絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第三十六話 誘惑
「そうして偶然に生き物は生まれたわけだけれど、そこで一旦部屋を彼らのものにしたんだ」
「なぜだ? 別に持ち主はそのままでも良かったんじゃないのか?」
ヴィーエックの言葉に、少年はため息をつく。それを見て漸く彼は何か間違ったことを言ってしまったかと考える。
「もしこの部屋に『持ち主』が居るとするなら、の話だけれどね。……少し考えてみてはどうかな? 与えられたり、自分で作ったりしたものを、絶対に壊さずに一生管理し続ける自信があるか? 僕にはないし、恐らくそれは誰にだってないと思うがね」
それを言われると確かにそうだった。実際に考えてもみればそんなことは解る話だった。白い部屋を一生管理し続ける生物が仮にいるとするならば、そんなことをし続けるのは非常に無意味だ。意味がないことをするのもまた、非常に無意味だった。
「……と、待てよ。だとしたら、この部屋は今後その生き物が育てていったのか?」
ヴィーエックが訊ねると、少年は小さく鼻歌を唄う。
「それじゃ、話の続きをしようか。その生き物に部屋を譲ってから、しばらく経った。もともと『部屋』には沢山の技術があり、それをもとに部屋を発展させていった。生き物は生き死にを泡沫のように繰り返し、代を変えていった。そしてある日……『彼ら』は遂にこう言ったのだ」
――この世界は、私たち自身の手で発展させたものだ
「……とね。それは、違うと元の持ち主……それは、その生き物たちにとって『カミ』とよばれるモノが言った訳だ。そして、その生き物から部屋を取り上げようとした。だが……考えてみれば解る。そのとき生き物たちは恐ろしい程に数を伸ばしていて、それらから簡単に取り上げることなど出来なかった。……ならば、どうすれば良いか」
「……どうしたんだ?」
「追い出せないのなら、殺してしまえばいいと思ったわけだ」
その言葉を聞いて、ヴィーエックは思わず身震いした。
少年の声は、ひどく冷たかった。
だが、身震いした理由はそれだけではなかった。
そうも簡単に、殺す手段に至るということに、彼は驚きを隠せなかったのだった。
「……それで、どうしたんだ」
「簡単だ。世界全体に大洪水を発生させた。それによって……その生き物の大半は死ぬこととなったよ。ただ一種類の存在を除いて、な」
「一種類?」
「それこそが、君たちが『シリーズ』と呼んでいる存在だ。……いや、聞いたことがないかもしれない。『シリーズ』というのは、簡単に言えば最初の生き物の末裔ということになる。『シリーズ』は全部で七種類居た。その七種類には異なる特徴を持っていたが、数少ない共通点も、確かに存在していた」
ヴィーエックは、少年の話が飛躍的すぎて正直なところ理解出来ずにいたが、今の言葉で更に理解を難解としていった。さっぱり解らない。
シリーズという存在が、原始の生き物の末裔だという。それが仮に真実だとして、しかしこの部屋の存在は未だ明らかにはなっていない(少年は『世界の始まりの場所』等と言ったが、それでもそれがそうだという確証はつかめないし、そもそもヴィーエック自身がそれを信じていなかった)。
少年の話は、あまりにも謎が多すぎる。
しかし、それから『疑う』などと言うことは、まったくしなかった。
「数少ない共通点の一つには、あることがあった。それは、『カミ』からの厳命が下っていたことだ」
「カミからの……厳命?」
「そうだ。例えば、『ハートの女王』という存在は、自らが生きるための術というか、はたまた別のことかは解らないが、こう命じられていたそうだ。……『悪人は、処罰せよ』と」
「悪人…………処罰…………」
「そうだ」
少年はニヤリと笑みを浮かべる。
「悪人は、誰が決めるかと言えばそれはまた別なのだけれど、ひとまず、『ハートの女王』が命じられたことはそのことなのさ。それはなぜそうするかといえば、その後に生きる生き物の行動を制限するためだった。例えば、これが居なければ、娘を殺された父親は犯人探しに躍起になるだろうし、犯人は必死に逃げる。そして、父親は血走って犯人をそのまま殺してしまうだろう。そうすれば、父親も極悪人となる。しかし、『ハートの女王』が居ればそんなことなど問題ではない。……つまるところ、『シリーズ』はこの部屋の守護神、秩序を守るべき存在となるね」
「秩序を守る存在……?」
「そうさ。秩序を守るには、自ずと絶対的な力を必要とするわけだ。……さて、漸く本題に入ろう。ヴィーエック・タランスタッド。君は……絶対的な力が欲しいか? 誰にも左右されない、圧倒的な力が」
