絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第四十四話 模擬戦(前編)
期限まで、残り一日。崇人たちは次の日に向けて練習することにした。練習する場所はコロシアム地下にある練習闘技室だった。室と書いているが、その大きさはコロシアムよりも大きく、室と呼べる場所なのかというのは、些か崇人たちの頭には疑問として浮かび上がっていた。
「……一先ず、今日はここで練習することにしよう。未だどこに行ったか解らない連中も中にはいるが……、しょうがない。居るメンバーだけで練習しよう」
「練習ったって、何をする? 模擬戦か?」
「模擬戦になるな。ただ、三人しか居ないのが難点だが……。まあ、仕方ないだろ」
「お困りのようだね?」
そう背後から声が聞こえたので、彼らは振り返った。そこに居たのは、ベスパに決めた時にいた整備リーダーだった。
「ああ、確か名前は……」
「ルミナスだ。覚えておいてくれよ。……ところで、模擬戦で困っていると聞いたが、いいものがあるんだよ。試しにそいつを使ってみないか?」
「へえ。何と言うんです?」
「ADパイロット型リリーファー、略してADLだ。こいつは使えるぞ? まだまだ実戦……そいつは勿論、戦争という意味で、だ……には使えないけれど、こういう模擬戦とかにはいい」
「ADパイロット……って、人が実際に乗っているのか?」
訊ねる崇人に、エスティが小さく肩を叩く。
「授業で習ったじゃない。ADパイロットってのはArtificial Dummyパイロットで、『人工模造』パイロットという意味だって。ロボットでリリーファーを操作する、そうですよね?」
「ああ、そうだ」
エスティの言葉に、ルミナスは小さく微笑む。
「そのADLは安全面に問題があるとかで使用が中止されていなかったか?」
「いいや。そんなことはない。最早ADLは生まれ変わり……安全面が完全に修正された、最強になったのよ」
そんなことを言っていたが、崇人はまだ胡散臭かった。
技術者が『完璧、安全』等ということは絶対にありえない。
彼らは確かに自分の制作したものには絶対の自信を持っている。だからといって、その製品が完璧であるとは限らない。だから、絶対に完璧などという言葉は容易には出さない。
だが、セールスマンの場合はどうだろうか。相手に商品を売り込むのだ。安全でない可能性があります等と言えば、その商品は売れなくなるだろう。だから、安全でない可能性があったとしても『完璧、安全』等と事実が捻じ曲げられてしまうのだ。
だからこそ、この人が、安全というのが怪しく思えたのだった。
「……安全安全って言いますけど、本当ですか? 作っている人がそう言うと逆に胡散臭いというか……」
「タカト、そういうのって逆に信頼出来るんじゃないの?」
「そうかなあ……」
そういう意識ってものは、どうやら作る立場に立たないと浮かばないようだったし、それを考えれば、エスティがそれを理解できないのも崇人には納得出来た。
だからといって、崇人はここで譲歩するつもりもなかった。
「でも、やはり安全でなくちゃ。エスティ、たとえばの話だけれど、戦闘中に敵に撃たれてリリーファーが行動不能に陥るのと、製作者や整備のミスで突然行動不能に陥るのと、どっちがいい?」
崇人が訊ねると、エスティは首を傾げる。崇人としては、この問題は悩むほどの問題でもないと思っていたのだが、どうもこの世界の人間の倫理観というものは、崇人の居た世界のものとは大きく異なっていた。
「……やっぱり後者の方が実際に起きると憤慨しないか? なんだかイラッと来ないか? 自分は頑張っていたのに、リリーファーのせいで……って」
「いや、それは運じゃないかしら。勿論、怒るは怒るけれど、結局それを選んだ自分が悪い。神に見放された、と思ってしまうかなあ」
