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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百四十二話 残骸(前編)

 レパルギュアの港が、轟轟と燃えている。人の呻き声、叫び声、赤子の泣き咽ぶ声、人の声。栄華を誇ったであろう何もかもが、あっという間に音も立てずにただ燃えていく。

「炎とは悲しい。だが、美しいときもある。世界はゆっくりと破滅と再生を繰り返している。強いて言うならば、今この町はその中の『破滅』の部分になるのだろう」
「そういう言い訳を重ねて、自分に正当性を求めているのですか?」

 ラウフラッドの言葉に、マーズは厳しい言葉を投げ掛ける。
 レパルギュアは順当に月日を重ねてさえいれば、成長に次ぐ成長によって世界に誇ることの出来る場所となっていたであろう。
 しかし、レパルギュアは今日で終わった。否、終わらせたのだった。幾重にも存在していた『未来』の可能性は、呆気なく散ってしまった。

「……この世界は弱者には生きづらい世界だ。絶対に生きられない訳ではないが、弱者がこの世界で生きるには大きな困難があるだろう」

 ラウフラッドの酔いはまだ醒めないのか、舌がよく回る。ポエムめいた言葉を、ぽつりぽつりと話し始めていった。

「だが、弱者は強者になることが出来るし強者が弱者に陥落することも十二分に考えられる。誰も彼も皆そうだ。世界を完璧に理解している人間など何処にもいない。何処にもいるはずがない」
「……だとしても、別に問題はないのでは? 最初から世界を完璧に理解せずとも、生きているうちに世界を理解すればいい」
「それは正しいことなのだろうか?」

 ラウフラッドはすっかり空になってしまったコップを傾け、その僅かに残った滴を啜る。

「……『歴史は強者が造るもの』である、そう私はいった。そんな偽りの歴史が蔓延していれば、世界を理解することなど到底不可能なのではないか?」
「……、」

 マーズはとうとうその哲学めいたラウフラッドの言葉に答えることは出来なかった。
 これがアルコールによるものなのか、そもそも彼自身がもともと考えていたことなのかは解らない。しかしながらラウフラッドの言っていることは言い得て妙だった。

「……それじゃ、レパルギュアがこうなってしまったのも」
「完全に運が悪かった。誰しも強者から弱者に、弱者から強者になりうる世界だ。こんなことがあっても、強ち間違っちゃいない」

 彼らはそう言って会話を一旦打ち切ると、轟轟と燃え盛るレパルギュアの町並みを眺めていた。
 こちらから放ったのはコイルガン一発のみ――しかしエネルギーを極限までに凝縮したため、その威力は計り知れない。

「コイルガン一発だけでここまでのことになろうとはな……。進みすぎた科学は人間を滅ぼすなどと聞いたことがあるが、これを見ていると本当にそうにしか見えないな」
「そのコイルガンと、それ以上の兵器を所持するリリーファーは、さしずめ大量殺人兵器になるがね」
「間違っちゃいないけど、そうまであっさり言い切られるのは気持ち良いことではないわね」

 マーズは呟く。
 それを聞いて、ラウフラッドは肩を竦めた。

「……さて、あの火が収まれば我々の行動開始の合図になる。生き残りがいたら、徹底的に潰す。あの町をヴァリエイブルのヘヴンズ・ゲート自治区攻略の足掛かりにするために……ね」
「ここを、ヘヴンズ・ゲート攻略の前線にすると?」
「そういう命令で我々は動いている。それは、騎士団の皆さんにも聞いていた話だろう?」

 確かにマーズも、ハリー騎士団の面々もその話は出動前に聞いていた話だった。
 だからとはいえ、全員を抹殺してまでその地を制圧することは――マーズも求めてはいなかった。
 もともと今回の戦争はテロ行為をしかけたメル・クローテ一派に対する報復であった。そのためには、メル・クローテを早急に見つけ出し、衆目の下に曝け出す必要がある。
 しかし彼は、ヘヴンズ・ゲート自治区のどこかにいるということ以外判明していない。完全に雲隠れしてしまったのだ。

「メル・クローテを探し、衆目の下で裁きを下すのがこの戦争の目的では……」
「それは大義名分だ。元々国王は法王庁が面白くないと思っていた。そして今回のテロ行為だ。それに乗じて法王庁を叩き潰し、世界の大半の国土を手に入れる……それが国王の真の狙いだったんだ」

 法王庁自治領及びヘヴンズ・ゲート自治区を合わせると全世界の三分の一となる。それをもし凡て手に入れることができたとするなら、ヴァリエイブルは今後世界での最高の地位を確立することになるだろう。
 ともなれば、これは大きな賭けだ。賭けに勝てばよいが、負けてしまえばヴァリエイブル連邦王国は解体され、挙句その首都を持つヴァリス王国滅亡――ということにもなりかねない。即ち、背水の陣で挑んでいるということになる。

「国王がそんなことを考えていたなんて……騎士団には何も知らされていなかったのに」
「知って、どうする? 国王に逆らうことが出来るか? ……まあ、リリーファーがあれば国王に逆らうことは容易だろう。しかし『バックアップ』の存在と、国という大きな後ろ盾を失うことは、騎士団にとっていいことではないはずだ。きっと国王はそこまで考えて……今回の一番の目的を騎士団には言わなかったのだろうな」
「ならば、どうして」

 ここでマーズの頭には一つの疑問が浮かんできた。

「そのことを騎士団に言わなかったか、って? 当然だ。そんなことをいって、謀反でもされたらやはりたまらないからだろう。さっき言ったことまでも考えていて行動する起動従士もいないだろうからな。突然怒りに包まれて」
「違います」

 ラウフラッドが言った答えは、マーズの疑問を解決するものではなかった。
 それを聞いて、ラウフラッドは首を傾げる。

「……ならば、なんだというんだ?」
「なぜあなたはその作戦の真相を知っているんですか。あなたは騎士団以上に情報を得ている。……どうして」

 それを聞いたラウフラッドは笑った。
 まるでそんなことを聞くのか、と言いたげだった。

「なんだ。そんなことだったのか。私はこの作戦の最高責任者でもあるからな。そういうのは聞いておかねばならなかったのだよ」
「そんなことは……!」

 理由にならない。
 答えた意味にならない。
 マーズは思って立ち上がったが、それよりも早くラウフラッドは立ち上がりその場をあとにした。

「これから後片付けが始まる。一応リリーファーも出動しろ。話は以上だ」

 そして、話は強引に打ち切られた。
 マーズはそのあと何かを言おうとしたが――命令に従うほかないと思ったのか、直ぐにその後を追った。


 ◇◇◇


「これから出動ね」

 ニュンパイに乗り込んだコルネリアが、そう呟いた。
 彼女にとって出動は半年以上ぶりになる。実際、今回の出動は戦闘ではなくただの確認作業に過ぎないが、それでもリリーファーを扱うので立派な出動であるといえよう。
 コルネリアはリリーファーコントローラーを握って、調子を確認する。なにせ暫くシミュレートマシンでしか動かしていない。実戦は久しぶりなのだ。

『なにか危険があったら直ぐに私に知らせること。いいね?』

 マーズからの一方的な通信に、コルネリアは「イエス、サー」と答える。
 巨大潜水艦アフロディーテが港に接岸してから、ゲートが開かれ彼女たちハリー騎士団が生き残りの捜索に入る。
 もし生き残っている人間がいたら、殺害せねばならない。――それは非常に辛いことだ。
 しかし、今彼女たちが経験しているのは、ほかならない『戦争』である。それを乗り越えなくては、彼女たちは戦争を乗り越えることなどできないのだ。

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