絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第八十七話 増援
牢屋からの脱出に成功したマーズたちだったが、然れどその状況を喜んでいる様子ではなかった。
「この牢はあまりにも広すぎる。それは方位を解らなくさせる程にね」
そう。
この牢屋はあまりにも広かった。彼女たちが知る由もないが、カーネルの起動従士訓練学校地下全体にこの牢屋が広がっている――そう説明すれば、ここの広さがどれくらいであるかなんとなくの見当はつく。
だが。
そう簡単には諦めない。
そう簡単には転ばない。
どんな物事にも終焉がある。
終わりのない物事など存在しない。
起動従士はそんな簡単に物事を諦めたりはしないのだ。
「こうなれば適当に看守らしき人間を叩いて出口の情報を奪うほかないようね……」
「マーズさん、流石にそれは不味いんじゃあ……」
「捕まった時点で、もうどうだっていいのよ。相手がそうやってきた。だったらこっちだってやってやるのが当たり前じゃあない?」
マーズの言葉には誰も返すことが出来なかった。確かにその言葉は正論だったからだ。
「倍返し、してやろうじゃあないの」
そう言ってマーズたちは牢獄を駆け出していく。
◇◇◇
その頃。
カーネルのある壁外。
一体のリリーファーがそこに現れていた。
厳戒態勢が敷かれ、壁内からは大砲やらコイルガン、はたまたレールガンを出して徹底的に応戦するようだった。
壁はリリーファーにも用いられている素材で造られているため、非常に堅い。そう簡単に潜り抜けることは出来ない。
そしてそれを舐めるように見る黒いリリーファーがいた。
ペイパス王国の所有する『国有リリーファー』ではない、『民有リリーファー』の一つ。しかし現在はペイパス王国が持つ半国有リリーファーと化すリリーファー。
その名前はペルセポネ。
テルミー・ヴァイデアックスという人間が操縦するリリーファーのことだ。世代では第四世代であり、ムラサメと比べると若干バージョンが低いものとなる。
今、テルミーは小さく微笑んでいた。
何を考えていたのだろうか?
何を考えているのだろうか?
それは彼女にしか解らないことだ。彼女にしか知り得ないことだ。
「……世界が変わろうとしている」
テルミーの隣には、帽子屋が立っていた。
「世界?」
テルミーが居る場所はコックピット。即ちそう簡単に入ることも出来ないのだが――テルミーはそれを無視して話を続ける。
「世界はあっという間に変えることが出来る。それも新しい世界ではない。元々あった姿に、だ」
「元々あった……つまり世界は変容してきていた、ということ?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「君は賢いね。そうだ、そういうことだよ。世界は変容していき……まもなく昇華する。それはどちらに昇華するのかは……僕たち『シリーズ』にしか解りえないことだ」
テルミーは帽子屋の言葉をうんざりがるように頷く。
帽子屋はそれを見て、小さくため息をついた。
「……どうやらもう会話をする時間でもないようだね。ここでお別れだ、テルミー・ヴァイデアックス。また会おうじゃあないか」
「あんたみたいな輩とはまた会おうだなんて思わないけれどね」
「謙遜か」
帽子屋は呟く。
「そんなものじゃあない」
テルミーは答える。
「……そんなつまらない認識じゃあない」
そして、帽子屋はコックピットから姿を消した。
再び、コックピットはテルミーだけになる。
テルミーはため息をついて、前方を向く。
再び、壁と対面する。
壁は大きく、とても簡単に壊せるとは思えない。
にもかかわらず、彼女はここにいた。
理由は簡単だ。
ラトロの権益は喉から手が出るほどに、どの国も欲しがっているものだ。リリーファーの最新技術が手に入るからだ。
この世界において、最新技術が手に入るということは戦争で優位に立つ事が出来る。
即ち。
それは彼女が実際に『したい』ことではない。
だが。
それを彼女が口に出した瞬間、彼女は彼女では居られなくなるだろう。
起動従士はその秘密を厳重にするため、起動従士が殉職すること以外で辞職する場合においては、その記憶を凡て消し去らなければならない。
起動従士に関する記憶だけではなく、それ以外凡ての記憶を消し去る理由は、起動従士だった人間をそのまま抹消する意味を持つからである。
では、そのあとの起動従士だった人間はどうなるのだろうか?