「そうか。けれど、作る人には作る人としてのプライドがあるんだよ。実際、完璧だと言っても正直なところたかが知れている。だからこそ、作っている人は『完璧』という言葉をあまり用いないんだ」
「よく解らないけれど、とりあえず疑えってこと?」
「間違っていないけれど……、まあいいか」
崇人とエスティの会話が終了すると、ルミナスは小さくため息をついた。
「……まあ、確かにそのとおりね。はっきりと言えば、このADLは完璧ではない。安全かと言われれば、そうなる可能性の方が高い――としか言い様がないわ」
ルミナスはそう言って、帽子を深くかぶりなおす。
「さて……そこまで聞いて、だ。どうする? ADLを使うか?」
「そう意見を出してくれたんだ。それを受け入れよう」
ヴィエンスの一声で、崇人たちは頷く。
「それじゃ、ADLを三台そちらに派遣しておくから。凡て終わったら、また私を呼ぶか、そのまま放置してくれても構わない。なにせ、ADLには高性能の人工知能が搭載されているからね」
人工知能、ね……と崇人は呟きつつも、それを了承した。
◇◇◇
「やあ、『ハートの女王』。先ずは君が誕生したことに……改めて敬意を表するよ」
白い部屋で、帽子屋とチェシャ猫とハンプティ・ダンプティ、そしてハートの女王がひとつのテーブルを中心として円を描いて座っていた。帽子屋はシニカルに微笑み、ハートの女王の方を見る。
「……“女王”とはいうが、俺は男だ。忘れるな」
「怖いな。まあ、お手柔らかに頼むよ」
帽子屋はそう言って、テーブルに置かれている紅茶を一口啜った。
「ところで……メンバーはこれだけなのか?」
「ああ、これだけ……ではないね。正確には、あと三匹居るかな。まあ、追々説明していくよ。一先ず、君には大事な任務を巻かせる必要があるからね」
「帽子屋、早々そのようなことを任せていいのか……?」
訊ねたのはハンプティ・ダンプティだった。今は先ほどと同様、少女の格好をしていた。
「いいんだよ。そういうのをしてもらわないと。というか、『ハートの女王』にしかできない仕事だからね」
「……俺にしか、出来ない?」
「そうだ」
帽子屋は小さく呟き、メモをハートの女王に差し出した。
「……これは?」
「まあ、持っていてくれればいい。特に問題はない。任務というのは……今すぐセレス・コロシアムに戻ってタカト・オーノ……いや、大野崇人のもとへ戻ってもらいたい」
その言葉を聞いて、一同は騒然とした。
「帽子屋。そんなことしていいんですか?」
「チェシャ猫。これは『インフィニティ計画』のために重要なことだ。ああ、そうだ。インフィニティ計画の概要については、そのメモに記してある。読んだら、飲み込んで消すこと。いいね?」
その言葉に、ハートの女王は頷く。
「それじゃ、解散しよう」
そう言って、帽子屋は立ち上がった。
それを見て、ハンプティ・ダンプティが訊ねる。
「帽子屋、何処へ?」
「……『アリス』を見つけたからね」
それだけを言って、帽子屋は姿を消した。遅れて、ハートの女王も姿を消した。
◇◇◇
「ADLの手配、完了したわ。あとは自由に指示できるし、自律も出来る。何か解らないことがあったら、リリーファー内の通信機器に私のコードを入れてあるから、そこに繋いでね。オーケイ?」
ルミナスがADL三体を従えてやって来たのはそれから十分後のことだった。ほかのチームも「なんだあれ?」「あれって、ADLじゃないか!」などこちらの状況に気になるらしかった。
「何だか見られているんだが……至極恥ずかしいぞ」
「いいじゃんいいじゃん」
「何がいいんだよエスティは……」
そんなことを言った三人だが、そんなことで気落ちなどせず、寧ろ胸を張ってリリーファーへと乗り込んでいった。彼らが使用するリリーファーはベスパではない。団体戦ではそれぞれが別々のリリーファーを用いねばならないから、そのために新たにチョイスし直した(ただし、各チームのリーダーは個人戦でチーム貸切にした場合において、その機体を使用せねばならないという制約はある)。
