絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第五十九話 ある一日の出来事3
「やっほ。かき氷買ってきちゃったよ」
アーデルハイトが三人分のかき氷を持ってきたのは、それから五分ほど経ったときの話だった。かき氷の味は、ブルーハワイとレモンとイチゴ味であるということが、シロップの色で大抵理解できる。
シロップを見て、崇人はイチゴ味のかき氷を取る。エスティはレモンを取り、アーデルハイトは渋々ブルーハワイのかき氷をそのまま右手に持ち替える。
「ああ、旨い」
一口、かき氷を口にして崇人は呟く。
「……ところで、大丈夫かタカト?」
アーデルハイトが訊ねる。それを聞いて崇人は、
「ああ、別に大丈夫だ。心配させてすまなかったな」
そう言って小さく微笑む。
それを見て、少しだけ顔を逸らしてかき氷を食べ始めるアーデルハイト。しかし、慌てて食べてしまえば――その結末は誰にだって想像出来る。
「――っ!」
アーデルハイトは頭を抱える。大方、頭が痛くなったに違いない――崇人はそう考えた。
崇人はこんな平和な世界がいつまでも続けばいい――思ったが、ふと『騎士団』の名が過ぎった。
彼らが騎士団として正式な活動を開始すれば、平和な世界などそう望めないだろう。下手すればこのようなことは二度と行えないのかもしれない。
だからこそ、エスティは崇人たちをここまで連れ出したのだ。
それを考えると――崇人は思わず笑顔が溢れた。
◇◇◇
その頃。
ヴァリス王国南部にある都市――グラディア・エルファートは今日も快晴であった。そのグラディア・エルファートの中心にある劇場では、オペラが開催されていた。
その二階席、ある男がワイングラスを片手に観劇していた。
男は誰かと一緒に観劇していたようで、もうひとりの男はこれが初めてなのか落ち着かない様子を見せていた。
「どうした、ケイスくん。慌てずとも、堂々と構えていればよいのだ。君も男なのだろう」
「そうなのですが……どうも落ち着かなくて。こういうところは」
「はっはは。君もそう思うか。実は私もでね、こういうのを見るのは初めてなんだ」
男はせせら笑うと、ケイスは訊ねた。
「……ならば、どうしてここを?」
「ここならば有意義な話が出来ると思ってだね。まあ、あの辛気臭い場所よりかはマシだろう?」
こくり、とケイスは頷く。
男はそれを見て、あるものを取り出しテーブルに置いた。
それは小さな箱だった。そして、それを開けた。
その中には、小さな箱がマトリョーシカよろしく入っていた。それを見て、ケイスは怪訝な表情を示す。
「なんです、これは?」
「まあまあ、怪しむほどでもない。なんでもカーネルで開発された最新型のエンジンらしい。私たちにはまったくもって理解出来ないがね」
「解析など、いかがなさるおつもりですか?」
「しようとは思っている。だがね、恐ろしいのだよ私は。どうしてこうも簡単にカーネルが開発した最新型のエンジンが我々の手にあるのか――ということについて」
男の言い分も、ケイスには解っていた。
カーネル――機械都市カーネルは最新技術の結晶が集まっているといっても過言ではないが、その分セキュリティは比例して高度である。そんな場所からいとも簡単に手に入るのだろうか? 勘ぐる気持ちも解らなくもない。
「……もしかして、カーネルが何か……」
「可能性はある、な」
そう言うと、男は葉巻を手に取り、火をつけた。
葉巻を口に付け、吸う。そして、煙を吐いた。吐かれた煙は枝分かれして、空気へと霧散していく。
葉巻の香りは仄かに甘く、そして苦いものだった。エルリアの花から染み出るエキスを葉っぱに染み込ませたもので、若者から高齢者まで人気の葉巻であった。
「さて、君の話も聞かせてもらおうか。……シリーズと戦った、と聞いたが」
「はい。残念ながら、逃してしまいましたが」
「それでいい」
男は頷く。
「寧ろシリーズとぶつかって生きていることが奇跡だ。……ところで、どうだった。実際に戦ってみて」
