絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百六十七話 レティシア・バーボタージュⅢ
「第七グループ、そこまで!」
先生の言葉を聞いて、今までクラス内に張り詰めていた空気が一気に弾けた。そして拍手と歓声がその場を支配した。
「よかったぞ!」
「一番惜しかったじゃないか……!」
そんな声も何処かから聞こえてくるようだった。
そんな中でマーズは頬を膨らませていた。どうやらご機嫌斜めの様子だった。何が原因なのかは――レティシアには、もう解ることだったが。
「マーズ?」
「確かに巧かったが所詮は素人だよ。まぁ、あれがあのままということではなく、さらに精進していけばその『素人』からも脱却出来るとは思うが、ね」
「誉めているんだか貶しているんだか解らないんだけど、前者ってことでいいのかな」
「いいや。強いて言うならば後者だ」
じゃあ後半の怒涛のデレた講評は何だったのか、とレティシアは訊ねようとしたが、もうそういう質問をするのも疲れてしまった。だから、それ以上追及することも無かったのであった。
さて。
漸くというか、待ち望んだというか。ともかくマーズにとっては今か今かと思いながら模擬戦を観戦していたのだから、その二つからすれば後者に入るだろう。
「第十グループ、前に!」
先生の掛け声とともに、三機のリリーファーは一線に並んで前に一歩出た。中に入っているのは、レティシア、レミリア、それにマーズの三人であった。
「遂に来たわね……!」
マーズは笑っていた。リリーファーコントローラを握って笑っていた。通信こそ切ってはいるものの、油断しているとその笑い声が外に漏れてしまいそうだった。
マーズはこの時を待っていた。リリーファーに乗り、起動従士となる――その第一歩に立っていたのだ。
「何度考えたって嬉しい……ほんとたまんない……」
マーズはこのままの状態で居たかったが、残念ながらそうもいかないのが現実だった。通信をオンにすると、今までのことがまるで無かったように取り繕って、言った。
「マーズ・リッペンバー、準備完了致しました。いつでも大丈夫です」
『了解。これで全員が準備を完了しましたので、号砲により開始と合図とします』
その言葉にマーズは頷く。
『では、健闘を祈る――』
通信が切れて、マーズは最終チェックに入る。
思ったほど自分が緊張しているとかそういうことはなく、寧ろ安堵していた。安心、ではない。あくまでも安堵だ。
そして。
そして。
そして――。
――号砲が、グラウンドに鳴り響いた。
◇◇◇
号砲が鳴った直後、マーズは一目散に行動を開始した。セドニアの乗るリリーファーへと走っていったのだ。隠れることなどもせず、真ん中からそれを実行した。
『マーズ、何をしているんだ! そんなんじゃ敵に狙ってくれって……!』
レティシアの言葉にマーズは耳を貸さない。走って走って走って走って、ただひたすらに走る。
そしてそれを待ち構える、セドニアの乗るリリーファー。
そして。
マーズのリリーファーとセドニアのリリーファーが、あまりにも短い距離にまで詰まった時、セドニアのリリーファーはマーズのリリーファー目掛けて拳を振り上げた。
たかが拳と思う勿れ、リリーファーの拳は人間のそれとは別段に異なる。勿論、一番違うのは大きさと質量だがそれ以外にも異なる点は多数存在する。
拳を使っての攻撃は一番単純なものだった。武器を用意することにより時間が幾らか犠牲になると聞いたことはないし、武器を用意する、その僅かな時間を使わずに済む。結果として、スピードの速い攻撃が可能であった。
さて、セドニアのリリーファーは確かにマーズの乗ったリリーファーを捉えたはずだった。
しかし、そこにはマーズの乗ったリリーファーの姿は――無かった。
「遅いっ!」
それからワンテンポ僅かに遅れて、セドニアのリリーファーは背後から首を締め付けられた。
マーズの作戦とは、実に単純なことだった。
マーズの特攻で気を引いて、ギリギリで避ける。そして背後に回り、リリーファーの首を締める。別に人間めいて呼吸をするわけでもないので気管を詰まらせる必要はないが、それでも首はリリーファーにとって重要な管がたくさん存在しているために、結局はここがリリーファーの急所なのである。
「レティシア、レミリア! 足を抑えて!」
マーズの命令に従って、レミリアとレティシアはセドニアの乗るリリーファーの足を抑えた。
その手際の良さに、外から見ていた人々は感嘆の溜息を吐いただけであった。
起動従士、セドニア・リーグウェイがあっという間に敗北を喫し、かつこの模擬戦で唯一敗北してしまった瞬間であった。
◇◇◇
模擬戦が全体的に終了したところで、セドニアはマーズたちを呼びつけた。
「いや、すごかったね。油断していたらあっという間にやられてしまっていたよ」
「ああいうふうに油断させておいて……という作戦でしたから」
セドニアの言葉に、マーズは答える。
