絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百六十八話 レティシア・バーボタージュⅣ
しかしながら、このままでは『大会』に参加することは出来ない。
「……あと二人は必要ね」
そうレティシアは呟いた。
この頃、大会のルールが今に比べれば大分厳しいころだった。メンバーの数は、今ならば若干不足或いは過多であっても問題はないのだが、この頃は『五名厳守』となっており、少なすぎても多すぎてもいけなかった。
彼女たちが参加を表明しても、残りは二名。即ちあと二名の応募がない限り、彼女たちは大会に参加することが出来ない。
「……でも、今日の授業で判明するんでしょう? だったらそれで確認をするしかないわね」
そう言って、マーズたちは一回会話を終了させた。
◇◇◇
「その後の授業で無事五名が輩出され、私たちのグループは大会に参加することが出来た。それのことは嬉しかった。レティシアとレミリアと私で、手を叩いて喜んだよ」
「……大会への参加は、いつの時代も同じ気持ちだということ、か」
そこで崇人は思い出したのは、彼自身の思い出だった。
あの時、崇人に初めて大会のことを教えたのはエスティだった。エスティがもし教えてくれなければ、彼女が笑顔で『大会』のことを言っていなければ、崇人は大会には出ていなかっただろう。
エスティを失って、彼は未だに『何処で失敗したのか』を考える。セーブもロードもリセットも出来ないこの世界は、時に残酷な現実を突き付けてくる。その現実は、決して受け入れることの出来ない、悲しい事実だ。
しかし崇人はそれを受け入れようと思った。確かに最初は受け入れたくなかった。悲しい事実が彼の心を潰していった。
だが、それではいけないと彼は思った。向き合うことも大事だが区切りをつけるのも大事であることを、彼は漸く理解したのだ。
「エスティが死んであなたが悲しんだのも事実。そしてそれを見て私は……昔のことを思い出した。それもまた事実なのよ」
「それじゃマーズも……」
「ええ」
崇人の言葉に、マーズは小さく頷く。
マーズはその後、何を言うでもなく、再び昔話を始めた。
◇◇◇
大会の開催まであと一週間と迫ったこの日は、とても暑い日だった。
しかしそのタイミングになって冷房機器が完全に故障したために、教室は蒸し風呂状態になっていた。
「暑い……」
特に起動従士訓練学校はリリーファーの操縦の授業を、ほぼ毎日実施している。そのため、リリーファーの背中から吹き出る排気(或いは熱気)が、さらに学校の蒸し風呂化を加熱させているわけだ。
「せんせー、プール入りましょうよ~。どうせバレやしませんって」
「馬鹿野郎。そんなことをしてバレたら俺が給料カットになっちまう」
学生からの質問を、玉のような汗を流しながら先生は答えた。
だからといって学生も先生もこの状況で何も対策を取っていない――なんてことはしていない。タオルを濡らして首に巻いたり、小型の扇風機を持ってきたり(その大きさは手のひらに乗るくらいである。因みにそれを持ってくるだけで商売が成立するくらいの猛暑である)、その方法は様々だ。
「……あー、暑い」
そう言って先生は学生の出欠席を扱う出席簿で扇ぎ始めた。この暑さでは頭がまったく働かないということであった。
「せんせー、もう今日の授業終わりにしましょうよー」
「うう……、だが俺は教職三十年だ……。そんな俺がここで諦めるわけには……」
「変にプロ意識を持っている先生だよね」
先生の言葉を聞いて、レティシアはマーズに耳打ちする。
マーズはそれを聞いてくすりと笑って、
「聞こえるから、あまり大きな声で言わない方がいいと思うよ」
とだけ返した。
メンバーは結局のところ、五名集まった。
