絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第八十話 白の歓談(前編)
その頃、白の部屋にて数人の人間がティーブレイクを楽しんでいた。
分厚いハードカバーの本を読みながら、その合間にクッキーを小動物のように頬張るのはチェシャ猫。
紅茶の入ったティーカップを傾け、愉悦に浸っている幼女がハンプティダンプティ。
そして、白い長髪の少女がただ部屋を眺めていた。
少女は目鼻立ちがよく、一度歩けば周りの注目を凡て受け持ってしまうだろう、それくらいの美貌だった。
「……ここも変わったわね、チェシャ猫」
少女の言葉は聞くだけで相手を凍えさせるような冷たさだった。
「ここは帽子屋が生まれてからだいぶ変わったよ」
「その帽子屋が見えないようだけれど」
少女はそう言ってテーブルに置かれたティーカップを手に取る。
ティーカップの中から湯気が出ている。まだ暖かい紅茶を一口飲んだ。
「この紅茶……チェシャ猫が?」
「うん。やっぱり紅茶は自分で淹れるに限るよ」
チェシャ猫はそう言って、小さく微笑んだ。
チェシャ猫は紅茶を淹れるのが好きだった。それ以外にもクッキーを作ったり、ケーキを作ったりとこういうことを趣味としているのだ。
チェシャ猫曰く、俗物の食事を作るのも悪くない、とのことだ。
「紅茶を淹れるのは、貴方には適わないからね」
少女はくつくつと笑う。
「……ところで、今日はどうした?」
ハンプティダンプティが訊ねると、少女は口に手を当てて小さく微笑んだ。
少女の微笑みは、凡て吸い込まれそうな畏怖すら感じさせた。それは人間だけではなく、彼女と同族であるハンプティダンプティですら、身を震わせてしまう。
「今日はね、少しだけお話に来たの。歓談ってやつよ」
「歓談か」
ハンプティダンプティはニヒルに笑みを浮かべる。
「君はずっとここに居なかったからね。色んな状況報告をしてもいいだろう。先ずは、インフィニティ計画について、かな?」
「インフィニティ計画? 聞いたことないわね……。もしかして、私がいない間にそんな計画が始まっていたの?」
「ああ、帽子屋が主導となってね。『アリス』を先ずは探さなくてはならないが」
「アリスは見つかっているのかしら?」
「見当はついているようだよ」
ハンプティダンプティの言葉を聞いて、少女はソファに背を預ける。
少女はどこか遠くを見つめていたが、直ぐにまたハンプティダンプティの方へ視線を戻す。
「にしても、アリス、ねえ……。今更とは思えないかしら? 確かに私たちは『アリス』から生まれたわ。だけれどそれはオリジナルに過ぎない。殆どのシリーズはもう何代目だったか、ともかく代わってしまったのばかりよ。そんなのが、アリスを戻しても特に意味はないんじゃあないかしら」
「私だってそう思ったさ。しかし、彼が言うにはアリスを戻す意義がその計画では必要らしい。何故かは知らないがな」
「計画の全容は、あなたも知らないというの? アリスから一番最初に生まれたあなたでも?」
少女の問いに、ハンプティダンプティは頷く。
少女はそれを聞いて益々帽子屋が怪しくなってきた。
彼女が『白の部屋』から居なくなって暫く経っていた。その時間は、人間の一生では到底比較できない程にだ。彼女が白の部屋にいた時は、シリーズの姿も大分違っていた。ハンプティダンプティ以外は、何代と代わっている。
代わっている、というのはつまり死を迎えたということである。どうして死を迎えたのかは、色んな理由がある。例えば、戦争に巻き込まれて死ぬケースもあった。例えば、自ら望んで『シリーズ』から脱退するケースもあった。
シリーズは姿を変えることはない。しかし中身はすっかり変わってしまっている。
それを少女は嘆いているのだ。
しかし、少女も恐ろしい程の時間を過ごしているのは事実だ。
少女は人間ではない。シリーズという存在にカテゴライズされる。
シリーズという存在は、もともとアリスから生まれたのだが、それはオリジナルのみに過ぎない。オリジナルではない、二代目以降の存在に関してはどれから生まれたのかは解らない。
人間から生まれたり、モノに霊体が植えつけられそれによって生まれたり
などとそのケースは非常に多種多様だ。
だからこそ、人間を観察するのがシリーズにとっては楽しみであるともいえる。
「……まあ、そんなことはさておき、計画について話してもらおうかしら」
「計画について、興味が湧いてきたのかい?」
「そんなところね」
少女は小さく呟く。
それを聞いて、ハンプティダンプティは立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。
それは茶色の表紙のソフトカバーの本だった。表紙には何も書かれていないから、表紙を見ただけではそれが何の本なのかは全く解らない。
「それは?」
「残念ながらあまりにも情報量が多すぎてね。本を読まないと説明が出来ないんだ。済まないが、これを見ながら説明させてもらうよ」
それなら仕方ない、と少女は右手をハンプティダンプティに差し出す。
「先ず始まりは小さな出来事だった。七代目帽子屋が就任した時だよ。彼は元々人間だった」
