絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第九十六話 脱出(後編)
「プラスアルファ……あれが? 君はあれほど大分そのデモに熱を入れていたじゃあないか。それを含めて『作戦』だ……ってね」
ハンプティ・ダンプティの言葉を聞いて、帽子屋は苛立った気持ちを抑えて、話を続ける。
「確かにそう言った。そう言ったよ。けれど、今はそれを討論する時間でもない。作戦のあるひとつのパターンが消滅しただけに過ぎないのだから」
「パターンの一つ……が、そのデモだった、と?」
「そうだ。そして、そのデモは本来ならばカーネルの反社会派組織が行う予定だったものだ。我々が情報を流し、そう誘導した……はずだったんだがね」
「だが、それは失敗に終わってしまったわけだ。ひどく残念な話だが……まあ、それは仕方ないことだ」
「仕方ない? まあ、そうかもしれないな。そもそも人間どもがこの計画を理解しているわけがない。裏切り者のクック・ロビンですらこの計画の全容は知り得ていないからな」
帽子屋はソファに腰掛けると、テーブルに置かれていた、もう冷め切っている紅茶を口にした。
ふと、モニターを見やるとそこには崇人たちが車に乗っている映像が映し出されていた。
「これは?」
「彼らは今、壁外に行こうとしているらしいよ。何でも『ペルセポネ』というリリーファーが姿を現して、壁を破壊したとか」
そう言ってハンプティ・ダンプティは帽子屋に向かって何かを放り投げた。
それを無事に両手で受け取った帽子屋は、改めてその投げられた何かを見る。
それは一冊のファイルだった。青い半透明のファイルで、『reliefer's person』と黒い字で書かれていた。
表紙をめくると、
「それだ」
とハンプティ・ダンプティが告げた。
「テルミー・ヴァイデアックス……彼女がペルセポネの起動従士だと」
「ああ、そうだ」
ハンプティ・ダンプティの言葉はあまりにも味気ないものだった。が、今はそれを気にする時間ではない。帽子屋は改めてその資料を見始める。
「……彼女の実家であるヴァイデアックス家はペイパス王国の貴族として名高く、起動従士の輩出も多い。さらに彼女の父親であるクロウザー・ヴァイデアックスは財界人として経済にも王政にも介入できるほどの権力を持っている。……何だいこりゃ、つまり彼女はコネクションを最大限に使った結果起動従士になったってこと?」
「そうとも言えるが、しかしそうでないとも言える。彼女のパイロット・オプションの項を見てみてくれ」
言われた通りに帽子屋はテルミーのプロフィールに書かれているパイロット・オプションを確認する。
「……なんだよ、これ。『皇帝の意思』……、それを発することで『誰もが』行動を停止する……って、まるで」
「言うな。私もそれを一度は思ったが、しかしこの時代において『彼女』の代わりになる存在は、帽子屋、君が言ったアーデルハイト……彼女だけのはずだ。まあ、その彼女も今は精神が疲労してしまって、もはや戦線に戻ってこれるかも怪しくなってきたがね。誰かさんのせいで」
そう言って、ハンプティ・ダンプティはチェシャ猫の方を睨みつける。
対してチェシャ猫は済まなそうな仕草を見せたが、何もいうことはなかった。
それを見た帽子屋は立ち上がり、チェシャ猫の胸ぐらを掴んだ。
「……チェシャ猫、おまえなんてことをしたんだ……! 計画に支障が出たらどうするつもりだった?!」
帽子屋の声は震えていた。それほど怒っていた……ということだ。
対してチェシャ猫は、先程までの様子を変えず、
「だって君がいったことじゃあないか。僕は忠実に守ったんだよ? 『アーデルハイトと兄を対面させろ』って」
「その結果がこれ……だけどねえ」
バンダースナッチがそう言うと、彼女が手に持っていたリモコンのようなものの何かのボタンを押した。
するとモニターの流れている映像が突如にして、変更された。
それは先程、チェシャ猫によってアーデルハイトとその兄が対面した場面だった。
映像は常に鳥瞰になっており、誰がどういう仕草をしているのか一目で解るものだった。
