絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百六十二話 インフィニティ・シュルトについて、ひとつの見解
データは数分ともしないうちに送られてきた。
「いや、なんというかさすがだな……」
マーズは独りごちり、内容を確認する。
そのデータにはこう書かれていた。
『インフィニティの人工知能プログラム「フロネシス」の解析結果及びその疑問点について』
「仰々しいタイトルだな……」
そう言って、彼女はスマートフォンに落としたデータを読み始めていった。
インフィニティには起動従士のサポート等のため、高性能な人工知能が搭載している。
音声制御型オペレーティング・システム『フロネシス』。
それは他のリリーファーにはない、インフィニティ独自の機能だ。付けない理由は、科学技術が追い付いていないだとかそういう問題ではなく、ただ単に『付ける必要がない』のである。
自らでリリーファーを持っている起動従士は、大体がエリートになっている。シミュレートや学習、及び実戦によって様々なパターンの戦闘を行ってきたその知識によって、自分なりのリリーファーの『動かし方』が身に付いていくのだ。
しかし、インフィニティの場合はどうだろうか。フロネシスは音声制御によりリリーファーの操縦を補佐する役目にある。即ち、言葉を発することさえ出来ればインフィニティの操縦は可能だということだ(無論、起動従士の『適性』が無ければならないが)。
ここで問題となるのは、フロネシスは何処までの制御を行ってくれるのか? ということについてだ。音声制御型オペレーティング・システム等と仰々しい言い方をしているが、たった一言で括るならば――フロネシスは『人工知能』だということだろう。
人工知能を作るとき、その動作については様々なパターンを入力し記憶媒体に保存しておく。そしてパターンと実際にあったことの差分を取って、どのパターンを使うべきかを、人工知能自身で考えるのだ。
だから、新たに起きたパターンについては――もっというなら一度も経験のないパターンについて、という話だが――簡単に対処が出来ない。一度そのパターンを経験して、人工知能自身が『学習』することで初めてそのパターンと実際の出来事を照らし合わせることが出来る。
即ち、初めて戦う相手の対処法は一度戦ってみなければ話にならないということになる。これは非常に非効率である。だからこそ、リリーファーへの高いスペックの人工知能搭載を忌み嫌っているのだ。一度戦った敵ならば簡単に倒せるのか、と言われて即座に倒すことは出来ない。敵によってパターンを変えたり、もちろん中身は人間だから、毎回同じパターンで来るはずもない。人間であることに変わりはないのだから、中身の起動従士は機械的に毎回の行動を細かく記憶しているはずなく、少しずつずれてしまうものなのである。
「だから、人工知能だけでリリーファーを完全に制御することは出来ない。出来るはずがない」
マーズは独りごちる。その声は、誰も居ない空間に霧散していった。
当初、リリーファーに人工知能を搭載して無人で運転することが出来るシステム――ダミーパイロットシステムを国は導入しようとしていた。しかし、安全性を問題に廃止された。ダミーパイロットシステムの試用実験において人間が何人か死んでしまったからだとか、そんな暗い噂が付随するくらいだが、その噂は所詮噂に過ぎず、それが本当かどうかは解らない。
インフィニティが開発されたのは、今のようにリリーファーの開発制度が整っていた頃の話ではない。もっと昔の話だ。だから、人工知能搭載が廃止されていないのは頷ける話である。
しかし、問題はここからだ。今の時代では未だリリーファーに搭載して自動的に安全に運転することが可能な人工知能は開発されていない。
にもかかわらず、この世界には『フロネシス』が存在している。もはやそれはオーバーテクノロジーの類に入ることだろう。そして、そのフロネシスが搭載されているインフィニティを操縦できるのが、まったくの一般人でリリーファーの操縦経験がなく、かつ異世界からやってきた崇人だけだった。
「……どうして、この世界の人間があれを使うことが出来なかったのか」