マーズ・リッペンバーを筆頭に、レティシア・バーボタージュ、レミリア・ポイスワッド、ファル・ルーチンネイク、ゴードン・レイバーの五名だ。ゴードン以外は女性で構成されており、このメンバーが発表された時は『女子と男子の割合のバランスが取れていない』などと卑下されたこともあったが、結局はマーズとレティシア、それにレミリアの実力を見たほかの人たちは、それで納得するほかなかった。
「レミリア」
レティシアはある日、レミリアと会話をしていた。しかし、何か目的があるわけでもなく、ただの他愛もない会話だった。
「そういえば上の姉さんが煩くてね」
レミリアは言った。
「あら、あなた姉妹居たの?」
「言ってなかったっけ」
そう前置きして、レミリアは話を続ける。
「私は五人姉妹でね。私はその一番下。一番上はもう結婚して、子供も居るのよね。可愛いわよ?」
「へえ。一度会ってみたいわね。……でも今は大会の準備をしなくちゃだけど」
「いいところよ。トロム湖の湖岸にあるライジングストリートに並ぶ小さな洋裁店に入ったって言ってたっけ。今度一緒に連れて行ってあげるわ」
それを聞いてレティシアは微笑み、
「楽しみにしてるわね」
そう言って、頷いた。
そして。
ついにその日はやってきた。
セレス・コロシアムに続々と集まる各学校の精鋭たち。
その中にマーズたちも居た。
「なんだか緊張するわね……」
「珍しい。マーズも緊張すること、あるのね」
「そりゃもちろん今までに経験したことのないビッグイベントよ? 緊張しない方がおかしな話だとは思わないかしら」
「それもそうね」
マーズの言葉にレティシアは淡白に答えた。
ただ、それだけのことだった。
◇◇◇
試合は彼女たちが思った以上に淡々に進んでいく――そういう予想を立てるのも無理はない。なにせ彼女たちは初めての参加なのだから。二回目であるのはゴードンただ一人であるが、彼は今回リーダーの職を辞して、マーズにその職を譲った。理由は『若い力にやってもらったほうがいい』という、極在り来りなものであった。
かくしてマーズがリーダーとなり、彼女たちはリリーファーを決めることとした。
この大会では原則チームで乗るリリーファーはその前日或いは直前に決定することとなっている。仮に何日も前から決定させておくと何らかの不正が起きる可能性もあり、その対策のためだ。
「リリーファーもここまで並んでいるのを見ると圧巻ね……」
マーズたちはリリーファーが並べられている倉庫へとやってきていた。ここはたくさんのリリーファーが集められていて、それに試乗したり外から眺めたりして、そのリリーファーを決定する。
その光景に一番感動したのはレティシアだった。彼女はリリーファーが好きだった。だからこんな場所に来れるのは夢のような時間ともいえる。
「すごいねえ、マーズ。こんなにもたくさんのリリーファーがあるなんて……」
レミリアは微笑みながら、マーズの隣に寄り添って歩いていた。
マーズはそれを聞いて頷きながら、リリーファーの品定めをしていた。
どんなリリーファーがいいか、どんなリリーファーが動きやすいか。
それを考えるのがリーダーの役割とは必ずしも言えないが、とはいえリーダーが率先して働くことに越したことはない。
「どんなリリーファーでもいいわね……」
マーズはほかの人の話を聞くことのないように、そちらにも意識を集中させながら、リリーファーの品定めに没頭していった。
さて。残されたレティシアは頬を膨らませながら、彼女も彼女なりにリリーファーの品定めをしていた。
「リーダーだからマーズも大変ね」
労いをかける言葉を言ったが、本心はマーズに対して怒りを募らせていた。
――もっと気を抜いてもいいだろうに、彼女はどうしてあそこまで気張ってしまうのだろうか? ということだ。
確かに気張りすぎはよくない。とはいえ緊張感を持たなすぎるのもまた、ダメなことだ。適度な緊張感をもってしてこそ、リーダーはリーダーらしく務まる。
しかし、今のマーズは『失敗など許されない』という感じの面持ちで望んでいるために、常に緊張していた。
「別に、そこまで緊張するほどないのになあ。軍人じゃあるまいし」
そうつぶやいて、レティシアは口笛を吹き始めた。