「あの作戦は、君が?」
「ええ。私がすべて考えつきました」
「それはすごい!」
セドニアは驚きのあまり、目を丸くした。
セドニアは恐らく、彼女一人があの作戦を考えついたなど思ってもいなかったのだろう。だから、そう言ったのだ。マーズはそう確信してニヤリと微笑む。
「……おっと」
携帯端末を確認したセドニア。
「これから用事が出来てしまってね。もう少し話がしたいところだが……済まない、今日はこのあたりで失礼させてもらうよ」
そう言って、セドニアはその場を後にした。
マーズたちはそれをただ見ていくだけであった。
◇◇◇
「……それが、どうして『怖い』意味につながるんだ?」
崇人はずっとマーズの話を聞いていた。しかし、その話はあくまで彼女が初めてリリーファーに乗った時の話だけに過ぎず、リリーファーに乗るのが『怖くなった』直接的なイベントの話ではない。
「それは未だだな。今言ったのはあくまで初めてリリーファーに乗った時の話だ。……これからのことだよ。私はもう離したくないと思っていた、頭の中に仕舞いこんでいた記憶だ」
崇人はそれを聞いて唾を飲んだ。マーズは崇人のために身を切ってまで言ってくれるのだ。それを聞かないわけにはいかない。
そしてマーズの長い昔話が始まる。
舞台は、その初めてのリリーファー戦から、ひと月近く経ったときのことであった。
◇◇◇
「全国起動従士選抜選考大会?」
「知らないの、マーズ? 起動従士になるための近道とも言われている、大事な行事なのよ」
全国起動従士選抜選考大会。
それによって優秀な成績を収めた学生は、そのまま起動従士になる。
そう考えてみると、レティシアの言うとおり起動従士になる一番の近道であるといえるだろう。
「……それで、その大会がどうしたっていうの?」
「今日のクラスでそれを決めるんですって。ね、一緒に出ない?」
「でもふたりっきりでは無理でしょう?」
「私も出ますよ」
そう言ったのは、レティシアの後ろに隠れていたレミリアだった。
レミリアは微笑んで、首を傾げる。
「あなたも、出るの?」
「ええ。私もリリーファーで戦う、その実力を示したいから」
「そう。レミリア、あなた初めに会ったときはお淑やかなお嬢様、みたいな感じだったのに」
「そうだったかしら?」
レミリアは微笑む。
マーズは小さく溜息を吐いた。
「……まあ、私も出るよ。別に出てデメリットがあるわけじゃあない。寧ろメリットだらけだからね」
「やった、マーズ。あなたならそう言ってくれると思っていたわ!」
レティシアの言葉に賛同するようにレミリアも頷いた。
先生の言葉を聞いて、今までクラス内に張り詰めていた空気が一気に弾けた。そして拍手と歓声がその場を支配した。
「よかったぞ!」
「一番惜しかったじゃないか……!」
そんな声も何処かから聞こえてくるようだった。
そんな中でマーズは頬を膨らませていた。どうやらご機嫌斜めの様子だった。何が原因なのかは――レティシアには、もう解ることだったが。
「マーズ?」
「確かに巧かったが所詮は素人だよ。まぁ、あれがあのままということではなく、さらに精進していけばその『素人』からも脱却出来るとは思うが、ね」
「誉めているんだか貶しているんだか解らないんだけど、前者ってことでいいのかな」
「いいや。強いて言うならば後者だ」
じゃあ後半の怒涛のデレた講評は何だったのか、とレティシアは訊ねようとしたが、もうそういう質問をするのも疲れてしまった。だから、それ以上追及することも無かったのであった。
さて。
漸くというか、待ち望んだというか。ともかくマーズにとっては今か今かと思いながら模擬戦を観戦していたのだから、その二つからすれば後者に入るだろう。
「第十グループ、前に!」
先生の掛け声とともに、三機のリリーファーは一線に並んで前に一歩出た。中に入っているのは、レティシア、レミリア、それにマーズの三人であった。
「遂に来たわね……!」
マーズは笑っていた。リリーファーコントローラを握って笑っていた。通信こそ切ってはいるものの、油断しているとその笑い声が外に漏れてしまいそうだった。
マーズはこの時を待っていた。リリーファーに乗り、起動従士となる――その第一歩に立っていたのだ。
「何度考えたって嬉しい……ほんとたまんない……」
マーズはこのままの状態で居たかったが、残念ながらそうもいかないのが現実だった。通信をオンにすると、今までのことがまるで無かったように取り繕って、言った。
「マーズ・リッペンバー、準備完了致しました。いつでも大丈夫です」
『了解。これで全員が準備を完了しましたので、号砲により開始と合図とします』
その言葉にマーズは頷く。
『では、健闘を祈る――』
通信が切れて、マーズは最終チェックに入る。
思ったほど自分が緊張しているとかそういうことはなく、寧ろ安堵していた。安心、ではない。あくまでも安堵だ。
そして。
そして。
そして――。
――号砲が、グラウンドに鳴り響いた。
