絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第七十八話 作戦会議(前編)
「良い知らせってのは、そういうことか……」
マーズは通話を切って、改めてアーデルハイトと対面する。
アーデルハイトは今、完全に私服であった。青のダメージジーンズ、白いTシャツ(模様はよく解らない幾何学模様である)に緑のジャンパーを羽織っていた。
「……それって私服?」
「ええ、そうよ」
「すんごいヤンキーっぽいな……。イメージと違う」
「あなたの方こそ、私服はすごく可愛らしいのね。イメージと違うよ」
「ま、まあまあ。今は争うことじゃないし……」
マーズとアーデルハイトが火花を散らしているのを崇人が手で制して、アーデルハイトは小さく頷いた。
「まあ、そうね。たしかに今はそんなことを言っている場合じゃない。さっさと事を済ませなくてはいけないわ。事はあなたたちが思っている以上に重大になっているからね」
「……と、いうと?」
「私が再びヴァリエイブルに召還されたことを考慮しても、解るんじゃない?」
崇人の問いにアーデルハイトは明確な答えを示さなかった。
「カーネルが提示した『インフィニティの解体を含めた解析・研究』をヴァリエイブルは頑なに否定した。そりゃそうだろう。たとえそれがヴァリエイブルでなく、ペイパスやアースガルズでもそうだっただろう。しかし、問題はそれから先だ。カーネルはその事象に酷くお怒りだそうだ。なんでも、『研究においては一番である自分たちに任せないのはおかしい』というとんでも理論を展開している。まったくもって、薬でもキメているんじゃないかと思うくらいだ」
アーデルハイトはそう言って肩を竦め、鼻で笑った。
そんなことはどうでもいいとでも言いたげな表情を浮かべていた。
「……そうして、どうするんだ? ヴァリエイブルはもうカーネルには協力しない。ということは、交渉は決裂。戦争をする……そこまではルミナスの電話でも聞いたとおりだ」
「そこまで聞いていたのなら、話は早い」
アーデルハイトはそう言って、ポケットから何かを取り出す。それは情報の電子化が進んでいるこの世界では珍しく何かの用紙だった。
その用紙は折り畳まれており、アーデルハイトは何も言わずそれを広げる。
それは地図だった。それも機械都市カーネルの地域地図であった。
「……ただの地図じゃないか。これがどうかしたのか?」
「バカ、タカト。これがどういうことなのか理解していないのか」
崇人の言葉にマーズが指摘する。
「どういうことだ?」
崇人の言葉に答えたのはマーズではなく、アーデルハイトだった。
「これはただの地図じゃない。バツ印でマーキングされている場所があるだろう? そこは私たち……いや、正確にはヴァリエイブル軍の息がかかった場所だ。アジトと言ってもいいだろう」
「そのアジトに潜り込んで、勝機を狙うってわけか?」
「間違っているようで間違っていない。その返答はどうも中途半端だ」
「その言葉こそ、回りくどくて中途半端にしか見えないな」
崇人の言葉は、アーデルハイトの心に深く突き刺さるものだったが、そんなことは崇人は考えてなどいない。強いて言うなら、あるべき指摘をしたまでである。
「アジトは凡てで八十八箇所存在する。その八十八箇所凡てにリリーファーの整備施設が敷設してあるし、ミーティングルームも常備。仮眠室もあればレストランも存在している」
「そんなものを作る暇があるなら、別のものを充実するとかすればいいんじゃないかな」
「ともかく!」
アーデルハイトはひとつ咳払いをして話を続ける。
「これからアジトに向かい、体制を整えます。何があったかは、詳しくは聞いていないけれど、大体の様子で解るもの。……一先ずは、私が入って欠員を補います。それでいいね?」
アーデルハイトの言葉にハリー騎士団の面々は頷くほかなかった。
「……あれ? 何をしているの?」
そこに、不意に声が聞こえ、ハリー騎士団の面々は振り返る。
そこに居たのはエスティだった。
「エスティ!」
はじめに崇人が抱きつく。エスティは思わず顔を赤らめて、崇人の顔面に右ストレートを浴びせた。
◇◇◇
八十八箇所あるアジトは、その地図を見なくては本当に行くことは出来ないのだろうか?
