絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第百二十五話 潜水艦・アフロディーテ(中編)
「それじゃこちらとしても会議を行うことにしましょうか」
第二会議室はハリー騎士団のために用意された部屋である。会議室と言っているが、すぐとなりには十人が同時に眠れるベッドルームが存在しており、実質はここが共有空間の一つと言っても過言ではない。
マーズは代表者会議終了後に改めて騎士団内部で会議をすることを決定していたため、それについては伝えていた。
そして今、ハリー騎士団のある一人を除いた全員が、この場所に集まっている。
「さて……君たちに集まってもらったのはほかでもない。これからの戦争について、少々話がある。私たちが行く場所がどこであるか、君たちは理解しているかな?」
「ヘヴンズ・ゲート自治区、ですね」
答えたのはコルネリアだった。
「そうだ。そして私たちはヘヴンズ・ゲート自治区南端にあるレパルギュア港へ到着する。とはいえ我々は敵軍の兵士。そうみすみす上陸できないだろう」
「ならば……どうすると?」
「リリーファーによる一斉砲撃でも行うつもりか?」
エレン、ヴィエンスの順に考えを言っていく。
「間違っていないわ」
そしてマーズの返答はハリー騎士団の気持ちを引き締めるものでもあった。
ヴィエンスは冗談のつもりでも言ったのだろうか。少し顔が引き攣っている。
「おい……その作戦は本当か?」
ヴィエンスの問いにマーズは頷く。
対してヴィエンスは立ち上がり、椅子を蹴り上げる。
「ヴィエンス……!!」
「どういうことだ……また苦しむ人を増やすのか、また悲しむ人を増やすのか!! 戦争というものは何も生み出さない! 悲しみしか生み出さない! 苦しみしか生み出さない! 憎しみしか生み出さない! 破壊しか生み出さない! そんなことを、過ちをまたくりかえすのか!?」
「……陛下の命令だ。我々は命令に従うほかあるまい」
「陛下……つまりヴァリエイブル連邦王国が、そうすると……?」
「ヴィエンス、お前ももう軍属となった身。少しは割り切ったらどうだ」
そう言ったのはエレンだった。
「何をいうか……お前だってカーネルでずっと戦闘の教育を学んできたから! そんなことが言えるんだよ! 何もかもを落として戦闘を優先する!! カーネルのあいつらはそういう人間だったろうが!」
「……」
エレンは何も言わずに、ゆっくりとヴィエンスの方に向かって歩き出した。
そしてヴィエンスの目の前に立ち止まると、エレンは拳を握った。
刹那、彼女の右ストレートが、ヴィエンスの頬に命中した。
「な、何を……!」
「うるさいからな。こういう人間の口を塞ぐにはこうした強硬手段に出たほうが一番だ」
「うるさいだと? 人々を殺して、何がうるさいというんだ!!」
「平和なんて、どこにも存在しないんだよ!!」
ヴィエンスの声よりもさらに大きな声でエレンは答えた。
その声によって、第二会議室は沈黙に包まれた。
「……平和なんてものが存在するのならば、平和なんてものが直ぐに実現する手段があるというのなら」
エレンは身体をわなわなと震わせながら、話を続ける。
「そんなもの、直ぐにでも実現してやりたいよ。この世界は戦争抜きではもはや成り立たない世界に成り下がってしまったんだ。平和なんてものは存在しないんだ! 人々は死に、階級により人生が決まり、弱い立場にいる人間は充分に生きることすら蔑まされる! 戦争によって生きる場所を失った人々の行き着く先はどこだ? 言わずもがな、それは簡単なことだ。……死、だよ。最初は友達か誰かが支えてくれるかもしれないが、それが長く続くわけでもない。いつかはその救援に終わりがやってくる。終わりがやってきたら、また別の場所へ向かう。……いつかはそれも無くなって、放浪の旅が始まる。そうなったらもうおしまいだ。何もかもが」
まるでそれを経験したかのような口調で、エレンは話す。
その話をしている間、ハリー騎士団の面々はうつむきながらその話を聞いていた。
