絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百五十一話 参戦
ロイヤルブラスト及びムラサメ00が敵のリリーファーとの戦闘を繰り広げていたそのとき、マーズたちはようやく出動していた。
メルキオール騎士団とハリー騎士団、併せて十三機のリリーファーが一斉に出動する。その光景はおそらく誰が見ても圧巻と呼べるものだろう。
「どうしてこんなに時間がかかってしまったのかしら……」
マーズは愛機アレスのコックピット内部で、誰に聞こえるでもないため息をついた。
それもそのはず。マーズたちが出動したのは、ロイヤルブラストが単独で出撃してから六分、ムラサメ00が騎士団の意向を無視して出撃してから四分が経過していたのだ。
予想以上に遅かったその理由はハリー騎士団よりも、むしろメルキオール騎士団の方が原因である。別に彼女としてもむやみやたらにほかの起動従士に文句を言いたいわけではない。
メルキオール騎士団は、駄々をこねたのだ。
――あんなリリーファーに勝てるわけがない。我々は戦略的撤退をすべきだ。
そう、ほかのメンバーが言って出撃しようとはしなかったのだ。
しかし、それを宥めたのはほかでもないメルキオール騎士団騎士団長、ヴァルベリー・ロックンアリアーだった。
「お前たちはいったいなにを狼狽えているんだ、イグアス王子が戦っているのだぞ!!」
その表情はまるで鬼の如し。恐怖の根源といっても過言ではなかった。
ヴァルベリーはさらにこう言った。
「王子は実戦経験がまったくない。にもかかわらず正体不明の敵のリリーファーに単身戦闘を挑んだ。正直言ってそれは馬鹿だ。尊敬する価値もない。……だが、お前たちはどうだ? 何度も実践を潜り抜けたお前等は今なんと言った? 『あんなリリーファーに勝てるわけがない』? ふざけるな! お前等はそれでも誇り高き騎士団の一員か! いったい何を考えて、それを言っている!? それとも、それを考えられるほどの頭脳も衰えたか!!」
「でもリーダー、あんなのに勝てるとお思いですか?」
ヴァルベリーの言葉に騎士団のメンバーの一人はそう返した。
しかしヴァルベリーは表情を崩さずに、
「お前たちはいったい何を言っている? 私がいつ、あのリリーファーを倒すことが出来ないなどと言った? 私がいつ逃げた方がいいなどと言った? 私がいつお前たちのような戯言を口にした?」
それはもはや脅迫のような一面でもあったが、しかし彼女の言っていることは真実である。
「逃げたいやつは逃げてもいい。ただし今後、お前たちが「メルキオール騎士団」だということは名乗れない。それを理解して、それでも逃げたいのだというのなら、私は止めない。さっさとしっぽを巻いて負け犬めいて逃げればいい」
だが、彼女のその言葉に是と頷く人間は、誰一人として居なかった。
そして現在。ハリー騎士団とメルキオール騎士団は戦場へとようやくやってきたのだった。
しかしそこに広がっていた惨状は、彼女たちの予想を上回るものであった。
「どういうことだよ、おい……」
マーズはその惨状を見て、思わず口から言葉が漏れた。
そこに広がっていた光景を一言で表すならば、『惨敗』だ。イグアス・リグレーが乗っているであろう王家専用機ロイヤルブラストこそ無事だが、エレン・トルスティソンの乗ったムラサメ00は中心部を貫かれていた跡が残っていた。おそらくエンジンをやられたのか、うなだれていた。
そして敵のリリーファーは無傷。ワックスを塗ったフローリングめいた装甲の輝きであった。
「これは……惨敗? ムラサメが? カーネルの開発した次世代型量産機が、か?」
マーズの頭の中は疑問でいっぱいだった。ムラサメの強さはマーズについで二番目だ。いや、ムラサメの持つ能力を鑑みると、もしかしたらムラサメの方が一位に躍り出るかもしれない。
人工降雨システム。
ドライアイスの込められた弾丸を空に放つことで人工的に雨を降らせるシステムのことで、これは現時点ではムラサメにしか搭載されていない機能である。
人工降雨システムで降らせる雨はただの雨ではない。強い酸性雨である。酸性雨はリリーファーの装甲を溶かすほどの威力があり、先ずそれを行使されれば無傷のリリーファーはそう居ない。
しかしこれは行使した場所の環境に悪影響を及ぼすということであまり使われていない。それどころか、本国での使用はいかなる場合においても禁止するという事実上の軍縮命令付きである。
これに怒りを覚えたカーネル及びムラサメの起動従士であるエレンは国に抗議したが、そもそも独立騒動で完全に戦力を削ぎ落とされたカーネルにそれほどの発言力も権力もなく、その命令は現時点でもそのままである。
しかしここはヘヴンズ・ゲート自治区、即ち他国である。本国では使用禁止となっている人工降雨システムだが、他国ならば問題ない。
ならば、撃たなかったのではなく、利かなかったのではないか?