「……一先ず、今日はここで練習することにしよう。未だどこに行ったか解らない連中も中にはいるが……、しょうがない。居るメンバーだけで練習しよう」
「練習ったって、何をする? 模擬戦か?」
「模擬戦になるな。ただ、三人しか居ないのが難点だが……。まあ、仕方ないだろ」
「お困りのようだね?」
そう背後から声が聞こえたので、彼らは振り返った。そこに居たのは、ベスパに決めた時にいた整備リーダーだった。
「ああ、確か名前は……」
「ルミナスだ。覚えておいてくれよ。……ところで、模擬戦で困っていると聞いたが、いいものがあるんだよ。試しにそいつを使ってみないか?」
「へえ。何と言うんです?」
「ADパイロット型リリーファー、略してADLだ。こいつは使えるぞ? まだまだ実戦……そいつは勿論、戦争という意味で、だ……には使えないけれど、こういう模擬戦とかにはいい」
「ADパイロット……って、人が実際に乗っているのか?」
訊ねる崇人に、エスティが小さく肩を叩く。
「授業で習ったじゃない。ADパイロットってのはArtificial Dummyパイロットで、『人工模造』パイロットという意味だって。ロボットでリリーファーを操作する、そうですよね?」
「ああ、そうだ」
エスティの言葉に、ルミナスは小さく微笑む。
「そのADLは安全面に問題があるとかで使用が中止されていなかったか?」
「いいや。そんなことはない。最早ADLは生まれ変わり……安全面が完全に修正された、最強になったのよ」
そんなことを言っていたが、崇人はまだ胡散臭かった。
技術者が『完璧、安全』等ということは絶対にありえない。
彼らは確かに自分の制作したものには絶対の自信を持っている。だからといって、その製品が完璧であるとは限らない。だから、絶対に完璧などという言葉は容易には出さない。
だが、セールスマンの場合はどうだろうか。相手に商品を売り込むのだ。安全でない可能性があります等と言えば、その商品は売れなくなるだろう。だから、安全でない可能性があったとしても『完璧、安全』等と事実が捻じ曲げられてしまうのだ。
だからこそ、この人が、安全というのが怪しく思えたのだった。
「……安全安全って言いますけど、本当ですか? 作っている人がそう言うと逆に胡散臭いというか……」
「タカト、そういうのって逆に信頼出来るんじゃないの?」
「そうかなあ……」
そういう意識ってものは、どうやら作る立場に立たないと浮かばないようだったし、それを考えれば、エスティがそれを理解できないのも崇人には納得出来た。
だからといって、崇人はここで譲歩するつもりもなかった。
「でも、やはり安全でなくちゃ。エスティ、たとえばの話だけれど、戦闘中に敵に撃たれてリリーファーが行動不能に陥るのと、製作者や整備のミスで突然行動不能に陥るのと、どっちがいい?」
崇人が訊ねると、エスティは首を傾げる。崇人としては、この問題は悩むほどの問題でもないと思っていたのだが、どうもこの世界の人間の倫理観というものは、崇人の居た世界のものとは大きく異なっていた。
「……やっぱり後者の方が実際に起きると憤慨しないか? なんだかイラッと来ないか? 自分は頑張っていたのに、リリーファーのせいで……って」
「いや、それは運じゃないかしら。勿論、怒るは怒るけれど、結局それを選んだ自分が悪い。神に見放された、と思ってしまうかなあ」
「そうか。けれど、作る人には作る人としてのプライドがあるんだよ。実際、完璧だと言っても正直なところたかが知れている。だからこそ、作っている人は『完璧』という言葉をあまり用いないんだ」
「よく解らないけれど、とりあえず疑えってこと?」
「間違っていないけれど……、まあいいか」