「おしまいになっても、強い立場にいる……そうだな、例えば軍の高官や政治権力を握っている人間どもが悲しむと思うか? 人一人が死んでも世界は回っているし、その歯車が止まるほどのちからもない。世界は戦争という大きな歯車によってうごかされていて、それによって利益を得ている人間が多い、ってわけだ」
「毎年三月に行われている『国際アスレティック大会』なんてものがその一例だ」
エレンの言葉にマーズが横入りする。
「国際アスレティック大会?」
訊ねたのはコルネリアだった。
国際アスレティック大会。
毎年三月に行われる大会のことである。戦争ばかりが続くこの世界だが、この大会が開催されるこの時期においては『平和条約』が結ばれ戦争行為が禁じられている。
では、その大会とは何か。
国際アスレティック大会は『リリーファーだけでなく普通の兵士にもスポットライトに当たるチャンスを』という名目から始められたもので、主催は毎年異なり、去年は法王庁が行った。
競技は水泳、マラソン、自転車によるロードレースの三つで行われる。
もちろん、ただの競技ではない。
この大会の本当の目的はスポンサーとなっている会社の兵器をいかにして売り込むか――である。
リリーファーによる戦争が主流となった昨今、通常兵器の売り上げは限定的なものとなり、非常に落ち込んでいる。
そのためにラトロが企画を提案し、それがそのまま法王庁やヴァリエイブル連合王国の協力を得て開催にこぎつけたのが二十年前のことである。
「それじゃあ、そんな昔に出来た……というわけでもないんですね」
コルネリアがマーズから聞いた大まかな説明を理解して、そう頷く。
「……戦争はビジネス、ってことか」
「残念ながらそういうことになる」
ヴィエンスの言葉に答えたのはエレンだった。
エレンはヴィエンスの目の前から踵を返し、ゆっくりと元の場所へともどっていった。
「戦争はビジネスだ。そして我々もそのビジネスに組み込まれて存在している。それを嫌ったのがラトロであり私たちだった」
エレンはそう言って、テーブルに置かれていたグラスを傾ける。
「そういうわけで、実際には作戦も失敗してしまったがね。……どうやら神とやらは『戦争=ビジネス』という考えに賛成しているみたいだからな」
その言葉を言って直ぐに、会議室が少しだけ揺れた。
そしてそれを合図にして彼女たちは悟った。
「出発した……ということか」
「ああ、そういうことになる」
潜水艦アフロディーテは動き出す。目的地、ヘヴンズ・ゲート自治区レパルギュアに向けて。
この戦争はどちらに勝利の女神が微笑むのかは、まだわからない。
そして、この戦争が歴史に大きく名を刻むことになる――ということもまた、誰にもわからないことであった。
巨大潜水艦アフロディーテ第三会議室。
第三会議室はヴァルベリー・ロックンアリアー率いるメルキオール騎士団の専用スペースとなっていた。
「とうとう船が動き出し……我々は大きな一歩を歩んだ」
ヴァルベリーがテーブルを中心にして座っているメルキオール騎士団の面々に向かって言った。
彼女の話は続く。
「諸君。これから我々メルキオール騎士団は重要な作戦のメンバーとして任務を遂行する。作戦はいたってシンプルだ。これからこの潜水艦アフロディーテはヘヴンズ・ゲート自治区にあるレパルギュア港へと向かう。それからの作戦が重要だ。海上に上がると格納コンテナから順次リリーファーが出動、レパルギュアを手中に収める。……ここまでが我々の仕事だ」
「どういうことですか?」
メンバーの一人、ポニーテールの女性が訊ねる。
「どうした、マルー」
「どうした、ではありません」
マルー、とヴァルベリーから呼ばれた女性は立ち上がる。
「我々は陛下直属騎士団、それも騎士団の中では一番の歴史を誇る騎士団です! そんな我々がただひとつのちっぽけな港を手中に収めるだけで、先遣隊ではありませんか!」
「先遣隊も重要な役目だ。……マルー、君が悲しむ気持ちは私にも解る。私だって抗議したさ。どうして私たちメルキオール騎士団が……ってね。だけれど、それは仕方がないことなんだ。この大きな戦争の重要な作戦なのだ、と陛下にいわれてしまった以上、我々としても全力を挙げなくてはなるまい」
ヴァルベリーはそうして『言葉』でメンバーを慰めていく。