ケイスはそれを聞いて、形だけ考える振りをした。なぜそうしたかというと、既に彼の中でひとつの結論が出ていたからだ。
頃合を見て、彼は結論を出した(正確には、出した『振りをした』)。
「なんだか……人間と似たような雰囲気でしたね。もしかしたら、彼らは人間だったのかもしれません」
「そいつは憶測だが、ふむ……一理ある」
男はそう言って小さくため息をついた。
そして、見計らったかのように時計を見て、男は立ち上がる。
「それでは私は用事があるからこれで失礼するが……君はどうする? まだこれを見ていくか」
「見る機会も少ないですし、見ていくことにします」
「そうか。……君も物好きだ」
そう言って、男は立ち去っていった。
男が帰ってすぐ、ケイスは冷や汗をかいた。やはり、ああいう人間との会話は慣れないものだ――たとえそれが上司であったとしても。
今、ケイスと会話していた男は、秘密組織『新たな夜明け』のリーダー、ヴァルト・ヘーナブルという人間で、ケイスの直接の上司だった。
「ほんと……なんというか染み出てくるオーラというのがすごいというか」
ケイスはそう呟くと、再びオペラの観劇へと戻ることとした。
◇◇◇
リリーファーシミュレーションセンターでは、マーズがシミュレーションを終え、滴る程の汗を拭いているところだった。それを見て、紙パックのオレンジジュースを飲みながら、メリアは呟く。
「あんた……休みというのにシミュレーションとか、ほんと仕事バカだよねえ……」
「もう少し言葉を選んで欲しいわね。自主練よ」
「言いたいことは分かるけれど」
メリアは飲み干して空になった紙パックを近くにあるゴミ箱へと放り捨てる。
「少しは休憩しないと、その練習も毒になるわよ?」
「だけれど、今年になって色々とありすぎる。だから……頑張らなくちゃ」
「少しは頼ったらどうよ? あのインフィニティを操縦する……タカト、だっけ? とか。経験こそ少ないが、あのリリーファーは世界最強だぜ」
「経験が少ないのは、この世界では命取りなのよ」
「だからとはいえ、あんただけが張り切ってもうまくはいかないだろう」
確かに、メリアの言うとおりだった。
マーズは『個』であれば絶対的な力を誇る。
しかし、『団体』であれば誰かが足を引っ張る可能性だってある。そうなれば彼女の力が百パーセント発揮されることはない。
それを彼女は恐れていた。
それを彼女は出来ることなら考えたくなかった。
「まあ、あんたのことだから騎士団結成後は特訓でも積ませるんでしょうが……」
「騎士団結成のニュースって言ったっけ?」
「騎士団結成のために十機ものリリーファーを調整したのよ。だからすごく眠くてね」
そう言って、メリアは大きく欠伸を一つした。そのあとに「ほらね」と付け足す。
「だったら寝ればいいじゃない。私に付き合わずとも」
「私しか起動できないんだし、あんたがやったら確実にシミュレーションがうまくいかないのよ! だって、ほかの起動従士と聞いてみなさい? あんたの難易度は遥かにそれを上回っているから!」
メリアはそう言ったが、やはり眠気には勝てないのだろう、ふらふらと部屋を後にする。
「帰るときはフロントで言っておいて……私は寝るわ……」
そう言った、メリアにマーズは「おやすみ」と声をかけた。
それを聞いたメリアは、小さく手を振った。
さて。
一人になった部屋で、マーズは改めて考えてみることにした。
それは、騎士団結成の真の意味だ。
恐らく、騎士団は『インフィニティ』を保護するため――という意味が強いのだろう。それを考えると、ほかのメンバーは謂わばインフィニティの囮ということになる。
だから、各個人が力を備えなければならない。
今まで学生身分だった彼らに、突如として起動従士の位とリリーファーを与える。
『大会』でもある制度ではあるが、この制度にかなり不安がある人間も多い。現にマーズがなったときはかなり批判もあったものだ。
しかし、それから彼女を守ったのは今の国王――ラグストリアル・リグレーだった。
