絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二十五話 開会式
大会当日を迎えたセレス・コロシアムはたくさんの観客の歓声に包まれていた。
「すごいな……。今日は開会式だけのはずなのに」
崇人が、外の光景を窓から眺めたその感想を言うと、アーデルハイトは小さく笑った。
「観客はここで、参加チームの初めの品定めを行うんだよ。ファーストインプレッションを元にして、ね」
「それで、誰を応援するか決めるわけか。しかし、もちろんのこと、ここに来てない観客は明日以降来たりするんだろ?」
「そいつは自明じゃないか。確かに、品定めしてから決める観客もいるさ。しかし、それはほんの一部で、明日以降の対戦を見てから、だれを応援するか決める人だっている。……何が言いたいかといえば、大会の楽しみ方は人それぞれというわけだ」
アーデルハイトはそう言って、両手に持っていた紙パックのジュースの片方を崇人に渡す。
「飲んでおけ。開会式中は、たとえ熱中症とかになったにしろ、退場ができない。少し変わったルールなんでな。水分補給はきちんとしておいたほうがいい」
アーデルハイトの善意を受け取り、崇人はジュースを一口飲む。味はオレンジのようで、どうやらマーズがよく飲むメーカーのものだった。
大会の開会式は九時から開始される。今は八時二十分で、彼らは呼ばれるまで廊下で待っているという形になっている。そのため、彼らは今暇を潰そうとしているのだが、あいにく何もすることがないので、観客を眺めるしかないのだった。
「……にしても暇だなあ。まだまだ時間があるんだろ? なんか時間をつぶせる場所はないのかよ?」
「ないね。というかそんなことする暇などないと思うけれどね」
「けれどさ。暇でしょうがないんだよ。なんか話題でもないか?」
急なムチャぶりであるのに、アーデルハイトはどこかから手帳を取り出し、あるページを開いた。
「――それじゃ、あなたが戦っていく中で『危険』となる人物を上げていきましょうか」
「そりゃいいね。最高だ」
崇人はそれに頷いた。
「まずは、レルティスのメンバーについてだな。レルティスで注目すべきはその速さから『女豹』と呼ばれる、コルネリア・バルホントだ。コルネリアは、その二つ名のとおり非常に速いリリーファーコントロールを行う。大会の公式戦は全て統一のリリーファーで行われるから……アリシエンスも言ったとおり、リリーファーではなく、起動従士にかかっているわけだ」
「……お前、いくら周りに仲間が居ないからって先生を呼び捨ては良くないんじゃねえか?」
「あなただけだから特に問題もないでしょ」
確かにそれもそうだが、と崇人は呟く。
「話を戻すわね。恐らく、私の予想では彼女はパイロット・オプションを持っているはずよ。ただし、それがなんなのかは分からないけれどね」
パイロット・オプション。
それは国仕えの起動従士ならば誰しもが持つ特殊能力のことだ。誰がどの能力を持っているのか、今の崇人には知る由もないが、彼自身のパイロット・オプションならば持っていることを確認している。
「まぁ……そんなことはさておき、一先ずこいつには注意したほうがいいかもしれないわね。なんというか……見てて寒気がするわ」
そう言うと、アーデルハイトが見ていた方向からひとりの女性がやってきた。崇人はアーデルハイトに言われて、そちらに振り返った。
そこに居たのは、茶がかったショートヘアの少女だった。桜の花びらをそのまま貼り付けたような唇と、見ていると全て吸い込まれそうな眼は、見ている者を圧倒させる。
「……あら、どうしたのかな? ここで突っ立っていて」
その唇から発せられた声は、そのイメージに見合った声だった。静かで、重々しい。
「いや、あなたこそどうしてここにいらっしゃるのかしら? ……コルネリア・バルホントさん」
「あら」
コルネリアはわざとらしく言った。
「私の名前、知っているのかしら」
「対戦相手のデータを調べておくのは常識でしょう」
「それもそうね」
コルネリアはくつくつと笑う。心底性格の悪い女だ、と崇人は思っていたのだが――。
「……性格が悪いんじゃないわ。これが基底状態なのよ」
まるでコルネリアが崇人の心を見ているかのような返事をしたので、崇人は一瞬焦った。
(――どういうことだ? コルネリア――彼女は、エスパーとでも言うのか?)
