絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第八十九話 鎖の街(前編)
その頃、崇人とエスティは学校から脱出するために廊下を走っていた。
廊下はあまりにも長い。その長さゆえにループしているのではないかと錯覚するほどだ。
「ここはいったい……」
どういう場所なんだ、と崇人が呟いたちょうどその時だった。
「ねえ」
声をかけられたので、崇人は振り返る。そこに居たのはひとりの少女だった。崇人はその少女に見覚えがあった。セレス・コロシアムで開催された『大会』、そこで会った少女。
「君は確か、『大会』で会った……」
「タカト、どうかしたの?」
「君は真実を知らないだけ」
そう言って、少女はエスティを指差す。
少女は笑うことも悲しむことも怒ることも哀しむこともなく、ただ無表情でエスティの方を見ていた。
「真実を…………知らないだけ?」
「そう。知らないだけ」
少女はそう言って、口を歪めた。
少女の姿を改めて見てみると、少女は白いワンピースを着ているだけだった。金色の髪はどことなく透き通って、輝いて見える。
少女の表情は無機質だった。まるで半導体のシリコンウエハーのように、何もない平坦な表情を浮かべていた。
「……エスティ・パロング。あなたはまだ知らないのかもしれない。だとするなら、あなたは何れ真実と向き合う場面にぶつかる。それは権利じゃあない、義務よ」
「まるで、これから何が起こるのか知っている口ぶりだな」
崇人が訊ねると、少女は鼻で笑った。
「私が仮に凡てを知っているとして、だとしてもそれを教えることは出来ないよ。権限的な問題でね」
「権限的な問題、だと? だとするなら、どうしてここに来たんだ」
崇人は訊ねると、少女はゆっくりと歩き出し、やがて崇人の目の前で立ち止まった。
「なに、……質問、かな?」
「質問?」
「後悔をしているかしていないかの、質問」
そう言われただけではあまりにも範囲が広すぎて、少女が何を聞きたいのか――崇人には解らなかった。
「君も勘が冴えないね。それくらい言われても気が付かないのかい? 元の世界がよかったか、今の世界がよかったか。その後悔に決まっているだろう?」
「勝手に決められたことなのに、後悔も糞もあるかよ」
崇人は乱暴に答えると、少女は声高々に笑った。
余程滑稽だったのだろう。しかし崇人からしてみれば、何が面白かったのか、まったくもって解らなかったのである。
対して、少女はその笑いを少しづつ抑えて、
「悪かったね。とてもテンプレート通りの発言ではないからね。いいものを聞かせてもらったよ。確かにその通りだ、君は『何者かに』勝手にこの世界に連れて来られた。それは間違いでもないし、正しいことだ。なるほどね……とても有意義な発言を聞かせてもらったよ」
急に饒舌になった少女は、口調すらも変わっていたように見えた。
しかし崇人は別段それを気にすることもなく、話を続けた。
「……それはともかく、お前はいったい何者なんだ? 『大会』の時といい、今といい。まるでこの世界に居る人間じゃあないような……」
「そこまでだ」
そう言って、少女は手で言葉を制した。
「それ以上は、言ってはいけない」
崇人はその言葉に不審な点を抱いたが、そもそも彼女の存在自体が『不審』であり、崇人はそれに対して何とか解明しようとしているのだが、何分ヒントが少ない。だから、そう簡単にはいかないのだった。
「まあ、あなたが今知り得る情報では、ここまでとさせていただきましょう。それ以上は、また話が進んで……という感じにはなりましょうか」
まるでRPGの重要キャラみたいだ――崇人はそんなことを思ったが、口に出すのはやめた。
そして。
少女は崇人たちの目の前で――姿を消した。
「消えた……」
「ねえタカト、彼女は何者だったの?」
「何者……と言われても、知らないんだよなあ」
崇人はそう言って苦笑する。
エスティもそれを見て、それ以上少女のことについて訊ねることをやめた。
◇◇◇
その頃。
クック・ロビンと行動を共にするマーズたちは牢屋から隠し通路を伝って一つ上のフロアへと来ていた。
