絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第九十一話 六発目の銃弾
チェシャ猫が語ったのは、仮にそれが事実であっても事実でなくても、彼女たち人間から見ればひどく共感できない事であった。
チェシャ猫は小さく顔を俯け、ニヒルな笑みを浮かべる。
「そもそも、だ」
チェシャ猫は一歩前へ進む。
「僕たちはこの世界をここまで成長させて行ったんだ。それは僕たちの計画がうまくいったからこそ、ここまで発展したことに誰も理解していない。当たり前だ、だって僕たちは今まで進んでこの世界に出てこようとしなかったからね。けれど、ムカつくんだよ。発展のために何もしようとしなかった人類が、まるで自分たちだけの力で成長した……そうして世界を支配しているのが、さ。笑っちゃうね、僕たちのおかげでここまで来れたというのに」
「でも、この世界を維持し続けたのは私たち人間よ」
マーズが言うと、チェシャ猫は薄らと笑みを浮かべた顔をゆっくりと強ばらせ始める。
「何を考えているのか知らないけれど……、そもそも人間には人間の役割があり、『シリーズ』には『シリーズ』の役割がある。それは間違ってはいない。僕がすることと君がすることは一つ一つ違う。当たり前だ、生き方が違って、生きる目的が違うのだから。人は、生きる目的に生き方がひとりひとりまったく違う。例外なんてないだろうね」
「例外なんてない? それはおかしな話だ。『例外』がないわけはない。例外は作るものだ。人間はそうやって、様々な『例外』を作っていったんじゃあないかな?」
チェシャ猫は鼻を鳴らし、持っていた本を両手に持った。そして本を開いた。そこにはたくさんの文字が、ページが真っ黒になるくらいに埋められていた。
「これはこの世界の歴史が書かれている歴史書だ。今までの歴史も書かれていれば、これからの歴史も書かれている」
そう言って、ゆっくりとそのページを手で触り始める。
「……ここには、あのこともずっと前から書かれていたよ、アーデルハイト。君の兄が死んだあの『事件』もね」
それを聞いて、アーデルハイトの顔が即座に硬った。
「それをいうのはやめなさい」
そして、アーデルハイトは再び拳銃を構えた。その腕は震えていた。
「……どうした、アーデルハイト? 腕が震えているぜ?」
チェシャ猫はそれに対してそう煽り始めた。
アーデルハイトはその震えをどうにか抑えようとさらに腕に力を込めるが、しかしそれは逆効果だった。力を込めたことで、さらに緊張し、腕が震えてしまう。
アーデルハイトは無意識のうちに怯えていた。怖かった。
彼女はその『事件』を乗り越えたつもりでいたが、やはりまだ深層心理ではそれを乗り越えるに至ってはなかった。
「……おいおい、そんな気持ちで『シリーズ』を倒せるとでも思っているのか? 僕を、シリーズの一人を、倒せるチャンスだぞ?」
アーデルハイトはそれでも撃てない。
撃てないことが解っているからこそ、チェシャ猫はそう言うのだ。
アーデルハイト以外の人間は何をしているのか?