――そうだった。ヴィーエックは改めて自らがここに居る理由を考えた。ここに来た理由は、『力』のためだった。
ヴィーエックは崇人とも話していたように、この世界の住人ではない。別の世界の住人である。だからこそ、元の世界へと帰る手段を模索していた。
正直なところ、今回初めて崇人と会話した時に、感じた印象が、明らかにヴィーエックの予想しているものとは違った。
ヴィーエックは「さっさと帰りたい」的な気持ちで心が満たされているのだろうなどと思っていたのだが、実際の崇人はそうではなく、「帰りたいは帰りたいがまずはこの世界をどうにかしよう」という思いが表情から浮かび取れたのだった。
崇人の本心が表情から読み取ったものとおりであるとするならば、ヴィーエックは二人での脱出が不可能だと考えていた。だとするならば、彼には絶対的な力が必要だった。
この世界を牛耳ることが出来るほどの絶対的な力があれば、きっとこの世界から脱出することも出来るはずだと考えていた。
しかし、その考えが既に歪んだものであるということは、今の彼にはそれを検証することも考えられなかったのであった。
「さあ。どうする? ……力が欲しいなら、言ってみろ」
その言葉に、ヴィーエックはゆっくりと頷き、そして言った。
「力が欲しい。……どんなものでも屈するほどの、最強の力を……!」
「よくぞ言った」
そう言って、少年はシニカルに微笑む。少年は服のポケットを弄って、あるものを取り出す。
それはエネルギー体のようにも見えた。赤く輝く、球だった。
大きさはテニスボール程の大きさで、それはぼんやりと輝いていた。
「……これは、『ハートの女王』のコアさ。これを君に授けよう。だが……いくら『起動従士の卵』とはいえ、シリーズになれるかは怪しい。これが起動従士ならば可能性は充分に高まるのだがね。そもそも、僕たちのレゾンデートルはそれほどに曖昧なものだということだけれど」
「……ねちねち言っていないで、やるならさっさとやってくれ。心変わりしないうちに、だ」
ヴィーエックがため息をつきつつ言うと、少年は口を手で隠しながら、嫌らしそうに笑う。
「ああ……ああ……分かったよ。それじゃ、君に今からこれをブチ込む。一応言っておくが、どうなっても僕たちは責任を取らないから。そういうことでー」
そう言って、
少年はその球体を、ヴィーエックの心臓のあるあたりに強引に突っ込んだ。
「なぜだ? 別に持ち主はそのままでも良かったんじゃないのか?」
ヴィーエックの言葉に、少年はため息をつく。それを見て漸く彼は何か間違ったことを言ってしまったかと考える。
「もしこの部屋に『持ち主』が居るとするなら、の話だけれどね。……少し考えてみてはどうかな? 与えられたり、自分で作ったりしたものを、絶対に壊さずに一生管理し続ける自信があるか? 僕にはないし、恐らくそれは誰にだってないと思うがね」
それを言われると確かにそうだった。実際に考えてもみればそんなことは解る話だった。白い部屋を一生管理し続ける生物が仮にいるとするならば、そんなことをし続けるのは非常に無意味だ。意味がないことをするのもまた、非常に無意味だった。
「……と、待てよ。だとしたら、この部屋は今後その生き物が育てていったのか?」
ヴィーエックが訊ねると、少年は小さく鼻歌を唄う。
「それじゃ、話の続きをしようか。その生き物に部屋を譲ってから、しばらく経った。もともと『部屋』には沢山の技術があり、それをもとに部屋を発展させていった。生き物は生き死にを泡沫のように繰り返し、代を変えていった。そしてある日……『彼ら』は遂にこう言ったのだ」
――この世界は、私たち自身の手で発展させたものだ
「……とね。それは、違うと元の持ち主……それは、その生き物たちにとって『カミ』とよばれるモノが言った訳だ。そして、その生き物から部屋を取り上げようとした。だが……考えてみれば解る。そのとき生き物たちは恐ろしい程に数を伸ばしていて、それらから簡単に取り上げることなど出来なかった。……ならば、どうすれば良いか」
「……どうしたんだ?」
「追い出せないのなら、殺してしまえばいいと思ったわけだ」
その言葉を聞いて、ヴィーエックは思わず身震いした。
少年の声は、ひどく冷たかった。
だが、身震いした理由はそれだけではなかった。
そうも簡単に、殺す手段に至るということに、彼は驚きを隠せなかったのだった。
「……それで、どうしたんだ」
「簡単だ。世界全体に大洪水を発生させた。それによって……その生き物の大半は死ぬこととなったよ。ただ一種類の存在を除いて、な」
「一種類?」
