絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百五十話 ロイヤルブラスト、動く(後編)
思った以上に冷静に、イグアスは自らの行動を客観的に見ることが出来ていた。それが戦場においてもっとも素晴らしい回答であるということに、彼自身が気づいていないことが唯一残念と言えるポイントである。
さて、今彼が考えていることは専らここから抜け出すための方法であり、手段であった。とはいえ今は敵のリリーファーに武器を奪われている現状。これをずっと構えたままでいれば、再び『魔法』を繰り出すに違いない。
ならば、解決策は一つしかなかった。
「ここで行かないで何が男だ。何が王族だ!!」
そして。
ロイヤルブラストは敵のリリーファーを思い切り蹴り上げた。
リリーファーの全体重をかけた打撃は、敵のリリーファーに少しなりともショックを与えた。
そのタイミングを狙って、素早く間合いを取ったロイヤルブラストは、漸くその場から解放された。
しかし、いまだロイヤルブラストが不利な状況であることには変わりない。
ロイヤルブラスト、コックピット内部のイグアスは小さくため息をついた。
漸く再び戻って来れたというのだ。これ以外、何の意味があるというのか。
確かに、ロイヤルブラストは傷ついてしまった。しかし僅かな損傷に過ぎない。
「まだやれる。そうだ、まだやれるんだ」
イグアスはそう自らに言い聞かせて、リリーファーコントローラーを強く握ろうとした――その時だった。
『いいや』
どこからか、唐突に通信が入った。
イグアスは何が起きたのか、はじめまったく解らなかった。
そんな慌てている彼を差し置いて、通信は続く。
『あんたはもう無理だ。王族だかなんだか知らないが、もう無理だ。ダメなんだよ。リリーファーは精密機器といっても過言ではない。そんなリリーファーが外傷を負って、中身が丸見えというレベルにまで到達している。……それがどういう意味か解るか? 即ち、お前は相手に弱点を見せつけているのと変わりない、ということだ』
「さっきから……解ったような口を……!!」
『それとその、気持ちの高揚。そいつもよくない。それがあるから冷静に判断ができやしないんだ。ほら、深呼吸ひとつしてみろ。世界が変わって見えるぞ』
イグアスは不満げだったが、その声の言うとおりに一つ深呼吸をした。すると気分がすっきりし、少しずつ思考もうまく回り始めてきた。
『なあ? 回り始めただろう? 世界が変わって見えてきただろう? つまりはそういうことだ、お前は王族だ。だからえらいのかもしれん。だが、ここはどこだ? 戦場だ。戦場は強い人間が、強いリリーファーにのりそれを操ることが出来る人間こそが偉いんだよ。俗世の価値などもはやどうでもいい空間……それが戦場だ』
「それが……戦場?」
『そうだ。お前が王子であるということは、俗世ならば敬う人間も多いだろう。しかしここは戦場だ。俗世ではない。即ち俗世でいい権力となっているものは軒並み使えなくなる。それの一番いい例が「階級」だよ。階級なんてものは戦争において必要なくなる。戦場における士官の死因の二割は流れ弾……そんなことがあるくらいだ』
「実際、そうだというのですか」
『さあね。ともかく今はそれを話す必要もないし、あんたを見つけた時点で私が聞いたことはもう半分が達成できているんだ。もうさっさとあいつを倒して帰りたいくらいだ。……あいつは強いのか?』
「そりゃあもちろん。気をつけろ、あいつは『魔法』を使うぞ」
『魔法? ……リリーファーだぞ、あれは?』
声は明らかにイグアスの言葉を信じてはいなかった。
しかし、イグアスが見たのは本当であるし、ロイヤルブラストについた傷もそれによるものなのだ。
何も言わないまま、数瞬時間があいた。
『……何も言わない、ということは本当だということか。ちくしょう、法王庁のやつら、厄介なリリーファーを開発してくれたもんだ……!!』
そして通信は一方的に切られた。
その直後、ロイヤルブラストの背後にいたリリーファーが敵のリリーファーめがけて駆け出した。そのリリーファーはロイヤルブラストと同様に剣を構えていた。しかしロイヤルブラストが持っていたそれに比べると刀身がとても細いものであったが。
「あれは……」
イグアスがその正体に気付くまでそう時間はかからなかった。
彼と話していたのは、ついこの前カーネルから接収した『ムラサメ00』の起動従士だった――ということに。
◇◇◇
ムラサメ00に乗っているエレン・トルスティソンはそのリリーファーの様子を眺めていた。理由はもちろん戦場を分析するためである。しかし敵のリリーファーはまったく動く様子がなかった。
それが彼女にとって、とても不気味なことだった。
「ここまで待つことがあるか……」
そう。
イグアスとエレンが会話しているあいだも、そして今分析をしているあいだも。
敵のリリーファーは動かず、だんまりを決め込んでいる。
それが彼女にとって、不思議でならなかったのだ。
どうして動かないのか? 動くタイミングは、倒すタイミングはいくらだってあったというのに……まったく攻撃を仕掛ける素振りを見せてこない。
冷静に状況を分析することが出来る時間があることを考えると、それは充分にいいことではあるが、しかしここまで動かないとなると逆に疑問を浮かべてしまう。
――これは罠なのではないか?