「人間……だっただと?」
「特に驚くこともなかろう? シリーズが人間だった例はほかにもあったのだから」
ハンプティダンプティの話は続く。
「ともかく、私は彼にシリーズとしての役目を与えた。暫くは白の部屋で色々と監視したり、歴史を眺めたりなどと割と充実した生活だった。そうそう、私ともよく話をしていたよ」
「へえ、珍しい。ハンプティダンプティ、あなたと親しく話をするのなんて私くらいしかいないんじゃあない?」
「そうかもしれない」
そう言ってハンプティダンプティは紅茶のティーカップを持ち、一口啜った。
そのあとは元の位置に戻し、ふう、とため息をつく。
「……しかしある日、彼があることを言い出した。『この計画は世界の仕組みを大きく変えることの出来るものだ』と言ってね。私としては傍観者の地位……これはシリーズ全体に言えることだがね、その地位を守ってきていたから、手を出すのはどうかと思った。しかし、帽子屋は問題ないと言った」
「彼が自発的に考えた……そう言いたいのか?」
思わず少女はそう言って立ち上がった。
「だからそう言っているだろう?」
しかし、ハンプティダンプティは姿勢を崩さないまま少女の顔を見つめて、答えた。
「……そうか、話を続けてくれ」
少女はそれで納得したらしく、ソファに再び背を預ける。
「解った。話を続けよう。彼が提案したのはインフィニティ計画と呼ばれるものだ。私はそれをどういうものなのかは完璧に理解していない。だが、これだけは言える。これは非常に運に左右されるものだということだ」
「運?」
「ああ、それがどういう意味なのかはプロジェクトを聞いていけば解ると思う。先ず、『インフィニティ』というリリーファーは知っているね?」
「インフィニティ……、確かあの世界では初めに造られたリリーファーだろう。製作者が誰なのかも解らないという、特殊なリリーファーだったな。その割には性能はオーバーテクノロジーとも呼べるもので、リリーファーが製造されて二百年以上がたった今ですら技術力が追いついていないというものだったかな」
「そうだ。そして、それはある人間にしか乗ることのできない代物だった。製造は帽子屋が選んだ人間に任せた」
「帽子屋は製造者を知っているというのか?」
「……ああ、知っている。だが、彼しか知らない。私にも、チェシャ猫にも、ほかのシリーズにも知り得ない情報だ」
「秘密主義だというのか。あの帽子屋は」
少女は笑った。
小さく、小さく、唇を歪めて。
ハンプティダンプティから聞いた情報は、まだ断片的ではあったが、少女はある確信を持っていた。
帽子屋は、シリーズそのものの仕組みを破壊しようとしている。
その、明確な証拠もない確信を、彼女は持っていた。
分厚いハードカバーの本を読みながら、その合間にクッキーを小動物のように頬張るのはチェシャ猫。
紅茶の入ったティーカップを傾け、愉悦に浸っている幼女がハンプティダンプティ。
そして、白い長髪の少女がただ部屋を眺めていた。
少女は目鼻立ちがよく、一度歩けば周りの注目を凡て受け持ってしまうだろう、それくらいの美貌だった。
「……ここも変わったわね、チェシャ猫」
少女の言葉は聞くだけで相手を凍えさせるような冷たさだった。
「ここは帽子屋が生まれてからだいぶ変わったよ」
「その帽子屋が見えないようだけれど」
少女はそう言ってテーブルに置かれたティーカップを手に取る。
ティーカップの中から湯気が出ている。まだ暖かい紅茶を一口飲んだ。
「この紅茶……チェシャ猫が?」
「うん。やっぱり紅茶は自分で淹れるに限るよ」
チェシャ猫はそう言って、小さく微笑んだ。
チェシャ猫は紅茶を淹れるのが好きだった。それ以外にもクッキーを作ったり、ケーキを作ったりとこういうことを趣味としているのだ。
チェシャ猫曰く、俗物の食事を作るのも悪くない、とのことだ。
「紅茶を淹れるのは、貴方には適わないからね」
少女はくつくつと笑う。
「……ところで、今日はどうした?」
ハンプティダンプティが訊ねると、少女は口に手を当てて小さく微笑んだ。
少女の微笑みは、凡て吸い込まれそうな畏怖すら感じさせた。それは人間だけではなく、彼女と同族であるハンプティダンプティですら、身を震わせてしまう。
「今日はね、少しだけお話に来たの。歓談ってやつよ」
「歓談か」
ハンプティダンプティはニヒルに笑みを浮かべる。
「君はずっとここに居なかったからね。色んな状況報告をしてもいいだろう。先ずは、インフィニティ計画について、かな?」
「インフィニティ計画? 聞いたことないわね……。もしかして、私がいない間にそんな計画が始まっていたの?」
「ああ、帽子屋が主導となってね。『アリス』を先ずは探さなくてはならないが」
「アリスは見つかっているのかしら?」
「見当はついているようだよ」
ハンプティダンプティの言葉を聞いて、少女はソファに背を預ける。
少女はどこか遠くを見つめていたが、直ぐにまたハンプティダンプティの方へ視線を戻す。