答えは簡単だ。記憶だけを消した状態で『偽りの記憶』を植付け、名前も変えてどこかの場所へと住まわせる。保護は国が行う。少々面倒臭い方法ではあるのだが、リリーファーの秘密を守るためにも重要な事であるのだ。
だから、彼女は従わざるを得ない。
たとえその任務が理不尽であろうとも。
彼女はそれに従わなくてはならないのである。
「……やるぞ」
彼女はマイクを手に取り、通信を行う。
「これから、リリーファー『ペルセポネ』は壁の破壊を試みる!! いいか、壁の破壊に成功したら追撃しろ!!」
『――了解』
短い返答を聞き、テルミーはマイクの電源を切る。
そして。
テルミーはニヤリと微笑んだ。
「さあ――作戦開始だ」
◇◇◇
その頃。
崇人とエスティは廊下を闊歩していた。
どこへ向かっているのか?
待ち合わせ場所に向かっているのであった。
では、その待ち合わせ場所は?
「……そういえば、待ち合わせ場所ってどこだったっけ?」
「さあ?」
二人は今迷子になっていた。
元はといえば、待ち合わせ場所をきちんと聞いていないことが問題であるのだが、このままではたくさんの問題が生じてしまう。
「……どうにかして、先ずはここから脱出せねばならないだろうな……」
崇人がそう呟くと、エスティは再び咳き込んだ。
それを行ってから、「ああ、ごめんね」とエスティは頭を下げる。
「エスティ、大丈夫か?」
崇人の問いに、エスティは頭を縦に振った。
「風邪?」
さらに崇人は訊ねる。
対して、エスティは首を傾げる。
「風邪、なのかなあ。解らないんだよ、正直言って。リリーファーに乗り始めてそれほど時間は経っていないけれど、たしかリリーファーに乗り始めてから風邪っぽい症状になったよ」
「休むことはしないのか?」
「人員が足りない、ってマーズさんがよく言うからね。人員過多とまで言われる状況になるならば悠々と休めるのかもしれないけれど。まあ、自分にはそんなこと出来る余裕なんてないけれどね」
そう言ってエスティはシニカルに微笑んだ。
「そんな余裕なんて……まあ、確かにないな」
崇人はそこでふと昔のことを思い出す。それは彼が企業戦士だった頃の話だ。
企業戦士。
それは企業のために自らの身も家族をも顧みず会社や上司の命令のままに働く姿を『戦場で戦う戦士』として例えたブラックジョークに近いものであるが、現にそのような人間は、崇人の居た世界では常識だった。
だから、彼は自分で考える力はあるものの大抵は上司や会社の命令に忠実に従う――そういうスタイルをとっていた。
だが、この世界ではそういうものをうまく組み合わせなくてはならない。崇人が元々いた世界の常識は通用しないと思っていいだろう。
常識が通用しないからこそ、崇人は自らの頭で考えねばならない。ヴィーエックのような例外も確かに存在するのだが、平均化すれば全員が崇人の『常識』を『非常識』と認識しているということなのだ。
それを考えるならば、崇人には常に余裕がない状態である。強いて言うなら、この世界に慣れてきて漸く余裕が出てきたくらいだろうが、それでも緊張は続いている。気を抜いて前の世界の常識を出してしまえば取り返しのつかないこととなるかもしれないからだ。
「だけれど……」
エスティの声を聞いて、崇人は我に返る。
「この牢はあまりにも広すぎる。それは方位を解らなくさせる程にね」
そう。
この牢屋はあまりにも広かった。彼女たちが知る由もないが、カーネルの起動従士訓練学校地下全体にこの牢屋が広がっている――そう説明すれば、ここの広さがどれくらいであるかなんとなくの見当はつく。
だが。
そう簡単には諦めない。
そう簡単には転ばない。
どんな物事にも終焉がある。
終わりのない物事など存在しない。
起動従士はそんな簡単に物事を諦めたりはしないのだ。
「こうなれば適当に看守らしき人間を叩いて出口の情報を奪うほかないようね……」
「マーズさん、流石にそれは不味いんじゃあ……」
「捕まった時点で、もうどうだっていいのよ。相手がそうやってきた。だったらこっちだってやってやるのが当たり前じゃあない?」
マーズの言葉には誰も返すことが出来なかった。確かにその言葉は正論だったからだ。
「倍返し、してやろうじゃあないの」
そう言ってマーズたちは牢獄を駆け出していく。
◇◇◇
その頃。
カーネルのある壁外。
一体のリリーファーがそこに現れていた。
厳戒態勢が敷かれ、壁内からは大砲やらコイルガン、はたまたレールガンを出して徹底的に応戦するようだった。
壁はリリーファーにも用いられている素材で造られているため、非常に堅い。そう簡単に潜り抜けることは出来ない。
そしてそれを舐めるように見る黒いリリーファーがいた。
ペイパス王国の所有する『国有リリーファー』ではない、『民有リリーファー』の一つ。しかし現在はペイパス王国が持つ半国有リリーファーと化すリリーファー。
その名前はペルセポネ。
テルミー・ヴァイデアックスという人間が操縦するリリーファーのことだ。世代では第四世代であり、ムラサメと比べると若干バージョンが低いものとなる。
今、テルミーは小さく微笑んでいた。
何を考えていたのだろうか?