そう思うほどであった。
しかし、彼女としてはそんなことよりも戦いたかった。欲望、というものだろう。罠だとか策略だとかいったこすっからいことよりも、ただ『強い敵と戦いたい』――彼女にはそんな思いがあった。
強い敵と戦うことで自らの強さを見せつけたい――そんなこともあるのだろうが、それよりも、彼女の欲求という問題があるだろう。
食欲、睡眠欲、性欲、そんな凡ての『欲』よりも――彼女は『戦い』たかった。
戦うことで、満たされていった。
だから。
彼女は躊躇なく、ムラサメ00に命令する。
――前に立つ、リリーファーを殺せ。
そう、強いはっきりとした殺意を持って、彼女はそう呟いた。
瞬間、ムラサメ00は敵のリリーファーに斬りかかった。
そしてその攻撃は――確かに敵のリリーファーを切り裂いたはずだった。
しかし。
そのリリーファーはロイヤルブラストによる攻撃同様、傷一つついていなかった。
「そんなもん、想定済みだ」
きっと敵のリリーファーに乗っている起動従士は北叟笑んでいるはずだ――エレンはそう思いながら、さらに命令を追加する。
胸部装甲が開き、砲口が出現する。――それがコイルガンだとわかるまでに、そう時間はかからなかった。
そして、コイルガンから弾丸が発射された。
ゼロ距離からの、強烈な一撃が敵のリリーファーに命中した――はずだった。
そのリリーファーはまったく無傷だった。それどころか、コイルガンなんてほんとに放ったのか? と思えるくらい、何も感じていないようだった。
それを見てエレンは舌打ちした。
「おい、ロイヤルブラストの起動従士。聞こえるか」
エレンは直ぐにロイヤルブラストの起動従士――即ちイグアス・リグレーに通信をかけた。
『こちらロイヤルブラスト。どうした?』
「戦局ははっきり言っていいとは言えない。こちらとしてもさっさと倒しちまいたい。だから……こっちに入っている最強の兵器を使う。だが、それは味方のリリーファーも攻撃しちまうもんでね。急いで、せめてアフロディーテの方まで戻っちゃもらえないか」
『……断る、と言ったら?』
「そいつは別に構わないが、装甲が酸で溶けてまったく動けなくなるぞ。或いはコックピットまで酸が染み込めば肌が溶けるかもしれないな」
それを聞いて、イグアスは直ぐに決断を出そうとはしなかった。
イグアスは、仮にも王子だ。ここで逃げようなんて、背中を見せたら一国の恥にもなる。
だが、ここで逃げなくては大変なことになる。ムラサメ00の起動従士、エレンはそう言った。
それはきっとイグアスを逃がすための言葉なのだ、とイグアスが気付くのにそう時間はかからなかった。実際にはほんとうに酸でリリーファーの装甲が溶けてしまうから言った言葉なのだが、イグアスはその機能を知らないためにそう解釈するのも半ば仕方ないことでもあった。
『……解った。君に任せよう。アフロディーテのあたりまで行けばいいんだな?』
「ああ、そうだ。頼むぞ」
そして、エレンは通信をまたも一方的に切った。
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