絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百四十六話 レティア・リグレー
王城。
ラグストリアルは眠れぬ夜を過ごしていた。
王の間で、ただ考え事をしていたのだ。誰と話をすることもなく、考えていた。
テレビやラジオを見るにも、ずっと戦争の報道を繰り返しているのだから、今は視聴者が激減しているに違いなかった。現にビデオサービスを行っている店舗では売り上げがいつもの数倍になっているというのだから、どこで何が売れるかは解らないものである。
まだ夜も長い。しかし王は常日頃の行事による疲労を癒すために、夜早くには就寝に入るのである。
だが、今は別だ。長い戦争が続くであろうこの時期には、最高権力者である王が長々と眠っていては統率が取りづらくなってしまう。
だからこそ、王の統率は必死だ。彼自身が今回の戦争の開戦を決意したこともある。王が眠っていては、兵士の不信感が強まる。だから必要最低限の時間しか睡眠を取らない。これが彼の決めたことでもあった。
「ラフターさえいれば……」
大臣ラフター・エンデバイロンさえいれば彼に業務を任せて仮眠を取ることも出来るが、そうもいかない。かといってレインディアに業務を任せては何が起きるか解らない。兵士がレインディアを信用せず、命令を無視するなんてケースは昔から考えられていたことだ。王が眠っているうちに兵士がレインディアの命令を聞かずに横暴を働いてしまった場合、レインディアに対処ができるのだろうか。
きっと出来ないだろう。そして彼女は兵士に嘗められるに違いない。この世界は女性にこき使われるのが嫌だと思う男性がそう少なくなく、しかもそれで暴力を振るうケースが多いのだ。
それにラグストリアルは頭を悩ませていたが――しかしうまい解決方法を見つからないまま今に至っている。
「陛下」
ラグストリアルの考えに割り入るように、レインディアの声が聞こえた。
「……どうした、レインディア」
ラグストリアルは静かに答える。
彼女は肩で息をしていた。それを見る限り、よっぽど重大なことが起きてしまったのではないか――彼は推測する。
そして、息を整えてレインディアは言った。
「イグアス様が……部屋から居なくなっていました……!!」
「なんだと?!」
それを聞いて、ラグストリアルは思わず立ち上がった。
イグアス・リグレー。
王位継承者の一人であり、ラグストリアルの息子である。実際には一人王女が居るために、唯一の継承者ではないが、彼が一番早く生まれた以上王位継承の最有力候補。
そのイグアスが、消えた。いったい何処に? ラグストリアルは頭をフル回転させていく。
「陛下」
しかし、再びレインディアがラグストリアルの思考に割り入るように言った。
「なんだ」
「イグアス様の部屋に置き手紙と見られるものが置いてありました」
「なぜそれをさっさと見せない!」
ラグストリアルは苛立っていた。それはこの事態ならば誰しもがそれを経験することだった。
苛立つラグストリアルを横目に、レインディアは手紙を開いた。
「僭越ながら、読ませていただきます」
「うむ」
イグアスが残した手紙には、こう書かれていた。
拝啓 父上様
この度のご無礼お許し下さい。あなたが手紙を読んでいる頃、私は敵地に向かっているものと思います。
私はどうしてもリリーファーに乗りたかった。だけれど、あなたはそれを許してくれなかった。
罰ならば帰ってからいくらでも受けます。
ですから、今は。
私をリリーファーに乗せてください。
敬具
イグアス・リグレー
その手紙を読み終わったレインディアがふと顔を上げてラグストリアルの方を見ると、彼は身体を細かく震わせていた。
寧ろそれは子供をもつ親として当然の反応だろう。例え子供が成人しているからといって、親が子供にかける愛情が変わることはない。
「……敵地に向かった。その手紙にはそう書かれているのだな?」
「はい」
レインディアは頷く。
「即ちそれが意味することは、ガルタス基地或いはアフロディーテに乗船している……そのどちらかということだ。恐らく彼奴のことだ、『ロイヤルブラスト』も持っていったに違いない。ということはリリーファーを格納して移動出来るアフロディーテか、リリーファーがあってもあまり気にしないガルタス基地のどちらかに運ばれた、ということになる」
ため息をつくラグストリアルの表情は、どこか落ち着かない。
「やれやれ、悩みの種を増やしおって……。ほんとうに厄介なやつだ」
「いかがなさいますか?」
「どうもこうもない。今から急いでアフロディーテとガルタス基地に通信しろ。『ロイヤルブラストがリリーファー格納庫にいないか、チェックしろ』とな。そして急ぎ結果を報告しろとも伝えろ」
「了解しました」
小さくお辞儀をして、レインディアはその場を立ち去った。
残ったのは、再びラグストリアルだけになった。
ラグストリアルは深いため息をついて、また考え事を始める。
また一つ厄介事が増えてしまったが、ラグストリアルにとってこれは想定内の出来事でもあった。もともと起動従士になりたいとせがんでいたイグアスが彼のためにあると言っても過言ではない王家専用機を持って戦地へ出向くという事態は、いつか起きるであろうとラグストリアルも思っていたのだ。