その時だった。
『――レティシア・バーボタージュ』
声が、聞こえた。
「……あと二人は必要ね」
そうレティシアは呟いた。
この頃、大会のルールが今に比べれば大分厳しいころだった。メンバーの数は、今ならば若干不足或いは過多であっても問題はないのだが、この頃は『五名厳守』となっており、少なすぎても多すぎてもいけなかった。
彼女たちが参加を表明しても、残りは二名。即ちあと二名の応募がない限り、彼女たちは大会に参加することが出来ない。
「……でも、今日の授業で判明するんでしょう? だったらそれで確認をするしかないわね」
そう言って、マーズたちは一回会話を終了させた。
◇◇◇
「その後の授業で無事五名が輩出され、私たちのグループは大会に参加することが出来た。それのことは嬉しかった。レティシアとレミリアと私で、手を叩いて喜んだよ」
「……大会への参加は、いつの時代も同じ気持ちだということ、か」
そこで崇人は思い出したのは、彼自身の思い出だった。
あの時、崇人に初めて大会のことを教えたのはエスティだった。エスティがもし教えてくれなければ、彼女が笑顔で『大会』のことを言っていなければ、崇人は大会には出ていなかっただろう。
エスティを失って、彼は未だに『何処で失敗したのか』を考える。セーブもロードもリセットも出来ないこの世界は、時に残酷な現実を突き付けてくる。その現実は、決して受け入れることの出来ない、悲しい事実だ。
しかし崇人はそれを受け入れようと思った。確かに最初は受け入れたくなかった。悲しい事実が彼の心を潰していった。
だが、それではいけないと彼は思った。向き合うことも大事だが区切りをつけるのも大事であることを、彼は漸く理解したのだ。
「エスティが死んであなたが悲しんだのも事実。そしてそれを見て私は……昔のことを思い出した。それもまた事実なのよ」
「それじゃマーズも……」
「ええ」
崇人の言葉に、マーズは小さく頷く。
マーズはその後、何を言うでもなく、再び昔話を始めた。
◇◇◇
大会の開催まであと一週間と迫ったこの日は、とても暑い日だった。
しかしそのタイミングになって冷房機器が完全に故障したために、教室は蒸し風呂状態になっていた。
「暑い……」
特に起動従士訓練学校はリリーファーの操縦の授業を、ほぼ毎日実施している。そのため、リリーファーの背中から吹き出る排気(或いは熱気)が、さらに学校の蒸し風呂化を加熱させているわけだ。
「せんせー、プール入りましょうよ~。どうせバレやしませんって」
「馬鹿野郎。そんなことをしてバレたら俺が給料カットになっちまう」
学生からの質問を、玉のような汗を流しながら先生は答えた。
だからといって学生も先生もこの状況で何も対策を取っていない――なんてことはしていない。タオルを濡らして首に巻いたり、小型の扇風機を持ってきたり(その大きさは手のひらに乗るくらいである。因みにそれを持ってくるだけで商売が成立するくらいの猛暑である)、その方法は様々だ。
「……あー、暑い」
そう言って先生は学生の出欠席を扱う出席簿で扇ぎ始めた。この暑さでは頭がまったく働かないということであった。
「せんせー、もう今日の授業終わりにしましょうよー」
「うう……、だが俺は教職三十年だ……。そんな俺がここで諦めるわけには……」
「変にプロ意識を持っている先生だよね」
先生の言葉を聞いて、レティシアはマーズに耳打ちする。
マーズはそれを聞いてくすりと笑って、
「聞こえるから、あまり大きな声で言わない方がいいと思うよ」
とだけ返した。
メンバーは結局のところ、五名集まった。
マーズ・リッペンバーを筆頭に、レティシア・バーボタージュ、レミリア・ポイスワッド、ファル・ルーチンネイク、ゴードン・レイバーの五名だ。ゴードン以外は女性で構成されており、このメンバーが発表された時は『女子と男子の割合のバランスが取れていない』などと卑下されたこともあったが、結局はマーズとレティシア、それにレミリアの実力を見たほかの人たちは、それで納得するほかなかった。
