絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第六十七話 スラム街(前編)
カーネルへと向かうためハリー騎士団はトンネルをひたすら進んでいた。
トンネルは思ったよりも深く、歩いていくうちに酸素が少なくなっていくのを彼らは身をもって感じていた。
「トンネルはやはり地下鉄とかそういうもののためだったんだろうが……にしても整備されていないんだな」
「整備されていないというか、このトンネルが閉鎖されて久しいんだろ。それでこうなっているんだ」
なるほど、と崇人はヴィエンスの言葉に頷く。
ハリー騎士団の中程に歩いているマーズは、何かを思い出したのか一団から離れ、壁際へと向かった。
マーズは壁を見て、触る。何かを確認しているようだった。
「……どうした?」
「どうやらもうカーネルに入っているようだね」
崇人が訊ねると、マーズは振り返った。
「なんで解るんだ?」
「カーネルってのは石灰岩で出来た土地の上にある街でね。山肌が普通の土だったが、ここまでくるともう石灰岩にまでなっている。これが意味するのは……というわけだ」
「カーネルに突入した、と」
その理論が正しいのかどうかは崇人には解らなかったが、一先ずマーズのことを信じてみることとした。
進もうとしたハリー騎士団の殿を務めているヴァルトが立ち止まったままでいるのを、崇人は見つけたのはちょうどその時だった。
「どうした?」
崇人の問いに、手で制す。
どうやら耳を澄ませているようだった。
「聞こえる」
「聞こえる?」
崇人はヴァルトの言った言葉を反芻させたが、それでも直ぐには理解できなかった。
「音だよ。こっちの方に向かってくる……ごうん、ごうんと」
音? 崇人は首を捻ったが、直ぐに彼の耳にも音が聞こえてきた。それは至極懐かしい音だった。
「なんだか聞いたことがあるような……」
崇人がそうつぶやいた、その時だった。
目の前に、電車が通り過ぎた。
驚く程に、目の前に。
ここは機械都市カーネルを一周する地下鉄『ケーニヒスベルク・ライン』の線路だった。
「こんな簡単に着いてしまうとは思わなかったな……」
崇人が呟くと、マーズが左右を見渡す。
「行こう」
そうして彼らは地下トンネルを突き進んでいく。
◇◇◇
その頃。
機械都市カーネルの中心部にあるラトロという施設では、ひとりの科学者がコンピュータと対面していた。
「……あー、侵入しちゃってますねー。ハリー騎士団? ああ、この前出来たばっかの騎士団ね。うんうん、強いのかねー」
コンピュータに目線をおいたまま、科学者は独りごちる。その間も手を止めてはいない。
「マキナさん、まだ忙しいのでしょうか?」
マキナと呼ばれた科学者は、それを聞いて漸く目線をコンピュータから離した。
そこに居たのは、凡てを黒で統一した人間――そもそもあれは人間と呼べるのか解らなかった――がいた。
「やあやあ、どうしたんですか。あなた様がわざわざ来なくてもお呼びになれば私から出向くといいますのに」
マキナが立ち上がり、黒い人間のもとへ向かう。黒い人間はそれを聞いて、ローブを取り払った。
その中にいたのは銀髪の少女だった。白のドレスを着て、赤い目はどこか高圧的な視線を送っている。
「……怒ってます?」
「怒っていると思っているなら、怒っているんじゃないんですか?」
「ああ、怒っていますね」
マキナは銀髪の少女の頭を撫でる。少女は最初こそ嫌がっていたが、直ぐに嬉しそうな恍惚とした表情を浮かべている。
「ところで」
少女は、話をはじめる。
「ムラサメの強化計画はどうなりました?」
「ムラサメですか? あれならば……まだまだ段階としては難しいですが、それでも進行していますよ。もう少しで高みに立てるはず……。そう、あの『インフィニティ』のように……」
「インフィニティはその高度な技術というのと時代という越えられない壁があったため量産が叶わなかったそうですが、このムラサメならば……それが可能となった」
少女とマキナは互いに話をする。
「世界最高の頭脳を持った科学者を超えた……その今の気持ちは?」
「最高ですよ、まったくもって」
マキナはそう言ってニヒルな笑いを浮かべる。
少女はそれを見て踵を返す。
「だからといって、それで慢心してはいけないの。解る?」
「存じ上げています」
「よろしい。ムラサメ改良を進めてください」
そして会話が終了した。
◇◇◇
カーネルの外れにあるスラム街。
その一つのマンホール。
それがゆっくりと『内側から』力を受けて浮かび上がった。
「ふ、ふう……」
そこから出てきたのはハリー騎士団だった。
「何とか、潜入できたか……?」
「何とかといった感じね」
