絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百六十五話 レティシア・バーボタージュⅠ
十年前。
マーズ・リッペンバーが起動従士訓練学校に入る、その二年前の話。
今でこそマーズは起動従士の地位まで登り詰めたから裕福な暮らしが出来ているが、この当時のリッペンバー家は貧乏だった。
彼女の家は貴族ではあったものの、父親のヒース・リッペンバーが事業に失敗してしまったために没落、最終的に爵位まで売り払ってしまったのだ。
そんなこともあって、リッペンバー家の長女で唯一の子供であるマーズには、事ある毎にこう言われていた。
「お前は必ずこのリッペンバー家を再興させるのだ」
父からも、母からも言われたその言葉は、未だにマーズの心に深く根付いている。
さて、そんな父と母の愛情(或いは憎悪にも似たそれ)を一手に受けたマーズには一人の友達がいた。
レティシア・バーボタージュ。
名家バーボタージュ家の令嬢だった。彼女とは同い年だった。それはとてつもなく偶然の確率から生まれた関係のようにも見えるが、ただ単に母親同士が親友だったことからの付き合いであった。
そして、二人ともお互いにあるものが好きだった。
リリーファー、それは女の子が好きになるには少々奇特なものにも思える。しかし、当時の彼女たちにとって、リリーファーを好きになることはまさに運命だった。
両親はリリーファーが好きな二人を気にも止めなかった。だから二人がリリーファーのことが好きだ――そう言っても相手にされることは無かったのだった。
それから二年の月日が流れた。彼女たちはそれぞれレベルが違う――主に金銭的に――学校に通っていたが、二人の強い希望により、二人はその学校の門戸を揃って叩くことが出来た。
起動従士訓練学校。
文字通りリリーファーを操縦することの出来る起動従士になるための勉強をする学校である。勿論この学校は何もしないで入れるわけもなく、高い難易度を誇る試験をパスせねばならない。
尤も、ずっとこの学校に入学したかった二人にとってそのようなことは屁でもなかったようだが。
マーズとレティシアが同じ起動従士クラスに所属した、その最初の日のこと。
「ねえ、マーズ」
金髪のツインテールがトレードマークのレティシアはわくわくと何かを待ち望んでいるような表情で、マーズに話しかけた。
マーズはレティシアがそのような表情の時は何があるのか、もう大体予想はついていた。
だから、その予想を言うのだ。
「もしかして……今日の午後の授業、『訓練』のことを言ってたりする?」
「なんで解ったのかしら?」
ズバリ言い当てられたレティシアは首を傾げる。
「あなたがそこまで喜ぶことなんて、それくらいしか思い付かないもの」
「けど、あなたの予想は半分間違ってるわ。なんと次の授業は本物の起動従士が来るんですって!」
「それはすごいじゃない!」
マーズは驚きのあまり、座っていた椅子から立ち上がった。
何故なら起動従士に会えるというのは、この当時でも、そして今でも、とても貴重なことだったからだ。起動従士は戦争や内乱などがあったときには出撃しなくてはならないからだ。裏を返せば、今は戦争も起きていない比較的平和な状態にある――ということにもなる。
今みたいに起動従士がメディアに露出することは少なく、起動従士を目指す学生にとってこのようなイベントを受けられることは、この学校に来た特権ともいえるだろう。
「ところで、その起動従士ってどんな人なの?」
「解んない。けど、色んな人が言うにはかっこいい人、ですって。まぁ、こればっかりは実物を見なきゃ解んないけどね」
「手厳しい一言ね」
マーズはそう言って微笑みを浮かべた。
◇◇◇
「えー、まあ薄々気がついている人も居ると思うが、起動従士が今日来ている。決して粗相のないように」
先生がそう言ったが、後半は学生のどよめきによってマーズの耳に届くことは無かった。
