絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第二十話 密会(前編)
次の日、崇人はいつものとおり、起動従士クラスに来ていた。入学式から無遅刻無欠席であるため、これが異世界に来てちょうど一ヶ月ということになる。
そして、それは、大会まであと少しということを意味していた。
「タカトくん、元気だねぇ……」
「どうした、エスティ。夏バテか?」
だったらまだいいけどね、とエスティはつぶやく。
「昨日は、ちょっと徹夜しちゃって……。おかげで、今日の一時間目は睡眠学習に頼りそうな勢いだよ」
もう既にエスティは半分夢の世界に旅立っていることは、崇人もわかっていたが、それを言わないのが優しさってもんだろう――崇人はうんうんとそう頷きながら言うと、エスティをそのまま寝かせておくことにした。
――其の後、エスティが一時間目の教員に頭を叩かれたことは、言うまでもない。
◇◇◇
お昼休み、食堂は今日も混んでいた。
「あいかわらず、ここの混み具合は変わらないというか、なんというか」
そんなことをつぶやきながら、崇人はきつねうどんをトレーに乗せ、いつものようにエスティたちが待つ場所に向かった。このスタイルは僅か一ヶ月ですっかり崇人の生活サイクルの中に組み込まれるようになり、それは崇人もいいことだろうとしてなおざりにしている。
「しかしまぁ、こう毎日うどんとか飽きないのか? タカト、君くらいだぞ。食堂のおばちゃんは君のこと、『うどんマスター』とか呼んでるくらいらしいし」
ケイスは、そう言って定食のご飯をかっ込んだ。定食の御菜は、茄子と肉を混ぜたようなもの(に見えるだけで、実際に材料は違うことだろう。現に、ケイスが茄子と思しき何かを箸でつまんでいたが、その色は真っ赤だった。そんなナスは果たして存在するのか? とも崇人は考えていた)で、崇人はそれを食べるには少々抵抗があった。とはいえ、この世界全ての食材が崇人にとって苦手というわけでもなく、特に崇人が好きだったのは缶詰だった。マーズ・リッペンバーという女子は、調理があまり得意でなく、失敗することも多い。そのため、恐らくその保険として、大量の缶詰がリッペンバー家には備蓄されており、崇人はそれをかなりの頻度で食べることになる。
この世界の缶詰のバリエーションは、崇人が元居た世界以上に多く、味付けもそれに近い。何故かは知らないが、崇人にとって、それはある意味救いだった。
「うどんマスター……ねえ。けれど、俺はどうもうどんしか食いたくないというか、うどんが大好きというわけでもないんだよなあ。懐かしの味……と言ったほうがいいのかな。まあ、そんな感じだよ」
「懐かしの味、ねえ」
ケイスは箸を置いて、水を一口飲んだ。よっぽど崇人が言った『うどんは俺の懐かしの味』というのが余り理解できなかったらしい。けれども、懐かしの味ってやつは人それぞれだからどうでもいいだろう、というのが崇人の正直な感想だったため、特になにも感じていなかった。
「そういえば、もうすぐ『大会』だけど、ケイスくんは魔術クラスの代表として出るんだよね」
エスティが言うと、ケイスは少し照れながら頬を掻いた。
魔術クラスといった、起動従士クラス以外のクラスは一クラスの代表一人しか出ることが出来ない。だから、それに選ばれることは名誉であり、かつそれに選ばれることはそのクラスの重圧がかかるということだ。
また、代表に選ばれるのはクラスの上位の成績を誇る人間であるが、それがトップであるとは限らない。いろいろと基準があり、それを満たした者こそが代表としての権利を得る。それを選ぶのは学校の先生ではない。『大会』のために集められた有識者――『オプティマス』である。オプティマスは大会が開催される度に成立と解散を繰り返している。また、三回以上の続投は許されておらず、それ以後はオプティマスへ参加することは許されない。これは、大会参加者とオプティマス参加者の間の癒着を防ぐためでもあり、それは即ち大会自身の平等をはかっている。