だからこそ、彼女は彼に感謝せねばならない。だって、今の地位があるのは彼のおかげであるのだから。
アーデルハイトが三人分のかき氷を持ってきたのは、それから五分ほど経ったときの話だった。かき氷の味は、ブルーハワイとレモンとイチゴ味であるということが、シロップの色で大抵理解できる。
シロップを見て、崇人はイチゴ味のかき氷を取る。エスティはレモンを取り、アーデルハイトは渋々ブルーハワイのかき氷をそのまま右手に持ち替える。
「ああ、旨い」
一口、かき氷を口にして崇人は呟く。
「……ところで、大丈夫かタカト?」
アーデルハイトが訊ねる。それを聞いて崇人は、
「ああ、別に大丈夫だ。心配させてすまなかったな」
そう言って小さく微笑む。
それを見て、少しだけ顔を逸らしてかき氷を食べ始めるアーデルハイト。しかし、慌てて食べてしまえば――その結末は誰にだって想像出来る。
「――っ!」
アーデルハイトは頭を抱える。大方、頭が痛くなったに違いない――崇人はそう考えた。
崇人はこんな平和な世界がいつまでも続けばいい――思ったが、ふと『騎士団』の名が過ぎった。
彼らが騎士団として正式な活動を開始すれば、平和な世界などそう望めないだろう。下手すればこのようなことは二度と行えないのかもしれない。
だからこそ、エスティは崇人たちをここまで連れ出したのだ。
それを考えると――崇人は思わず笑顔が溢れた。
◇◇◇
その頃。
ヴァリス王国南部にある都市――グラディア・エルファートは今日も快晴であった。そのグラディア・エルファートの中心にある劇場では、オペラが開催されていた。
その二階席、ある男がワイングラスを片手に観劇していた。
男は誰かと一緒に観劇していたようで、もうひとりの男はこれが初めてなのか落ち着かない様子を見せていた。
「どうした、ケイスくん。慌てずとも、堂々と構えていればよいのだ。君も男なのだろう」
「そうなのですが……どうも落ち着かなくて。こういうところは」
「はっはは。君もそう思うか。実は私もでね、こういうのを見るのは初めてなんだ」
男はせせら笑うと、ケイスは訊ねた。
「……ならば、どうしてここを?」
「ここならば有意義な話が出来ると思ってだね。まあ、あの辛気臭い場所よりかはマシだろう?」
こくり、とケイスは頷く。
男はそれを見て、あるものを取り出しテーブルに置いた。
それは小さな箱だった。そして、それを開けた。
その中には、小さな箱がマトリョーシカよろしく入っていた。それを見て、ケイスは怪訝な表情を示す。
「なんです、これは?」
「まあまあ、怪しむほどでもない。なんでもカーネルで開発された最新型のエンジンらしい。私たちにはまったくもって理解出来ないがね」
「解析など、いかがなさるおつもりですか?」
「しようとは思っている。だがね、恐ろしいのだよ私は。どうしてこうも簡単にカーネルが開発した最新型のエンジンが我々の手にあるのか――ということについて」
男の言い分も、ケイスには解っていた。
カーネル――機械都市カーネルは最新技術の結晶が集まっているといっても過言ではないが、その分セキュリティは比例して高度である。そんな場所からいとも簡単に手に入るのだろうか? 勘ぐる気持ちも解らなくもない。
「……もしかして、カーネルが何か……」
「可能性はある、な」
そう言うと、男は葉巻を手に取り、火をつけた。
葉巻を口に付け、吸う。そして、煙を吐いた。吐かれた煙は枝分かれして、空気へと霧散していく。
葉巻の香りは仄かに甘く、そして苦いものだった。エルリアの花から染み出るエキスを葉っぱに染み込ませたもので、若者から高齢者まで人気の葉巻であった。
「さて、君の話も聞かせてもらおうか。……シリーズと戦った、と聞いたが」
「はい。残念ながら、逃してしまいましたが」
「それでいい」
男は頷く。
「寧ろシリーズとぶつかって生きていることが奇跡だ。……ところで、どうだった。実際に戦ってみて」
ケイスはそれを聞いて、形だけ考える振りをした。なぜそうしたかというと、既に彼の中でひとつの結論が出ていたからだ。