「レミリア」
レティシアはある日、レミリアと会話をしていた。しかし、何か目的があるわけでもなく、ただの他愛もない会話だった。
「そういえば上の姉さんが煩くてね」
レミリアは言った。
「あら、あなた姉妹居たの?」
「言ってなかったっけ」
そう前置きして、レミリアは話を続ける。
「私は五人姉妹でね。私はその一番下。一番上はもう結婚して、子供も居るのよね。可愛いわよ?」
「へえ。一度会ってみたいわね。……でも今は大会の準備をしなくちゃだけど」
「いいところよ。トロム湖の湖岸にあるライジングストリートに並ぶ小さな洋裁店に入ったって言ってたっけ。今度一緒に連れて行ってあげるわ」
それを聞いてレティシアは微笑み、
「楽しみにしてるわね」
そう言って、頷いた。
そして。
ついにその日はやってきた。
セレス・コロシアムに続々と集まる各学校の精鋭たち。
その中にマーズたちも居た。
「なんだか緊張するわね……」
「珍しい。マーズも緊張すること、あるのね」
「そりゃもちろん今までに経験したことのないビッグイベントよ? 緊張しない方がおかしな話だとは思わないかしら」
「それもそうね」
マーズの言葉にレティシアは淡白に答えた。
ただ、それだけのことだった。
◇◇◇
試合は彼女たちが思った以上に淡々に進んでいく――そういう予想を立てるのも無理はない。なにせ彼女たちは初めての参加なのだから。二回目であるのはゴードンただ一人であるが、彼は今回リーダーの職を辞して、マーズにその職を譲った。理由は『若い力にやってもらったほうがいい』という、極在り来りなものであった。
かくしてマーズがリーダーとなり、彼女たちはリリーファーを決めることとした。
この大会では原則チームで乗るリリーファーはその前日或いは直前に決定することとなっている。仮に何日も前から決定させておくと何らかの不正が起きる可能性もあり、その対策のためだ。
「リリーファーもここまで並んでいるのを見ると圧巻ね……」
マーズたちはリリーファーが並べられている倉庫へとやってきていた。ここはたくさんのリリーファーが集められていて、それに試乗したり外から眺めたりして、そのリリーファーを決定する。
その光景に一番感動したのはレティシアだった。彼女はリリーファーが好きだった。だからこんな場所に来れるのは夢のような時間ともいえる。
「すごいねえ、マーズ。こんなにもたくさんのリリーファーがあるなんて……」
レミリアは微笑みながら、マーズの隣に寄り添って歩いていた。
マーズはそれを聞いて頷きながら、リリーファーの品定めをしていた。
どんなリリーファーがいいか、どんなリリーファーが動きやすいか。
それを考えるのがリーダーの役割とは必ずしも言えないが、とはいえリーダーが率先して働くことに越したことはない。
「どんなリリーファーでもいいわね……」
マーズはほかの人の話を聞くことのないように、そちらにも意識を集中させながら、リリーファーの品定めに没頭していった。
さて。残されたレティシアは頬を膨らませながら、彼女も彼女なりにリリーファーの品定めをしていた。
「リーダーだからマーズも大変ね」
労いをかける言葉を言ったが、本心はマーズに対して怒りを募らせていた。
――もっと気を抜いてもいいだろうに、彼女はどうしてあそこまで気張ってしまうのだろうか? ということだ。
確かに気張りすぎはよくない。とはいえ緊張感を持たなすぎるのもまた、ダメなことだ。適度な緊張感をもってしてこそ、リーダーはリーダーらしく務まる。
しかし、今のマーズは『失敗など許されない』という感じの面持ちで望んでいるために、常に緊張していた。
「別に、そこまで緊張するほどないのになあ。軍人じゃあるまいし」
そうつぶやいて、レティシアは口笛を吹き始めた。
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