「とんでもないな、まるでアイドルか何かだ」
マーズは隣に座っているレティシアに耳打ちした。
「私たちの望んでいた起動従士って……こういうものだったのかな?」
「どうだろうな」
マーズとレティシアは、起動従士に盛り上がるクラスをあくまで客観的にしか見ることが出来なかった。
◇◇◇
外には三機のリリーファーが用意されていた。とはいえ、これは実戦で使うリリーファーではなく、学校訓練用に開発されたグレードダウン型である。
三機のリリーファーの前には先生と、もうひとり男が立っていた。
「はじめまして。僕が起動従士のセドニア・リーグウェイです。どうぞ、よろしく」
その声におもに女子から黄色い声援が上がった。
それを見てマーズは呟く。
「アイドルを見に来たとでも思っているのかね、最前列の連中は」
「マーズ、それ二回目だから」
呟きに、レティシアは微笑む。
「それでは、これから実戦の訓練を行う。なに、そう難しい話ではない。ここにいるセドニア・リーグウェイ起動従士と戦うだけだ。もちろん、セドニア・リーグウェイ起動従士には最大の力で戦わなくてもいいように言ってある。だからといってそう簡単に倒せる相手でもないことは君たちも解っているだろう?」
それを聞いて、学生たちはざわつき始めた。当然だ。今も戦場の最前線で戦っている起動従士と戦え、というのだ。いくらなんでも学校に入ったばかりの学生にやらせるのは酷だ。
「……まあ、そういうともおもった」
先生は溜息をつく。
まるでそれが起きるのが想定内だと言わんばかりに。
「これから三人でチームを作ってもらう。そして、その三人のチームで戦ってもらう。それが今回の訓練だ。三対一ならば、まだ可能性ってもんが見えてくるんじゃないか?」
それを聞いて学生は一目散にチームをつくりはじめた。
しかし、それに遅れた――わけではなく、ただ動かなかっただけだ――二人がいた。
「起動従士と戦えるチャンスですって、レティシア」
「私も聞いたから把握しているわよ。……にしても魅力的ね、マーズ」
ふたりはお互いに言葉を交わしあっていた。
とはいえ、彼女たちにはあとひとりのチームメイトが足りなかった。
その、あとひとりを探すために彼女たちも遅ればせながら行動しようとしたが――。
「あの」
――そんなことをする前に、彼女たちにひとりの女性がやってきた。
身長は百五十センチ真ん中くらい。大きな瞳に薄いピンクの唇。彫りの浅い顔が幼さと可愛さを同居させていて、同性であるマーズとレティシアが見ても可憐の一言に尽きる。
背中まで伸びる長い銀髪が風で棚引いたのを抑えながら、彼女は言った。
「もしよろしければ、私もあなたたちのチームに入れていただけることは出来ないでしょうか?」
彼女の声は細かったが、しかしはっきりと通って聞こえた。透き通った声、とはこのことをいうのだろう。
「それは別に構わないけれど……、あなたの名前は?」
マーズが訊ねる。
それを聞いて、少女は唇に手を当てて驚いた仕草を見せた。
「申し遅れました、わたくしレミリア・ポイスワッドといいます。以後、お見知りおきを」
そう言って、レミリアは小さく笑みを浮かべた。
彼女たちがチームを結成したのと同時に、彼女たちの周りも続々とチームができつつあった。
「よし、チームが出来たならばチームリーダーを決定してくれ! そのチームリーダーの出席番号順で訓練の順番を決定する! そして、ルールもそのあとに決定するから、そのつもりで」
「チームリーダー……ね、私はマーズが適任だと思うけれど」
先生の言葉を聞いて、直ぐにそう言ったのはレティシアであった。
それを聞いたマーズは驚いて、首を傾げる。
「私が、チームリーダーを?」
「ええ。だってこのチームの中であなたほどしっかりしているのは居ないもの」
「ひどいですよ、レティシアさん。私だっているんですから」
レティシアの言葉に、レミリアはそう否定めいた言葉をかけた。
でも、とレミリアはさらに話を続ける。