崇人とマーズが言葉を交わし、辺りを見渡す。辺りには荒屋や家の形をなしていないもの、走っている子供たちは皆服装がボロボロ、泣いている子供もいるし、裸の子供も珍しくない。
だから、そんな場所にとって、崇人たちは謂わば『異端』のような存在だった。
「……これが、世界最高の科学技術を誇る都市なのか……?」
ヴァルトは思わず言葉を漏らした。それを聞いたマーズが呟く。
「そうだよ。……たとえどんな技術を持ったとしても、それを一定に広い都市全部に撒き散らすことなんて出来るわけがない。必ずこんなふうにしわ寄せを喰らう街がある。場所がある。それがここだったまでだ」
「しわ寄せを……まるで私たちの聖地ティパモールのように……!」
ヴァルトは涙目になっていた。この情景に、彼らの生まれた地を重ねたからだろう。
「……泣いている暇はない。私たちはこれからこのカーネルを調査せねばならないのだからな」
マーズのその言葉に、ヴァルトは涙を拭う。
「ああ。そうだった」
そして、彼らは改めてスラム街を見ようとした。
「あれ、どうしたのお姉ちゃん達、そんな綺麗な格好で?」
不意に声がかけられ、マーズたちは振り返る。
そこに立っていたのはひとりの少年だった。
茶髪で、黒いぶかぶかのトレーナーを着る少年。帽子をかぶっているが、サイズが合わないのか髪の量が多いからか今にも落ちそうだ。
「……君は?」
「俺はウル。このスラム街『フェムト』で暮らしているよ」
「家族は?」
「いない。俺だけだ」
「なんと。君だけと申すか」
「そうだ。俺だけだ」
「悲しくはないか?」
ヴァルトがしゃがんで、ちょうど顔をウルの顔と同じ位置くらいにまで低くした。
「悲しくなんてないよ。そういうの暇がない。だって、この街は毎日が戦争だ。生きるための、ね。それに負ければ当然死ぬ。弱肉強食の世界、ってやつだ」
ウルは、彼らが思っている以上に至極強い少年だった。
「……ところでさ、どうしたの?」
「ちょっと用事があってね」
「マンホールから侵入するほど重大な?」
「いくらで手を打とうか」
早速崇人はお金の計算をし始める。余談だが、ハリー騎士団はそれほどお金は所持してしない。
「いいや。別にいいよ。黙っておくよ。だって、今のカーネルはひどいから」
「ひどい?」
崇人がその言葉をリフレインする。
「そうだ。ひどいんだ。だって俺の兄ちゃんは、カーネルに……ラトロに……リリーファーに殺されたようなもんだから」
「……何があったのか、出来れば話してくれるかな?」
その、マーズの優しい言葉にウルは小さく頷いた。
そして、彼は語りだす。
一年前の――彼にとって悲しい悲しい出来事を。
トンネルは思ったよりも深く、歩いていくうちに酸素が少なくなっていくのを彼らは身をもって感じていた。
「トンネルはやはり地下鉄とかそういうもののためだったんだろうが……にしても整備されていないんだな」
「整備されていないというか、このトンネルが閉鎖されて久しいんだろ。それでこうなっているんだ」
なるほど、と崇人はヴィエンスの言葉に頷く。
ハリー騎士団の中程に歩いているマーズは、何かを思い出したのか一団から離れ、壁際へと向かった。
マーズは壁を見て、触る。何かを確認しているようだった。
「……どうした?」
「どうやらもうカーネルに入っているようだね」
崇人が訊ねると、マーズは振り返った。
「なんで解るんだ?」
「カーネルってのは石灰岩で出来た土地の上にある街でね。山肌が普通の土だったが、ここまでくるともう石灰岩にまでなっている。これが意味するのは……というわけだ」
「カーネルに突入した、と」
その理論が正しいのかどうかは崇人には解らなかったが、一先ずマーズのことを信じてみることとした。
進もうとしたハリー騎士団の殿を務めているヴァルトが立ち止まったままでいるのを、崇人は見つけたのはちょうどその時だった。
「どうした?」
崇人の問いに、手で制す。
どうやら耳を澄ませているようだった。
「聞こえる」
「聞こえる?」
崇人はヴァルトの言った言葉を反芻させたが、それでも直ぐには理解できなかった。
「音だよ。こっちの方に向かってくる……ごうん、ごうんと」
音? 崇人は首を捻ったが、直ぐに彼の耳にも音が聞こえてきた。それは至極懐かしい音だった。
「なんだか聞いたことがあるような……」
崇人がそうつぶやいた、その時だった。
目の前に、電車が通り過ぎた。
驚く程に、目の前に。
ここは機械都市カーネルを一周する地下鉄『ケーニヒスベルク・ライン』の線路だった。
「こんな簡単に着いてしまうとは思わなかったな……」
崇人が呟くと、マーズが左右を見渡す。
「行こう」
そうして彼らは地下トンネルを突き進んでいく。
◇◇◇
その頃。
機械都市カーネルの中心部にあるラトロという施設では、ひとりの科学者がコンピュータと対面していた。