◇◇◇
号砲が鳴った直後、マーズは一目散に行動を開始した。セドニアの乗るリリーファーへと走っていったのだ。隠れることなどもせず、真ん中からそれを実行した。
『マーズ、何をしているんだ! そんなんじゃ敵に狙ってくれって……!』
レティシアの言葉にマーズは耳を貸さない。走って走って走って走って、ただひたすらに走る。
そしてそれを待ち構える、セドニアの乗るリリーファー。
そして。
マーズのリリーファーとセドニアのリリーファーが、あまりにも短い距離にまで詰まった時、セドニアのリリーファーはマーズのリリーファー目掛けて拳を振り上げた。
たかが拳と思う勿れ、リリーファーの拳は人間のそれとは別段に異なる。勿論、一番違うのは大きさと質量だがそれ以外にも異なる点は多数存在する。
拳を使っての攻撃は一番単純なものだった。武器を用意することにより時間が幾らか犠牲になると聞いたことはないし、武器を用意する、その僅かな時間を使わずに済む。結果として、スピードの速い攻撃が可能であった。
さて、セドニアのリリーファーは確かにマーズの乗ったリリーファーを捉えたはずだった。
しかし、そこにはマーズの乗ったリリーファーの姿は――無かった。
「遅いっ!」
それからワンテンポ僅かに遅れて、セドニアのリリーファーは背後から首を締め付けられた。
マーズの作戦とは、実に単純なことだった。
マーズの特攻で気を引いて、ギリギリで避ける。そして背後に回り、リリーファーの首を締める。別に人間めいて呼吸をするわけでもないので気管を詰まらせる必要はないが、それでも首はリリーファーにとって重要な管がたくさん存在しているために、結局はここがリリーファーの急所なのである。
「レティシア、レミリア! 足を抑えて!」
マーズの命令に従って、レミリアとレティシアはセドニアの乗るリリーファーの足を抑えた。
その手際の良さに、外から見ていた人々は感嘆の溜息を吐いただけであった。
起動従士、セドニア・リーグウェイがあっという間に敗北を喫し、かつこの模擬戦で唯一敗北してしまった瞬間であった。
◇◇◇
模擬戦が全体的に終了したところで、セドニアはマーズたちを呼びつけた。
「いや、すごかったね。油断していたらあっという間にやられてしまっていたよ」
「ああいうふうに油断させておいて……という作戦でしたから」
セドニアの言葉に、マーズは答える。
「あの作戦は、君が?」
「ええ。私がすべて考えつきました」
「それはすごい!」
セドニアは驚きのあまり、目を丸くした。
セドニアは恐らく、彼女一人があの作戦を考えついたなど思ってもいなかったのだろう。だから、そう言ったのだ。マーズはそう確信してニヤリと微笑む。
「……おっと」
携帯端末を確認したセドニア。
「これから用事が出来てしまってね。もう少し話がしたいところだが……済まない、今日はこのあたりで失礼させてもらうよ」
そう言って、セドニアはその場を後にした。
マーズたちはそれをただ見ていくだけであった。
◇◇◇
「……それが、どうして『怖い』意味につながるんだ?」
崇人はずっとマーズの話を聞いていた。しかし、その話はあくまで彼女が初めてリリーファーに乗った時の話だけに過ぎず、リリーファーに乗るのが『怖くなった』直接的なイベントの話ではない。
「それは未だだな。今言ったのはあくまで初めてリリーファーに乗った時の話だ。……これからのことだよ。私はもう離したくないと思っていた、頭の中に仕舞いこんでいた記憶だ」
崇人はそれを聞いて唾を飲んだ。マーズは崇人のために身を切ってまで言ってくれるのだ。それを聞かないわけにはいかない。
そしてマーズの長い昔話が始まる。
舞台は、その初めてのリリーファー戦から、ひと月近く経ったときのことであった。
◇◇◇
「全国起動従士選抜選考大会?」
「知らないの、マーズ? 起動従士になるための近道とも言われている、大事な行事なのよ」
全国起動従士選抜選考大会。
それによって優秀な成績を収めた学生は、そのまま起動従士になる。
そう考えてみると、レティシアの言うとおり起動従士になる一番の近道であるといえるだろう。
「……それで、その大会がどうしたっていうの?」
「今日のクラスでそれを決めるんですって。ね、一緒に出ない?」
「でもふたりっきりでは無理でしょう?」
「私も出ますよ」
そう言ったのは、レティシアの後ろに隠れていたレミリアだった。
レミリアは微笑んで、首を傾げる。
「あなたも、出るの?」
「ええ。私もリリーファーで戦う、その実力を示したいから」
「そう。レミリア、あなた初めに会ったときはお淑やかなお嬢様、みたいな感じだったのに」
「そうだったかしら?」
レミリアは微笑む。
マーズは小さく溜息を吐いた。
「……まあ、私も出るよ。別に出てデメリットがあるわけじゃあない。寧ろメリットだらけだからね」
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