「にしても、アリス、ねえ……。今更とは思えないかしら? 確かに私たちは『アリス』から生まれたわ。だけれどそれはオリジナルに過ぎない。殆どのシリーズはもう何代目だったか、ともかく代わってしまったのばかりよ。そんなのが、アリスを戻しても特に意味はないんじゃあないかしら」
「私だってそう思ったさ。しかし、彼が言うにはアリスを戻す意義がその計画では必要らしい。何故かは知らないがな」
「計画の全容は、あなたも知らないというの? アリスから一番最初に生まれたあなたでも?」
少女の問いに、ハンプティダンプティは頷く。
少女はそれを聞いて益々帽子屋が怪しくなってきた。
彼女が『白の部屋』から居なくなって暫く経っていた。その時間は、人間の一生では到底比較できない程にだ。彼女が白の部屋にいた時は、シリーズの姿も大分違っていた。ハンプティダンプティ以外は、何代と代わっている。
代わっている、というのはつまり死を迎えたということである。どうして死を迎えたのかは、色んな理由がある。例えば、戦争に巻き込まれて死ぬケースもあった。例えば、自ら望んで『シリーズ』から脱退するケースもあった。
シリーズは姿を変えることはない。しかし中身はすっかり変わってしまっている。
それを少女は嘆いているのだ。
しかし、少女も恐ろしい程の時間を過ごしているのは事実だ。
少女は人間ではない。シリーズという存在にカテゴライズされる。
シリーズという存在は、もともとアリスから生まれたのだが、それはオリジナルのみに過ぎない。オリジナルではない、二代目以降の存在に関してはどれから生まれたのかは解らない。
人間から生まれたり、モノに霊体が植えつけられそれによって生まれたり
などとそのケースは非常に多種多様だ。
だからこそ、人間を観察するのがシリーズにとっては楽しみであるともいえる。
「……まあ、そんなことはさておき、計画について話してもらおうかしら」
「計画について、興味が湧いてきたのかい?」
「そんなところね」
少女は小さく呟く。
それを聞いて、ハンプティダンプティは立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。
それは茶色の表紙のソフトカバーの本だった。表紙には何も書かれていないから、表紙を見ただけではそれが何の本なのかは全く解らない。
「それは?」
「残念ながらあまりにも情報量が多すぎてね。本を読まないと説明が出来ないんだ。済まないが、これを見ながら説明させてもらうよ」
それなら仕方ない、と少女は右手をハンプティダンプティに差し出す。
「先ず始まりは小さな出来事だった。七代目帽子屋が就任した時だよ。彼は元々人間だった」
「人間……だっただと?」
「特に驚くこともなかろう? シリーズが人間だった例はほかにもあったのだから」
ハンプティダンプティの話は続く。
「ともかく、私は彼にシリーズとしての役目を与えた。暫くは白の部屋で色々と監視したり、歴史を眺めたりなどと割と充実した生活だった。そうそう、私ともよく話をしていたよ」
「へえ、珍しい。ハンプティダンプティ、あなたと親しく話をするのなんて私くらいしかいないんじゃあない?」
「そうかもしれない」
そう言ってハンプティダンプティは紅茶のティーカップを持ち、一口啜った。
そのあとは元の位置に戻し、ふう、とため息をつく。
「……しかしある日、彼があることを言い出した。『この計画は世界の仕組みを大きく変えることの出来るものだ』と言ってね。私としては傍観者の地位……これはシリーズ全体に言えることだがね、その地位を守ってきていたから、手を出すのはどうかと思った。しかし、帽子屋は問題ないと言った」
「彼が自発的に考えた……そう言いたいのか?」
思わず少女はそう言って立ち上がった。
「だからそう言っているだろう?」
しかし、ハンプティダンプティは姿勢を崩さないまま少女の顔を見つめて、答えた。
「……そうか、話を続けてくれ」
少女はそれで納得したらしく、ソファに再び背を預ける。
「解った。話を続けよう。彼が提案したのはインフィニティ計画と呼ばれるものだ。私はそれをどういうものなのかは完璧に理解していない。だが、これだけは言える。これは非常に運に左右されるものだということだ」
「運?」
「ああ、それがどういう意味なのかはプロジェクトを聞いていけば解ると思う。先ず、『インフィニティ』というリリーファーは知っているね?」
「インフィニティ……、確かあの世界では初めに造られたリリーファーだろう。製作者が誰なのかも解らないという、特殊なリリーファーだったな。その割には性能はオーバーテクノロジーとも呼べるもので、リリーファーが製造されて二百年以上がたった今ですら技術力が追いついていないというものだったかな」
「そうだ。そして、それはある人間にしか乗ることのできない代物だった。製造は帽子屋が選んだ人間に任せた」
「帽子屋は製造者を知っているというのか?」
「……ああ、知っている。だが、彼しか知らない。私にも、チェシャ猫にも、ほかのシリーズにも知り得ない情報だ」
「秘密主義だというのか。あの帽子屋は」
少女は笑った。
小さく、小さく、唇を歪めて。
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