絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百三十九話 亡国の姫君
リザたちがこの総領事館に侵入したのは、彼女たちの決断以外に別の力が働いている。それは彼女たちを管理している存在である。
騎士団は確かに、全部の騎士団が国王管轄の下で活動している。カスパール騎士団もその例外に漏れず、国王管轄の騎士団である。
しかし、それはあくまで表向きだ。実際に、彼女たちは国王に忠誠など誓ってはいない。
ほんとうに、ラグストリアル・リグレーは人を簡単に信じる、そんなことを思いながらリザはある場所を探していた。
その時だった。
目の前に、突如ハローの姿が出現した。
「……びっくりしたわよ。もう少しきちんと登場することは出来ないの」
ため息をついて、リザは呟く。
それに対して、ハローは小さく頭を下げた。
「すいません……。ですが、いい情報は手に入れました。ターゲットはこの廊下の奥にある部屋に軟禁されています。警備は既に停止させておきました。ですが時間はそうありません」
「解った。では、急ぎましょ」
そう言ってカスパール騎士団の面々はハローに案内される形で音を立てることもなく走り出した。
◇◇◇
廊下の奥にはひとつの小さな扉があった。その隣に寝そべるように警備員の二人が眠っている。どうやらこれはハローの仕業らしく、リザがそちらを向いたところ、ハローは小さくウインクした。
それを見てリザは頷くと、ゆっくりと扉を開けた。
そこは小さな部屋だった。ベッドがあり、ソファがある、ただそれだけの部屋である。
そしてその中のソファに腰掛けている二人の人間がいた。片方は黒い長髪の女性だった。女性はメイド服を着用しており、どこか落ち着いている様子である。もうひとりは淡い金色の髪の女性だ。身体を細かく震わせて動揺が隠しきれない様子であった。彼女の服装はどこか気品高いものを感じる。
「お迎えに上がりました。イサドラ様」
それを聞いたのと、リザの顔を見て彼女は首を傾げた。
「あなたたちは……?」
「ご心配なく。私は味方です。無論、この後ろにいる連中も」
そう言ったリザの言葉にカスパール騎士団の面々は頷く。
それを見て、女性は震えが止まった様子だった。立ち上がり、リザの顔をまじまじと眺める。
そして、何かを思い出したかのように頷いた。
「あなた……もしかしてリザ?」
確認するように訊ねた。
「はい。リザ・ベリーダでございます」
その言葉を聞いて、彼女はリザに抱きついた。
リザはそれを見て眉一つ変えず、彼女の背中にそっと触れた。
「ああ、リザ、リザなのね! 今までどうしていたのよ!」
「申し訳ございません。このようなときを待っていたために、私はここをでなくてはならなかったのです」
「……このようなとき?」
イサドラは顔を上げる。
「ええ。ヴァリエイブルはいつかこのペイパスを併合するだろう……そうあなたの父上、エムリス・ペイパスから聞いておりました。そのために私はその命を受け、ペイパスにて起動従士を募り、充分な訓練を行った上でヴァリエイブルに潜入したのです」
「……でも、ヴァリエイブルはそんな簡単に余所者を入れてくれるはずがないでしょう?」
イサドラはそこで疑問をぶつける。いくらそういうところを偽装するとはいえ、国境には警備隊がいる。
その警備隊の目を掻い潜って行くのは、そう簡単ではない。それを彼女は知っていたからだ。
「もちろん、我々には協力者がいました。今のラグストリアル王を憎む人間がね……。ですが、ラグストリアル王も残念なことですよ、一番敵に近い人間を一番自分に近いポストに置いたのですから」
「まあ、それが陛下のいいところでもあり欠点でもあるが……な」
その声を聞いて、リザは振り返る。
そこに立っていたのは、シルクハットを被った妙齢の男性だった。
そしてそれがヴァリエイブル連邦王国大臣、ラフター・エンデバイロンであることに気付くまでそう時間はかからなかった。
「ラフターさん……!」
「いやはや、久しぶりだね。やっとここまでやって来れたよ」
イサドラはラフターと握手を交わし、話を続ける。
「君と会ったのは久しぶりだ。……それに、メイル?」
そう言ってラフターはイサドラの隣に立っているメイドに声をかける。
メイル――と呼ばれたメイドはそれを聞いて、顔を上げた。
「どうなさいましたか」
「いや。ずっとイサドラの傍についていてくれたのだな、君は」
「当たり前です。私はずっとこのペイパス王家に仕え、今はイサドラ王女陛下の傍についていなくてはならなかったのですから」
「……その言い回しを聞くのも随分と懐かしく感じるよ。いやあ、向こうの陛下は口煩くてなあ……。事あるごとに『マーズちゃんが』とか言うんだぞ。勘弁して欲しいものだ、まったく」
「あのラグストリアル王がマーズ・リッペンバーの熱狂的ファンだという噂は本当だったのですね……」
そう言ってイサドラはため息をつく。
ラフターは話題を変えようと、手を叩いた。