「そう、私、エスパーなのよ」
エスパー。
つまりは超能力者ということだ。サイキックとも呼ばれることもあるが、ある種心霊的なイメージがあるのを嫌って、エスパーと呼ばれることも多い。
「……でも、私がエスパーかどうかだなんて、そんなこと考えなくてもいいでしょう?」
「それはそうだ。……で、どうしてここへ?」
「別に。ただの偶然よ」
コルネリアは口元を緩めて、呟く。
「……それより、開会式って何時からだったかしら? ちょっと今時計とプログラムをホテルに忘れてきてしまってね」
「あと一時間もすれば入れる」
「おお、そうか。ありがとう、えーと」
「アーデルハイトだ。覚えておいてくれ」
「なるほど。よろしく、アーデルハイト」
そう言ってコルネリアは右手を差し出す。アーデルハイトもそれに従って、握手を交わした。
崇人はそれを見ながら、またジュースを一口飲んだ。
開会式が始まる十分前にもなれば、通路にはたくさんの選手がやってきていた。崇人たちのチームは一番最初に開会式の場所へ向かう。しかし、どうしてこういう大会の開会式というのは暑い中、外で行うのだろうか。まったくもって理解できない――崇人はそんなことをぶつくさ言いながらも、場所へ向かうために整列をしていた。
「なあ、アーデルハイト。結局『注意しておけ』とか言った人物とやらだが、コルネリアただ一人しか聞くことが出来なかったんだが、それについての弁明は?」
「……ほ、ホテルで言うわよ……」
あれからアーデルハイトとコルネリアは話が弾んでしまい、今の今までずっと話し込んでいたのだった。
敵同士であるのに。
戦う相手であるのに。
「……まあ、それはいいとして、ほんとにあの暑い中でやるのか? 茹だるような天気だぞ。今日は真夏日とか天気予報で言ってただろ。どうせ、委員長とかが三十分ぐらい喋るんじゃないだろうな」
「ご名答! ここの大会委員長挨拶は長いことで有名だよ。同じ言葉を五、六回は言うからね」
「ご名答じゃねえよ!? もうやる気失せてきたわ!!」
『――それでは、選ばれしメンバーの方たちに、入場していただきましょう――』
そうアナウンスが頭上から響き、それを合図に崇人たちは外へ向かって歩き出した。
外は崇人がさっき言ったとおり、茹だるような暑さだった。ここで三十分も運動すれば、確実に熱中症になることだろう。にもかかわらず、ここで運動をさせるとは無理な判断である。崇人は、誰が判断したのか小一時間問い詰めたいほどに不快感を募らせていた。
「……あちい……」
崇人は整列位置に立ち、一言つぶやいた。その言葉は誰にも聞こえることはなかったが、周りからは『別に言わなくても知ってるよ』オーラが出ていた。しかし、今の崇人にそれを気にする余裕もなかった。
壇上にひとりの男が上り、マイクの前に立つ。それにあわせて、崇人たちは頭を下げる。あわせて、男も頭を下げた。
男は見た限りでは三十代前半ほどといえる若さであった。肌は健康的な小麦色で、メガネをかけていた。男は、マイクの前で、マイクの位置を再確認し、言った。
「――私は、この『大会』の実行委員長を務めるマイク・リッカルホーンです。暑いでしょう。私も暑いです。ですので、さっさと終わらせてしまおうと思います。とりあえず、私から簡単に一言。死なないでください」
「それかよっ!?」
と全員から総ツッコミを喰らいそうな言葉を言って、マイクは爽やかな表情のままだった。暑くないのだろうか。
「――今年の人達は、なんだかノリが悪いなあ。まあ、いいや。それじゃ改めて」
どうやら今のは違うものだったらしい。楽しそうにマイクは笑いながら言った。
「――『全力を尽くし、スポーツマンシップに則る行動を行ってください』。私からは、それだけです。では、終わります」
そう言って、マイクは壇上から下りていった。
礼をする余裕など、なかった。
「すごいな……。今日は開会式だけのはずなのに」
崇人が、外の光景を窓から眺めたその感想を言うと、アーデルハイトは小さく笑った。
