絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百七十四話 微妙な距離感
レナとグランハルトが入った部屋には一人の女性が立っていた。薄黄色のドレスを着た彼女は、どこか物悲しげな表情を浮かべていたが、彼らが入ってきたのを見て凛とした表情に一瞬で変えた。
その透き通った顔立ちは、女性であるレナから見ても『美しい』と思える程だった。目、鼻、口、輪郭……様々なものの凡てが絶妙なバランスで調整されていて、人形か何かの類ではないかと勘繰ってしまう程だ。
女性は口を開いて言った。
「あなたたちにとってみればはじめまして、かもしれませんね。私は……レフィア・リグレーといいます」
それを聞いて、レナとグランハルトは慌てて敬礼する。彼女たちも、よもや自分たちの場所に国王陛下自らやって来るとは思いもしなかったからだ。
……そもそもレティアは正式には国王陛下ではなく、国王陛下『代理』であって、彼女の兄であるイグアス・リグレーが本国に戻るまで彼女がその役目を務めているだけに過ぎないが、その事実を知る人間は殆ど居ない。
「楽にしてください。ここではあなたたちが一番自由な存在なのですから」
レティアは二人のそれを見て、慌ててそう言った。
しかしレナとグランハルトからしてみれば、自分の直属の上司が目の前に、しかも予想外のタイミングで現れたのだ。緊張しないわけにはいかないだろう。
「いえ、御構い無く」
そして、グランハルトはそれを言葉で伝えた。
それを聞いてレティアは小さく頷くと、話を始めた。
「あなたたちにこれから行ってもらう任務は、もう知っていることかと思います。今は法王庁に捕らわれたバルタザール騎士団を解放することです。これは難しい任務になるでしょう。何故なら敵の戦地に入るからです。しかしながら、あなたたちはこのような不測の事態が起きた時のために、様々なパターンを考えている……そう聞いています。いい結果が出ることを、私は期待しています」
「国王陛下」
レティアの言葉が一区切りついたところで、レナが手を挙げてそれを止めた。
「どうなさいました?」
レティアは首を傾げる。
レナは小さく溜め息を吐いて、口を開いた。
「あんたが何を考えているのか解らないが、私達『バックアップ』はあくまで考え付くレベルのパターンについて対策を取っているだけだ。即ち、そのパターンにはどんな時にも『例外』ってもんがある。それくらいは理解して欲しいものだね」
「おい、レナ。国王陛下の前だぞ。少しくらい言葉を慎んだらどうなんだ?」
レナの不躾な言葉をグランハルトが咎める。
「いえ、構いません。私は国王になったばりの人間です。下の兵士の実情を知るためにも、親しい口調で話していただくのもいいでしょう。それに、そっちの方が話しやすい場合もありますでしょうし」
「ふーん……志が高い人間だねぇ、とでも言われたいの?」
しかしながら、レナのレティアの言葉に対する反応は、とても冷たいものであった。
「そんなことはありません。ただ私は皆の言葉を……」
「なんというか、王族ってのはいけすかない奴らが多いと思うよ。未だ先代はよかった。ただし、あんたはダメだ。典型的な『貴族』だよ。国の政も対して知らないあんたが、国を運営していくことが出来るか? 兵士の実情を知って、あんたはどうするんだ? あんたが代わりにリリーファーに乗って出撃でもしてくれるのか。それならあんたに従ってもいいよ」
「レナ! 幾ら何でも言葉が過ぎるんじゃ……!」
「起動従士風情が……!」
しかし。
グランハルトが彼女を止めるよりも早く、レティアはそう言って舌打ちした。
「ほぅら、本性を表した。隠せるわけがないんだって、そういうのは。獣の臭いのようにプンプン染み付いているんだから」
「人が話を聞いていれば蔑むばかりで……。あなたは人を敬うという選択肢が無いんですか……!」
「あぁ、ないね。まったくだ」
レナは鼻で笑った。
