絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百六十九話 レティシア・バーボタージュⅤ
その声は低く、渋味があり、かつはっきりとした声であった。
レティシアはその声が何処から聞こえるのか――と辺りを見渡すが、何処にもそのような人影は見えない。
『何を見ている。私はお前の目の前に居るだろう』
「目の……前?」
言葉を反芻して、言われた通りの方向を向いた。そこにいたのは一機のリリーファーだった。
「リリーファー……? まさかリリーファーが言葉を発することが出来るなんて、そんなタイプが開発されたというニュースは……聞いたことがないのに……!」
『世界は常に進歩していつ何が起きるか解らない。だから世界というものは面白い。……そうだろう?』
「どういう……」
レティシアは頭をフル回転させた――が、その直後、彼女はがっくりと項垂れた。まるで、意識を失ってしまったかのように。
とはいえそれもまた一瞬で終了して、再び彼女は前を向いた。
――彼女の目から、光が失われていることに気が付いたのは誰一人としていなかった。
『さぁ、私とひとつになろう』
「ひとつ……に?」
『そうだ。リリーファーは起動従士に操縦される。だが、それだけでいいのだろうか? ……そう考えた科学者もいた。そしてその科学者は機械に「命」を与えた』
「それがあなた、ということね……」
『あぁ、そうだ』
レティシアはゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。それについて気を止める人間など誰も居なかった。ここに居るのは大会の参加者か整備士しかいないから、リリーファーに近付くことは至って普通のことなのだ。
そして彼女はそのリリーファーに乗り込んだ。
◇◇◇
「そういえばレティシアはどうした?」
マーズは一通り倉庫にあるリリーファーを見終えたところで、ほかのメンバーにそう言った。
「レティシアならリリーファーを見て回るとか言ってた気がしますよ」
それにいち早く答えたのはレミリアだった。
レティシアは確かにリリーファーが好きだから、そう考えられるのも頷ける話だった。
「そうか。確かにそれなら有り得ない話ではない。……まぁ、少しくらいみんなで自由に回ってもいいだろうし」
「リリーファーはいったい、どういう感じにするつもり? 個人貸切、それともチーム貸切? さっき聞いた話だけど、後者の方が工作されなくて済むらしいよ」
再び、レミリアは訊ねた。
「うーん、まぁ予定としては私も後者のほうがいいわね。それぞれに合ったリリーファーを使うのが、全力を出せていいと思うけれど、リリーファーに何か仕込まれたらたまったものではないね。何せ個人貸切の場合は『他の起動従士と共同管理』なのだから」
個人貸切とチーム貸切の間には、ある大きな特徴が存在する。それは管理面での問題だ。
前者ならばリリーファーの台数の都合により、複数人の起動従士との共同利用が求められる。しかしながら整備士はリリーファー一機に何名と決定しているため、必ずしも安全が確保されるわけではない。過去にもこのような事態があったからこそ、慎重に選ばなくてはならない。
とはいえ前者には、『起動従士に応じたリリーファー』をそれぞれに配置出来るというメリットが存在する。その大きなメリットがあるからこそ、未だに個人貸切を選ぶチームは少なくない。
では、後者はどうなるだろうか?