答えはイエスだ。そんなものできるわけがない。もっとも、脳内に地図を凡て叩き込んでいるならば話は別だ。
アーデルハイトが起動従士として、国の戦力として、雇われているには幾つかの理由がある。
一つにはパイロット・オプションの適格者であること。これは重要であるし、起動従士になるのであれば譲れない。
次に圧倒的な記憶力。それは彼女が持つ特異体質とも言えるし、彼女しか保持できない記憶力であるといえよう。
なぜならば、今彼女は。
カーネルにあるヴァリエイブル軍のアジト、八十八箇所の位置を凡て把握しているのだから。
西カーネル地区にある小さな郵便局に崇人たちはやってきた。
郵便局、とは言っているがもう既にその機能は停止していて、現在はただの廃墟となってしまっている。
郵便局の扉を開けようとするも、棧が錆びてしまっていたらしくうまく開かない。崇人とヴィエンスが二人で押し合って漸く扉が開くぐらいには、そのドアは錆びついていたのだった。
いったいどれくらいの時間、この郵便局(とは言っているが、ポストもなければそれっぽい特徴もないので、アーデルハイトから「ここは昔郵便局だったのよ」などと言われない限り解らない)は使われていなかったのだろうか。
「……にしても、よくこんな場所を使おうと思うな」
「こういう場所を使うからこそ、隠れ家として役立つんでしょ」
崇人の言葉にマーズが答える。
マーズはカウンターの後ろにあるソファに腰掛け、そして寝そべった。
「そんなところで寝たら風邪をひくぞ」
「寝るたって横たわっているだけなのだから、問題ない」
そんな言い訳をするマーズにアーデルハイトは一瞥をくれて、小さく微笑む。そしてメンバーを見渡した。エスティが少しふくれっ面だったが、それ以外は皆健康そうな表情を浮かべている。
「まあ、そんなことは置いておきましょう。作戦を考える必要がありますから。……従来通り、私たちはどこへ向かうのか、タカト……いいや、騎士団長ならば知っているのでしょう?」
その言葉を聞いて、崇人は首を振った。
「あら、ならば誰が……」
「私なら知っているぞ」
対して、その疑問に答えたのはマーズだった。
「どうして、あなたが知っているのかしら?」
「あいつに知らせたくなかったからだ」
「今の彼は一般人ではない。ハリー騎士団の騎士団長サマよ?」
「それでも、だ。あいつはまだ一般人から殻を破ったヒヨっ子に過ぎないよ。そんなやつには荷が重すぎる」
「……ああ、その甘えでよくあなたは『女神』などと呼ばれるのだろうか。いや、もしかしたらその甘えで人々は救われるから女神などと呼ばれるのかしら?」
「……いいえ、違うわ」
アーデルハイトの挑発には乗らず、ただマーズは自分のペースで語りだす。
「決して甘えなどと呼ばれるものではなく、どちらかといえば希望を伝えるもの。……いつ言うかというタイミングを決め兼ねていたのもあるけれど」
「やはり。甘いのよ、あなたは」
「……今はそんなことを話している場合じゃあないだろう?」
アーデルハイトとマーズがあわや接触する――と思っていたその時、助け舟を出したのはヴィエンスだった。ヴィエンスは壁に寄りかかりながら、作戦会議に参加していた。
「そうね。確かに今はそんなくだらない議論をしている場合ではない」
そう言ってマーズは立ち上がった。
カウンターに置いてある、先程マーズが買っておいたコーヒー缶の蓋を開け、それを一気に飲み干した。
それから、缶をカウンターに再び置いて、マーズはカウンターに寄りかかる。
マーズは通話を切って、改めてアーデルハイトと対面する。
アーデルハイトは今、完全に私服であった。青のダメージジーンズ、白いTシャツ(模様はよく解らない幾何学模様である)に緑のジャンパーを羽織っていた。
「……それって私服?」
「ええ、そうよ」
「すんごいヤンキーっぽいな……。イメージと違う」
「あなたの方こそ、私服はすごく可愛らしいのね。イメージと違うよ」
「ま、まあまあ。今は争うことじゃないし……」
マーズとアーデルハイトが火花を散らしているのを崇人が手で制して、アーデルハイトは小さく頷いた。
「まあ、そうね。たしかに今はそんなことを言っている場合じゃない。さっさと事を済ませなくてはいけないわ。事はあなたたちが思っている以上に重大になっているからね」
「……と、いうと?」
「私が再びヴァリエイブルに召還されたことを考慮しても、解るんじゃない?」
崇人の問いにアーデルハイトは明確な答えを示さなかった。
「カーネルが提示した『インフィニティの解体を含めた解析・研究』をヴァリエイブルは頑なに否定した。そりゃそうだろう。たとえそれがヴァリエイブルでなく、ペイパスやアースガルズでもそうだっただろう。しかし、問題はそれから先だ。カーネルはその事象に酷くお怒りだそうだ。なんでも、『研究においては一番である自分たちに任せないのはおかしい』というとんでも理論を展開している。まったくもって、薬でもキメているんじゃないかと思うくらいだ」
アーデルハイトはそう言って肩を竦め、鼻で笑った。
そんなことはどうでもいいとでも言いたげな表情を浮かべていた。
「……そうして、どうするんだ? ヴァリエイブルはもうカーネルには協力しない。ということは、交渉は決裂。戦争をする……そこまではルミナスの電話でも聞いたとおりだ」
「そこまで聞いていたのなら、話は早い」
アーデルハイトはそう言って、ポケットから何かを取り出す。それは情報の電子化が進んでいるこの世界では珍しく何かの用紙だった。
その用紙は折り畳まれており、アーデルハイトは何も言わずそれを広げる。
