絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百三十六話 灼熱
その飲み物が喉を通るたびに、喉が灼けるような熱さになる。
私はそれがあまり好きではないのだが、今回はなぜだかそれを味わいたくなった。それが懐かしくなって、それを飲みたくなったのだ。
「……旨いだろう? この酒はエイテリオ王国で造られた一級品だ。初めは辛口だが、徐々に甘い風味が広がっていくという少々特殊な酒だよ。滅多に入らないから、ちびちび飲んでいるんだが……今日は特別だ」
マーズは少しずつそれを飲みながら、レパルギュアのネオンライトを眺めていた。ネオンライトは怪しく海面を照らしていて、ネオンライトは様々な場所から発せられていた。
「本当に明るい場所だ」
「しかし少し視点を変えると、そばには自然が広がっている」
ラウフラッドの言うとおり、レパルギュアの周りにはすぐそばまで森林が迫っている。ヘヴンズ・ゲート自治区は人が住む市街地以外はほとんどが森林や山間部という自然が広がっていると聞いたことはあるが、こう生で見てみると感慨深いものがあった。
「……ヘヴンズ・ゲート自治区、か。この風景さえ見ていればただの国なんだがな」
「だが、我々はこの国を破壊せねばならない。根絶やしにせねばならない」
ラウフラッドの言葉に、マーズはそう答える。マーズの声はいつもよりとても深く、憎悪の感情がこもっているようにも思えた。
「……この国に恨みでもあるのか?」
ラウフラッドはまた酒を一口啜り、訊ねる。
「何も。ただ『戦え、滅ぼせ。』などと命令があるからそれに従うまでだ」
「命令に従うだけ、か。ならば無茶な命令も従う……そう言いたいのか」
「何が言いたい?」
マーズはほろ酔い気味なのか、いつもより舌が回るようだった。
「我々は国王直属の騎士団だ。一般兵士だって元を正せば国王が全権を担っている。即ち国王の命令は絶対……ってことだ」
「それがたとえ、とてつもない不条理でも?」
「変わらないだろうな。それが私がハリー騎士団に属している意味になる。それが為されなかったとき、私は騎士団の一員として最低な存在だ」
「ははっ、そこまで言うかね。随分と真面目なことだ。そして随分と国王に忠誠心があるようだ。まるで『国王の死が自らの死』と位置付けるみたいに、な」
「悪いことか?」
マーズはラウフラッドを睨み付ける。
「悪いことではない。それも一つの可能性だ。間違ってなどいない。それが間違いだなんて、今の段階ならば誰も決めることが出来ないからだ」
「……饒舌だな。酔いが回ってきたか?」
マーズの問いにラウフラッドは笑い、「そうかもしれんな」とだけ言った。
ラウフラッドはもともと寡黙な人間であった。だからそれを所々で見ていたマーズはそう思ったのだ。
「……まあ私が酔っ払っていようとも世界は何も変わらない。いや、常に蠢いている。動乱とはよく言われるが、まさにそうだ。世界は動き続けているのに、自分がそのままでいられるとは限らないだろう? つまり世界は一人死のうが十人死のうが百人死のうが、或いは一人生まれようが十人生まれようが百人生まれようが、それには関係をもたない……ということだ。しかしたまには生まれただけで、或いは亡くなっただけで世界に多大な影響を残すケースもある。ただし、それは本当に稀なケースだ」
本当にラウフラッドは酔いが回ると饒舌になるのだ――ということを、彼女は心の中だけに留めておいた。
「……さて、マーズくん。この後のスケジュールを覚えているかね?」
ラウフラッドが自棄に親しく話し始めたので、マーズは彼の急所を蹴り上げてしまおうかと考えたが、それをすんでのところで理性が制止した。
もしかしたら酒のせいで理性が鈍っているのかもしれない――マーズはそう考えた。
ラウフラッドの話は続く。
「スケジュール? はて、何の事やら……?」
「酒のせいで忘れているのかもしれない。或いはその作戦があまりに惨たらしいと思ったからか、忘れたいと思ったのかもしれない。でも作戦は容赦無く実行される。人々を、町を、一瞬にして灰塵に帰す作戦だよ」
そこまで聞いて、マーズは漸く思い出した。このあと、この潜水艦アフロディーテが何をしでかすのか。そしてなぜラウフラッドが『惨たらしいもの』だと言ったのか。
マーズは気が付けば唇が震えていた。その作戦は誰がどう見ても人道上に良い作戦だとは言えない。寧ろ悪い方だ。
この後の歴史でも、その作戦の惨たらしさ、ヴァリエイブル連邦王国が行った人道上極めて凶悪な行為が語り継がれている。
「……さすがの『女神』様も恐怖することもあると言うのだな。安心したまえ、怨嗟の声がこちらに届くことはない」
そうではない。
マーズ・リッペンバーが考えているのは、それではないのだ。怨嗟の声が聞きたくないわけではない。この作戦をしたくないというわけでもない。
この作戦をする意味はあるのか、ということだ。この作戦をすることによって、ヴァリエイブルは結果としてレパルギュア港を占領することとなる。
だが、それは正しいことなのだろうか? 元を正せば戦争自体が正しい行為なのかと言われてしまうのだが、あくまでこの作戦のみに限定すれば、それの正しいか否かが一発で解る。
「……まあ、いい。マーズくん。この世界は不条理で満ちているが、それはこなしていかねばならないのだ。それは長年やってきた経験から解る。……それが嫌なら、上を目指すか自ら国を立ち上げるか。後者は勧めないがな、そんなことをしたらいろんな国から潰されるのがオチだからだ」
「ハハハ、まあそれは考えだけにしておく」
マーズはそう言って空になったコップを見つめる。
そして無言でそれをラウフラッドに差し出す。
「まだ飲み足りねえ、ってか。ははは、けっこうやるなあ!」
そう言いながらラウフラッドはマーズのカップに酒を並々に注ぐ。
マーズはそれをまたちびちびと飲み始める。それを見ながらラウフラッドは小さく笑った。
「……まあ、いいか。ともかく作戦はやらねばならん。それはマーズくん、君にも解っているはずだ」
マーズはそれに反応しない。
だが、ラウフラッドの話は続く。
「作戦は絶対に実行しなくてはならない。実行して、成果を示さなくてはならない。そしてその成果は成功でなくてはならない。……ここが大変なことだ。これを示さなくては我々は我々としての価値を失ってしまうだろう。この作戦が、この戦争が表に出る第一歩となる」
「確かにそれは間違いないだろうな。そしてこの作戦は酷いものだと語られてしまうのかもしれない」
「歴史とは強者が作るものだ……とは聞いたことがあるが、我々もそれになれるのかは甚だ疑問だがね」
その声と同時に、アフロディーテの砲塔、そして主砲が震え始める。
それがコイルガンを発射するためのエネルギー充電であることに気がつくまで、マーズはそう時間はかからなかった。
「何をするつもりだ……?!」
「だから言っただろう」
ラウフラッドはぽつりと呟く。
「この作戦が、この戦争の第一歩だ、とね」
そしてアフロディーテの主砲からコイルガンによって究極に速度が上昇した弾丸が放たれた。
速度があまりにも加速しすぎると、弾丸の周りは高熱になる。普通の素材で作った弾丸ならばそう時間が持たずに溶けてしまうだろう。
だが、考えてみて欲しい。
もし、その弾丸が溶けることなく熱を吸収し続ければ?
想像に容易い。それは、自然発火を起こし、それ全体が大きな火の玉へと変化を遂げるのだ。
そして、その火の玉は――一瞬でレパルギュアの港に到達した。
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