何を考えているのだろうか?
それは彼女にしか解らないことだ。彼女にしか知り得ないことだ。
「……世界が変わろうとしている」
テルミーの隣には、帽子屋が立っていた。
「世界?」
テルミーが居る場所はコックピット。即ちそう簡単に入ることも出来ないのだが――テルミーはそれを無視して話を続ける。
「世界はあっという間に変えることが出来る。それも新しい世界ではない。元々あった姿に、だ」
「元々あった……つまり世界は変容してきていた、ということ?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「君は賢いね。そうだ、そういうことだよ。世界は変容していき……まもなく昇華する。それはどちらに昇華するのかは……僕たち『シリーズ』にしか解りえないことだ」
テルミーは帽子屋の言葉をうんざりがるように頷く。
帽子屋はそれを見て、小さくため息をついた。
「……どうやらもう会話をする時間でもないようだね。ここでお別れだ、テルミー・ヴァイデアックス。また会おうじゃあないか」
「あんたみたいな輩とはまた会おうだなんて思わないけれどね」
「謙遜か」
帽子屋は呟く。
「そんなものじゃあない」
テルミーは答える。
「……そんなつまらない認識じゃあない」
そして、帽子屋はコックピットから姿を消した。
再び、コックピットはテルミーだけになる。
テルミーはため息をついて、前方を向く。
再び、壁と対面する。
壁は大きく、とても簡単に壊せるとは思えない。
にもかかわらず、彼女はここにいた。
理由は簡単だ。
ラトロの権益は喉から手が出るほどに、どの国も欲しがっているものだ。リリーファーの最新技術が手に入るからだ。
この世界において、最新技術が手に入るということは戦争で優位に立つ事が出来る。
即ち。
それは彼女が実際に『したい』ことではない。
だが。
それを彼女が口に出した瞬間、彼女は彼女では居られなくなるだろう。
起動従士はその秘密を厳重にするため、起動従士が殉職すること以外で辞職する場合においては、その記憶を凡て消し去らなければならない。
起動従士に関する記憶だけではなく、それ以外凡ての記憶を消し去る理由は、起動従士だった人間をそのまま抹消する意味を持つからである。
では、そのあとの起動従士だった人間はどうなるのだろうか?
答えは簡単だ。記憶だけを消した状態で『偽りの記憶』を植付け、名前も変えてどこかの場所へと住まわせる。保護は国が行う。少々面倒臭い方法ではあるのだが、リリーファーの秘密を守るためにも重要な事であるのだ。
だから、彼女は従わざるを得ない。
たとえその任務が理不尽であろうとも。
彼女はそれに従わなくてはならないのである。
「……やるぞ」
彼女はマイクを手に取り、通信を行う。
「これから、リリーファー『ペルセポネ』は壁の破壊を試みる!! いいか、壁の破壊に成功したら追撃しろ!!」
『――了解』
短い返答を聞き、テルミーはマイクの電源を切る。
そして。
テルミーはニヤリと微笑んだ。
「さあ――作戦開始だ」
◇◇◇
その頃。
崇人とエスティは廊下を闊歩していた。
どこへ向かっているのか?
待ち合わせ場所に向かっているのであった。
では、その待ち合わせ場所は?