アーデルハイトは兄と対面し、チェシャ猫と会話する。
アーデルハイトは兄が死んでいるとして、銃弾を放っていく。
そして――六発目。
紛れもない、彼女の兄に、銃弾が命中し、その命を散らしていった。
その映像が、帽子屋の目に焼きついていった。
そこまでを見て、帽子屋はチェシャ猫の胸ぐらを持つ手の力を強める。
「……そこまでする必要はなかった!! 兄と逢わせ、いや、見せるだけで良かったんだ!! それなのに貴様は……!!」
「何をそんなに怒っているんだい? 僕らは人間とは違う、別の次元の存在だ。別に人間ひとりくらいにそんな気持ちを傾けていちゃあいけないさ。君はシリーズになったのが僕たちに比べて早かったから、僕たちの役目を一番理解しているものだと思ったけれど」
「何も、彼女だけの話ではない……! 計画を円滑に進めるために……、どうして最短ルートでの活動を行わない!」
「だってそんなことしたらつまらないじゃん。考えても見てよ、人々の死にゆく様を見ていかないで、計画を遂行したら僕たちの本来の役目である『観測者』が成り立たない。だったら少しくらい別の仕事をやってもいいじゃあないか、ねえ? ほかのみんなもどう思う? 君たちも観測者としての役目に疲れ始めているから、様々なことを試しているんじゃあないの?」
チェシャ猫の言葉に、シリーズのメンバーは何も言い返せなかった。
それは、帽子屋も一緒だった。
「君も一緒だな、帽子屋。そういう点では、ね」
「一緒にして欲しくないな、少なくともチェシャ猫……お前とはな」
帽子屋はチェシャ猫の胸ぐらから手を離した。チェシャ猫は鼻を鳴らして襟を正し、再びソファに腰掛けた。
モニターの映像は気が付けば元に戻っていた。未だ崇人たちは着いていないのか、車中の映像が続いていた。
「私たちの本来の役目に戻るとしようか」
バンダースナッチのその言葉に、誰も従わないことはなかった。
◇◇◇
その頃、崇人たちは未だ車中にいた。
しかしとてもドライブを楽しめる様子でもなかった。
「くそっ……! やつら感づきやがった……っ!!」
ヴァルトはそう言いながら、ハンドルを細かく切っていく。
彼らが乗る車の背後には、迷彩色の車――恐らくはカーネルの警察車両ともいえる存在だろう――が数台迫っていた。
迷彩色の車は、崇人たちの乗る車に対して警告をすることもなく、だからといって銃を撃ち放つこともなく、ただ車を追いかけているだけだった。
「急げ! 急ぐんだ!」
「これが限界だ! アクセル踏み抜いている……っ!!」
崇人は後ろを何度も確認しながら、運転席のヴァルトに告げる。その様子は徐々に緊迫を増していた。
しかしヴァルトはもうアクセルをこれでもかというほど踏み抜いていた。だが、思った以上に車は加速しない。それほどまでに、彼らが乗る車は古い車だということなのか、それとも整備を怠っていたのが原因なのだろうか……それは今の彼らに考える余裕などない。
「なあ」
ここで今までカーネルの地図と睨めっこしていたヴィエンスが漸く口を開いた。
「どうした?」
それにマーズは答える。
ヴィエンスはそれに対して、マーズの目の前に、彼が見ていた地図のページを見せた。
「これはカーネル……特に南カーネルの地図だ。そしてここが今走っている場所だと思われる」
そう言って彼は指差した。
その場所は地図の右から伸びる真っ直ぐな道の途中だった。
「それがどうかしたか」
「問題はここからだ」
そう言って、ヴィエンスは左ページのある場所を指差した。
「ここが今向かっているエル・ポーネだ」
そこには『El pone』と書かれていた。
それにマーズは頷く。
「そして」
ヴィエンスは指を下に動かす。ゆっくりと動かして、エル・ポーネから少し東にあるスラム街、そこで彼は指を止めた。そこには『Femto』と書かれていた。
それを見てマーズは目を大きく見開いた。
「まさか……」
「そうだ」
ヴィエンスは地図を改めてマーズに見せつけた。
「今から向かっているエル・ポーネ……そしてそのそばにはウルが住んでいたスラム街、フェムトがある」