「私もたぶんマーズさんが一番適任だと思います。やっぱりしっかりしていそうですし」
「あなたたちにとって私のイメージはそれしかないの……?」
そう言いながら、マーズは小さく溜息をついた。
マーズ・リッペンバーが起動従士訓練学校に入る、その二年前の話。
今でこそマーズは起動従士の地位まで登り詰めたから裕福な暮らしが出来ているが、この当時のリッペンバー家は貧乏だった。
彼女の家は貴族ではあったものの、父親のヒース・リッペンバーが事業に失敗してしまったために没落、最終的に爵位まで売り払ってしまったのだ。
そんなこともあって、リッペンバー家の長女で唯一の子供であるマーズには、事ある毎にこう言われていた。
「お前は必ずこのリッペンバー家を再興させるのだ」
父からも、母からも言われたその言葉は、未だにマーズの心に深く根付いている。
さて、そんな父と母の愛情(或いは憎悪にも似たそれ)を一手に受けたマーズには一人の友達がいた。
レティシア・バーボタージュ。
名家バーボタージュ家の令嬢だった。彼女とは同い年だった。それはとてつもなく偶然の確率から生まれた関係のようにも見えるが、ただ単に母親同士が親友だったことからの付き合いであった。
そして、二人ともお互いにあるものが好きだった。
リリーファー、それは女の子が好きになるには少々奇特なものにも思える。しかし、当時の彼女たちにとって、リリーファーを好きになることはまさに運命だった。
両親はリリーファーが好きな二人を気にも止めなかった。だから二人がリリーファーのことが好きだ――そう言っても相手にされることは無かったのだった。
それから二年の月日が流れた。彼女たちはそれぞれレベルが違う――主に金銭的に――学校に通っていたが、二人の強い希望により、二人はその学校の門戸を揃って叩くことが出来た。
起動従士訓練学校。
文字通りリリーファーを操縦することの出来る起動従士になるための勉強をする学校である。勿論この学校は何もしないで入れるわけもなく、高い難易度を誇る試験をパスせねばならない。
尤も、ずっとこの学校に入学したかった二人にとってそのようなことは屁でもなかったようだが。
マーズとレティシアが同じ起動従士クラスに所属した、その最初の日のこと。
「ねえ、マーズ」
金髪のツインテールがトレードマークのレティシアはわくわくと何かを待ち望んでいるような表情で、マーズに話しかけた。
マーズはレティシアがそのような表情の時は何があるのか、もう大体予想はついていた。
だから、その予想を言うのだ。
「もしかして……今日の午後の授業、『訓練』のことを言ってたりする?」
「なんで解ったのかしら?」
ズバリ言い当てられたレティシアは首を傾げる。
「あなたがそこまで喜ぶことなんて、それくらいしか思い付かないもの」
「けど、あなたの予想は半分間違ってるわ。なんと次の授業は本物の起動従士が来るんですって!」
「それはすごいじゃない!」
マーズは驚きのあまり、座っていた椅子から立ち上がった。
何故なら起動従士に会えるというのは、この当時でも、そして今でも、とても貴重なことだったからだ。起動従士は戦争や内乱などがあったときには出撃しなくてはならないからだ。裏を返せば、今は戦争も起きていない比較的平和な状態にある――ということにもなる。
今みたいに起動従士がメディアに露出することは少なく、起動従士を目指す学生にとってこのようなイベントを受けられることは、この学校に来た特権ともいえるだろう。
「ところで、その起動従士ってどんな人なの?」
「解んない。けど、色んな人が言うにはかっこいい人、ですって。まぁ、こればっかりは実物を見なきゃ解んないけどね」
「手厳しい一言ね」
マーズはそう言って微笑みを浮かべた。
◇◇◇
「えー、まあ薄々気がついている人も居ると思うが、起動従士が今日来ている。決して粗相のないように」
先生がそう言ったが、後半は学生のどよめきによってマーズの耳に届くことは無かった。