マーズもかつて、インフィニティの適性を試したことがある。
しかしコックピットに乗ることもできなかった。インフィニティ――ひいてはフロネシス側がそれを拒否したのだ。そういうケースはほかの起動従士にも見られ、恐らくヴァリエイブルの名だたる起動従士はその適性を試したのではないか――そう言われるほどだった。
だが、最終的にインフィニティに乗ることができたのは、どこから来たかもわからない(マーズとラグストリアル以外は知りえないことである)人間だった――そんなことを聞いて、自らの実力を一番だと自負している幾人かの起動従士は憤慨した。
しかしながら、ラグストリアルはそれをどうにかして宥めた。インフィニティは最強のリリーファー、最強のリリーファーには起動従士を選ぶ権利だってある、と。その理論は少しばかり飛び抜けているが、起動従士たちはそれで納得せざるを得なかった。王の言葉だからだ。
だが、今は違う。ラグストリアルが死んでしまったことによって、その言葉の意味が無くなってしまったに等しい。ともなれば、インフィニティを狙う起動従士が出てもおかしくはない。
そんな場面に陥ったとき、崇人は果たして身を守ることが出来るのか。
「元はといえば、私があの時『インフィニティ』を勧めなければ何も話は進まなかったのかもしれないな」
そう言って、ため息をつく。あの時あの場所で――マーズ・リッペンバーは、スーツを着た三十五歳の姿の大野崇人にこう言った。
――≪インフィニティ≫を起動させろ。
思えば、それが凡ての始まりだった。戦争が始まっただとかそういうわけではない。マーズがそれを言ったことで崇人はインフィニティに乗ることを決断した。しかしそれを引き金として、インフィニティを見て戦術的撤退を余儀なくされたリリーファーがその後、崇人の友人を殺害した。そして、それによってインフィニティは『暴走』し――。
「インフィニティの暴走……あれはあまりにも強すぎる」
強すぎるかわりに、制御不能なそれはまさに獣のそれと同義だった。
インフィニティは史上最強にして、史上最悪のリリーファーだ。
報告書はそう綴って、終了している。
「……ん? この前の暴走の件が、これだけで終わっている……だと?」
マーズは報告書を読み終わると、ひとつの疑問が浮かび上がった。
それは、マーズも知りたかった、この前の『暴走』の件についてまったく報告されていないのだ。まるで腫れ物にでも触るかのように、『暴走したケースもあり、起動従士の精神は必ずしも強固とはいえない』などと書かれているだけで、それ以上の情報がまったくないのだ。
気になったマーズは再びスマートフォンを操り、メリアに電話をする。
電話に出たメリアに即座にその話を振った。
『……暴走、ね。やはりあなたはそれにツッコミを入れると思っていたわ』
メリアは言葉を濁らせながらも、そう答えた。
「どうしてこれには『暴走』についての報告が上がっていないの? まさか、調べていない……なんて言わないでしょうね」
『まさか! きちんと調べたわよ!』
「なら、どうして載せないのよ」
マーズはさらにそう言う。
メリアは言葉を濁していたが、意を決したのか、トーンを下げて、
『……この話は、オフレコで頼むわよ』
そう言って、さらに話を続けた。
『あなたに送った報告書は、訂正版なのよ。「暴走」に関する記述を殆ど削除したバージョン……とでも言えばいいかしら。ほかにも様々なブラッシュアップが施されているけれどね』
「……誰の指示でそんなことを」
『三賢人のリベール・キャスボンよ。あんただって知っているはずでしょう?』
「ああ」
マーズはその顔を頭に思い描いて、直ぐにそのキャンパスから消去した。
「あのいけ好かない男ね。……あいつがそれを命じたの?」
『そうよ。理由はわからない。けれど、「暴走についてはこれ以上の調査を一切してはならない」と釘を刺されてね。そのデータも凡て持って行かれたわ』
「……何のために?」
『それが解れば苦労しないわよ。……ともかく、私も調べてはいるけれどここ最近「三賢人」の監視が強まっているのよ。私の電話回線はダミーを流しているから何とかなってるけど、それでもバレるのは時間の問題でしょうね』
「三賢人は……何かを隠しているのか?」