「さて、話し合いはここまでだ。続きは場所を変えて行おう」
「ここから逃げるというのですか?」
「逃げるのではないですよ、イサドラ王女陛下。戦術的撤退です」
そう言ってラフターはニコリと微笑んだ。
ラフターはそう言ったが、イサドラ・ペイパスはそれを聞いて不安にしか思わなかった。
先ず、彼の父親――エムリス・ペイパスをなぜ誰も救いに行かなかったのか、という話から始まる。エムリスはペイパスがヴァリエイブルに併合される直前にその位から退き、今はヴァリエイブルが実質的に支配している。もはやペイパスは王国の形を成しておらず、ただの領地と化しているのだ。
だから、もう父上は死んだのではないか――そうイサドラは毎日のように考えていた。
彼女が王城からこの総領事館に軟禁という形で移されると、さらにその不安が倍増していく。
彼女がその気持ちに押しつぶされないように、ずっと支えていたのが、彼女の身の回りを担当していたメイルだった。元々彼女はそのポストから外れ、一般市民として戻るか或いは死罪とされ秘密裏に処理される予定だった(それは彼女たちにとって知らなくていいことである)。
しかしそれをイサドラが否定した。イサドラは『彼女とともに生活できないのならば、私はあなたたちの命令に従いません』と言い切ったので、ヴァリエイブル連邦王国側がその条件を飲んだ。だからメイルはここにいて、今も彼女の傍について彼女を守っているということだ。
彼女たちは駆け出していく。リザを先頭にして、ハローを殿にする。そうして彼女たちは最低限の防御のみを行う。
だが、その必要などないようだった。なぜならラフターが来る前にここの人間を全員眠らせておいたのだという。そしてそこで死んでいる警備員を見つけた。
「うまく作戦通り働いているとはな……流石、国王が作っただけはある」
ラフターは呟く。
隣にいるリザは顔だけラフターの方に向けた。
「我々は凡て今日の日のために訓練を積んでヴァリエイブルにカスパール騎士団と偽っていたのです。そして、今日。これが実行できたことはとても嬉しいことですよ」
「まだ作戦は終わっていない。気を抜くなよ。……にしても、このハローという男は、流石というべきだな」
「やはりハロー……彼はあなたの知り合いの子供というのは狂言だったのですね?」
「まあ、そうだ。騙すつもりなど毛頭なかったが、済まなかった」
ラフターは頭を下げる。
「いえ、別に大丈夫です。今はここまで活躍出来るほどになったのですから。……積もる話もありますが、とりあえず安心出来る場所へ行きましょう。大臣、案内をお願いします」
「私の呼び名は『チーフ』だと言ったはずだが……まあいい。先ずはここを出ることが先だ」
そして彼らはここから出ることに専念しだした。
騎士団は確かに、全部の騎士団が国王管轄の下で活動している。カスパール騎士団もその例外に漏れず、国王管轄の騎士団である。
しかし、それはあくまで表向きだ。実際に、彼女たちは国王に忠誠など誓ってはいない。
ほんとうに、ラグストリアル・リグレーは人を簡単に信じる、そんなことを思いながらリザはある場所を探していた。
その時だった。
目の前に、突如ハローの姿が出現した。
「……びっくりしたわよ。もう少しきちんと登場することは出来ないの」
ため息をついて、リザは呟く。
それに対して、ハローは小さく頭を下げた。
「すいません……。ですが、いい情報は手に入れました。ターゲットはこの廊下の奥にある部屋に軟禁されています。警備は既に停止させておきました。ですが時間はそうありません」
「解った。では、急ぎましょ」
そう言ってカスパール騎士団の面々はハローに案内される形で音を立てることもなく走り出した。
◇◇◇
廊下の奥にはひとつの小さな扉があった。その隣に寝そべるように警備員の二人が眠っている。どうやらこれはハローの仕業らしく、リザがそちらを向いたところ、ハローは小さくウインクした。
それを見てリザは頷くと、ゆっくりと扉を開けた。
そこは小さな部屋だった。ベッドがあり、ソファがある、ただそれだけの部屋である。
そしてその中のソファに腰掛けている二人の人間がいた。片方は黒い長髪の女性だった。女性はメイド服を着用しており、どこか落ち着いている様子である。もうひとりは淡い金色の髪の女性だ。身体を細かく震わせて動揺が隠しきれない様子であった。彼女の服装はどこか気品高いものを感じる。
「お迎えに上がりました。イサドラ様」
それを聞いたのと、リザの顔を見て彼女は首を傾げた。
「あなたたちは……?」
「ご心配なく。私は味方です。無論、この後ろにいる連中も」
そう言ったリザの言葉にカスパール騎士団の面々は頷く。
それを見て、女性は震えが止まった様子だった。立ち上がり、リザの顔をまじまじと眺める。
そして、何かを思い出したかのように頷いた。
「あなた……もしかしてリザ?」
確認するように訊ねた。
「はい。リザ・ベリーダでございます」
その言葉を聞いて、彼女はリザに抱きついた。