チェイン・シティ。鎖の街として言われているその場所は飽く迄もニックネームに過ぎない。
チェイン・シティはそれ自体が一つの区画として存在する街である。労働環境もあり、市場として動いており、ここが『街』そのものとして動いている証拠であるといえる。
しかし、牢屋の中にあるためか、そこに住む人間にも荒っぽい人間が多いのは、避けようのない事実だ。
「にしても、私たちはここに不法入『街』しているのは事実です。いいですか、少なくとも騒がしくはしないでください。飽く迄も穏便にお願いします」
ロビンがそう言って、マーズたちを先導する。
マーズが見て、まず驚いたのはそのスケールの大きさである。
この街は本当の街をそのまま地下にそっくり作っている。空さえ見上げなければ本当の街であるかと錯覚してしまうほどだ。
「どうしてこのような施設を作ったのかは私にも解らないのだけれど……、表向きには『囚人たちが外の世界に非常に近い空間で集団生活を行うことで、悪は砕かれる』とかいうことらしいのですが……」
「まぁ確かに……悪は砕かれているように見えるわね、表向きは」
「表向き?」
マーズの言葉にコルネリアは訊ねる。
「あれを見れば解るわ。嫌でも、ね」
対して、それに答えたのはマーズではなくアーデルハイトだった。
アーデルハイトの言った方を見ると、そこでは二人の人間が口論を交わしていた。いや、よく見れば片方は唇を切っていた。それを見るからにあれは口論ではなく、喧嘩だということが解る。
それも一方的な喧嘩――所謂、カツアゲだろう。
「見ろ。表向きじゃあそう謳っているかもしれないが、裏向きじゃああんな感じだ。結局、『力こそ凡て』と考える人間が多いわけだし、こんな場所に閉じ込められようとも変わらないわけだ。だから、ここは完全に世紀末……ってやつだな」
マーズは言うと、改めてロビンの方を向き直す。
「……さて、ここまで来たのはいいが、この上に進む通路はあるのか?」
「解りません」
「……え?」
「解らないのです。ここから、どのように上に行き、脱出すればいいのかが。まったく……まったく解らないのです」
ロビンはそう肩を落として言った。口調も弱々しく、申し訳なさそうに見える。
マーズはそれを見て、彼女は嘘をついていないだろう、そう推測した。
しかし、そう簡単には信じていけない。本人が言うには、彼女は『シリーズ』だった存在だ。協力する、とは言われたがまだまだ不安を抱えているのもまた事実だ。
「とはいえ、それ本当なんでしょうね? 嘘をついているとか……そんなことはないわよね」
「それはない。だって今私はあなたたちに協力しているんだ。そんなのが、ここで嘘をついて何の得になる? ならないでしょう? つまり、そういうことだよ」
ロビンは早口でそう言った。どうやら、彼女の言葉を信じるほか道はなさそうだった。
一先ず、マーズたちは街をぶらつくこととした。はじめ、直ぐに見つかってしまうのではないかと、内心びくびくしていたが、特にそういうこともなく彼女たちはチェイン・シティを歩いているのだった。
「にしても、あまりにも広いわねここは……」
「何せここの広さは、地上にあるリリーファー起動従士訓練学校とほぼ同一ですからね。そこに大都市があることを考えると……、恐らくは活気だけなら世界一なんじゃあないでしょうか?」
「にしても、こんな地下施設がカーネルの地下にあるとは知らなかったがね」
マーズは苦笑する。
「まぁ、カーネルが何を考えているのかはまったく解らないが、こうなればとことん潰してやるのがいいだろう? こちとら牢屋に叩き込まれたんだ。そいつは立派な戦争と言ってもまったく間違いはない」
そこまで言って、マーズは不意に咳き込んだ。それも咳払いに近いような軽い咳ではなく、何度も続くひどい咳だ。
「大丈夫?」
アーデルハイトが訊ねると、マーズは手でOKサインを作った。
「……大丈夫よ、落ち着いた。何かしらね? 風邪じゃあないと思うのだけれど……。大事をもってこれが終わったら検査でも受けるべきかしら」
マーズはそう言って、ひとつ深呼吸をした。