崇人とエスティの会話が終了すると、ルミナスは小さくため息をついた。
「……まあ、確かにそのとおりね。はっきりと言えば、このADLは完璧ではない。安全かと言われれば、そうなる可能性の方が高い――としか言い様がないわ」
ルミナスはそう言って、帽子を深くかぶりなおす。
「さて……そこまで聞いて、だ。どうする? ADLを使うか?」
「そう意見を出してくれたんだ。それを受け入れよう」
ヴィエンスの一声で、崇人たちは頷く。
「それじゃ、ADLを三台そちらに派遣しておくから。凡て終わったら、また私を呼ぶか、そのまま放置してくれても構わない。なにせ、ADLには高性能の人工知能が搭載されているからね」
人工知能、ね……と崇人は呟きつつも、それを了承した。
◇◇◇
「やあ、『ハートの女王』。先ずは君が誕生したことに……改めて敬意を表するよ」
白い部屋で、帽子屋とチェシャ猫とハンプティ・ダンプティ、そしてハートの女王がひとつのテーブルを中心として円を描いて座っていた。帽子屋はシニカルに微笑み、ハートの女王の方を見る。
「……“女王”とはいうが、俺は男だ。忘れるな」
「怖いな。まあ、お手柔らかに頼むよ」
帽子屋はそう言って、テーブルに置かれている紅茶を一口啜った。
「ところで……メンバーはこれだけなのか?」
「ああ、これだけ……ではないね。正確には、あと三匹居るかな。まあ、追々説明していくよ。一先ず、君には大事な任務を巻かせる必要があるからね」
「帽子屋、早々そのようなことを任せていいのか……?」
訊ねたのはハンプティ・ダンプティだった。今は先ほどと同様、少女の格好をしていた。
「いいんだよ。そういうのをしてもらわないと。というか、『ハートの女王』にしかできない仕事だからね」
「……俺にしか、出来ない?」
「そうだ」
帽子屋は小さく呟き、メモをハートの女王に差し出した。
「……これは?」
「まあ、持っていてくれればいい。特に問題はない。任務というのは……今すぐセレス・コロシアムに戻ってタカト・オーノ……いや、大野崇人のもとへ戻ってもらいたい」
その言葉を聞いて、一同は騒然とした。
「帽子屋。そんなことしていいんですか?」
「チェシャ猫。これは『インフィニティ計画』のために重要なことだ。ああ、そうだ。インフィニティ計画の概要については、そのメモに記してある。読んだら、飲み込んで消すこと。いいね?」
その言葉に、ハートの女王は頷く。
「それじゃ、解散しよう」
そう言って、帽子屋は立ち上がった。
それを見て、ハンプティ・ダンプティが訊ねる。
「帽子屋、何処へ?」
「……『アリス』を見つけたからね」
それだけを言って、帽子屋は姿を消した。遅れて、ハートの女王も姿を消した。
◇◇◇
「ADLの手配、完了したわ。あとは自由に指示できるし、自律も出来る。何か解らないことがあったら、リリーファー内の通信機器に私のコードを入れてあるから、そこに繋いでね。オーケイ?」
ルミナスがADL三体を従えてやって来たのはそれから十分後のことだった。ほかのチームも「なんだあれ?」「あれって、ADLじゃないか!」などこちらの状況に気になるらしかった。
「何だか見られているんだが……至極恥ずかしいぞ」
「いいじゃんいいじゃん」
「何がいいんだよエスティは……」
そんなことを言った三人だが、そんなことで気落ちなどせず、寧ろ胸を張ってリリーファーへと乗り込んでいった。彼らが使用するリリーファーはベスパではない。団体戦ではそれぞれが別々のリリーファーを用いねばならないから、そのために新たにチョイスし直した(ただし、各チームのリーダーは個人戦でチーム貸切にした場合において、その機体を使用せねばならないという制約はある)。
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