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絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~

巫夏希

第七十一話 深層心理

 コルトに連れられて、ハリー騎士団の面々がやって来たのは小さな研究室だった。
 大きく張られた窓の向こうには、ベッドと、大量の電子機器。

「一先ず、ここで待っていてもらおうかな」

 コルトがそう言うと、ハリー騎士団は窓前にあるソファに腰掛ける。

「それで、えーと、誰だっけ。ヴィエンスくんとエスティさん。君たちは……僕と一緒にこの部屋に入ってもらうかな」

 そう言うと彼らは頷いて、コルトについていく形で部屋の中に入った。部屋に入るとベッドと電子機器があった。どうやらこの部屋は先程の窓を通して見た部屋らしい。窓が見当たらないのは、あの窓がマジックミラーだからなのだろう。

「この部屋で、実験を行う。……ああ、そこまで恐ろしいマッドサイエンティストがやるような狂気で残酷な実験ではないよ。僕は昔みたいな感じはやめたからね。何しろ年齢に合わない」
「前はやっていた、ということなのか……?」

 心なしか、ヴィエンスの声は震えていた。
 対して、当の本人は口笛を吹いてどこ吹く風と聞き流していた。

「そんな感じでやっている暇があるのか」
「いいじゃないか。どうせまだ時間はある。楽しもうじゃないか、これを」

 楽しむと言われても、現に実験の被験者となっている彼らにとって、それは気持ち悪く、恐ろしく、出来ることならさっさと穏便に終わらせてしまいたかったことだった。
 まったく知らされていなかったことであるが、起動従士となったからには避けて通れない道ということも彼らは知っていた。
 だが、実際に通ってみると――至極恐ろしい。
 過去の起動従士は皆、これを通過儀礼としていた。それを考えるとヴィエンスは自分がすごく小さく、見窄らしく思えた。
 無意識に身体を小さく震わせていたヴィエンスを見て、コルトは小さくため息をついた。

「……別に誰もが皆、これを通過儀礼としたわけじゃあない」

 まるでその言葉は、ヴィエンスが考えていたことが筒抜けとなっていたようだった。

「例えば、マーズだって、今は『女神』とか言われているくらいだが、ここに訪れた時は君みたいに怖がっていたよ。でも、彼女はパイロット・オプションを手に入れた。それは彼女が怖がっていたのを、無理矢理に僕がやらせたとか、そういうわけじゃあない。彼女は怖がっていたが、最終的にはそれを受け入れたのさ。自らの使命、自らの生きる道、自らが必要とされている場所はどこか……ってね。そうして彼女は戦場を生きる場所とした。だから、彼女にはパイロット・オプションが宿ったんだろうよ。パイロット・オプションはたしかに生まれながらにしてあるものだが、それを解放出来るかどうかは本人の気持ちというのもあるが、『カミサマに受け入れてもらえるか』というのもある。なあに、何も強い信仰心を持て、ということではない。自分がその運命を受け入れることが出来るか……それが問われるんだ」
「つまり」

 ヴィエンスはコルトに訊ねる。

「結局は運次第、ってことか」
「そうじゃないさ。運も実力のうち、だなんて言うが実際はそうでもない。運はたしかに必要な時もある。だが、運が超絶悪かったとしても生き延びて、結果として武勲を得るのだっている。だから、『運も実力のうち』だなんて言葉は今はもう昔のことのようにも思えるね。かといって、運を度外視してたらどうなるかわからないし……。結果としては、運を実力と捉えるか捉えないかは君次第、というわけだ」
「話がこんがらがっていないか? 結局はまったく進んでいないようにも思えるんだが」
「そうかな? 進んでいるようで進んでいない。イライラするかもしれないが、これが僕の話し方でね。なんていうのかな、匍匐前進? 一歩進んで二歩下がる? そういうスタイルが好きなのさ」
「戻ってるぞオイ」

 ヴィエンスとコルトの会話に、若干ついていけなくなっていたエスティは、ここで小さくため息をつき、ベッドに腰掛ける。
 それを見て、コルトは咳払いをした。

「待たせてしまっていたね。申し訳ない。……それじゃあ、改めて『パイロット・オプション』とは何ぞやということから入ろう。エスティ、君はパイロット・オプションについてどれくらい知っている?」
「え?」

 突然指をさされたエスティは、慌ててしまった。狼狽えて、何も言えなくて、ただ声にならない声を出すだけだった。
 コルトはそれを見て小さく微笑むと、眼鏡をずり上げる。

「少しだけ意地悪な質問をしてしまったかな。それじゃあ、ヴィエンス。君ならどうだい?」
「パイロット・オプションとは、リリーファーを操縦する起動従士、それも国付きの、正式に自分の機体を授かった起動従士にだけ備わる特殊能力のことだ。大抵は自分が所属する国であっても、管理はリリーファーを整備する整備リーダー等しか知り得ない機密となっている。しかしながら、何処からかそれが流出して、結局はその隠蔽も無意味になっている。……えーと、ここまででいいのか?」

 次に指をさされたヴィエンスは、さも用意してあった通りに答えた。
 最後にコルトに訊ねると、コルトは手を叩いてニヤリと笑った。

「最高だ。百点だよ、ヴィエンス。まだ起動従士になって日が浅いというのに、そこまで知っているとは感激だ」
「これくらいは……常識だろう」

 よほど褒められるのに慣れていないのか、どことなくヴィエンスの顔が赤かった。
 コルトはうんうんと頷いて、ベッドの横にある電子機器のスイッチを入れる。

「これから君たちの深層心理に働きかけたいと思う」

 そう告げたコルトの言葉に、ヴィエンスとエスティは首を傾げる。

「深層心理?」
「深層心理というのは、心の奥にある……無意識的なプロセスさ。人間の思考のうち、自分自身で自覚が出来ている部分はおおよそ十パーセント程度とも言われているんだが、その他の『無意識』な部分では、自分自身の制御が直接的に及ばない要素が数多に存在しているんだ。例えばの話をしよう」

 そう言ってコルトはすぐそばにあったホワイトボードをヴィエンスたちの前に持ってくる。
 ヴィエンスたちがホワイトボードに目線を集中させているのを確認して、コルトは黒いサインペンを手にとった。

「心理構造を深海と例えてみよう」

 そう言ってまず線を一本引き、左側に『beach』と書く。砂浜のことだ。

「ここから右にあるのは海。強いて言うならここはまだ浅瀬だね、深さも申し分なく、泳ぐには最適なエリアだ。ここだと意識として外部に見える『表層』として捉えられるよね。これが普通に人間が感じたり表現したりする『表層部分』だ」

 そう言って、さらにその右側に線を一本引く。
 そして、そこから先を青いサインペンで塗りつぶした。

「そして深海……ここから先は人がそう簡単に泳ぐことができない。……オーバーなことを言うと、潜水艦でもないとそこまで到達することはできない。だから空から見ればそれは見ることができない。だが、その深海は表層に影響を与えることだってある。しかしそれは外部からは見えないという非常にロジックに富んだ場所がある。これが『深層』。これが『深層心理』だ」

 コルトの話はさらに続く。

「深層心理とは、幼少期や思春期における体験、あるいは劇的な体験……まあ、例えば近親者が死んでしまったり、犯罪や戦争を経験したり目の当たりにしたりなどとしたことによって形成される……そういう学問ではそのように考えられている。君たちがたまに聞く『トラウマ』というのは心に大きな傷を負った……謂わば心理的外傷のことを言うんだ」

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