『恐らく、ね。まだ確証は掴めないけれど』
「そうか……。解った、ありがとう」
そして、マーズは電話を切った。
「いや、なんというかさすがだな……」
マーズは独りごちり、内容を確認する。
そのデータにはこう書かれていた。
『インフィニティの人工知能プログラム「フロネシス」の解析結果及びその疑問点について』
「仰々しいタイトルだな……」
そう言って、彼女はスマートフォンに落としたデータを読み始めていった。
インフィニティには起動従士のサポート等のため、高性能な人工知能が搭載している。
音声制御型オペレーティング・システム『フロネシス』。
それは他のリリーファーにはない、インフィニティ独自の機能だ。付けない理由は、科学技術が追い付いていないだとかそういう問題ではなく、ただ単に『付ける必要がない』のである。
自らでリリーファーを持っている起動従士は、大体がエリートになっている。シミュレートや学習、及び実戦によって様々なパターンの戦闘を行ってきたその知識によって、自分なりのリリーファーの『動かし方』が身に付いていくのだ。
しかし、インフィニティの場合はどうだろうか。フロネシスは音声制御によりリリーファーの操縦を補佐する役目にある。即ち、言葉を発することさえ出来ればインフィニティの操縦は可能だということだ(無論、起動従士の『適性』が無ければならないが)。
ここで問題となるのは、フロネシスは何処までの制御を行ってくれるのか? ということについてだ。音声制御型オペレーティング・システム等と仰々しい言い方をしているが、たった一言で括るならば――フロネシスは『人工知能』だということだろう。
人工知能を作るとき、その動作については様々なパターンを入力し記憶媒体に保存しておく。そしてパターンと実際にあったことの差分を取って、どのパターンを使うべきかを、人工知能自身で考えるのだ。
だから、新たに起きたパターンについては――もっというなら一度も経験のないパターンについて、という話だが――簡単に対処が出来ない。一度そのパターンを経験して、人工知能自身が『学習』することで初めてそのパターンと実際の出来事を照らし合わせることが出来る。
即ち、初めて戦う相手の対処法は一度戦ってみなければ話にならないということになる。これは非常に非効率である。だからこそ、リリーファーへの高いスペックの人工知能搭載を忌み嫌っているのだ。一度戦った敵ならば簡単に倒せるのか、と言われて即座に倒すことは出来ない。敵によってパターンを変えたり、もちろん中身は人間だから、毎回同じパターンで来るはずもない。人間であることに変わりはないのだから、中身の起動従士は機械的に毎回の行動を細かく記憶しているはずなく、少しずつずれてしまうものなのである。
「だから、人工知能だけでリリーファーを完全に制御することは出来ない。出来るはずがない」
マーズは独りごちる。その声は、誰も居ない空間に霧散していった。
当初、リリーファーに人工知能を搭載して無人で運転することが出来るシステム――ダミーパイロットシステムを国は導入しようとしていた。しかし、安全性を問題に廃止された。ダミーパイロットシステムの試用実験において人間が何人か死んでしまったからだとか、そんな暗い噂が付随するくらいだが、その噂は所詮噂に過ぎず、それが本当かどうかは解らない。
インフィニティが開発されたのは、今のようにリリーファーの開発制度が整っていた頃の話ではない。もっと昔の話だ。だから、人工知能搭載が廃止されていないのは頷ける話である。
しかし、問題はここからだ。今の時代では未だリリーファーに搭載して自動的に安全に運転することが可能な人工知能は開発されていない。
にもかかわらず、この世界には『フロネシス』が存在している。もはやそれはオーバーテクノロジーの類に入ることだろう。そして、そのフロネシスが搭載されているインフィニティを操縦できるのが、まったくの一般人でリリーファーの操縦経験がなく、かつ異世界からやってきた崇人だけだった。
「……どうして、この世界の人間があれを使うことが出来なかったのか」
マーズもかつて、インフィニティの適性を試したことがある。