寧ろそう考えるのが道理である。撃たなかったなんてことはあり得ないからだ。なぜなら現にロイヤルブラストの装甲が若干溶けているし、草木が枯れているからだ。
「人工降雨が利かないリリーファーが、ヴァリエイブル以外にもあるというのか……!?」
マーズはそう結論を導いた。
では、まずますそのリリーファーに勝つ可能性が著しく減少する。いや、寧ろ『勝てない』と言ってもいい。ムラサメの人工降雨システムですらダメな装甲を保持しているリリーファーである。もしかしたらコイルガンやレールガンにもそれなりの対策をとっているのかもしれない。
確かに、状況は絶望的だ。
そう雖も、彼女たちはこのリリーファーを倒さねばならない。倒さなくては先に進まない。倒さなくては意味がないのだ。たとえダブルノックアウトという場面に陥ったとしても、彼女たちはこれを倒さなくてはならない。
そして。
意を決して彼女たちがそのリリーファーに向かった、その時であった。
今までのコイルガン、レールガンとは違う極太の咆哮がそのリリーファーを襲った。
それはあまりにも唐突であった。
それはあまりにも突然であった。
そして、その咆哮を放った正体が、彼女たちの目の前にあらわれた。
黒いカラーリングの独特な機体を、誰もが忘れるわけはなかった。
ハリー騎士団の騎士団長が乗る、最強のリリーファー。
マーズは一番早くそれに気がついて、思わず嗚咽を漏らした。
「ああ……」
夢を見ているのではないか。
現実ではないのではないか。
彼女はそう思った。
しかし目の前に立っている、そのリリーファーは何度確認してもその場に立っていた。
リリーファー、インフィニティ。
それは確かに、彼女たちの目の前に立っていた。
◇◇◇
時間は少しだけ遡る。
具体的にはエレンがイグアスに遠くに逃げるように命じた、そのタイミングでのことだ。
彼女は、マーズの推測通り人工降雨システムを行使していた。
人工降雨システムはあまりにも強すぎて、その代償が計り知れない。しかし、このリリーファーを倒せる可能性が一番高いのは、この人工降雨システムにほかならなかった。
「これを使うしかない……まさかこのムラサメがここまで追いつめられることになるとはね」
エレンは呟く。そしてその呟きは誰に聞こえるでもなくコックピットの内部に霧散した。
メルキオール騎士団とハリー騎士団、併せて十三機のリリーファーが一斉に出動する。その光景はおそらく誰が見ても圧巻と呼べるものだろう。
「どうしてこんなに時間がかかってしまったのかしら……」
マーズは愛機アレスのコックピット内部で、誰に聞こえるでもないため息をついた。
それもそのはず。マーズたちが出動したのは、ロイヤルブラストが単独で出撃してから六分、ムラサメ00が騎士団の意向を無視して出撃してから四分が経過していたのだ。
予想以上に遅かったその理由はハリー騎士団よりも、むしろメルキオール騎士団の方が原因である。別に彼女としてもむやみやたらにほかの起動従士に文句を言いたいわけではない。
メルキオール騎士団は、駄々をこねたのだ。
――あんなリリーファーに勝てるわけがない。我々は戦略的撤退をすべきだ。
そう、ほかのメンバーが言って出撃しようとはしなかったのだ。
しかし、それを宥めたのはほかでもないメルキオール騎士団騎士団長、ヴァルベリー・ロックンアリアーだった。
「お前たちはいったいなにを狼狽えているんだ、イグアス王子が戦っているのだぞ!!」
その表情はまるで鬼の如し。恐怖の根源といっても過言ではなかった。
ヴァルベリーはさらにこう言った。
「王子は実戦経験がまったくない。にもかかわらず正体不明の敵のリリーファーに単身戦闘を挑んだ。正直言ってそれは馬鹿だ。尊敬する価値もない。……だが、お前たちはどうだ? 何度も実践を潜り抜けたお前等は今なんと言った? 『あんなリリーファーに勝てるわけがない』? ふざけるな! お前等はそれでも誇り高き騎士団の一員か! いったい何を考えて、それを言っている!? それとも、それを考えられるほどの頭脳も衰えたか!!」
「でもリーダー、あんなのに勝てるとお思いですか?」
ヴァルベリーの言葉に騎士団のメンバーの一人はそう返した。
しかしヴァルベリーは表情を崩さずに、
「お前たちはいったい何を言っている? 私がいつ、あのリリーファーを倒すことが出来ないなどと言った? 私がいつ逃げた方がいいなどと言った? 私がいつお前たちのような戯言を口にした?」
それはもはや脅迫のような一面でもあったが、しかし彼女の言っていることは真実である。