「それじゃあ、向かいましょうか。上への階段がありそうな場所へ。ひとつくらい、見当はついているのよね」
そして、マーズたちはチェイン・シティを再び歩き出した。
廊下はあまりにも長い。その長さゆえにループしているのではないかと錯覚するほどだ。
「ここはいったい……」
どういう場所なんだ、と崇人が呟いたちょうどその時だった。
「ねえ」
声をかけられたので、崇人は振り返る。そこに居たのはひとりの少女だった。崇人はその少女に見覚えがあった。セレス・コロシアムで開催された『大会』、そこで会った少女。
「君は確か、『大会』で会った……」
「タカト、どうかしたの?」
「君は真実を知らないだけ」
そう言って、少女はエスティを指差す。
少女は笑うことも悲しむことも怒ることも哀しむこともなく、ただ無表情でエスティの方を見ていた。
「真実を…………知らないだけ?」
「そう。知らないだけ」
少女はそう言って、口を歪めた。
少女の姿を改めて見てみると、少女は白いワンピースを着ているだけだった。金色の髪はどことなく透き通って、輝いて見える。
少女の表情は無機質だった。まるで半導体のシリコンウエハーのように、何もない平坦な表情を浮かべていた。
「……エスティ・パロング。あなたはまだ知らないのかもしれない。だとするなら、あなたは何れ真実と向き合う場面にぶつかる。それは権利じゃあない、義務よ」
「まるで、これから何が起こるのか知っている口ぶりだな」
崇人が訊ねると、少女は鼻で笑った。
「私が仮に凡てを知っているとして、だとしてもそれを教えることは出来ないよ。権限的な問題でね」
「権限的な問題、だと? だとするなら、どうしてここに来たんだ」
崇人は訊ねると、少女はゆっくりと歩き出し、やがて崇人の目の前で立ち止まった。
「なに、……質問、かな?」
「質問?」
「後悔をしているかしていないかの、質問」
そう言われただけではあまりにも範囲が広すぎて、少女が何を聞きたいのか――崇人には解らなかった。
「君も勘が冴えないね。それくらい言われても気が付かないのかい? 元の世界がよかったか、今の世界がよかったか。その後悔に決まっているだろう?」
「勝手に決められたことなのに、後悔も糞もあるかよ」
崇人は乱暴に答えると、少女は声高々に笑った。
余程滑稽だったのだろう。しかし崇人からしてみれば、何が面白かったのか、まったくもって解らなかったのである。
対して、少女はその笑いを少しづつ抑えて、
「悪かったね。とてもテンプレート通りの発言ではないからね。いいものを聞かせてもらったよ。確かにその通りだ、君は『何者かに』勝手にこの世界に連れて来られた。それは間違いでもないし、正しいことだ。なるほどね……とても有意義な発言を聞かせてもらったよ」
急に饒舌になった少女は、口調すらも変わっていたように見えた。
しかし崇人は別段それを気にすることもなく、話を続けた。
「……それはともかく、お前はいったい何者なんだ? 『大会』の時といい、今といい。まるでこの世界に居る人間じゃあないような……」
「そこまでだ」
そう言って、少女は手で言葉を制した。
「それ以上は、言ってはいけない」
崇人はその言葉に不審な点を抱いたが、そもそも彼女の存在自体が『不審』であり、崇人はそれに対して何とか解明しようとしているのだが、何分ヒントが少ない。だから、そう簡単にはいかないのだった。
「まあ、あなたが今知り得る情報では、ここまでとさせていただきましょう。それ以上は、また話が進んで……という感じにはなりましょうか」
まるでRPGの重要キャラみたいだ――崇人はそんなことを思ったが、口に出すのはやめた。
そして。
少女は崇人たちの目の前で――姿を消した。
「消えた……」
「ねえタカト、彼女は何者だったの?」
「何者……と言われても、知らないんだよなあ」
崇人はそう言って苦笑する。
エスティもそれを見て、それ以上少女のことについて訊ねることをやめた。
◇◇◇
その頃。
クック・ロビンと行動を共にするマーズたちは牢屋から隠し通路を伝って一つ上のフロアへと来ていた。
チェイン・シティ。鎖の街として言われているその場所は飽く迄もニックネームに過ぎない。
