絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第七十二話 ビターチョコレート
「……どうして、深層心理が関係あるのか具体的に答えてくれないか」
ヴィエンスは、コルトの独壇場が始まってから気になっていた疑問をぶつけた。
対してコルトは肩を竦める。
「だから言っただろう。そして、それは先程君が答えた『パイロット・オプション』の答えにもあったじゃあないか」
「?」
「いいかい。『パイロット・オプション』はもともと気がつかないうちに備わっているんだ。そしてそれに気付くのは、自分で気付くのか、それともこのようなことをやって気付くのかはそれぞれだ。パイロット・オプションは深層心理に眠っている、自分自身の制御が直接及ばない要素なんだよ」
「それを揺り起こす……そういうことを言いたいのか?」
ヴィエンスの言葉にコルトは小さく頷いた。
「揺り起こす、という言い方は少々訂正したほうがいいかもしれないな。正しくは、『解き放つ』。もともと君の身体にあった力だ。揺り起こす、よりは表現として解き放つと言ったほうが適当だろう?」
「表現としての問題か!?」
「いやいや、案外大事だよ。こういうのは」
そう言って、コルトは何かを取り出した。
「それは……注射?」
「そうだね。まあ、詳しい成分は言わないでおこう。面倒臭いからね」
「面倒臭いってなんだよ。大丈夫なんだろうな」
「それは大丈夫だ。さて……まずヴィエンス、君からやろうか」
そう言われたので、エスティとヴィエンスはベッドから立ち上がる。エスティは脇に避けて、ヴィエンスのみコルトの指示に沿ってベッドに横たわった。
「別に痛くはない。それは安心してもらいたい」
「別に痛みを感じても泣くことはない。それほど弱い生き物だと思っていたのか」
ヴィエンスの言葉に、コルトはニヒルな笑みを浮かべる。
「ふうん……そうかい、ならいいよ。それじゃあ、君の精神力次第で、パイロット・オプションが目覚めるかどうか決まる。……健闘を祈るよ」
そして、コルトは右手に持っていた注射針をヴィエンスの左手の動脈に突き刺した。
ヴィエンスの意識は、そこで途絶えた。
◇◇◇
クルガードという国があった。
クルガードという町があった。
それが突如として発生した原因は、殆どの人間が忘れてしまっていたが、その戦争自体は殆どの人間が覚えていた。
クルガード独立戦争。
クルガードはヴァリエイブルに面するアースガルド王国の一区画である。クルガードが独立を宣言した(ヴァリエイブルの差金とも言われているが真偽は定かでない)とき、アースガルドはその承認を待つよう命じた。これに対してヴァリエイブルは石油権益を手にするためにクルガードの独立を支持した。
だから、ヴァリエイブルとアースガルドの戦争は、避けられないものとなった。
そんなとある集落。名前もない集落で、一人の少年が泣いていた。
少年はずっとそこにある母親だったものを揺さぶっていた。それは、家だった瓦礫の下敷きになり、身動きが取れなくなっていた。
徐々に身体が冷たくなっていくのを感じて、少年はまた涙を流す。
「母さん」
少年は涙声で、それに声をかける。しかし、もうそれは動くことはない。
そんなこと、少年だって解っていた。
解っていたが、現実を受け入れられずにいたのだ。
「母さん……」
軈て、少年は。
理解を受け入れる。
そしてそれを――封印する記憶として、彼の心に永遠に留めることとした。
◇◇◇
『果たして、ほんとうにそれでいいのか?』
それを見ていたのは、ヴィエンスだった。そして、その情景は幼子の頃のヴィエンスとその母親だった。
彼の脳内に、コルトの声が響く。
「……悪趣味というか、ひどい人間だなあんたも」
『君の心の奥底に眠る深層心理を呼び覚ましたまでだ。決して何も悪くないよ』
「何をすればいいんだ?」
『先ずはこの事実を受け入れることから始まるだろうね。大方、君はこの記憶を封印していたのだろう。「閉ざされた記憶」、そういえば聞こえはいいが、結局はただのエゴだ。そんなものは、ただのエゴに過ぎない。自分勝手に記憶を改竄することは、ときに人を苦しめる。そんなことを理解もしてない子供が、起動従士になるため、パイロット・オプションを手に入れるなんてできるはずがない』
「やらなければ……解らないだろうが……」
ヴィエンスの頭にふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして、他人にそこまで言われなくてはならないのだろうか。そもそも自分の身体は自分だけのものだ。他人に迷惑をかけなければ何の問題もないだろう……と、そんな感情を抱いていた。
『正直言って、それは違う』
しかし、コルトから帰って来た返答はあまりにも淡白だった。
「……なんだと?」
『君が君であるために、いや、君が君であろうとするためにその記憶を封印した。だからこそ、パイロット・オプションは君には宿らない。宿ったとしても、深層心理に封印された記憶などある君にとっては……無理だ』
「別にパイロット・オプションを解放せずとも、起動従士としてはやっていけるだろう?」