チーム貸切では一機のリリーファーをチーム単位で借りる。そのためそのリリーファーを使用するのは、自ずとそのチームだけとなる。即ち安全性がぐんと跳ね上がるのだ。
「……やっぱりチーム貸切の方が、やり方としては手堅いかもしれないわね」
そう言って溜息を吐いた――その時だった。
倉庫に、サイレンが鳴り響いた。そのサイレンは普通のサイレンではなく、どこか不快な音だった。身体中を虫のような何かが這いずり回る、そんな不快感だ。
そしてそれと同時に、
「皆さん、ここは避難命令が発動されました! 急いで逃げて下さい!」
メガホンを持った若い女性が、倉庫に居る人間にそう声をかけた。
そして倉庫がざわめきと喧騒に包まれるまで、数瞬もかからなかった。
「どういうことだ、いったい何があったんだ!」
メガホンを持つ女性を捕まえてマーズは状況の説明を求めた。
対してメガホンを持つ女性は微笑むと、
「何も問題はありません。此方で早急に対処致しますし、リリーファー倉庫は未だ幾つかありますからそちらを利用して構いません。だから今は急いで……」
「私は『何があったのか』を聞いているんだ!! こうしろああしろという命令が聞きたいわけじゃない!!」
マーズは食いかかるような口調でその女性を責め立てていく。
そして。
地響きが鳴った。
それはマーズたちがいるずっと後ろの方だったが、それが何によるものかは直ぐに理解出来た。
「まさか……リリーファーの暴走?」
マーズが呟くと、その女性は諦めたように小さく溜息を吐いてから、頷いた。
「あぁ、そうだ。リリーファーの暴走だよ。とはいえ今の時代、自律制御が可能なリリーファーは存在しない。リリーファーにはきちんと人間が乗っている」
「その人間……までは」
「残念ながら、流石にそこまでは把握出来ていない。しかし通信を繰り返していくうちに、唯一『女性だ』という確証は掴めた」
そこでマーズはとても嫌な予感がした。
そんなことはありえない。彼女のはずがない。
そう思ってはいたが、しかし真実は重くのしかかる。
メガホンを持った女性に、一人の人間が近付いたからだ。同じように作業着を着た人間は用件だけを告げて、さっさと帰っていった。
「……名前は?」
「マーズ・リッペンバー」
それを聞いて、女性は溜息を吐く。
「……だったら、もう言っても構わないだろう。どっちにしろ、君たちももう無関係とは呼べなくなったわけだからな」
「それはどういうことだ?」
マーズの言葉に、女性はマーズたちの方に向かってくるリリーファーを指差して、言った。
「あそこに乗っている人間の正体が判明した。……レティシア・バーボタージュ、十歳。チームは、君たちと同じなのはあなたたちのほうがよく知っているはずよね」
◇◇◇
レティシア・バーボタージュは笑っていた。抑えようとしてもその笑いが止まることはなかった。
彼女は嬉しかった。
なぜ? こんなリリーファーに乗れたからか? ――違う。
なぜ? 破壊と殺戮ができることを喜んでいるのか? ――違う。
彼女が願うこと、それはたった一つ。
「ねえ、マーズ」
レティシアは誰にでもなく呟いた。
彼女はマーズ・リッペンバーが好きだった。どんな彼女も好きだった。コーヒーを呑む彼女も、勉強をするためにノートを取る彼女も、リリーファーを見る彼女も、哀しみに溺れ涙を流す彼女も、笑顔の彼女も、深刻そうな表情を浮かべる彼女も、全部全部全部全部。
レティシアはマーズ・リッペンバーの凡てを自分のものにしたかったし、そうあるべきだと考えていた。
だが、それには幾重にも壁が立ち塞がった。
それを凡て打ちのめしても、それよりも高い壁がやってくる。
今回の『大会』だってそうだった。彼女はマーズを独り占めできると考えていたのに、これだ。
レティシア・バーボタージュはマーズ・リッペンバーを見ていたが、マーズ・リッペンバーはレティシア・バーボタージュのことを見てくれてはいなかった。