「とんでもないな、まるでアイドルか何かだ」
マーズは隣に座っているレティシアに耳打ちした。
「私たちの望んでいた起動従士って……こういうものだったのかな?」
「どうだろうな」
マーズとレティシアは、起動従士に盛り上がるクラスをあくまで客観的にしか見ることが出来なかった。
◇◇◇
外には三機のリリーファーが用意されていた。とはいえ、これは実戦で使うリリーファーではなく、学校訓練用に開発されたグレードダウン型である。
三機のリリーファーの前には先生と、もうひとり男が立っていた。
「はじめまして。僕が起動従士のセドニア・リーグウェイです。どうぞ、よろしく」
その声におもに女子から黄色い声援が上がった。
それを見てマーズは呟く。
「アイドルを見に来たとでも思っているのかね、最前列の連中は」
「マーズ、それ二回目だから」
呟きに、レティシアは微笑む。
「それでは、これから実戦の訓練を行う。なに、そう難しい話ではない。ここにいるセドニア・リーグウェイ起動従士と戦うだけだ。もちろん、セドニア・リーグウェイ起動従士には最大の力で戦わなくてもいいように言ってある。だからといってそう簡単に倒せる相手でもないことは君たちも解っているだろう?」
それを聞いて、学生たちはざわつき始めた。当然だ。今も戦場の最前線で戦っている起動従士と戦え、というのだ。いくらなんでも学校に入ったばかりの学生にやらせるのは酷だ。
「……まあ、そういうともおもった」
先生は溜息をつく。
まるでそれが起きるのが想定内だと言わんばかりに。
「これから三人でチームを作ってもらう。そして、その三人のチームで戦ってもらう。それが今回の訓練だ。三対一ならば、まだ可能性ってもんが見えてくるんじゃないか?」
それを聞いて学生は一目散にチームをつくりはじめた。
しかし、それに遅れた――わけではなく、ただ動かなかっただけだ――二人がいた。
「起動従士と戦えるチャンスですって、レティシア」
「私も聞いたから把握しているわよ。……にしても魅力的ね、マーズ」
ふたりはお互いに言葉を交わしあっていた。
とはいえ、彼女たちにはあとひとりのチームメイトが足りなかった。
その、あとひとりを探すために彼女たちも遅ればせながら行動しようとしたが――。
「あの」
――そんなことをする前に、彼女たちにひとりの女性がやってきた。
身長は百五十センチ真ん中くらい。大きな瞳に薄いピンクの唇。彫りの浅い顔が幼さと可愛さを同居させていて、同性であるマーズとレティシアが見ても可憐の一言に尽きる。
背中まで伸びる長い銀髪が風で棚引いたのを抑えながら、彼女は言った。
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「それは別に構わないけれど……、あなたの名前は?」
マーズが訊ねる。
それを聞いて、少女は唇に手を当てて驚いた仕草を見せた。
「申し遅れました、わたくしレミリア・ポイスワッドといいます。以後、お見知りおきを」
そう言って、レミリアは小さく笑みを浮かべた。
彼女たちがチームを結成したのと同時に、彼女たちの周りも続々とチームができつつあった。
「よし、チームが出来たならばチームリーダーを決定してくれ! そのチームリーダーの出席番号順で訓練の順番を決定する! そして、ルールもそのあとに決定するから、そのつもりで」
「チームリーダー……ね、私はマーズが適任だと思うけれど」
先生の言葉を聞いて、直ぐにそう言ったのはレティシアであった。
それを聞いたマーズは驚いて、首を傾げる。
「私が、チームリーダーを?」
「ええ。だってこのチームの中であなたほどしっかりしているのは居ないもの」
「ひどいですよ、レティシアさん。私だっているんですから」
レティシアの言葉に、レミリアはそう否定めいた言葉をかけた。
でも、とレミリアはさらに話を続ける。
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