ヴィエンスのその表情は、真剣な目つきだった。
ハンプティ・ダンプティの言葉を聞いて、帽子屋は苛立った気持ちを抑えて、話を続ける。
「確かにそう言った。そう言ったよ。けれど、今はそれを討論する時間でもない。作戦のあるひとつのパターンが消滅しただけに過ぎないのだから」
「パターンの一つ……が、そのデモだった、と?」
「そうだ。そして、そのデモは本来ならばカーネルの反社会派組織が行う予定だったものだ。我々が情報を流し、そう誘導した……はずだったんだがね」
「だが、それは失敗に終わってしまったわけだ。ひどく残念な話だが……まあ、それは仕方ないことだ」
「仕方ない? まあ、そうかもしれないな。そもそも人間どもがこの計画を理解しているわけがない。裏切り者のクック・ロビンですらこの計画の全容は知り得ていないからな」
帽子屋はソファに腰掛けると、テーブルに置かれていた、もう冷め切っている紅茶を口にした。
ふと、モニターを見やるとそこには崇人たちが車に乗っている映像が映し出されていた。
「これは?」
「彼らは今、壁外に行こうとしているらしいよ。何でも『ペルセポネ』というリリーファーが姿を現して、壁を破壊したとか」
そう言ってハンプティ・ダンプティは帽子屋に向かって何かを放り投げた。
それを無事に両手で受け取った帽子屋は、改めてその投げられた何かを見る。
それは一冊のファイルだった。青い半透明のファイルで、『reliefer's person』と黒い字で書かれていた。
表紙をめくると、
「それだ」
とハンプティ・ダンプティが告げた。
「テルミー・ヴァイデアックス……彼女がペルセポネの起動従士だと」
「ああ、そうだ」
ハンプティ・ダンプティの言葉はあまりにも味気ないものだった。が、今はそれを気にする時間ではない。帽子屋は改めてその資料を見始める。
「……彼女の実家であるヴァイデアックス家はペイパス王国の貴族として名高く、起動従士の輩出も多い。さらに彼女の父親であるクロウザー・ヴァイデアックスは財界人として経済にも王政にも介入できるほどの権力を持っている。……何だいこりゃ、つまり彼女はコネクションを最大限に使った結果起動従士になったってこと?」
「そうとも言えるが、しかしそうでないとも言える。彼女のパイロット・オプションの項を見てみてくれ」
言われた通りに帽子屋はテルミーのプロフィールに書かれているパイロット・オプションを確認する。
「……なんだよ、これ。『皇帝の意思』……、それを発することで『誰もが』行動を停止する……って、まるで」
「言うな。私もそれを一度は思ったが、しかしこの時代において『彼女』の代わりになる存在は、帽子屋、君が言ったアーデルハイト……彼女だけのはずだ。まあ、その彼女も今は精神が疲労してしまって、もはや戦線に戻ってこれるかも怪しくなってきたがね。誰かさんのせいで」
そう言って、ハンプティ・ダンプティはチェシャ猫の方を睨みつける。
対してチェシャ猫は済まなそうな仕草を見せたが、何もいうことはなかった。
それを見た帽子屋は立ち上がり、チェシャ猫の胸ぐらを掴んだ。
「……チェシャ猫、おまえなんてことをしたんだ……! 計画に支障が出たらどうするつもりだった?!」
帽子屋の声は震えていた。それほど怒っていた……ということだ。
対してチェシャ猫は、先程までの様子を変えず、
「だって君がいったことじゃあないか。僕は忠実に守ったんだよ? 『アーデルハイトと兄を対面させろ』って」
「その結果がこれ……だけどねえ」
バンダースナッチがそう言うと、彼女が手に持っていたリモコンのようなものの何かのボタンを押した。
するとモニターの流れている映像が突如にして、変更された。
それは先程、チェシャ猫によってアーデルハイトとその兄が対面した場面だった。
映像は常に鳥瞰になっており、誰がどういう仕草をしているのか一目で解るものだった。
アーデルハイトは兄と対面し、チェシャ猫と会話する。
アーデルハイトは兄が死んでいるとして、銃弾を放っていく。
そして――六発目。