頃合を見て、彼は結論を出した(正確には、出した『振りをした』)。
「なんだか……人間と似たような雰囲気でしたね。もしかしたら、彼らは人間だったのかもしれません」
「そいつは憶測だが、ふむ……一理ある」
男はそう言って小さくため息をついた。
そして、見計らったかのように時計を見て、男は立ち上がる。
「それでは私は用事があるからこれで失礼するが……君はどうする? まだこれを見ていくか」
「見る機会も少ないですし、見ていくことにします」
「そうか。……君も物好きだ」
そう言って、男は立ち去っていった。
男が帰ってすぐ、ケイスは冷や汗をかいた。やはり、ああいう人間との会話は慣れないものだ――たとえそれが上司であったとしても。
今、ケイスと会話していた男は、秘密組織『新たな夜明け』のリーダー、ヴァルト・ヘーナブルという人間で、ケイスの直接の上司だった。
「ほんと……なんというか染み出てくるオーラというのがすごいというか」
ケイスはそう呟くと、再びオペラの観劇へと戻ることとした。
◇◇◇
リリーファーシミュレーションセンターでは、マーズがシミュレーションを終え、滴る程の汗を拭いているところだった。それを見て、紙パックのオレンジジュースを飲みながら、メリアは呟く。
「あんた……休みというのにシミュレーションとか、ほんと仕事バカだよねえ……」
「もう少し言葉を選んで欲しいわね。自主練よ」
「言いたいことは分かるけれど」
メリアは飲み干して空になった紙パックを近くにあるゴミ箱へと放り捨てる。
「少しは休憩しないと、その練習も毒になるわよ?」
「だけれど、今年になって色々とありすぎる。だから……頑張らなくちゃ」
「少しは頼ったらどうよ? あのインフィニティを操縦する……タカト、だっけ? とか。経験こそ少ないが、あのリリーファーは世界最強だぜ」
「経験が少ないのは、この世界では命取りなのよ」
「だからとはいえ、あんただけが張り切ってもうまくはいかないだろう」
確かに、メリアの言うとおりだった。
マーズは『個』であれば絶対的な力を誇る。
しかし、『団体』であれば誰かが足を引っ張る可能性だってある。そうなれば彼女の力が百パーセント発揮されることはない。
それを彼女は恐れていた。
それを彼女は出来ることなら考えたくなかった。
「まあ、あんたのことだから騎士団結成後は特訓でも積ませるんでしょうが……」
「騎士団結成のニュースって言ったっけ?」
「騎士団結成のために十機ものリリーファーを調整したのよ。だからすごく眠くてね」
そう言って、メリアは大きく欠伸を一つした。そのあとに「ほらね」と付け足す。
「だったら寝ればいいじゃない。私に付き合わずとも」
「私しか起動できないんだし、あんたがやったら確実にシミュレーションがうまくいかないのよ! だって、ほかの起動従士と聞いてみなさい? あんたの難易度は遥かにそれを上回っているから!」
メリアはそう言ったが、やはり眠気には勝てないのだろう、ふらふらと部屋を後にする。
「帰るときはフロントで言っておいて……私は寝るわ……」
そう言った、メリアにマーズは「おやすみ」と声をかけた。
それを聞いたメリアは、小さく手を振った。
さて。
一人になった部屋で、マーズは改めて考えてみることにした。
それは、騎士団結成の真の意味だ。
恐らく、騎士団は『インフィニティ』を保護するため――という意味が強いのだろう。それを考えると、ほかのメンバーは謂わばインフィニティの囮ということになる。
だから、各個人が力を備えなければならない。
今まで学生身分だった彼らに、突如として起動従士の位とリリーファーを与える。
『大会』でもある制度ではあるが、この制度にかなり不安がある人間も多い。現にマーズがなったときはかなり批判もあったものだ。
しかし、それから彼女を守ったのは今の国王――ラグストリアル・リグレーだった。
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