絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百三十七話 交戦Ⅰ
さて、時間は少し巻き戻り、さらには舞台も代わって法王庁自治領と地続きにあるガルタス基地ではバルタザール騎士団の面々がリリーファーに乗り、最後の確認を行っていた。
緊張しているわけではないが、確認は大事だし気を緩めてもいけない。このガルタス基地は法王庁自治領との国境に程近い位置であり、ここが陥落するということは、即ち敵に国内への侵入を許すこととなる。
ガルタス基地は、北方の安全を守るために設立された。そして今まで敵に負けたことなど一度もなかった。
気が付けばガルタス基地にとって『全戦全勝』という言葉が重くのし掛かっていた。負けてしまえばこの基地の名前に傷がつく――そう思って一日の業務にあたる兵士も少なくない。
「さて……と」
フレイヤは手短に確認を済ませ、一息ついた。
法王庁自治領のリリーファー、聖騎士。それは戦ったことのない、未知なる存在だ。そんなリリーファーと彼らは戦って、倒すことが出来るというのか? 否、倒さねばならない。倒さなくては、この国が大ダメージを受けてしまうからだ。
「……シミュレーションは完璧。あとは、どのようにたち振舞うか。そしてそれをどう再現していくか……」
フレイヤは常にシミュレーションを行っていく。その回数は計り知れず、実戦ではシミュレーションとまったく同じの行動を取るほどである。
『バルタザール騎士団、準備は万端ですか』
フランシスカがスピーカーを通して、フレイヤに訊ねる。
「問題ないわ。全員がきっと同じ気持ちでいるでしょうね」
『その通りだ、団長』
そう言ったのは、別のリリーファーに乗り込んでいるバルタザール騎士団のメンバーの一人だった。彼は量産機型リリーファー『ニュンパイ』の一つである『ホワイトニュンパイ』に乗り込んでいる。性能はハリー騎士団の持っているニュンパイと変わりない。ニュンパイに乗り込んでいる起動従士は騎士団長・副騎士団長以外の人間であると決められている。少し前まではマーズがバルタザール騎士団の騎士団長、フレイヤが副騎士団長であった。しかしマーズがハリー騎士団へ移動となったために、繰り上げでフレイヤが騎士団長へと昇格したのだ。
フレイヤも最初騎士団長にそのまま就任してもおかしくない実力であった。にもかかわらず、マーズがその座についた。マーズは『大会』によって選ばれた逸材だ。そういうポストに突然付くのも、もはや当然のようにも思える。
とはいえフレイヤを支持していた人間――ひいては旧バルタザール騎士団の一部――にとってマーズが騎士団長になることは面白くない。だからマーズに対して様々な妨害を試みようとした。
しかし、それを未然に発見したフレイヤは彼らを咎め、王へ報告した。当然彼らは騎士団の一員から職を離れ、ヴァリエイブルからも離れた。――その後彼らがどうなったか知る人間は居ない。
即ちフレイヤ・アンダーバードはそれほどに熱狂的な人気を持つ起動従士だということだ。起動従士の腕も高いし、その可憐な姿に目が釘付けになった人間も多い。
フレイヤはこれがバルタザール騎士団にとって大きな転換点になるものだと考えていた。騎士団は起動従士ばかりを集めた存在だが、今までバルタザール騎士団は『補欠』のような存在として扱われていたからだ。国の存亡がかかったとき、ヴァリエイブルの存亡に関する重要な任務を任されたとき、彼女たちは出動する。
即ちバルタザール騎士団は良く言えばピンチヒッター、悪く言えば補欠のような存在だった。
しかし今回は違う。ハリー騎士団とメルキオール騎士団は海を渡りヘヴンズ・ゲート自治区に向かった。カスパール騎士団はペイパスの治安を守るために向かった。そして残されたバルタザール騎士団が今、国を守るためにガルタス基地にいる――ということだ。
「それは即ち、漸く我々が『必要』とされている……ということだ」
フレイヤは独りごちる。それは誰に向けたメッセージでもない。自分に対して言った言葉だ。
フレイヤ・アンダーバード率いるバルタザール騎士団は今まで補欠として甘んじてきた。そして、今回。その地位を脱するチャンスを得たのだ。
「これがうまくいけば……バルタザール騎士団は大きく進歩するだろう。バルタザール騎士団が進歩すれば、私だけが優遇されることはない」
そう。
フレイヤはそれが辛かった。
フレイヤは一般兵士の出だ。だから批判がたらふくやってくる一般兵士よりも『英雄』と謳われる起動従士の方がいいと思っていた。
そして彼女は奇跡的なタイミングで起動従士となった。
そして、その起動従士の世界は、一般兵士と変わらない、エゴとエゴが混ざり合う世界だったのだ。
彼女はそれが嫌いだった。
彼女はそれが辛かった。
一般兵士で彼女はそれを味わったからこそ、起動従士がそのような存在ではないのだと信じていたのに。
かくも世界はここまで醜いものだ、と彼女はこの時初めて実感した。しかしながら、それは実感し後悔するにはあまりにも遅すぎることだ。
フレイヤは自らが持つ起動従士の才能を別段凄いものであると思ったことはない。寧ろその才能は劣っており、自分は本当に騎士団長に向いているのか――と卑下することもある。
しかしながら外部(それは誰だって構わない。たとえば国王、たとえば他の起動従士たちなど)から見れば彼女の才能は素晴らしいものであると評価されている。また、戦闘実績からしても彼女の圧倒的な強さが計り知れる。
にもかかわらず彼女はその後に『まぐれだ』『自分にそんなことが出来る才能などない』などと謙遜していく。テレビのインタビューなどでは――それを彼女が意識しているかどうかは別の話になるが――クールな態度に見えるのだという。スタイル抜群でモデルとして活躍してもおかしくない体型に、雷を放つリリーファー、さらに全戦全勝を挙げ、勝ったときもクールな態度を崩さない――これだけ見れば、フレイヤ・アンダーバードにファンが多数付くのももはや当然の出来事のように思える。
フレイヤがこういう行動を直していけばいいのだが、如何せん彼女のマイナス思考は相当根深く存在している。
さて。
説明はこれまでにしよう。
フレイヤは今まで考えていたことを振り切るために、首を大きく振った。
「戦いの前に不安になるだなんて……私らしくない。いや、これこそが私なのかもしれないけれど」
その一歩は。
小さな一歩に過ぎなかった。
しかし、
「総員!!」
フレイヤは凛としてそれでいて透き通った声で、マイクに語りかけた。
「これから始まるのは、後世に語り継がれていくだろう戦争の第一歩だ! それが今の『ゼウス』のように小さな一歩かもしれん、だが!」
さらにゼウス――フレイヤの乗り込むリリーファーは一歩踏み出す。
その一歩は先程よりも深く確りと大地を踏み締めた、大きな一歩だった。
「この戦争によるこの戦いが小さかろうが大きかろうが……そんなことは我々の知る問題ではない! ただ戦って勝つ、それだけだ!!」
さらに一歩踏み出す。
ゼウスは外に出るまであと一歩のところまで辿り着いていた。
「さあ!」
ゼウスは踵を返し、右手を高々と掲げた。
「この戦い、勝とうではないか!!」
その言葉を聞いて、バルタザール騎士団団員が乗り込んでいるリリーファー全九機も右手を掲げる。
それを見て、ゼウスは再び向かうべき方角に進路を変え、その一歩を着実に踏み出した。
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