「観客はここで、参加チームの初めの品定めを行うんだよ。ファーストインプレッションを元にして、ね」
「それで、誰を応援するか決めるわけか。しかし、もちろんのこと、ここに来てない観客は明日以降来たりするんだろ?」
「そいつは自明じゃないか。確かに、品定めしてから決める観客もいるさ。しかし、それはほんの一部で、明日以降の対戦を見てから、だれを応援するか決める人だっている。……何が言いたいかといえば、大会の楽しみ方は人それぞれというわけだ」
アーデルハイトはそう言って、両手に持っていた紙パックのジュースの片方を崇人に渡す。
「飲んでおけ。開会式中は、たとえ熱中症とかになったにしろ、退場ができない。少し変わったルールなんでな。水分補給はきちんとしておいたほうがいい」
アーデルハイトの善意を受け取り、崇人はジュースを一口飲む。味はオレンジのようで、どうやらマーズがよく飲むメーカーのものだった。
大会の開会式は九時から開始される。今は八時二十分で、彼らは呼ばれるまで廊下で待っているという形になっている。そのため、彼らは今暇を潰そうとしているのだが、あいにく何もすることがないので、観客を眺めるしかないのだった。
「……にしても暇だなあ。まだまだ時間があるんだろ? なんか時間をつぶせる場所はないのかよ?」
「ないね。というかそんなことする暇などないと思うけれどね」
「けれどさ。暇でしょうがないんだよ。なんか話題でもないか?」
急なムチャぶりであるのに、アーデルハイトはどこかから手帳を取り出し、あるページを開いた。
「――それじゃ、あなたが戦っていく中で『危険』となる人物を上げていきましょうか」
「そりゃいいね。最高だ」
崇人はそれに頷いた。
「まずは、レルティスのメンバーについてだな。レルティスで注目すべきはその速さから『女豹』と呼ばれる、コルネリア・バルホントだ。コルネリアは、その二つ名のとおり非常に速いリリーファーコントロールを行う。大会の公式戦は全て統一のリリーファーで行われるから……アリシエンスも言ったとおり、リリーファーではなく、起動従士にかかっているわけだ」
「……お前、いくら周りに仲間が居ないからって先生を呼び捨ては良くないんじゃねえか?」
「あなただけだから特に問題もないでしょ」
確かにそれもそうだが、と崇人は呟く。
「話を戻すわね。恐らく、私の予想では彼女はパイロット・オプションを持っているはずよ。ただし、それがなんなのかは分からないけれどね」
パイロット・オプション。
それは国仕えの起動従士ならば誰しもが持つ特殊能力のことだ。誰がどの能力を持っているのか、今の崇人には知る由もないが、彼自身のパイロット・オプションならば持っていることを確認している。
「まぁ……そんなことはさておき、一先ずこいつには注意したほうがいいかもしれないわね。なんというか……見てて寒気がするわ」
そう言うと、アーデルハイトが見ていた方向からひとりの女性がやってきた。崇人はアーデルハイトに言われて、そちらに振り返った。
そこに居たのは、茶がかったショートヘアの少女だった。桜の花びらをそのまま貼り付けたような唇と、見ていると全て吸い込まれそうな眼は、見ている者を圧倒させる。
「……あら、どうしたのかな? ここで突っ立っていて」
その唇から発せられた声は、そのイメージに見合った声だった。静かで、重々しい。
「いや、あなたこそどうしてここにいらっしゃるのかしら? ……コルネリア・バルホントさん」
「あら」
コルネリアはわざとらしく言った。
「私の名前、知っているのかしら」
「対戦相手のデータを調べておくのは常識でしょう」
「それもそうね」
コルネリアはくつくつと笑う。心底性格の悪い女だ、と崇人は思っていたのだが――。
「……性格が悪いんじゃないわ。これが基底状態なのよ」
まるでコルネリアが崇人の心を見ているかのような返事をしたので、崇人は一瞬焦った。
(――どういうことだ? コルネリア――彼女は、エスパーとでも言うのか?)