「それこそが、君たちが『シリーズ』と呼んでいる存在だ。……いや、聞いたことがないかもしれない。『シリーズ』というのは、簡単に言えば最初の生き物の末裔ということになる。『シリーズ』は全部で七種類居た。その七種類には異なる特徴を持っていたが、数少ない共通点も、確かに存在していた」
ヴィーエックは、少年の話が飛躍的すぎて正直なところ理解出来ずにいたが、今の言葉で更に理解を難解としていった。さっぱり解らない。
シリーズという存在が、原始の生き物の末裔だという。それが仮に真実だとして、しかしこの部屋の存在は未だ明らかにはなっていない(少年は『世界の始まりの場所』等と言ったが、それでもそれがそうだという確証はつかめないし、そもそもヴィーエック自身がそれを信じていなかった)。
少年の話は、あまりにも謎が多すぎる。
しかし、それから『疑う』などと言うことは、まったくしなかった。
「数少ない共通点の一つには、あることがあった。それは、『カミ』からの厳命が下っていたことだ」
「カミからの……厳命?」
「そうだ。例えば、『ハートの女王』という存在は、自らが生きるための術というか、はたまた別のことかは解らないが、こう命じられていたそうだ。……『悪人は、処罰せよ』と」
「悪人…………処罰…………」
「そうだ」
少年はニヤリと笑みを浮かべる。
「悪人は、誰が決めるかと言えばそれはまた別なのだけれど、ひとまず、『ハートの女王』が命じられたことはそのことなのさ。それはなぜそうするかといえば、その後に生きる生き物の行動を制限するためだった。例えば、これが居なければ、娘を殺された父親は犯人探しに躍起になるだろうし、犯人は必死に逃げる。そして、父親は血走って犯人をそのまま殺してしまうだろう。そうすれば、父親も極悪人となる。しかし、『ハートの女王』が居ればそんなことなど問題ではない。……つまるところ、『シリーズ』はこの部屋の守護神、秩序を守るべき存在となるね」
「秩序を守る存在……?」
「そうさ。秩序を守るには、自ずと絶対的な力を必要とするわけだ。……さて、漸く本題に入ろう。ヴィーエック・タランスタッド。君は……絶対的な力が欲しいか? 誰にも左右されない、圧倒的な力が」
――そうだった。ヴィーエックは改めて自らがここに居る理由を考えた。ここに来た理由は、『力』のためだった。
ヴィーエックは崇人とも話していたように、この世界の住人ではない。別の世界の住人である。だからこそ、元の世界へと帰る手段を模索していた。
正直なところ、今回初めて崇人と会話した時に、感じた印象が、明らかにヴィーエックの予想しているものとは違った。
ヴィーエックは「さっさと帰りたい」的な気持ちで心が満たされているのだろうなどと思っていたのだが、実際の崇人はそうではなく、「帰りたいは帰りたいがまずはこの世界をどうにかしよう」という思いが表情から浮かび取れたのだった。
崇人の本心が表情から読み取ったものとおりであるとするならば、ヴィーエックは二人での脱出が不可能だと考えていた。だとするならば、彼には絶対的な力が必要だった。
この世界を牛耳ることが出来るほどの絶対的な力があれば、きっとこの世界から脱出することも出来るはずだと考えていた。
しかし、その考えが既に歪んだものであるということは、今の彼にはそれを検証することも考えられなかったのであった。
「さあ。どうする? ……力が欲しいなら、言ってみろ」
その言葉に、ヴィーエックはゆっくりと頷き、そして言った。
「力が欲しい。……どんなものでも屈するほどの、最強の力を……!」
「よくぞ言った」
そう言って、少年はシニカルに微笑む。少年は服のポケットを弄って、あるものを取り出す。
それはエネルギー体のようにも見えた。赤く輝く、球だった。
大きさはテニスボール程の大きさで、それはぼんやりと輝いていた。
「……これは、『ハートの女王』のコアさ。これを君に授けよう。だが……いくら『起動従士の卵』とはいえ、シリーズになれるかは怪しい。これが起動従士ならば可能性は充分に高まるのだがね。そもそも、僕たちのレゾンデートルはそれほどに曖昧なものだということだけれど」
「……ねちねち言っていないで、やるならさっさとやってくれ。心変わりしないうちに、だ」
ヴィーエックがため息をつきつつ言うと、少年は口を手で隠しながら、嫌らしそうに笑う。
「ああ……ああ……分かったよ。それじゃ、君に今からこれをブチ込む。一応言っておくが、どうなっても僕たちは責任を取らないから。そういうことでー」
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