チェイン・シティはそれ自体が一つの区画として存在する街である。労働環境もあり、市場として動いており、ここが『街』そのものとして動いている証拠であるといえる。
しかし、牢屋の中にあるためか、そこに住む人間にも荒っぽい人間が多いのは、避けようのない事実だ。
「にしても、私たちはここに不法入『街』しているのは事実です。いいですか、少なくとも騒がしくはしないでください。飽く迄も穏便にお願いします」
ロビンがそう言って、マーズたちを先導する。
マーズが見て、まず驚いたのはそのスケールの大きさである。
この街は本当の街をそのまま地下にそっくり作っている。空さえ見上げなければ本当の街であるかと錯覚してしまうほどだ。
「どうしてこのような施設を作ったのかは私にも解らないのだけれど……、表向きには『囚人たちが外の世界に非常に近い空間で集団生活を行うことで、悪は砕かれる』とかいうことらしいのですが……」
「まぁ確かに……悪は砕かれているように見えるわね、表向きは」
「表向き?」
マーズの言葉にコルネリアは訊ねる。
「あれを見れば解るわ。嫌でも、ね」
対して、それに答えたのはマーズではなくアーデルハイトだった。
アーデルハイトの言った方を見ると、そこでは二人の人間が口論を交わしていた。いや、よく見れば片方は唇を切っていた。それを見るからにあれは口論ではなく、喧嘩だということが解る。
それも一方的な喧嘩――所謂、カツアゲだろう。
「見ろ。表向きじゃあそう謳っているかもしれないが、裏向きじゃああんな感じだ。結局、『力こそ凡て』と考える人間が多いわけだし、こんな場所に閉じ込められようとも変わらないわけだ。だから、ここは完全に世紀末……ってやつだな」
マーズは言うと、改めてロビンの方を向き直す。
「……さて、ここまで来たのはいいが、この上に進む通路はあるのか?」
「解りません」
「……え?」
「解らないのです。ここから、どのように上に行き、脱出すればいいのかが。まったく……まったく解らないのです」
ロビンはそう肩を落として言った。口調も弱々しく、申し訳なさそうに見える。
マーズはそれを見て、彼女は嘘をついていないだろう、そう推測した。
しかし、そう簡単には信じていけない。本人が言うには、彼女は『シリーズ』だった存在だ。協力する、とは言われたがまだまだ不安を抱えているのもまた事実だ。
「とはいえ、それ本当なんでしょうね? 嘘をついているとか……そんなことはないわよね」
「それはない。だって今私はあなたたちに協力しているんだ。そんなのが、ここで嘘をついて何の得になる? ならないでしょう? つまり、そういうことだよ」
ロビンは早口でそう言った。どうやら、彼女の言葉を信じるほか道はなさそうだった。
一先ず、マーズたちは街をぶらつくこととした。はじめ、直ぐに見つかってしまうのではないかと、内心びくびくしていたが、特にそういうこともなく彼女たちはチェイン・シティを歩いているのだった。
「にしても、あまりにも広いわねここは……」
「何せここの広さは、地上にあるリリーファー起動従士訓練学校とほぼ同一ですからね。そこに大都市があることを考えると……、恐らくは活気だけなら世界一なんじゃあないでしょうか?」
「にしても、こんな地下施設がカーネルの地下にあるとは知らなかったがね」
マーズは苦笑する。
「まぁ、カーネルが何を考えているのかはまったく解らないが、こうなればとことん潰してやるのがいいだろう? こちとら牢屋に叩き込まれたんだ。そいつは立派な戦争と言ってもまったく間違いはない」
そこまで言って、マーズは不意に咳き込んだ。それも咳払いに近いような軽い咳ではなく、何度も続くひどい咳だ。
「大丈夫?」
アーデルハイトが訊ねると、マーズは手でOKサインを作った。
「……大丈夫よ、落ち着いた。何かしらね? 風邪じゃあないと思うのだけれど……。大事をもってこれが終わったら検査でも受けるべきかしら」
マーズはそう言って、ひとつ深呼吸をした。
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