確かに、このタイミングならばやろうと思えばチェシャ猫を殺すことなど造作もないはずだった。
しかし、動けなかった。チェシャ猫が強力な魔力で彼女たちを押さえつけているようだった。
それでもマーズはどうにかしてこの状況を打破しようと色々と試みようとしたが、
「動かないでね、これは僕と彼女だけのことだ。君たちが加わることは非常にナンセンスなことであるからね」
チェシャ猫はそう言ってマーズの方を向き、さらに魔力による拘束を強めた。
「き……さまあ!!」
「君たちは戦争のときは『勝てばいいんだ』とか思っているかもしれない。だから、一対多数でも全然悲しまない。寧ろ、『やられた方が悪い』とでも言いたげだろう? だけれど、僕は違う。綿密に考えたプランに沿って実行する。『シリーズ』は決して結託はしない。意見を求めることはあるかもしれないけれどね。もしかしたらそれは僕だけの考えで、他のシリーズは違うのかもしれないが……まあ、今はそれを言う必要はない」
そう言って、改めてチェシャ猫はアーデルハイトの方に向き直る。
「……さてと、話を再開しようか。というわけで、マーズ・リッペンバー並びにハリー騎士団の方々、次この話に水を差すような真似をしたら容赦なく殺すから、そのつもりでね」
「卑怯な……っ!!」
「卑怯? 君たちが勝手な真似をしないように牽制しただけじゃあないか。それくらいはやっても問題ないとは思うんだけれどね」
チェシャ猫はゆっくりと歩いて、アーデルハイトのところまで向かう。
そしてついには彼女の息がかかってしまうほどに近い距離まで近付いてきた。
「……さてと、話を再開しようか。アーデルハイト」
「近付くな、鬱陶しい」
アーデルハイトが言うと、チェシャ猫はその言葉の通り一歩下がった。
「これは失敬。少しばかり前に進みすぎてしまったらしい。謝罪するよ、申し訳ない」
そう気取った風を見せるが、しかしアーデルハイトは銃を構えたまま姿勢を崩さない。
そんなアーデルハイトを見て数回手を叩いた。
「アーデルハイト、そこまでやってられるのは賞賛に値するよ。でもね、もう死んじゃったんだよ、帰ってきやしない。どうだい? 少しは『諦めよう』とかそんな気はなかった?」
そう言って、チェシャ猫はゆっくりとその姿を変えていく。まるでスライムのような粘性を持ったそれは、ゆっくりと少年ではない、別の存在へと姿を変えていく。
そして、そこに現れたのは、ティルクスだった。
「やっぱりこの姿がしっくり来るなあ……どうだい、今度は僕を愛してみる?」
「ふ……ざけるなあああああ!!」
アーデルハイトはそう言って引き金を引いた。
銃弾は放たれ、ティルクスの心臓を貫通した。
――が、倒れる様子などなかった。
「残念でした。君がどう狂おうと僕は僕だ。人間じゃあない、まったく別の存在。心臓を一回撃たれただけじゃあ死ぬこともないのさ」
「ならば……何度でも……!」
そう言って。
アーデルハイトは再び撃ち放った。
二回目も、心臓に命中。今度もティルクスは笑うだけだった。
三回目も。
四回目も。
五回目も。
「だから何度撃ったって無駄だよ」
「うるさい、うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
完全にアーデルハイトは逆上していた。
だからこそ、だからこそ、気がつかなかった。
六発目の銃弾を撃ったとき、ティルクスはとうとう話さなくなった。
あのチェシャ猫は死んだのだ――と思いそちらを見ると、チェシャ猫はその場に立っていた。しかし、チェシャ猫のすぐ目の前にはひとりの青年が倒れていた。
その姿にアーデルハイトは見覚えがあった。
「兄……さん?」
そう。
六発目の銃弾に倒れたのは、チェシャ猫が化けたまやかしのティルクスではない。
正真正銘、本物のアーデルハイトの兄、ティルクスだったのだ。