レナの話は続く。
「まぁ、私としてはここで活躍して第一起動従士になろうって思いでいたんだけどさ……ほんの、ついさっきまで」
一息。
「ただ、あんたのその態度が気に入らない。幾らあんたが偉いからって、それを前面に推して命令しても、きちんと動くとでも思っているのか? 答えは、ノーだ。そんなことは有り得ないし、有り得るはずがない。未だ先代や、大臣の方が偉ぶっている中にも『優しさ』みたいなものは感じられた……がね」
レナのその言葉に、グランハルトは即座に否定することが出来なかった。何故なら、それは列記とした事実だったからだ。
ただグランハルトは、それを言おうとはしなかった。咎めようとはしなかった。たとえそれが事実でも、彼と彼女の間には比べようの無い身分の差があった。その差が、容易にそれを言えなくしていた。
だが、それに臆することなくレナは言った。それは国家反逆に等しい言動だった。即座に捕らえられて、死刑にされてもおかしくはなかった。
しかしながら、レティアは大きく一つの溜め息を吐くと、出口の方へ向かった。
彼女は最後に、出口の前で一歩立ち止まり、
「……当たり前かもしれないけれど、この作戦に失敗は許されない。全身全霊をかけて、この作戦に臨むことだ」
「私はその作戦の参加には未だ、同意していないぞ」
「ならば、立ち去れ。ここは『戦場』よ、そんな甘い考えを持った起動従士にリリーファーは任せられないわ」
それを聞いて、レナは鼻で笑った。
「……良い結果を待っていろ」
それを聞いて、レティアはその部屋を後にした。
「……まったく、レナは素直じゃないんだから。あの発言をした時はヒヤヒヤしたよ」
レティアが居なくなり、レナとグランハルトの二人きりとなった空間で、彼はその静寂を切り裂くようにそう言った。
レナは踵を返し、グランハルトと向かい合った。
「彼処で仮に迷ったり逃げるような、弱気な行動が見られるようなら、私は本気であの女王サマの顔に風穴を空けていたよ」
「そんなことしたら死罪確定だよ? 後悔しないの?」
「グランハルト、お前だって知っているだろう? 私が貴族……さらには王族を恨んでいるということを」
その言葉にグランハルトは静かに頷いた。彼女の目には熱い炎が燃え上がっているようにも見えた。
彼女が王族や貴族を毛嫌いしているのは彼が一番知っていた。それを見ると、何だかんだでレナはグランハルトのことを信頼しているのだろう。
「確かにあいつは典型的な貴族サマだった。だから仕えるかどうか試したんだ」
「またまた。実は『実際に戦争を乗り越えることが出来るかどうか、彼女を鍛え上げようとした』んでしょ? 解るよ〜、それくらい」
「……解っていたのか」
「そりゃあ、長い付き合いだからね。まぁ、それくらいは」
グランハルトは微笑む。
レナはそれに微笑みで返した。
「あ〜っ、やっぱりレナの微笑みが一番だよ。ねっ? 付き合おう? キスしよう? 手を繋ごう? ××しよう?」
「おいこら最後なんて言った」
最後の単語は、こんな時間に大声で言うことでもなかった。
戒めの意味を込めてレナはグランハルトの頬にビンタを食らわせた。
「痛い! 痛いよ、レナ! あぁっ……でもこの痛みもいずれ快感に変わる時が来る! レナはその日を夢見ているのかな!? だったらいいよ! 僕の身体を好きにするがいい! 煮るなり焼くなり、僕のその痛みが、快感に変わるまで!」
グランハルトは両手を広げて、そう言った。
レナはそれを無視して、外に出た。
「あ、あれーっ! レナっ、待ってよ!」
彼女としてはこんな変態男、待つまでもないと思っているために、その言葉を無視した。
早歩きしながら、レナは呟く。
「あれさえ無ければ完璧なのになぁ……どうして私はあんな奴に惚れちまったんだか」
残念ながら、その言葉がグランハルトに届くことは無かった。
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