その違いが、彼女を苦しめ続けた。
彼女を、歪めていった。
それは、たった一つの感情だった。絶望よりも希望よりも深い、深い感情。
だが、それを彼女は敢えて言おうとはしなかった。言う必要がないからだ。
ただ、彼女に――マーズ・リッペンバーに振り向いて欲しかった。マーズ・リッペンバーにレティシア・バーボタージュを隅から隅まで見て欲しかった。
普通の人間から見ればそれは歪んだ感情のようにも思えたが、彼女はそれを『歪んだもの』だとは思わなかった。
狂っていたのは彼女だった、ということに変わりないのだ。
「どうしてあなたは――私を見てくれないの?」
彼女はリリーファーコントローラを撫でながら、呟く。
レティシアはその声が何処から聞こえるのか――と辺りを見渡すが、何処にもそのような人影は見えない。
『何を見ている。私はお前の目の前に居るだろう』
「目の……前?」
言葉を反芻して、言われた通りの方向を向いた。そこにいたのは一機のリリーファーだった。
「リリーファー……? まさかリリーファーが言葉を発することが出来るなんて、そんなタイプが開発されたというニュースは……聞いたことがないのに……!」
『世界は常に進歩していつ何が起きるか解らない。だから世界というものは面白い。……そうだろう?』
「どういう……」
レティシアは頭をフル回転させた――が、その直後、彼女はがっくりと項垂れた。まるで、意識を失ってしまったかのように。
とはいえそれもまた一瞬で終了して、再び彼女は前を向いた。
――彼女の目から、光が失われていることに気が付いたのは誰一人としていなかった。
『さぁ、私とひとつになろう』
「ひとつ……に?」
『そうだ。リリーファーは起動従士に操縦される。だが、それだけでいいのだろうか? ……そう考えた科学者もいた。そしてその科学者は機械に「命」を与えた』
「それがあなた、ということね……」
『あぁ、そうだ』
レティシアはゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。それについて気を止める人間など誰も居なかった。ここに居るのは大会の参加者か整備士しかいないから、リリーファーに近付くことは至って普通のことなのだ。
そして彼女はそのリリーファーに乗り込んだ。
◇◇◇
「そういえばレティシアはどうした?」
マーズは一通り倉庫にあるリリーファーを見終えたところで、ほかのメンバーにそう言った。
「レティシアならリリーファーを見て回るとか言ってた気がしますよ」
それにいち早く答えたのはレミリアだった。
レティシアは確かにリリーファーが好きだから、そう考えられるのも頷ける話だった。
「そうか。確かにそれなら有り得ない話ではない。……まぁ、少しくらいみんなで自由に回ってもいいだろうし」
「リリーファーはいったい、どういう感じにするつもり? 個人貸切、それともチーム貸切? さっき聞いた話だけど、後者の方が工作されなくて済むらしいよ」
再び、レミリアは訊ねた。
「うーん、まぁ予定としては私も後者のほうがいいわね。それぞれに合ったリリーファーを使うのが、全力を出せていいと思うけれど、リリーファーに何か仕込まれたらたまったものではないね。何せ個人貸切の場合は『他の起動従士と共同管理』なのだから」
個人貸切とチーム貸切の間には、ある大きな特徴が存在する。それは管理面での問題だ。
前者ならばリリーファーの台数の都合により、複数人の起動従士との共同利用が求められる。しかしながら整備士はリリーファー一機に何名と決定しているため、必ずしも安全が確保されるわけではない。過去にもこのような事態があったからこそ、慎重に選ばなくてはならない。
とはいえ前者には、『起動従士に応じたリリーファー』をそれぞれに配置出来るというメリットが存在する。その大きなメリットがあるからこそ、未だに個人貸切を選ぶチームは少なくない。
では、後者はどうなるだろうか?