彼の白を基調とした服は血で真っ赤に染まって、口からも血を吹き出していた。彼を中心として血の水たまりが出来ていたが、それに気にせずアーデルハイトはそちらへ駆けていく。
「兄さん……ごめんね……!!」
しかし、もうすでにティルクスは息をしていなかった。
「あーあ、殺しちゃった」
アーデルハイトの背後で、チェシャ猫の声がした。
アーデルハイトはそれに何も反応できない。
「君が殺したんだよ、せっかく僕がチャンスをあげたのにね? 死んだお兄さんを生き返らせてあげて、そのままハッピーエンドだったのに、君は『またお兄さんじゃあなくてチェシャ猫が化けているんだ』って勝手に思っちゃったもんだから、躊躇なく撃っちゃった。けれど、結果は違ったわけだ。本物のお兄さんを、君自身の手で殺しちゃったわけだ。ははは、愉快愉快!」
チェシャ猫の笑いに、一番怒りを募らせていたのはマーズだった。なんとかこの結界を抜けようと試みたが――あまりにもチェシャ猫が作った結界は固かった。
チェシャ猫は小さく顔を俯け、ニヒルな笑みを浮かべる。
「そもそも、だ」
チェシャ猫は一歩前へ進む。
「僕たちはこの世界をここまで成長させて行ったんだ。それは僕たちの計画がうまくいったからこそ、ここまで発展したことに誰も理解していない。当たり前だ、だって僕たちは今まで進んでこの世界に出てこようとしなかったからね。けれど、ムカつくんだよ。発展のために何もしようとしなかった人類が、まるで自分たちだけの力で成長した……そうして世界を支配しているのが、さ。笑っちゃうね、僕たちのおかげでここまで来れたというのに」
「でも、この世界を維持し続けたのは私たち人間よ」
マーズが言うと、チェシャ猫は薄らと笑みを浮かべた顔をゆっくりと強ばらせ始める。
「何を考えているのか知らないけれど……、そもそも人間には人間の役割があり、『シリーズ』には『シリーズ』の役割がある。それは間違ってはいない。僕がすることと君がすることは一つ一つ違う。当たり前だ、生き方が違って、生きる目的が違うのだから。人は、生きる目的に生き方がひとりひとりまったく違う。例外なんてないだろうね」
「例外なんてない? それはおかしな話だ。『例外』がないわけはない。例外は作るものだ。人間はそうやって、様々な『例外』を作っていったんじゃあないかな?」
チェシャ猫は鼻を鳴らし、持っていた本を両手に持った。そして本を開いた。そこにはたくさんの文字が、ページが真っ黒になるくらいに埋められていた。
「これはこの世界の歴史が書かれている歴史書だ。今までの歴史も書かれていれば、これからの歴史も書かれている」
そう言って、ゆっくりとそのページを手で触り始める。
「……ここには、あのこともずっと前から書かれていたよ、アーデルハイト。君の兄が死んだあの『事件』もね」
それを聞いて、アーデルハイトの顔が即座に硬った。
「それをいうのはやめなさい」
そして、アーデルハイトは再び拳銃を構えた。その腕は震えていた。
「……どうした、アーデルハイト? 腕が震えているぜ?」
チェシャ猫はそれに対してそう煽り始めた。
アーデルハイトはその震えをどうにか抑えようとさらに腕に力を込めるが、しかしそれは逆効果だった。力を込めたことで、さらに緊張し、腕が震えてしまう。
アーデルハイトは無意識のうちに怯えていた。怖かった。
彼女はその『事件』を乗り越えたつもりでいたが、やはりまだ深層心理ではそれを乗り越えるに至ってはなかった。
「……おいおい、そんな気持ちで『シリーズ』を倒せるとでも思っているのか? 僕を、シリーズの一人を、倒せるチャンスだぞ?」
アーデルハイトはそれでも撃てない。
撃てないことが解っているからこそ、チェシャ猫はそう言うのだ。
アーデルハイト以外の人間は何をしているのか?