「そう、私、エスパーなのよ」
エスパー。
つまりは超能力者ということだ。サイキックとも呼ばれることもあるが、ある種心霊的なイメージがあるのを嫌って、エスパーと呼ばれることも多い。
「……でも、私がエスパーかどうかだなんて、そんなこと考えなくてもいいでしょう?」
「それはそうだ。……で、どうしてここへ?」
「別に。ただの偶然よ」
コルネリアは口元を緩めて、呟く。
「……それより、開会式って何時からだったかしら? ちょっと今時計とプログラムをホテルに忘れてきてしまってね」
「あと一時間もすれば入れる」
「おお、そうか。ありがとう、えーと」
「アーデルハイトだ。覚えておいてくれ」
「なるほど。よろしく、アーデルハイト」
そう言ってコルネリアは右手を差し出す。アーデルハイトもそれに従って、握手を交わした。
崇人はそれを見ながら、またジュースを一口飲んだ。
開会式が始まる十分前にもなれば、通路にはたくさんの選手がやってきていた。崇人たちのチームは一番最初に開会式の場所へ向かう。しかし、どうしてこういう大会の開会式というのは暑い中、外で行うのだろうか。まったくもって理解できない――崇人はそんなことをぶつくさ言いながらも、場所へ向かうために整列をしていた。
「なあ、アーデルハイト。結局『注意しておけ』とか言った人物とやらだが、コルネリアただ一人しか聞くことが出来なかったんだが、それについての弁明は?」
「……ほ、ホテルで言うわよ……」
あれからアーデルハイトとコルネリアは話が弾んでしまい、今の今までずっと話し込んでいたのだった。
敵同士であるのに。
戦う相手であるのに。
「……まあ、それはいいとして、ほんとにあの暑い中でやるのか? 茹だるような天気だぞ。今日は真夏日とか天気予報で言ってただろ。どうせ、委員長とかが三十分ぐらい喋るんじゃないだろうな」
「ご名答! ここの大会委員長挨拶は長いことで有名だよ。同じ言葉を五、六回は言うからね」
「ご名答じゃねえよ!? もうやる気失せてきたわ!!」
『――それでは、選ばれしメンバーの方たちに、入場していただきましょう――』
そうアナウンスが頭上から響き、それを合図に崇人たちは外へ向かって歩き出した。
外は崇人がさっき言ったとおり、茹だるような暑さだった。ここで三十分も運動すれば、確実に熱中症になることだろう。にもかかわらず、ここで運動をさせるとは無理な判断である。崇人は、誰が判断したのか小一時間問い詰めたいほどに不快感を募らせていた。
「……あちい……」
崇人は整列位置に立ち、一言つぶやいた。その言葉は誰にも聞こえることはなかったが、周りからは『別に言わなくても知ってるよ』オーラが出ていた。しかし、今の崇人にそれを気にする余裕もなかった。
壇上にひとりの男が上り、マイクの前に立つ。それにあわせて、崇人たちは頭を下げる。あわせて、男も頭を下げた。
男は見た限りでは三十代前半ほどといえる若さであった。肌は健康的な小麦色で、メガネをかけていた。男は、マイクの前で、マイクの位置を再確認し、言った。
「――私は、この『大会』の実行委員長を務めるマイク・リッカルホーンです。暑いでしょう。私も暑いです。ですので、さっさと終わらせてしまおうと思います。とりあえず、私から簡単に一言。死なないでください」
「それかよっ!?」
と全員から総ツッコミを喰らいそうな言葉を言って、マイクは爽やかな表情のままだった。暑くないのだろうか。
「――今年の人達は、なんだかノリが悪いなあ。まあ、いいや。それじゃ改めて」
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