が入った。それはマグラスのものであった。殿を務めるのはアシュヴィンであるため、遅れなどが生じた場合は報告するようにとマーズが命じていたのだが、それにしてもあまりにも早すぎた。

「……休憩を入れましょう。致し方ないわ」

 そう言って、近くの平原を休憩スポットに選択した。


 平原で十機のリリーファーを休ませていると、ヴァルベリーがマーズに声をかけてきた。
 マーズは平原に流れていた川の水で顔を洗っていた。ここの水はとても冷たく、いいリフレッシュにもなっていた。

「大変だな、私が思っていた以上にこの作戦は厳しいものになるようだぞ」

 ヴァルベリーの言葉にマーズは頷く。

「私もまさかここまでひどいものになるとは思いもしなかったわ。……とはいえ、ここまできたのだから頑張ってもらわないといけない」
「正直な話をしても構わないか?」

 唐突にヴァルベリーがそう言ったが、特にそれを聞くのには差し支えないので、マーズはそれを許可した。
 ヴァルベリーは「ありがとう」と短い言葉で感謝を示し、話を続ける。

「単刀直入に言おう。……ハリー騎士団は足手まといだ。ここで置いていったほうがいいのではなかろうか?」

 その言葉が来ることはマーズも予想がついていた。しかし、メルキオール騎士団の団長であるヴァルベリー自らからそれを言われるとは思ってもみなかったのだ。
 マーズはその言葉に、なるべく感情を隠して答える。

「……ええ」
「ええ、ではないぞ。マーズ、あなたにも解っているのだろう? 確かにハリー騎士団は優秀だ。最強のリリーファーであるインフィニティがいる。史上初めての二人の起動従士がひとつのリリーファーを動かすというアシュヴィンもいる。皆、素質はいい連中ばかりだ。だがな、所詮は『素質がいい』止まりなんだよ。ダイヤモンドだって原石を磨かなかったらただの炭素だ。それと一緒だよ。あなたはハリー騎士団側の人間だから、もしかしたら私の発言に対して嫌悪感を抱いているかもしれない。それで構わない。だが……このままいけば確実にあいつらは疲弊して、まともにリリーファーを操縦できなくなる。確実に、だ」

 ヴァルベリーの発言はとても痛いところを突いたが、しかしそれは的確なアドバイスでもあった。彼女はこの作戦が成功することを願っている。それは誰にだって当たり前のことだ。だが、ここまで進言するのもヴァルベリーくらいだろう――マーズはそう思っていた。
 ヴァルベリーの言葉を聞いて、マーズは小さく溜息を吐いた。

「……あなたの発言はほんとうに痛いところを突いてくるわね。そう、そのとおり。私もそう思っていたのよ。慣れない別のリリーファーでの操縦に、山道の行軍……いつかはガタが来るとは思っていたけれど、まさかこれほどまでに早く来るとは私も思ってはいなかった」
「なら……どうして早く見捨てようとしなかった! このままでは私たちも犠牲になってしまうのだぞ!」

 ヴァルベリーは声高々に言った。
 対してマーズはまだ冷静に話を続ける。

「確かに私は間違っているのかもしれない。でもね……この作戦のリーダーは私だけれど、ハリー騎士団の騎士団長は私ではない。タカト・オーノよ」
「確かにそうだが……!」
「だとしたら私に彼らを切り捨てる権限なんてない。強いて言うならそれを助言できるくらいよ。……でも、タカトがそれについて首を縦に振るとは私も思えないけれどね」

 それを聞いてヴァルベリーは舌打ちする。

「……あんたが見捨てたくない気持ちも解る。そして、あのインフィニティの起動従士も、きっとそういう思いを抱いているのだということも解った。だが、このままでは戦況はいい方向には進まないぞ」
「そもそも、よ」

 マーズはヴァルベリーの前に立っていたが、さらに一歩進んだ。

「いつからあなたはハリー騎士団が、そんな貧弱な精神の人間ばかりを揃えた軍団だと思っていたのかしら? 彼らは仮にも『大会』において、あの戦乱を乗り越えた人間なのよ? 限られた道具と方法で、あの戦乱を乗り越えた……そんな彼らが、弱音を吐いて、こんな場所で諦めるとでも?」

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