「……そういえば、待ち合わせ場所ってどこだったっけ?」
「さあ?」
二人は今迷子になっていた。
元はといえば、待ち合わせ場所をきちんと聞いていないことが問題であるのだが、このままではたくさんの問題が生じてしまう。
「……どうにかして、先ずはここから脱出せねばならないだろうな……」
崇人がそう呟くと、エスティは再び咳き込んだ。
それを行ってから、「ああ、ごめんね」とエスティは頭を下げる。
「エスティ、大丈夫か?」
崇人の問いに、エスティは頭を縦に振った。
「風邪?」
さらに崇人は訊ねる。
対して、エスティは首を傾げる。
「風邪、なのかなあ。解らないんだよ、正直言って。リリーファーに乗り始めてそれほど時間は経っていないけれど、たしかリリーファーに乗り始めてから風邪っぽい症状になったよ」
「休むことはしないのか?」
「人員が足りない、ってマーズさんがよく言うからね。人員過多とまで言われる状況になるならば悠々と休めるのかもしれないけれど。まあ、自分にはそんなこと出来る余裕なんてないけれどね」
そう言ってエスティはシニカルに微笑んだ。
「そんな余裕なんて……まあ、確かにないな」
崇人はそこでふと昔のことを思い出す。それは彼が企業戦士だった頃の話だ。
企業戦士。
それは企業のために自らの身も家族をも顧みず会社や上司の命令のままに働く姿を『戦場で戦う戦士』として例えたブラックジョークに近いものであるが、現にそのような人間は、崇人の居た世界では常識だった。
だから、彼は自分で考える力はあるものの大抵は上司や会社の命令に忠実に従う――そういうスタイルをとっていた。
だが、この世界ではそういうものをうまく組み合わせなくてはならない。崇人が元々いた世界の常識は通用しないと思っていいだろう。
常識が通用しないからこそ、崇人は自らの頭で考えねばならない。ヴィーエックのような例外も確かに存在するのだが、平均化すれば全員が崇人の『常識』を『非常識』と認識しているということなのだ。
それを考えるならば、崇人には常に余裕がない状態である。強いて言うなら、この世界に慣れてきて漸く余裕が出てきたくらいだろうが、それでも緊張は続いている。気を抜いて前の世界の常識を出してしまえば取り返しのつかないこととなるかもしれないからだ。
「だけれど……」
エスティの声を聞いて、崇人は我に返る。
「絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,571
-
2.9万
-
-
165
-
59
-
-
61
-
22
-
-
1.2万
-
4.7万
-
-
5,073
-
2.5万
-
-
5,013
-
1万
-
-
9,627
-
1.6万
-
-
8,090
-
5.5万
-
-
2,412
-
6,662
-
-
3,135
-
3,383
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
3,521
-
5,226
-
-
9,294
-
2.3万
-
-
13
-
1
-
-
6,119
-
2.6万
-
-
600
-
220
-
-
42
-
55
-
-
1,285
-
1,419
-
-
6,614
-
6,954
-
-
2,845
-
4,948
-
-
3万
-
4.9万
-
-
6,028
-
2.9万
-
-
1,258
-
8,383
-
-
315
-
800
-
-
139
-
227
-
-
6,161
-
3.1万
-
-
395
-
718
-
-
65
-
152
-
-
1,856
-
1,560
-
-
33
-
11
-
-
3,630
-
9,417
-
-
44
-
89
-
-
208
-
515
-
-
48
-
129
-
-
105
-
364
-
-
11
-
4
-
-
2,605
-
7,282
-
-
60
-
278
-
-
45
-
163
-
-
2,931
-
4,405
-
-
168
-
148
-
-
7,413
-
1.5万
-
-
561
-
1,070
-
-
263
-
160
-
-
71
-
145
-
-
1,583
-
2,757
-
-
387
-
438
-
-
31
-
83
-
-
4,871
-
1.7万
-
-
2,388
-
9,359
-
-
3,136
-
1.5万
-
-
9,139
-
2.3万
-
-
169
-
156
「SF」の人気作品
-
-
1,771
-
1.8万
-
-
1,253
-
1.2万
-
-
456
-
3,000
-
-
450
-
97
-
-
428
-
813
-
-
420
-
562
-
-
414
-
688
-
-
367
-
994
-
-
362
-
192
コメント