「しかし、まさかここまで早くになろうとは……私も思っていなかった」
再び、ラグストリアルは深いため息をつく。
イグアスが戦地へ向かったともなれば、それを知らせなくてはならない人間があとひとりいた。
そう思って、ラグストリアルは立ち上がり、ゆっくりとある場所へと向かう。その道中メイドたちが訝しげな表情でラグストリアルの方を見てきていたが、彼にとって今そんなことはどうでもよかった。
――その部屋にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。ラグストリアルはその扉を軽くノックする。
返事はすぐにあった。「どうぞ」という小さい声と共に、扉が内から開かれたのだ。
「失礼するぞ」
そう言って、彼は部屋へ入った。
そこではひとりの女性がベッドに腰掛けていた。身体は細かく震えていた――怯えていたのだろう。
女性は薄黄色のドレスを着ていた。その見た目からは高貴な雰囲気を漂わせている。
「……レティア」
ラグストリアルは彼女の名前を言った。
レティアと呼ばれた彼女は、ラグストリアルの方を向いた。
「お父様……」
レティア・リグレーはラグストリアルの長女に当たる。優先順位第二位の王位継承者である。レティアの妹としてもうひとりいるが、彼女はエイテリオ王国の王子と結婚したために王位継承権を持っていない。
即ち、レティアは最有力候補のイグアスに何かあったときの候補なのであった。
「……先程、確認した。イグアスが戦地に出向いたらしい。これは私が命令したわけではない。あいつが自ら望んでやったことだ」
その言葉にレティアは驚くことはしなかった。きっと彼女も解っていたのだろう。兄が何をするか、ということについて。
「お兄様は……どうして戦地へ……」
「それはレティア、お前だって知っていることだろう。あいつは起動従士として選ばれた存在だ。だが、私は戦地へと行かせたくはなかった。あいつが長男だからだ。一番の王位継承者だからだ。イグアスに何かあってしまっては、困るのだ」
「私のことはどうでもいい……そうおっしゃりたいのですか」
「いいや、違う。もちろんおまえのことも思って言っているんだ、レティア。イグアスに王位を譲ったあと、お前もそれに近しい位に付けよう……私はそう考えている。政略結婚なんてことは、もうとっくの昔にその機能を果たしていない。だからお前は好きな人と恋をして結婚するがいい。それがこの国のしきたりでもあるのだから」
「でも……」
レティアは俯く。
「私はお兄様と一緒に居たいです」
その言葉がレティアの口から出ることは、ラグストリアルも容易に想像がついた。
ラグストリアルは眠れぬ夜を過ごしていた。
王の間で、ただ考え事をしていたのだ。誰と話をすることもなく、考えていた。
テレビやラジオを見るにも、ずっと戦争の報道を繰り返しているのだから、今は視聴者が激減しているに違いなかった。現にビデオサービスを行っている店舗では売り上げがいつもの数倍になっているというのだから、どこで何が売れるかは解らないものである。
まだ夜も長い。しかし王は常日頃の行事による疲労を癒すために、夜早くには就寝に入るのである。
だが、今は別だ。長い戦争が続くであろうこの時期には、最高権力者である王が長々と眠っていては統率が取りづらくなってしまう。
だからこそ、王の統率は必死だ。彼自身が今回の戦争の開戦を決意したこともある。王が眠っていては、兵士の不信感が強まる。だから必要最低限の時間しか睡眠を取らない。これが彼の決めたことでもあった。
「ラフターさえいれば……」
大臣ラフター・エンデバイロンさえいれば彼に業務を任せて仮眠を取ることも出来るが、そうもいかない。かといってレインディアに業務を任せては何が起きるか解らない。兵士がレインディアを信用せず、命令を無視するなんてケースは昔から考えられていたことだ。王が眠っているうちに兵士がレインディアの命令を聞かずに横暴を働いてしまった場合、レインディアに対処ができるのだろうか。
きっと出来ないだろう。そして彼女は兵士に嘗められるに違いない。この世界は女性にこき使われるのが嫌だと思う男性がそう少なくなく、しかもそれで暴力を振るうケースが多いのだ。
それにラグストリアルは頭を悩ませていたが――しかしうまい解決方法を見つからないまま今に至っている。
「陛下」
ラグストリアルの考えに割り入るように、レインディアの声が聞こえた。
「……どうした、レインディア」
ラグストリアルは静かに答える。
彼女は肩で息をしていた。それを見る限り、よっぽど重大なことが起きてしまったのではないか――彼は推測する。
そして、息を整えてレインディアは言った。
「イグアス様が……部屋から居なくなっていました……!!」
「なんだと?!」
それを聞いて、ラグストリアルは思わず立ち上がった。
イグアス・リグレー。
王位継承者の一人であり、ラグストリアルの息子である。実際には一人王女が居るために、唯一の継承者ではないが、彼が一番早く生まれた以上王位継承の最有力候補。
そのイグアスが、消えた。いったい何処に? ラグストリアルは頭をフル回転させていく。