それは地図だった。それも機械都市カーネルの地域地図であった。
「……ただの地図じゃないか。これがどうかしたのか?」
「バカ、タカト。これがどういうことなのか理解していないのか」
崇人の言葉にマーズが指摘する。
「どういうことだ?」
崇人の言葉に答えたのはマーズではなく、アーデルハイトだった。
「これはただの地図じゃない。バツ印でマーキングされている場所があるだろう? そこは私たち……いや、正確にはヴァリエイブル軍の息がかかった場所だ。アジトと言ってもいいだろう」
「そのアジトに潜り込んで、勝機を狙うってわけか?」
「間違っているようで間違っていない。その返答はどうも中途半端だ」
「その言葉こそ、回りくどくて中途半端にしか見えないな」
崇人の言葉は、アーデルハイトの心に深く突き刺さるものだったが、そんなことは崇人は考えてなどいない。強いて言うなら、あるべき指摘をしたまでである。
「アジトは凡てで八十八箇所存在する。その八十八箇所凡てにリリーファーの整備施設が敷設してあるし、ミーティングルームも常備。仮眠室もあればレストランも存在している」
「そんなものを作る暇があるなら、別のものを充実するとかすればいいんじゃないかな」
「ともかく!」
アーデルハイトはひとつ咳払いをして話を続ける。
「これからアジトに向かい、体制を整えます。何があったかは、詳しくは聞いていないけれど、大体の様子で解るもの。……一先ずは、私が入って欠員を補います。それでいいね?」
アーデルハイトの言葉にハリー騎士団の面々は頷くほかなかった。
「……あれ? 何をしているの?」
そこに、不意に声が聞こえ、ハリー騎士団の面々は振り返る。
そこに居たのはエスティだった。
「エスティ!」
はじめに崇人が抱きつく。エスティは思わず顔を赤らめて、崇人の顔面に右ストレートを浴びせた。
◇◇◇
八十八箇所あるアジトは、その地図を見なくては本当に行くことは出来ないのだろうか?
答えはイエスだ。そんなものできるわけがない。もっとも、脳内に地図を凡て叩き込んでいるならば話は別だ。
アーデルハイトが起動従士として、国の戦力として、雇われているには幾つかの理由がある。
一つにはパイロット・オプションの適格者であること。これは重要であるし、起動従士になるのであれば譲れない。
次に圧倒的な記憶力。それは彼女が持つ特異体質とも言えるし、彼女しか保持できない記憶力であるといえよう。
なぜならば、今彼女は。
カーネルにあるヴァリエイブル軍のアジト、八十八箇所の位置を凡て把握しているのだから。
西カーネル地区にある小さな郵便局に崇人たちはやってきた。
郵便局、とは言っているがもう既にその機能は停止していて、現在はただの廃墟となってしまっている。
郵便局の扉を開けようとするも、棧が錆びてしまっていたらしくうまく開かない。崇人とヴィエンスが二人で押し合って漸く扉が開くぐらいには、そのドアは錆びついていたのだった。
いったいどれくらいの時間、この郵便局(とは言っているが、ポストもなければそれっぽい特徴もないので、アーデルハイトから「ここは昔郵便局だったのよ」などと言われない限り解らない)は使われていなかったのだろうか。
「……にしても、よくこんな場所を使おうと思うな」
「こういう場所を使うからこそ、隠れ家として役立つんでしょ」
崇人の言葉にマーズが答える。
マーズはカウンターの後ろにあるソファに腰掛け、そして寝そべった。
「そんなところで寝たら風邪をひくぞ」
「寝るたって横たわっているだけなのだから、問題ない」
そんな言い訳をするマーズにアーデルハイトは一瞥をくれて、小さく微笑む。そしてメンバーを見渡した。エスティが少しふくれっ面だったが、それ以外は皆健康そうな表情を浮かべている。
「まあ、そんなことは置いておきましょう。作戦を考える必要がありますから。……従来通り、私たちはどこへ向かうのか、タカト……いいや、騎士団長ならば知っているのでしょう?」
その言葉を聞いて、崇人は首を振った。
「あら、ならば誰が……」
「私なら知っているぞ」
対して、その疑問に答えたのはマーズだった。
「どうして、あなたが知っているのかしら?」
「あいつに知らせたくなかったからだ」
「今の彼は一般人ではない。ハリー騎士団の騎士団長サマよ?」
「それでも、だ。あいつはまだ一般人から殻を破ったヒヨっ子に過ぎないよ。そんなやつには荷が重すぎる」
「……ああ、その甘えでよくあなたは『女神』などと呼ばれるのだろうか。いや、もしかしたらその甘えで人々は救われるから女神などと呼ばれるのかしら?」
「……いいえ、違うわ」
アーデルハイトの挑発には乗らず、ただマーズは自分のペースで語りだす。
「決して甘えなどと呼ばれるものではなく、どちらかといえば希望を伝えるもの。……いつ言うかというタイミングを決め兼ねていたのもあるけれど」
「やはり。甘いのよ、あなたは」
「……今はそんなことを話している場合じゃあないだろう?」
アーデルハイトとマーズがあわや接触する――と思っていたその時、助け舟を出したのはヴィエンスだった。ヴィエンスは壁に寄りかかりながら、作戦会議に参加していた。
「そうね。確かに今はそんなくだらない議論をしている場合ではない」
そう言ってマーズは立ち上がった。
カウンターに置いてある、先程マーズが買っておいたコーヒー缶の蓋を開け、それを一気に飲み干した。
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