リザはそれを見て眉一つ変えず、彼女の背中にそっと触れた。
「ああ、リザ、リザなのね! 今までどうしていたのよ!」
「申し訳ございません。このようなときを待っていたために、私はここをでなくてはならなかったのです」
「……このようなとき?」
イサドラは顔を上げる。
「ええ。ヴァリエイブルはいつかこのペイパスを併合するだろう……そうあなたの父上、エムリス・ペイパスから聞いておりました。そのために私はその命を受け、ペイパスにて起動従士を募り、充分な訓練を行った上でヴァリエイブルに潜入したのです」
「……でも、ヴァリエイブルはそんな簡単に余所者を入れてくれるはずがないでしょう?」
イサドラはそこで疑問をぶつける。いくらそういうところを偽装するとはいえ、国境には警備隊がいる。
その警備隊の目を掻い潜って行くのは、そう簡単ではない。それを彼女は知っていたからだ。
「もちろん、我々には協力者がいました。今のラグストリアル王を憎む人間がね……。ですが、ラグストリアル王も残念なことですよ、一番敵に近い人間を一番自分に近いポストに置いたのですから」
「まあ、それが陛下のいいところでもあり欠点でもあるが……な」
その声を聞いて、リザは振り返る。
そこに立っていたのは、シルクハットを被った妙齢の男性だった。
そしてそれがヴァリエイブル連邦王国大臣、ラフター・エンデバイロンであることに気付くまでそう時間はかからなかった。
「ラフターさん……!」
「いやはや、久しぶりだね。やっとここまでやって来れたよ」
イサドラはラフターと握手を交わし、話を続ける。
「君と会ったのは久しぶりだ。……それに、メイル?」
そう言ってラフターはイサドラの隣に立っているメイドに声をかける。
メイル――と呼ばれたメイドはそれを聞いて、顔を上げた。
「どうなさいましたか」
「いや。ずっとイサドラの傍についていてくれたのだな、君は」
「当たり前です。私はずっとこのペイパス王家に仕え、今はイサドラ王女陛下の傍についていなくてはならなかったのですから」
「……その言い回しを聞くのも随分と懐かしく感じるよ。いやあ、向こうの陛下は口煩くてなあ……。事あるごとに『マーズちゃんが』とか言うんだぞ。勘弁して欲しいものだ、まったく」
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そう言ってイサドラはため息をつく。
ラフターは話題を変えようと、手を叩いた。
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「ここから逃げるというのですか?」
「逃げるのではないですよ、イサドラ王女陛下。戦術的撤退です」
そう言ってラフターはニコリと微笑んだ。
ラフターはそう言ったが、イサドラ・ペイパスはそれを聞いて不安にしか思わなかった。
先ず、彼の父親――エムリス・ペイパスをなぜ誰も救いに行かなかったのか、という話から始まる。エムリスはペイパスがヴァリエイブルに併合される直前にその位から退き、今はヴァリエイブルが実質的に支配している。もはやペイパスは王国の形を成しておらず、ただの領地と化しているのだ。
だから、もう父上は死んだのではないか――そうイサドラは毎日のように考えていた。
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彼女がその気持ちに押しつぶされないように、ずっと支えていたのが、彼女の身の回りを担当していたメイルだった。元々彼女はそのポストから外れ、一般市民として戻るか或いは死罪とされ秘密裏に処理される予定だった(それは彼女たちにとって知らなくていいことである)。
しかしそれをイサドラが否定した。イサドラは『彼女とともに生活できないのならば、私はあなたたちの命令に従いません』と言い切ったので、ヴァリエイブル連邦王国側がその条件を飲んだ。だからメイルはここにいて、今も彼女の傍について彼女を守っているということだ。
彼女たちは駆け出していく。リザを先頭にして、ハローを殿にする。そうして彼女たちは最低限の防御のみを行う。
だが、その必要などないようだった。なぜならラフターが来る前にここの人間を全員眠らせておいたのだという。そしてそこで死んでいる警備員を見つけた。
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「我々は凡て今日の日のために訓練を積んでヴァリエイブルにカスパール騎士団と偽っていたのです。そして、今日。これが実行できたことはとても嬉しいことですよ」
「まだ作戦は終わっていない。気を抜くなよ。……にしても、このハローという男は、流石というべきだな」
「やはりハロー……彼はあなたの知り合いの子供というのは狂言だったのですね?」
「まあ、そうだ。騙すつもりなど毛頭なかったが、済まなかった」
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