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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第百六話 殻

 崇人の心は深い悲しみに包まれていた。それでいて、憎悪の炎に燃えていた。
 エスティを救えなかったことへの悲しみ。エスティを救えなかった自分に対する憎悪。
 その凡てが、混ざって混ざって混ざって、大きく広がる。

「……もうどうにでもなればいいんだ」

 インフィニティ・シュルトが破壊しつくされた街を闊歩するその状況を。
 インフィニティ・シュルトの暴走を止めようと奔走するハリー騎士団を。
 どちらかでも見ていれば、少しでも現実に救いを求めていれば。
 彼は、崇人は、もしかしたらその殻を破っていたかもしれない。その現状に疑問を抱いたかもしれない。
 しかし、少し遅すぎた。
 彼は今硬い殻に篭っていた。この殻を破壊するなど、そう簡単には出来ないだろう。

「なんで、なんで、なんで……!」

 その問いは誰にも答えることは出来ない。エスティを踏み潰したリリーファー『ペルセポネ』の起動従士、テルミー・ヴァイデアックスも今この世には居ないのだから。
 彼はずっと硬い殻に篭る。
 篭ったままではなにも変わらないというのに。

『……ねえタカト。どうしてあなたは私を助けてくれなかったの?』
『タカト、どうして私が死んであなたが生きているの?』

 その言葉は、崇人に重くのしかかる。

「やめろ……やめてくれ……」

 崇人の精神は、もう限界だった。


 ◇◇◇


 アレスはインフィニティ・シュルトに向かいレーザーを撃ち放つなどということはしなかった。
 もっというなら、作戦の変更である。
 このまま真正面から兵器で攻撃をしても、きっと倒すことは出来ないだろう。
 だからこそ、マーズはたった一人で、その作戦を実行したのだ。

「タカト!!」

 インフィニティ・シュルトはアレスの方にゆっくりと振り向いた。
 インフィニティ・シュルトは首をかしげ、アレスの方へとゆっくりと向かってくる。
 アレスには秘策があった。
 そしてそれは、アレスだけにしかできない。
 だからこそ、ほかのリリーファーには停止命令を下したのだ。
 インフィニティ・シュルトが迫ってくる。それを見て、アレスは引き返さない。決して、引き返すことはしない。
 寧ろ、それに立ち向かっていくように。
 インフィニティ・シュルトと向き合う。
 そして、彼女は。
 インフィニティ・シュルトの胸部に思い切りアレスの頭部をぶつけた。
 非科学的思想であるが、リリーファーにはこのような仮説が存在する。
 それは、リリーファー同士が強い力で激突すると起動従士の心が、そのままごちゃまぜになってしまうというものだ。
 これは実験の仕様がない。リリーファーを二機無駄にする可能性もあるし、それが果たして何の意味を為すのか解らないからだ。
 マーズも、メリアから冗談めいた言葉として聞いただけで、それを信じ込んではいなかった。
 しかし、今ならそれを信じたくなる。
 そのことが、仮に本当であるならば――タカトを助けることができるかもしれないからだ。
 リリーファーは起動従士が居なければ動くことはできない。これはインフィニティにも言えることだ。
 これが崇人の精神状態に比例しているのであれば、崇人をインフィニティから外すことでインフィニティは動かなくなるかもしれない。
 マーズはそんな不確かな可能性にかけていた。
 気が付けばマーズは一人暗闇の中にいた。

「……ここは?」

 外を見ることも出来ず、ただ自分の体がぼんやりと光を放っていた。
 そこがインフィニティの空間。
 そこがタカトの心の中――だとは、今のマーズにも解らなかった。


 ◇◇◇


 その頃、コルネリアは自分の愛機アクアブルーニュンパイからその様子を眺めていた。
 動かなくなったインフィニティ・シュルトとアレス。

「大丈夫なのかしら……マーズさんとタカトは」

 コルネリアは呟く。

『大丈夫だろう。俺たちはそうして指をくわえてじっと眺めているしかない。そういう命令なのだから』

 どうやら通信が繋がったままだったらしい。そのコルネリアの呟きにヴィエンスは答える。
 ヴィエンスもまた、その様子を眺めていた。その頭の中は疑問でいっぱいだった。
 なぜマーズはそんなことをしたのだろうか?
 その疑問は、拭いきれない。
 彼女はいったい何がしたかったのか?
 彼女はどうしてそんなことをしたのか?

「……解らない」

 ヴィエンスは解らなかった。
 まったくもって、理解できなかった。

『それは簡単だ。マーズは一つの可能性にかけたんだ。リリーファー同士の衝突によって希に発生するという「精神混線」に』
「なるほど、そんな機能が……って、え? 精神混線?」

 突然入ってきた通信にヴィエンスは困惑する。
 しかし、その声は続く。

『一応……はじめまして、になるのかな。私はメリア・ヴェンダーという。しがない科学者だ。リリーファーシミュレートセンターの代表も勤めている。自己紹介はそれだけにしておこう。これから話すのは非常に重要なことだから、耳の穴をかっぽじってよーく聞くように』

 そう言ってメリアは話を始めた。

『いいか。先ずあのアレスとインフィニティが何故ああなっているのかについてはさっき言った「精神混線」を起こさせるためだ。しかし実際起きるかも解らないし、起きなかったらそのままアレスは破壊されてしまう。そうなれば今度こそインフィニティは暴走の限りを尽くして、世界を破壊しかねない。あのインフィニティは自分の消費エネルギーを発電出来るのだからね』
「だとしたら、どうやってあいつを止めれば……!!」
『騒ぐな。私たちだって対策は取っている。すでにヴァリエイブルの特務部隊がそちらに向かっている。あとはそれを運び、地下にてベークライトで保管する。しょうがないが、最強のリリーファーは当分見納めだ。恐らくタカトも軍法会議ものだろうな』
「馬鹿な……タカトは目の前でクラスメート……エスティを殺されたんだぞ! 殺してやりたい気持ちは解る!」
『戦場では当たり前のように人が死んでいく。それはヴィエンス、戦争孤児の君ならば痛いほど解ると思うがね』

 そして、メリアの方から一方的に通信が切られた。
 ヴィエンスがコックピットにある肘置きを叩いたのはそれと同時だった。

「結局、俺たちは使い捨てだった……戦争なんて人の生き死にが軽い世界だ。あっという間に人間は死んでしまうし、代わりは幾らでもいる。俺たちだってそうだ、リリーファー起動従士はたくさんいるが、起動従士が専属に持つリリーファーは少ない。だから、中には起動従士が死んで喜ぶ人間も多い。起動従士がリリーファーに乗れなかったらただの人間だからな」

 だが、インフィニティは違う。タカト・オーノ、彼にしか乗ることのできないリリーファーだ。そして、最強のリリーファーとしても知られているそれは、例えタカトの精神が瓦解していたとしても使うだろう。
 それほどにインフィニティを使うことで、ヴァリエイブルに降りかかるメリットは大きいということだ。
 インフィニティは、タカトは、どうなってしまうのか。
 ヴィエンスも、コルネリアも、そんなことを思い――インフィニティ・シュルトとアレスの停止し組み合った姿を眺めるのであった。

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