チーム貸切では一機のリリーファーをチーム単位で借りる。そのためそのリリーファーを使用するのは、自ずとそのチームだけとなる。即ち安全性がぐんと跳ね上がるのだ。
「……やっぱりチーム貸切の方が、やり方としては手堅いかもしれないわね」
そう言って溜息を吐いた――その時だった。
倉庫に、サイレンが鳴り響いた。そのサイレンは普通のサイレンではなく、どこか不快な音だった。身体中を虫のような何かが這いずり回る、そんな不快感だ。
そしてそれと同時に、
「皆さん、ここは避難命令が発動されました! 急いで逃げて下さい!」
メガホンを持った若い女性が、倉庫に居る人間にそう声をかけた。
そして倉庫がざわめきと喧騒に包まれるまで、数瞬もかからなかった。
「どういうことだ、いったい何があったんだ!」
メガホンを持つ女性を捕まえてマーズは状況の説明を求めた。
対してメガホンを持つ女性は微笑むと、
「何も問題はありません。此方で早急に対処致しますし、リリーファー倉庫は未だ幾つかありますからそちらを利用して構いません。だから今は急いで……」
「私は『何があったのか』を聞いているんだ!! こうしろああしろという命令が聞きたいわけじゃない!!」
マーズは食いかかるような口調でその女性を責め立てていく。
そして。
地響きが鳴った。
それはマーズたちがいるずっと後ろの方だったが、それが何によるものかは直ぐに理解出来た。
「まさか……リリーファーの暴走?」
マーズが呟くと、その女性は諦めたように小さく溜息を吐いてから、頷いた。
「あぁ、そうだ。リリーファーの暴走だよ。とはいえ今の時代、自律制御が可能なリリーファーは存在しない。リリーファーにはきちんと人間が乗っている」
「その人間……までは」
「残念ながら、流石にそこまでは把握出来ていない。しかし通信を繰り返していくうちに、唯一『女性だ』という確証は掴めた」
そこでマーズはとても嫌な予感がした。
そんなことはありえない。彼女のはずがない。
そう思ってはいたが、しかし真実は重くのしかかる。
メガホンを持った女性に、一人の人間が近付いたからだ。同じように作業着を着た人間は用件だけを告げて、さっさと帰っていった。
「……名前は?」
「マーズ・リッペンバー」
それを聞いて、女性は溜息を吐く。
「……だったら、もう言っても構わないだろう。どっちにしろ、君たちももう無関係とは呼べなくなったわけだからな」
「それはどういうことだ?」
マーズの言葉に、女性はマーズたちの方に向かってくるリリーファーを指差して、言った。
「あそこに乗っている人間の正体が判明した。……レティシア・バーボタージュ、十歳。チームは、君たちと同じなのはあなたたちのほうがよく知っているはずよね」
◇◇◇
レティシア・バーボタージュは笑っていた。抑えようとしてもその笑いが止まることはなかった。
彼女は嬉しかった。
なぜ? こんなリリーファーに乗れたからか? ――違う。
なぜ? 破壊と殺戮ができることを喜んでいるのか? ――違う。
彼女が願うこと、それはたった一つ。
「ねえ、マーズ」
レティシアは誰にでもなく呟いた。
彼女はマーズ・リッペンバーが好きだった。どんな彼女も好きだった。コーヒーを呑む彼女も、勉強をするためにノートを取る彼女も、リリーファーを見る彼女も、哀しみに溺れ涙を流す彼女も、笑顔の彼女も、深刻そうな表情を浮かべる彼女も、全部全部全部全部。
レティシアはマーズ・リッペンバーの凡てを自分のものにしたかったし、そうあるべきだと考えていた。
だが、それには幾重にも壁が立ち塞がった。
それを凡て打ちのめしても、それよりも高い壁がやってくる。
今回の『大会』だってそうだった。彼女はマーズを独り占めできると考えていたのに、これだ。
レティシア・バーボタージュはマーズ・リッペンバーを見ていたが、マーズ・リッペンバーはレティシア・バーボタージュのことを見てくれてはいなかった。
その違いが、彼女を苦しめ続けた。
彼女を、歪めていった。
それは、たった一つの感情だった。絶望よりも希望よりも深い、深い感情。
だが、それを彼女は敢えて言おうとはしなかった。言う必要がないからだ。
ただ、彼女に――マーズ・リッペンバーに振り向いて欲しかった。マーズ・リッペンバーにレティシア・バーボタージュを隅から隅まで見て欲しかった。
普通の人間から見ればそれは歪んだ感情のようにも思えたが、彼女はそれを『歪んだもの』だとは思わなかった。
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