「陛下」
しかし、再びレインディアがラグストリアルの思考に割り入るように言った。
「なんだ」
「イグアス様の部屋に置き手紙と見られるものが置いてありました」
「なぜそれをさっさと見せない!」
ラグストリアルは苛立っていた。それはこの事態ならば誰しもがそれを経験することだった。
苛立つラグストリアルを横目に、レインディアは手紙を開いた。
「僭越ながら、読ませていただきます」
「うむ」
イグアスが残した手紙には、こう書かれていた。
拝啓 父上様
この度のご無礼お許し下さい。あなたが手紙を読んでいる頃、私は敵地に向かっているものと思います。
私はどうしてもリリーファーに乗りたかった。だけれど、あなたはそれを許してくれなかった。
罰ならば帰ってからいくらでも受けます。
ですから、今は。
私をリリーファーに乗せてください。
敬具
イグアス・リグレー
その手紙を読み終わったレインディアがふと顔を上げてラグストリアルの方を見ると、彼は身体を細かく震わせていた。
寧ろそれは子供をもつ親として当然の反応だろう。例え子供が成人しているからといって、親が子供にかける愛情が変わることはない。
「……敵地に向かった。その手紙にはそう書かれているのだな?」
「はい」
レインディアは頷く。
「即ちそれが意味することは、ガルタス基地或いはアフロディーテに乗船している……そのどちらかということだ。恐らく彼奴のことだ、『ロイヤルブラスト』も持っていったに違いない。ということはリリーファーを格納して移動出来るアフロディーテか、リリーファーがあってもあまり気にしないガルタス基地のどちらかに運ばれた、ということになる」
ため息をつくラグストリアルの表情は、どこか落ち着かない。
「やれやれ、悩みの種を増やしおって……。ほんとうに厄介なやつだ」
「いかがなさいますか?」
「どうもこうもない。今から急いでアフロディーテとガルタス基地に通信しろ。『ロイヤルブラストがリリーファー格納庫にいないか、チェックしろ』とな。そして急ぎ結果を報告しろとも伝えろ」
「了解しました」
小さくお辞儀をして、レインディアはその場を立ち去った。
残ったのは、再びラグストリアルだけになった。
ラグストリアルは深いため息をついて、また考え事を始める。
また一つ厄介事が増えてしまったが、ラグストリアルにとってこれは想定内の出来事でもあった。もともと起動従士になりたいとせがんでいたイグアスが彼のためにあると言っても過言ではない王家専用機を持って戦地へ出向くという事態は、いつか起きるであろうとラグストリアルも思っていたのだ。
「しかし、まさかここまで早くになろうとは……私も思っていなかった」
再び、ラグストリアルは深いため息をつく。
イグアスが戦地へ向かったともなれば、それを知らせなくてはならない人間があとひとりいた。
そう思って、ラグストリアルは立ち上がり、ゆっくりとある場所へと向かう。その道中メイドたちが訝しげな表情でラグストリアルの方を見てきていたが、彼にとって今そんなことはどうでもよかった。
――その部屋にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。ラグストリアルはその扉を軽くノックする。
返事はすぐにあった。「どうぞ」という小さい声と共に、扉が内から開かれたのだ。
「失礼するぞ」
そう言って、彼は部屋へ入った。
そこではひとりの女性がベッドに腰掛けていた。身体は細かく震えていた――怯えていたのだろう。
女性は薄黄色のドレスを着ていた。その見た目からは高貴な雰囲気を漂わせている。
「……レティア」
ラグストリアルは彼女の名前を言った。
レティアと呼ばれた彼女は、ラグストリアルの方を向いた。
「お父様……」
レティア・リグレーはラグストリアルの長女に当たる。優先順位第二位の王位継承者である。レティアの妹としてもうひとりいるが、彼女はエイテリオ王国の王子と結婚したために王位継承権を持っていない。
即ち、レティアは最有力候補のイグアスに何かあったときの候補なのであった。
「……先程、確認した。イグアスが戦地に出向いたらしい。これは私が命令したわけではない。あいつが自ら望んでやったことだ」
その言葉にレティアは驚くことはしなかった。きっと彼女も解っていたのだろう。兄が何をするか、ということについて。
「お兄様は……どうして戦地へ……」
「それはレティア、お前だって知っていることだろう。あいつは起動従士として選ばれた存在だ。だが、私は戦地へと行かせたくはなかった。あいつが長男だからだ。一番の王位継承者だからだ。イグアスに何かあってしまっては、困るのだ」
「私のことはどうでもいい……そうおっしゃりたいのですか」
「いいや、違う。もちろんおまえのことも思って言っているんだ、レティア。イグアスに王位を譲ったあと、お前もそれに近しい位に付けよう……私はそう考えている。政略結婚なんてことは、もうとっくの昔にその機能を果たしていない。だからお前は好きな人と恋をして結婚するがいい。それがこの国のしきたりでもあるのだから」
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