『そうやって、逃げるのか?』
コルトの言葉に、ヴィエンスは言葉が詰まった。
図星だから、というわけではない。
その気持ちを見透かされたから、というわけでもない。
ただ、彼の中ではまだ『この記憶は永遠に忘れ去ってしまいたい』という気持ちがあったのだろう。
そしてそれが、彼の異常なまでに戦争を憎んでいる、その気持ちに発展したのだ。
「戦争を嫌って、何が悪い」
『別に戦争を好きになれ、という話ではないよ。ヴィエンス・ゲーニック。ただ、「戦争を受け入れろ」というだけだ。死んだ人間が、戦争を悲しむことで、戦争を嫌うことで、戻ってくるのか? 答えは否だ。そんなことは絶対に有り得ない。戦争は絶対なる犯罪かといえば、そうでもない。戦争はビジネスという人間も居るからね。たしかに、戦争によって経済が潤うところだってあるさ。だが、それは人命を犠牲にしている、それ以外はクリーンなのか? いいや、違うね。戦争のために駆り出されたリリーファーだって、一台使うだけで整備代が馬鹿にならないし、起動従士の訓練だって、僕がやっているパイロット・オプションの解放だって、そうだ。今や戦争には国家予算の殆どといってもいいくらいお金をかけている。そして……戦争を行うことで、その数倍以上のリターンが見込まれている。それならば、若干の人命を犠牲にしてでも、戦争は永遠に行われるだろう。……戦争はいつからか変わった。それは、人海戦術を使うのではなく、リリーファーという巨大ロボットを使うことで、人材を極限にまで削減した、「ビジネスモデル」だ。戦争はもはや、戦争ではない。ビジネスモデルなんだよ。だから、お前がそれを嫌いになろうとも、その意志には関係なく、戦争が起き続け、人は死に続け、金は世界を回り続ける』
「……でも、俺は戦争を受け入れることは出来ない」
『すぐに受け入れなくても構わないだろう。彼女……マーズだって、どこかそういうので一種のトラウマがあるらしいからね。だが、彼女はリリーファーに乗り続けている。そんなカカオ百パーセントのチョコレートみたいな苦い人生を送ってきた。だから、というわけでもないが、ウジウジしてても何も始まらないし、何も終わらないんだよ。始まりもなければ、終わりもない。だが、終わりがない物語は、至極さみしいものだ。そして、始まりのない物語も、それは物語と呼べるのかは怪しいが、悲しいものだ。いつかは一人で道を切り開かなくてはならない時だってくる。その時に聞ける先輩は、殆ど居ない。それを君が何処まで理解しているのか……それだけが疑問だけれどね』
コルトの声は、なんだか彼が笑っているようにも思えた。
それは嘲笑っているのではなく、期待を込めた笑み。
つまり、ヴィエンス起動従士として期待しているということの同義だ。
ヴィエンスは、コルトの独壇場が始まってから気になっていた疑問をぶつけた。
対してコルトは肩を竦める。
「だから言っただろう。そして、それは先程君が答えた『パイロット・オプション』の答えにもあったじゃあないか」
「?」
「いいかい。『パイロット・オプション』はもともと気がつかないうちに備わっているんだ。そしてそれに気付くのは、自分で気付くのか、それともこのようなことをやって気付くのかはそれぞれだ。パイロット・オプションは深層心理に眠っている、自分自身の制御が直接及ばない要素なんだよ」
「それを揺り起こす……そういうことを言いたいのか?」
ヴィエンスの言葉にコルトは小さく頷いた。
「揺り起こす、という言い方は少々訂正したほうがいいかもしれないな。正しくは、『解き放つ』。もともと君の身体にあった力だ。揺り起こす、よりは表現として解き放つと言ったほうが適当だろう?」
「表現としての問題か!?」
「いやいや、案外大事だよ。こういうのは」
そう言って、コルトは何かを取り出した。
「それは……注射?」
「そうだね。まあ、詳しい成分は言わないでおこう。面倒臭いからね」
「面倒臭いってなんだよ。大丈夫なんだろうな」
「それは大丈夫だ。さて……まずヴィエンス、君からやろうか」
そう言われたので、エスティとヴィエンスはベッドから立ち上がる。エスティは脇に避けて、ヴィエンスのみコルトの指示に沿ってベッドに横たわった。
「別に痛くはない。それは安心してもらいたい」
「別に痛みを感じても泣くことはない。それほど弱い生き物だと思っていたのか」
ヴィエンスの言葉に、コルトはニヒルな笑みを浮かべる。
「ふうん……そうかい、ならいいよ。それじゃあ、君の精神力次第で、パイロット・オプションが目覚めるかどうか決まる。……健闘を祈るよ」
そして、コルトは右手に持っていた注射針をヴィエンスの左手の動脈に突き刺した。
ヴィエンスの意識は、そこで途絶えた。
◇◇◇
クルガードという国があった。
クルガードという町があった。
それが突如として発生した原因は、殆どの人間が忘れてしまっていたが、その戦争自体は殆どの人間が覚えていた。
クルガード独立戦争。
クルガードはヴァリエイブルに面するアースガルド王国の一区画である。クルガードが独立を宣言した(ヴァリエイブルの差金とも言われているが真偽は定かでない)とき、アースガルドはその承認を待つよう命じた。これに対してヴァリエイブルは石油権益を手にするためにクルガードの独立を支持した。