紛れもない、彼女の兄に、銃弾が命中し、その命を散らしていった。
その映像が、帽子屋の目に焼きついていった。
そこまでを見て、帽子屋はチェシャ猫の胸ぐらを持つ手の力を強める。
「……そこまでする必要はなかった!! 兄と逢わせ、いや、見せるだけで良かったんだ!! それなのに貴様は……!!」
「何をそんなに怒っているんだい? 僕らは人間とは違う、別の次元の存在だ。別に人間ひとりくらいにそんな気持ちを傾けていちゃあいけないさ。君はシリーズになったのが僕たちに比べて早かったから、僕たちの役目を一番理解しているものだと思ったけれど」
「何も、彼女だけの話ではない……! 計画を円滑に進めるために……、どうして最短ルートでの活動を行わない!」
「だってそんなことしたらつまらないじゃん。考えても見てよ、人々の死にゆく様を見ていかないで、計画を遂行したら僕たちの本来の役目である『観測者』が成り立たない。だったら少しくらい別の仕事をやってもいいじゃあないか、ねえ? ほかのみんなもどう思う? 君たちも観測者としての役目に疲れ始めているから、様々なことを試しているんじゃあないの?」
チェシャ猫の言葉に、シリーズのメンバーは何も言い返せなかった。
それは、帽子屋も一緒だった。
「君も一緒だな、帽子屋。そういう点では、ね」
「一緒にして欲しくないな、少なくともチェシャ猫……お前とはな」
帽子屋はチェシャ猫の胸ぐらから手を離した。チェシャ猫は鼻を鳴らして襟を正し、再びソファに腰掛けた。
モニターの映像は気が付けば元に戻っていた。未だ崇人たちは着いていないのか、車中の映像が続いていた。
「私たちの本来の役目に戻るとしようか」
バンダースナッチのその言葉に、誰も従わないことはなかった。
◇◇◇
その頃、崇人たちは未だ車中にいた。
しかしとてもドライブを楽しめる様子でもなかった。
「くそっ……! やつら感づきやがった……っ!!」
ヴァルトはそう言いながら、ハンドルを細かく切っていく。
彼らが乗る車の背後には、迷彩色の車――恐らくはカーネルの警察車両ともいえる存在だろう――が数台迫っていた。
迷彩色の車は、崇人たちの乗る車に対して警告をすることもなく、だからといって銃を撃ち放つこともなく、ただ車を追いかけているだけだった。
「急げ! 急ぐんだ!」
「これが限界だ! アクセル踏み抜いている……っ!!」
崇人は後ろを何度も確認しながら、運転席のヴァルトに告げる。その様子は徐々に緊迫を増していた。
しかしヴァルトはもうアクセルをこれでもかというほど踏み抜いていた。だが、思った以上に車は加速しない。それほどまでに、彼らが乗る車は古い車だということなのか、それとも整備を怠っていたのが原因なのだろうか……それは今の彼らに考える余裕などない。
「なあ」
ここで今までカーネルの地図と睨めっこしていたヴィエンスが漸く口を開いた。
「どうした?」
それにマーズは答える。
ヴィエンスはそれに対して、マーズの目の前に、彼が見ていた地図のページを見せた。
「これはカーネル……特に南カーネルの地図だ。そしてここが今走っている場所だと思われる」
そう言って彼は指差した。
その場所は地図の右から伸びる真っ直ぐな道の途中だった。
「それがどうかしたか」
「問題はここからだ」
そう言って、ヴィエンスは左ページのある場所を指差した。
「ここが今向かっているエル・ポーネだ」
そこには『El pone』と書かれていた。
それにマーズは頷く。
「そして」
ヴィエンスは指を下に動かす。ゆっくりと動かして、エル・ポーネから少し東にあるスラム街、そこで彼は指を止めた。そこには『Femto』と書かれていた。
それを見てマーズは目を大きく見開いた。
「まさか……」
「そうだ」
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「今から向かっているエル・ポーネ……そしてそのそばにはウルが住んでいたスラム街、フェムトがある」
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