しかしコックピットに乗ることもできなかった。インフィニティ――ひいてはフロネシス側がそれを拒否したのだ。そういうケースはほかの起動従士にも見られ、恐らくヴァリエイブルの名だたる起動従士はその適性を試したのではないか――そう言われるほどだった。
だが、最終的にインフィニティに乗ることができたのは、どこから来たかもわからない(マーズとラグストリアル以外は知りえないことである)人間だった――そんなことを聞いて、自らの実力を一番だと自負している幾人かの起動従士は憤慨した。
しかしながら、ラグストリアルはそれをどうにかして宥めた。インフィニティは最強のリリーファー、最強のリリーファーには起動従士を選ぶ権利だってある、と。その理論は少しばかり飛び抜けているが、起動従士たちはそれで納得せざるを得なかった。王の言葉だからだ。
だが、今は違う。ラグストリアルが死んでしまったことによって、その言葉の意味が無くなってしまったに等しい。ともなれば、インフィニティを狙う起動従士が出てもおかしくはない。
そんな場面に陥ったとき、崇人は果たして身を守ることが出来るのか。
「元はといえば、私があの時『インフィニティ』を勧めなければ何も話は進まなかったのかもしれないな」
そう言って、ため息をつく。あの時あの場所で――マーズ・リッペンバーは、スーツを着た三十五歳の姿の大野崇人にこう言った。
――≪インフィニティ≫を起動させろ。
思えば、それが凡ての始まりだった。戦争が始まっただとかそういうわけではない。マーズがそれを言ったことで崇人はインフィニティに乗ることを決断した。しかしそれを引き金として、インフィニティを見て戦術的撤退を余儀なくされたリリーファーがその後、崇人の友人を殺害した。そして、それによってインフィニティは『暴走』し――。
「インフィニティの暴走……あれはあまりにも強すぎる」
強すぎるかわりに、制御不能なそれはまさに獣のそれと同義だった。
インフィニティは史上最強にして、史上最悪のリリーファーだ。
報告書はそう綴って、終了している。
「……ん? この前の暴走の件が、これだけで終わっている……だと?」
マーズは報告書を読み終わると、ひとつの疑問が浮かび上がった。
それは、マーズも知りたかった、この前の『暴走』の件についてまったく報告されていないのだ。まるで腫れ物にでも触るかのように、『暴走したケースもあり、起動従士の精神は必ずしも強固とはいえない』などと書かれているだけで、それ以上の情報がまったくないのだ。
気になったマーズは再びスマートフォンを操り、メリアに電話をする。
電話に出たメリアに即座にその話を振った。
『……暴走、ね。やはりあなたはそれにツッコミを入れると思っていたわ』
メリアは言葉を濁らせながらも、そう答えた。
「どうしてこれには『暴走』についての報告が上がっていないの? まさか、調べていない……なんて言わないでしょうね」
『まさか! きちんと調べたわよ!』
「なら、どうして載せないのよ」
マーズはさらにそう言う。
メリアは言葉を濁していたが、意を決したのか、トーンを下げて、
『……この話は、オフレコで頼むわよ』
そう言って、さらに話を続けた。
『あなたに送った報告書は、訂正版なのよ。「暴走」に関する記述を殆ど削除したバージョン……とでも言えばいいかしら。ほかにも様々なブラッシュアップが施されているけれどね』
「……誰の指示でそんなことを」
『三賢人のリベール・キャスボンよ。あんただって知っているはずでしょう?』
「ああ」
マーズはその顔を頭に思い描いて、直ぐにそのキャンパスから消去した。
「あのいけ好かない男ね。……あいつがそれを命じたの?」
『そうよ。理由はわからない。けれど、「暴走についてはこれ以上の調査を一切してはならない」と釘を刺されてね。そのデータも凡て持って行かれたわ』
「……何のために?」
『それが解れば苦労しないわよ。……ともかく、私も調べてはいるけれどここ最近「三賢人」の監視が強まっているのよ。私の電話回線はダミーを流しているから何とかなってるけど、それでもバレるのは時間の問題でしょうね』
「三賢人は……何かを隠しているのか?」
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