だから、ヴァリエイブルとアースガルドの戦争は、避けられないものとなった。
そんなとある集落。名前もない集落で、一人の少年が泣いていた。
少年はずっとそこにある母親だったものを揺さぶっていた。それは、家だった瓦礫の下敷きになり、身動きが取れなくなっていた。
徐々に身体が冷たくなっていくのを感じて、少年はまた涙を流す。
「母さん」
少年は涙声で、それに声をかける。しかし、もうそれは動くことはない。
そんなこと、少年だって解っていた。
解っていたが、現実を受け入れられずにいたのだ。
「母さん……」
軈て、少年は。
理解を受け入れる。
そしてそれを――封印する記憶として、彼の心に永遠に留めることとした。
◇◇◇
『果たして、ほんとうにそれでいいのか?』
それを見ていたのは、ヴィエンスだった。そして、その情景は幼子の頃のヴィエンスとその母親だった。
彼の脳内に、コルトの声が響く。
「……悪趣味というか、ひどい人間だなあんたも」
『君の心の奥底に眠る深層心理を呼び覚ましたまでだ。決して何も悪くないよ』
「何をすればいいんだ?」
『先ずはこの事実を受け入れることから始まるだろうね。大方、君はこの記憶を封印していたのだろう。「閉ざされた記憶」、そういえば聞こえはいいが、結局はただのエゴだ。そんなものは、ただのエゴに過ぎない。自分勝手に記憶を改竄することは、ときに人を苦しめる。そんなことを理解もしてない子供が、起動従士になるため、パイロット・オプションを手に入れるなんてできるはずがない』
「やらなければ……解らないだろうが……」
ヴィエンスの頭にふつふつと怒りが込み上げてくる。
どうして、他人にそこまで言われなくてはならないのだろうか。そもそも自分の身体は自分だけのものだ。他人に迷惑をかけなければ何の問題もないだろう……と、そんな感情を抱いていた。
『正直言って、それは違う』
しかし、コルトから帰って来た返答はあまりにも淡白だった。
「……なんだと?」
『君が君であるために、いや、君が君であろうとするためにその記憶を封印した。だからこそ、パイロット・オプションは君には宿らない。宿ったとしても、深層心理に封印された記憶などある君にとっては……無理だ』
「別にパイロット・オプションを解放せずとも、起動従士としてはやっていけるだろう?」
『そうやって、逃げるのか?』
コルトの言葉に、ヴィエンスは言葉が詰まった。
図星だから、というわけではない。
その気持ちを見透かされたから、というわけでもない。
ただ、彼の中ではまだ『この記憶は永遠に忘れ去ってしまいたい』という気持ちがあったのだろう。
そしてそれが、彼の異常なまでに戦争を憎んでいる、その気持ちに発展したのだ。
「戦争を嫌って、何が悪い」
『別に戦争を好きになれ、という話ではないよ。ヴィエンス・ゲーニック。ただ、「戦争を受け入れろ」というだけだ。死んだ人間が、戦争を悲しむことで、戦争を嫌うことで、戻ってくるのか? 答えは否だ。そんなことは絶対に有り得ない。戦争は絶対なる犯罪かといえば、そうでもない。戦争はビジネスという人間も居るからね。たしかに、戦争によって経済が潤うところだってあるさ。だが、それは人命を犠牲にしている、それ以外はクリーンなのか? いいや、違うね。戦争のために駆り出されたリリーファーだって、一台使うだけで整備代が馬鹿にならないし、起動従士の訓練だって、僕がやっているパイロット・オプションの解放だって、そうだ。今や戦争には国家予算の殆どといってもいいくらいお金をかけている。そして……戦争を行うことで、その数倍以上のリターンが見込まれている。それならば、若干の人命を犠牲にしてでも、戦争は永遠に行われるだろう。……戦争はいつからか変わった。それは、人海戦術を使うのではなく、リリーファーという巨大ロボットを使うことで、人材を極限にまで削減した、「ビジネスモデル」だ。戦争はもはや、戦争ではない。ビジネスモデルなんだよ。だから、お前がそれを嫌いになろうとも、その意志には関係なく、戦争が起き続け、人は死に続け、金は世界を回り続ける』
「……でも、俺は戦争を受け入れることは出来ない」
『すぐに受け入れなくても構わないだろう。彼女……マーズだって、どこかそういうので一種のトラウマがあるらしいからね。だが、彼女はリリーファーに乗り続けている。そんなカカオ百パーセントのチョコレートみたいな苦い人生を送ってきた。だから、というわけでもないが、ウジウジしてても何も始まらないし、何も終わらないんだよ。始まりもなければ、終わりもない。だが、終わりがない物語は、至極さみしいものだ。そして、始まりのない物語も、それは物語と呼べるのかは怪しいが、悲しいものだ。いつかは一人で道を切り開かなくてはならない時だってくる。その時に聞ける先輩は、殆ど居ない。それを君が何処まで理解しているのか……それだけが疑問だけれどね』
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