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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百三十三話 立場

 ところ変わって、ヴァリエイブル連邦王国と法王庁自治領の国境沿いにあるガルタス基地ではバルタザール騎士団騎士団長フレイヤ・アンダーバードが法王庁自治領の方を双眼鏡で眺めていた。
 ラグストリアル・リグレーの口から此度の戦争について宣戦布告を発表したのはつい昨日のことだった。フレイヤはそれを聞いて、どう転んでも利益があまり得られない無駄な戦いだとして抗議を試みたが、門前払いさせられてしまった。
 それに対してフレイヤはヴァリエイブルに嫌悪感を抱いていた。
 なぜヴァリエイブルはそんなことを強行するのか、ということに対して疑問を浮かべているのは、何もフレイヤだけではない。名のある科学者や評論家も今回の戦争について「こんなことをやる意味が解らない」と一刀両断している。
 況してや今はペイパスとの併合を終えたばかりで、国力としても大分落ち込んでいる。一回のテロ行為の報復として戦争を行えば、国は疲弊し分解していくだろう。
 それに似た内容の論文を公表した高名な評論家はその二日後に謎の死を遂げた。なにも彼だけではない。みんなみんなそうだった。
 戦争を反対する旨を発表すた人間は嫌が応でも殺されてしまった。まるで独裁政治だが、それに関して言う者は居ない。
 そしてそのニュースが大々的に発表されないのも、国が報道を牛耳っているからだ。

「……この国はどうなってしまったんだろうか」

 フレイヤは呟く。ヴァリエイブルはこんな国では無かったと言いたいのだ。
 もっと人も優しくて……いい国だった。
 何がこの国を変えてしまったのだろうか。
 どうしてこの国は変わってしまったのだろうか。

「……なぜだというのか」

 フレイヤは呟くが、その声は小波に消えていった。
 このガルタス基地は海沿いにあるために、波の音がよく聞こえる。その音がとても心地よく、眠りについてしまう見張りがいるのもこのガルタス基地の特徴であった。しかし、そんなことが許されたのはこの近辺で戦争や紛争といった小競り合いが起きなかったのが原因ともいえるだろう。

「……いい音。ほんとうにこんなところで戦争が起きるかと言われると、曖昧なところがあるわね」

 フレイヤは呟くが、それは誰にも聞かれることはない。
 宣戦布告によって人々に大きな混乱を招いた。そして、それは怒りに変わり、王にその矛先が向けられるのはもはや当然のことだった。
 それによって王は現時点での自主的に幽閉を決定。これは王の安全を確保するためである。

「とはいえ騒乱が収まった訳ではない」

 フレイヤは呟く。その通りであった。王が公の場に出なくなってからさらに騒乱は増したのだ。当事者である王が出なくなって今回の戦争について何も言わなくなったのだから、むしろこれは当然とも言える。
 人々の戦争に対する不安は大きい。これは常に戦争が起きているこの世界でも当然のことだった。
 戦争が起きて必ずその国が勝つなどということは確定出来ない。即ち、戦争が起きて人々が不安になるのももはや当たり前のことだった。

「フレイヤさん、どうなさいました?」

 フレイヤはそこで誰かに声をかけられた。振り返るとそこに立っていたのは一人の兵士だった。
 リリーファーが戦争の大半を決めるようになっても、普通に兵士は存在する。その兵士が居る大きな理由の一つがこれだ。
 兵士は各国の様々な場所にある基地から国土を見渡し、国土を守る立場にある。確かにその通りであるし、そうでなくてはならないのだった。
 しかし最近はそれすらも削減の傾向にある。兵士の一大イベントである国際アスレチック大会もスポンサーの減少で開催が危ぶまれたり、リリーファーの整備士が職業として独立したりなどと、『兵士』の存在意義が失われつつあるのだった。
 昔は人間対人間の、血で血を洗う戦いが『戦争』であると定義されていたにもかかわらず、今はリリーファー同士の『スマートな戦争』に切り替わっている。
 しかし国としては増大する軍事費(その一因がリリーファーの世代交代などによる管理費の上昇だ)を何とかして削減したいのだろう。最近は兵士の希望退職者を募っていたり、或いは兵団そのものを民間に売り払うようなことまでしているのだ。
 しかしかつての戦争の功労者である兵士をそのまま打ち切ってしまうのはいかがなものかと、特に起動従士たちから挙がっている。彼らもかつては兵士だったものも多く、戦力増強のために適性検査を潜り抜け、起動従士となった人間があまりにも多いためである。
 起動従士は普通の兵士の五倍から十倍近い給与を貰っている。彼らの働きからすればそれくらい貰っても問題ないのだが、国民の中には『血税の無駄遣い』だとして抗議の声も挙がっているケースもある。
 守られている立場の人間は攻撃が来なかったとき、その立場を忘れるものだ。元起動従士の女性は新聞記事のインタビューにてこう語ったという。そしてそれはあながち間違いでもなかった。
 国民は守られている立場にいる。何から守っているかといえば、他国からの侵略行為にほかならない。しかしヴァリエイブル連邦王国は他国からの侵略行為をここ百年間退け続けてきた。それはこの世界の歴史でも非常に珍しいことだった。
 だから国民は忘れてしまったのだ。リリーファーに守られていることへの感謝を。リリーファーに守られているという意味を。

「……兵士、君の名前は?」

 フレイヤはそこまで考えて、一旦思考をシフトした。
 兵士に名前を訊ねることとしたのだ。
 兵士は女性だった。青い迷彩服を着て、金色の髪が少しだけ太陽の光を浴びて輝いているようにも見えた。

「私はリーフィ・クロウザーといいます。このガルタス基地に勤めてもう五年程にはなるでしょうか」
「……あなたは結構なベテランなのね」

 フレイヤの言葉に、リーフィは首を横に振る。

「そんなことはありませんよ。所詮一般兵士など起動従士の足元にも及びません。練習スタイルも給与も任務も凡てがワンランク違いますから」

 それはそうだろうか。
 いや、確かにリーフィの言うとおりであった。給与も任務も練習の質も、何もかもが起動従士のほうが上なのだ。だが、それを非難する声は少ない。なぜならそれを知る人間が少ないからだ。そしてその知っている人間も起動従士が大変であることを知っているから、非難することはない。
 代わりに一般兵士の質が落ちていることをマスメディアから突っ込まれることは多い。これは起動従士の育成費用などに軍事費のパーセンテージが取られているために、半ば仕方のないことでもあるのだが、とはいえ悲しいことである。それを非難されようとも、国が軍事費のパーセンテージを見直すことはしないからだ。
 それは戦争のシステムが、もうリリーファーに頼りきっているから――という理由が大きく占めるだろう。

「……でも、私はそれで辛いとは思っていませんよ」

 リーフィの話は続く。

「確かに起動従士と比べれば雲泥の差です。ですが、それが何だって言うんですか? 楽しければいいんですよ。この仕事を満足にできているのに、外から『給与が足りない』だの『きちんと仕事しろ』だの言われるのが苦痛でなりませんよ。私たちは何のために仕事をしているのか? 誰のためでもない、先ずは自分のためです。給与をもらって、生きる糧にするために仕事をします。そしてその仕事は自ずと楽しくしていくものです。なのに、そういう茶々を入れられるのが、私としては非常に面倒臭いところですね」

 起動従士のあなたに言ってもしょうがないですけど、とリーフィは付け足した。

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