「逃げたいやつは逃げてもいい。ただし今後、お前たちが「メルキオール騎士団」だということは名乗れない。それを理解して、それでも逃げたいのだというのなら、私は止めない。さっさとしっぽを巻いて負け犬めいて逃げればいい」
だが、彼女のその言葉に是と頷く人間は、誰一人として居なかった。
そして現在。ハリー騎士団とメルキオール騎士団は戦場へとようやくやってきたのだった。
しかしそこに広がっていた惨状は、彼女たちの予想を上回るものであった。
「どういうことだよ、おい……」
マーズはその惨状を見て、思わず口から言葉が漏れた。
そこに広がっていた光景を一言で表すならば、『惨敗』だ。イグアス・リグレーが乗っているであろう王家専用機ロイヤルブラストこそ無事だが、エレン・トルスティソンの乗ったムラサメ00は中心部を貫かれていた跡が残っていた。おそらくエンジンをやられたのか、うなだれていた。
そして敵のリリーファーは無傷。ワックスを塗ったフローリングめいた装甲の輝きであった。
「これは……惨敗? ムラサメが? カーネルの開発した次世代型量産機が、か?」
マーズの頭の中は疑問でいっぱいだった。ムラサメの強さはマーズについで二番目だ。いや、ムラサメの持つ能力を鑑みると、もしかしたらムラサメの方が一位に躍り出るかもしれない。
人工降雨システム。
ドライアイスの込められた弾丸を空に放つことで人工的に雨を降らせるシステムのことで、これは現時点ではムラサメにしか搭載されていない機能である。
人工降雨システムで降らせる雨はただの雨ではない。強い酸性雨である。酸性雨はリリーファーの装甲を溶かすほどの威力があり、先ずそれを行使されれば無傷のリリーファーはそう居ない。
しかしこれは行使した場所の環境に悪影響を及ぼすということであまり使われていない。それどころか、本国での使用はいかなる場合においても禁止するという事実上の軍縮命令付きである。
これに怒りを覚えたカーネル及びムラサメの起動従士であるエレンは国に抗議したが、そもそも独立騒動で完全に戦力を削ぎ落とされたカーネルにそれほどの発言力も権力もなく、その命令は現時点でもそのままである。
しかしここはヘヴンズ・ゲート自治区、即ち他国である。本国では使用禁止となっている人工降雨システムだが、他国ならば問題ない。
ならば、撃たなかったのではなく、利かなかったのではないか?
寧ろそう考えるのが道理である。撃たなかったなんてことはあり得ないからだ。なぜなら現にロイヤルブラストの装甲が若干溶けているし、草木が枯れているからだ。
「人工降雨が利かないリリーファーが、ヴァリエイブル以外にもあるというのか……!?」
マーズはそう結論を導いた。
では、まずますそのリリーファーに勝つ可能性が著しく減少する。いや、寧ろ『勝てない』と言ってもいい。ムラサメの人工降雨システムですらダメな装甲を保持しているリリーファーである。もしかしたらコイルガンやレールガンにもそれなりの対策をとっているのかもしれない。
確かに、状況は絶望的だ。
そう雖も、彼女たちはこのリリーファーを倒さねばならない。倒さなくては先に進まない。倒さなくては意味がないのだ。たとえダブルノックアウトという場面に陥ったとしても、彼女たちはこれを倒さなくてはならない。
そして。
意を決して彼女たちがそのリリーファーに向かった、その時であった。
今までのコイルガン、レールガンとは違う極太の咆哮がそのリリーファーを襲った。
それはあまりにも唐突であった。
それはあまりにも突然であった。
そして、その咆哮を放った正体が、彼女たちの目の前にあらわれた。
黒いカラーリングの独特な機体を、誰もが忘れるわけはなかった。
ハリー騎士団の騎士団長が乗る、最強のリリーファー。
マーズは一番早くそれに気がついて、思わず嗚咽を漏らした。
「ああ……」
夢を見ているのではないか。
現実ではないのではないか。
彼女はそう思った。
しかし目の前に立っている、そのリリーファーは何度確認してもその場に立っていた。
リリーファー、インフィニティ。
それは確かに、彼女たちの目の前に立っていた。
◇◇◇
時間は少しだけ遡る。
具体的にはエレンがイグアスに遠くに逃げるように命じた、そのタイミングでのことだ。
彼女は、マーズの推測通り人工降雨システムを行使していた。
人工降雨システムはあまりにも強すぎて、その代償が計り知れない。しかし、このリリーファーを倒せる可能性が一番高いのは、この人工降雨システムにほかならなかった。
「これを使うしかない……まさかこのムラサメがここまで追いつめられることになるとはね」
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