たとえその言葉に、いくらかの嘘が紛れていたとしても、メルキオール騎士団のメンバーはそれを疑うこともない。
第二会議室はハリー騎士団のために用意された部屋である。会議室と言っているが、すぐとなりには十人が同時に眠れるベッドルームが存在しており、実質はここが共有空間の一つと言っても過言ではない。
マーズは代表者会議終了後に改めて騎士団内部で会議をすることを決定していたため、それについては伝えていた。
そして今、ハリー騎士団のある一人を除いた全員が、この場所に集まっている。
「さて……君たちに集まってもらったのはほかでもない。これからの戦争について、少々話がある。私たちが行く場所がどこであるか、君たちは理解しているかな?」
「ヘヴンズ・ゲート自治区、ですね」
答えたのはコルネリアだった。
「そうだ。そして私たちはヘヴンズ・ゲート自治区南端にあるレパルギュア港へ到着する。とはいえ我々は敵軍の兵士。そうみすみす上陸できないだろう」
「ならば……どうすると?」
「リリーファーによる一斉砲撃でも行うつもりか?」
エレン、ヴィエンスの順に考えを言っていく。
「間違っていないわ」
そしてマーズの返答はハリー騎士団の気持ちを引き締めるものでもあった。
ヴィエンスは冗談のつもりでも言ったのだろうか。少し顔が引き攣っている。
「おい……その作戦は本当か?」
ヴィエンスの問いにマーズは頷く。
対してヴィエンスは立ち上がり、椅子を蹴り上げる。
「ヴィエンス……!!」
「どういうことだ……また苦しむ人を増やすのか、また悲しむ人を増やすのか!! 戦争というものは何も生み出さない! 悲しみしか生み出さない! 苦しみしか生み出さない! 憎しみしか生み出さない! 破壊しか生み出さない! そんなことを、過ちをまたくりかえすのか!?」
「……陛下の命令だ。我々は命令に従うほかあるまい」
「陛下……つまりヴァリエイブル連邦王国が、そうすると……?」
「ヴィエンス、お前ももう軍属となった身。少しは割り切ったらどうだ」
そう言ったのはエレンだった。
「何をいうか……お前だってカーネルでずっと戦闘の教育を学んできたから! そんなことが言えるんだよ! 何もかもを落として戦闘を優先する!! カーネルのあいつらはそういう人間だったろうが!」
「……」
エレンは何も言わずに、ゆっくりとヴィエンスの方に向かって歩き出した。
そしてヴィエンスの目の前に立ち止まると、エレンは拳を握った。
刹那、彼女の右ストレートが、ヴィエンスの頬に命中した。
「な、何を……!」
「うるさいからな。こういう人間の口を塞ぐにはこうした強硬手段に出たほうが一番だ」
「うるさいだと? 人々を殺して、何がうるさいというんだ!!」
「平和なんて、どこにも存在しないんだよ!!」
ヴィエンスの声よりもさらに大きな声でエレンは答えた。
その声によって、第二会議室は沈黙に包まれた。
「……平和なんてものが存在するのならば、平和なんてものが直ぐに実現する手段があるというのなら」
エレンは身体をわなわなと震わせながら、話を続ける。
「そんなもの、直ぐにでも実現してやりたいよ。この世界は戦争抜きではもはや成り立たない世界に成り下がってしまったんだ。平和なんてものは存在しないんだ! 人々は死に、階級により人生が決まり、弱い立場にいる人間は充分に生きることすら蔑まされる! 戦争によって生きる場所を失った人々の行き着く先はどこだ? 言わずもがな、それは簡単なことだ。……死、だよ。最初は友達か誰かが支えてくれるかもしれないが、それが長く続くわけでもない。いつかはその救援に終わりがやってくる。終わりがやってきたら、また別の場所へ向かう。……いつかはそれも無くなって、放浪の旅が始まる。そうなったらもうおしまいだ。何もかもが」
まるでそれを経験したかのような口調で、エレンは話す。
その話をしている間、ハリー騎士団の面々はうつむきながらその話を聞いていた。
「おしまいになっても、強い立場にいる……そうだな、例えば軍の高官や政治権力を握っている人間どもが悲しむと思うか? 人一人が死んでも世界は回っているし、その歯車が止まるほどのちからもない。世界は戦争という大きな歯車によってうごかされていて、それによって利益を得ている人間が多い、ってわけだ」