「……あー、侵入しちゃってますねー。ハリー騎士団? ああ、この前出来たばっかの騎士団ね。うんうん、強いのかねー」
コンピュータに目線をおいたまま、科学者は独りごちる。その間も手を止めてはいない。
「マキナさん、まだ忙しいのでしょうか?」
マキナと呼ばれた科学者は、それを聞いて漸く目線をコンピュータから離した。
そこに居たのは、凡てを黒で統一した人間――そもそもあれは人間と呼べるのか解らなかった――がいた。
「やあやあ、どうしたんですか。あなた様がわざわざ来なくてもお呼びになれば私から出向くといいますのに」
マキナが立ち上がり、黒い人間のもとへ向かう。黒い人間はそれを聞いて、ローブを取り払った。
その中にいたのは銀髪の少女だった。白のドレスを着て、赤い目はどこか高圧的な視線を送っている。
「……怒ってます?」
「怒っていると思っているなら、怒っているんじゃないんですか?」
「ああ、怒っていますね」
マキナは銀髪の少女の頭を撫でる。少女は最初こそ嫌がっていたが、直ぐに嬉しそうな恍惚とした表情を浮かべている。
「ところで」
少女は、話をはじめる。
「ムラサメの強化計画はどうなりました?」
「ムラサメですか? あれならば……まだまだ段階としては難しいですが、それでも進行していますよ。もう少しで高みに立てるはず……。そう、あの『インフィニティ』のように……」
「インフィニティはその高度な技術というのと時代という越えられない壁があったため量産が叶わなかったそうですが、このムラサメならば……それが可能となった」
少女とマキナは互いに話をする。
「世界最高の頭脳を持った科学者を超えた……その今の気持ちは?」
「最高ですよ、まったくもって」
マキナはそう言ってニヒルな笑いを浮かべる。
少女はそれを見て踵を返す。
「だからといって、それで慢心してはいけないの。解る?」
「存じ上げています」
「よろしい。ムラサメ改良を進めてください」
そして会話が終了した。
◇◇◇
カーネルの外れにあるスラム街。
その一つのマンホール。
それがゆっくりと『内側から』力を受けて浮かび上がった。
「ふ、ふう……」
そこから出てきたのはハリー騎士団だった。
「何とか、潜入できたか……?」
「何とかといった感じね」
崇人とマーズが言葉を交わし、辺りを見渡す。辺りには荒屋や家の形をなしていないもの、走っている子供たちは皆服装がボロボロ、泣いている子供もいるし、裸の子供も珍しくない。
だから、そんな場所にとって、崇人たちは謂わば『異端』のような存在だった。
「……これが、世界最高の科学技術を誇る都市なのか……?」
ヴァルトは思わず言葉を漏らした。それを聞いたマーズが呟く。
「そうだよ。……たとえどんな技術を持ったとしても、それを一定に広い都市全部に撒き散らすことなんて出来るわけがない。必ずこんなふうにしわ寄せを喰らう街がある。場所がある。それがここだったまでだ」
「しわ寄せを……まるで私たちの聖地ティパモールのように……!」
ヴァルトは涙目になっていた。この情景に、彼らの生まれた地を重ねたからだろう。
「……泣いている暇はない。私たちはこれからこのカーネルを調査せねばならないのだからな」
マーズのその言葉に、ヴァルトは涙を拭う。
「ああ。そうだった」
そして、彼らは改めてスラム街を見ようとした。
「あれ、どうしたのお姉ちゃん達、そんな綺麗な格好で?」
不意に声がかけられ、マーズたちは振り返る。
そこに立っていたのはひとりの少年だった。
茶髪で、黒いぶかぶかのトレーナーを着る少年。帽子をかぶっているが、サイズが合わないのか髪の量が多いからか今にも落ちそうだ。
「……君は?」
「俺はウル。このスラム街『フェムト』で暮らしているよ」
「家族は?」
「いない。俺だけだ」
「なんと。君だけと申すか」
「そうだ。俺だけだ」
「悲しくはないか?」
ヴァルトがしゃがんで、ちょうど顔をウルの顔と同じ位置くらいにまで低くした。
「悲しくなんてないよ。そういうの暇がない。だって、この街は毎日が戦争だ。生きるための、ね。それに負ければ当然死ぬ。弱肉強食の世界、ってやつだ」
ウルは、彼らが思っている以上に至極強い少年だった。
「……ところでさ、どうしたの?」
「ちょっと用事があってね」
「マンホールから侵入するほど重大な?」
「いくらで手を打とうか」
早速崇人はお金の計算をし始める。余談だが、ハリー騎士団はそれほどお金は所持してしない。
「いいや。別にいいよ。黙っておくよ。だって、今のカーネルはひどいから」
「ひどい?」
崇人がその言葉をリフレインする。
「そうだ。ひどいんだ。だって俺の兄ちゃんは、カーネルに……ラトロに……リリーファーに殺されたようなもんだから」
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