確かに、このタイミングならばやろうと思えばチェシャ猫を殺すことなど造作もないはずだった。
しかし、動けなかった。チェシャ猫が強力な魔力で彼女たちを押さえつけているようだった。
それでもマーズはどうにかしてこの状況を打破しようと色々と試みようとしたが、
「動かないでね、これは僕と彼女だけのことだ。君たちが加わることは非常にナンセンスなことであるからね」
チェシャ猫はそう言ってマーズの方を向き、さらに魔力による拘束を強めた。
「き……さまあ!!」
「君たちは戦争のときは『勝てばいいんだ』とか思っているかもしれない。だから、一対多数でも全然悲しまない。寧ろ、『やられた方が悪い』とでも言いたげだろう? だけれど、僕は違う。綿密に考えたプランに沿って実行する。『シリーズ』は決して結託はしない。意見を求めることはあるかもしれないけれどね。もしかしたらそれは僕だけの考えで、他のシリーズは違うのかもしれないが……まあ、今はそれを言う必要はない」
そう言って、改めてチェシャ猫はアーデルハイトの方に向き直る。
「……さてと、話を再開しようか。というわけで、マーズ・リッペンバー並びにハリー騎士団の方々、次この話に水を差すような真似をしたら容赦なく殺すから、そのつもりでね」
「卑怯な……っ!!」
「卑怯? 君たちが勝手な真似をしないように牽制しただけじゃあないか。それくらいはやっても問題ないとは思うんだけれどね」
チェシャ猫はゆっくりと歩いて、アーデルハイトのところまで向かう。
そしてついには彼女の息がかかってしまうほどに近い距離まで近付いてきた。
「……さてと、話を再開しようか。アーデルハイト」
「近付くな、鬱陶しい」
アーデルハイトが言うと、チェシャ猫はその言葉の通り一歩下がった。
「これは失敬。少しばかり前に進みすぎてしまったらしい。謝罪するよ、申し訳ない」
そう気取った風を見せるが、しかしアーデルハイトは銃を構えたまま姿勢を崩さない。
そんなアーデルハイトを見て数回手を叩いた。
「アーデルハイト、そこまでやってられるのは賞賛に値するよ。でもね、もう死んじゃったんだよ、帰ってきやしない。どうだい? 少しは『諦めよう』とかそんな気はなかった?」
そう言って、チェシャ猫はゆっくりとその姿を変えていく。まるでスライムのような粘性を持ったそれは、ゆっくりと少年ではない、別の存在へと姿を変えていく。
そして、そこに現れたのは、ティルクスだった。
「やっぱりこの姿がしっくり来るなあ……どうだい、今度は僕を愛してみる?」
「ふ……ざけるなあああああ!!」
アーデルハイトはそう言って引き金を引いた。
銃弾は放たれ、ティルクスの心臓を貫通した。
――が、倒れる様子などなかった。
「残念でした。君がどう狂おうと僕は僕だ。人間じゃあない、まったく別の存在。心臓を一回撃たれただけじゃあ死ぬこともないのさ」
「ならば……何度でも……!」
そう言って。
アーデルハイトは再び撃ち放った。
二回目も、心臓に命中。今度もティルクスは笑うだけだった。
三回目も。
四回目も。
五回目も。
「だから何度撃ったって無駄だよ」
「うるさい、うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
完全にアーデルハイトは逆上していた。
だからこそ、だからこそ、気がつかなかった。
六発目の銃弾を撃ったとき、ティルクスはとうとう話さなくなった。
あのチェシャ猫は死んだのだ――と思いそちらを見ると、チェシャ猫はその場に立っていた。しかし、チェシャ猫のすぐ目の前にはひとりの青年が倒れていた。
その姿にアーデルハイトは見覚えがあった。
「兄……さん?」
そう。
六発目の銃弾に倒れたのは、チェシャ猫が化けたまやかしのティルクスではない。
正真正銘、本物のアーデルハイトの兄、ティルクスだったのだ。
彼の白を基調とした服は血で真っ赤に染まって、口からも血を吹き出していた。彼を中心として血の水たまりが出来ていたが、それに気にせずアーデルハイトはそちらへ駆けていく。
「兄さん……ごめんね……!!」
しかし、もうすでにティルクスは息をしていなかった。
「あーあ、殺しちゃった」
アーデルハイトの背後で、チェシャ猫の声がした。
アーデルハイトはそれに何も反応できない。
「君が殺したんだよ、せっかく僕がチャンスをあげたのにね? 死んだお兄さんを生き返らせてあげて、そのままハッピーエンドだったのに、君は『またお兄さんじゃあなくてチェシャ猫が化けているんだ』って勝手に思っちゃったもんだから、躊躇なく撃っちゃった。けれど、結果は違ったわけだ。本物のお兄さんを、君自身の手で殺しちゃったわけだ。ははは、愉快愉快!」
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