「毎年三月に行われている『国際アスレティック大会』なんてものがその一例だ」
エレンの言葉にマーズが横入りする。
「国際アスレティック大会?」
訊ねたのはコルネリアだった。
国際アスレティック大会。
毎年三月に行われる大会のことである。戦争ばかりが続くこの世界だが、この大会が開催されるこの時期においては『平和条約』が結ばれ戦争行為が禁じられている。
では、その大会とは何か。
国際アスレティック大会は『リリーファーだけでなく普通の兵士にもスポットライトに当たるチャンスを』という名目から始められたもので、主催は毎年異なり、去年は法王庁が行った。
競技は水泳、マラソン、自転車によるロードレースの三つで行われる。
もちろん、ただの競技ではない。
この大会の本当の目的はスポンサーとなっている会社の兵器をいかにして売り込むか――である。
リリーファーによる戦争が主流となった昨今、通常兵器の売り上げは限定的なものとなり、非常に落ち込んでいる。
そのためにラトロが企画を提案し、それがそのまま法王庁やヴァリエイブル連合王国の協力を得て開催にこぎつけたのが二十年前のことである。
「それじゃあ、そんな昔に出来た……というわけでもないんですね」
コルネリアがマーズから聞いた大まかな説明を理解して、そう頷く。
「……戦争はビジネス、ってことか」
「残念ながらそういうことになる」
ヴィエンスの言葉に答えたのはエレンだった。
エレンはヴィエンスの目の前から踵を返し、ゆっくりと元の場所へともどっていった。
「戦争はビジネスだ。そして我々もそのビジネスに組み込まれて存在している。それを嫌ったのがラトロであり私たちだった」
エレンはそう言って、テーブルに置かれていたグラスを傾ける。
「そういうわけで、実際には作戦も失敗してしまったがね。……どうやら神とやらは『戦争=ビジネス』という考えに賛成しているみたいだからな」
その言葉を言って直ぐに、会議室が少しだけ揺れた。
そしてそれを合図にして彼女たちは悟った。
「出発した……ということか」
「ああ、そういうことになる」
潜水艦アフロディーテは動き出す。目的地、ヘヴンズ・ゲート自治区レパルギュアに向けて。
この戦争はどちらに勝利の女神が微笑むのかは、まだわからない。
そして、この戦争が歴史に大きく名を刻むことになる――ということもまた、誰にもわからないことであった。
巨大潜水艦アフロディーテ第三会議室。
第三会議室はヴァルベリー・ロックンアリアー率いるメルキオール騎士団の専用スペースとなっていた。
「とうとう船が動き出し……我々は大きな一歩を歩んだ」
ヴァルベリーがテーブルを中心にして座っているメルキオール騎士団の面々に向かって言った。
彼女の話は続く。
「諸君。これから我々メルキオール騎士団は重要な作戦のメンバーとして任務を遂行する。作戦はいたってシンプルだ。これからこの潜水艦アフロディーテはヘヴンズ・ゲート自治区にあるレパルギュア港へと向かう。それからの作戦が重要だ。海上に上がると格納コンテナから順次リリーファーが出動、レパルギュアを手中に収める。……ここまでが我々の仕事だ」
「どういうことですか?」
メンバーの一人、ポニーテールの女性が訊ねる。
「どうした、マルー」
「どうした、ではありません」
マルー、とヴァルベリーから呼ばれた女性は立ち上がる。
「我々は陛下直属騎士団、それも騎士団の中では一番の歴史を誇る騎士団です! そんな我々がただひとつのちっぽけな港を手中に収めるだけで、先遣隊ではありませんか!」
「先遣隊も重要な役目だ。……マルー、君が悲しむ気持ちは私にも解る。私だって抗議したさ。どうして私たちメルキオール騎士団が……ってね。だけれど、それは仕方がないことなんだ。この大きな戦争の重要な作戦なのだ、と陛下にいわれてしまった以上、我々としても全力を挙げなくてはなるまい」
ヴァルベリーはそうして『言葉』でメンバーを慰めていく。
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