「……そういえば、今年の『オプティマス』に起動従士クラスのアリシエンス先生が就いたって噂があるけど」
ケイスは小さく呟いた。
「それ、どうして知っているの……?」
「噂だよ、噂。最近アリシエンス先生、公欠多くない?」
崇人は最近の記憶を思い起こしてみる。そう言われると、確かに最近の授業では三回に一回の割合くらいで休講にしており、もうすぐ補講も二回くらい連続でやるというのだから、学生としては少し微妙な感じになっている。
「それで、アリシエンス先生が『オプティマス』のメンバーに選ばれたんじゃないか、って話だけど……。まあ、まだ噂でしかないよ。噂ってのはいっぱいあるさ。例えば、ペイパス王国に居る起動従士はこの学校の学生と同じくらいの年齢だとか。まあ、マーズ・リッペンバーの例があるし、とても驚くことではないと思うけれど」
「オプティマスに選ばれる……でも、アリシエンス先生は元起動従士だしありえそうだよね。確か、マーズさんが『大会』で選ばれた時に引退したらしいから、ちょうど七年前かな?」
「七年前……。早すぎやしない?」
「特に問題もないんじゃない。だって、選ばれたんだし。選ばれたもん勝ちでしょ」
エスティはそう言うが、正直それは胸を張れるものなのだろうか。明らかに違うのは、崇人もどことなく解っていた。
とりあえず、崇人は次の授業はなんだったかな、とか考えながら、最後のうどんを啜った。
◇◇◇
一日も終わり、さて帰ろうとした時に、崇人は声をかけられた。振り返るとそこに居たのはアーデルハイトだった。彼女は珍しくゲームをしていないようだった。どうやら、スマートフォンを忘れてしまったらしい。
「少し、質問があってきたんだけど。ちょっと、いいかな」
少し考えて、崇人はそれにイエスと答えた。
アーデルハイトと崇人がやって来たのは、通学路の傍にある古い喫茶店だった。マスターも店内も年季が入っており、なんだか落ち着ける雰囲気を醸し出している。
「マスター、アイスコーヒー二つ」
あいよ、と言ってマスターはコーヒーメーカーにコーヒー豆を淹れる。中にはクラッシックの音楽が流れ、ゆったりと時が流れているようだった。
「……さて、ところで、話をしようか」
「ここまで呼び出したからには、よく解らないですけど、重要な話をするんでしょうね」
「物分りが早くて助かるよ。実は、こういうものでね」
アーデルハイトの口調は学校とのテンションとは非常に異なるものだったので、崇人としてもぎこちなく応答してしまった。そして、アーデルハイトから受け取った名刺にはこう書かれていた。
――『ペイパス王国 起動従士
アーデルハイト・ヴェンバック』
それを見て、崇人はアーデルハイトの顔をもう一度見る。アーデルハイトはその反応も予想通りだったらしく、小さく微笑んだ。
「つまり、そういうことだ。改めて、よろしく」
アーデルハイトはそう言って小さく頷いた。
そして、それは、大会まであと少しということを意味していた。
「タカトくん、元気だねぇ……」
「どうした、エスティ。夏バテか?」
だったらまだいいけどね、とエスティはつぶやく。
「昨日は、ちょっと徹夜しちゃって……。おかげで、今日の一時間目は睡眠学習に頼りそうな勢いだよ」
もう既にエスティは半分夢の世界に旅立っていることは、崇人もわかっていたが、それを言わないのが優しさってもんだろう――崇人はうんうんとそう頷きながら言うと、エスティをそのまま寝かせておくことにした。
――其の後、エスティが一時間目の教員に頭を叩かれたことは、言うまでもない。
◇◇◇
お昼休み、食堂は今日も混んでいた。
「あいかわらず、ここの混み具合は変わらないというか、なんというか」
そんなことをつぶやきながら、崇人はきつねうどんをトレーに乗せ、いつものようにエスティたちが待つ場所に向かった。このスタイルは僅か一ヶ月ですっかり崇人の生活サイクルの中に組み込まれるようになり、それは崇人もいいことだろうとしてなおざりにしている。
「しかしまぁ、こう毎日うどんとか飽きないのか? タカト、君くらいだぞ。食堂のおばちゃんは君のこと、『うどんマスター』とか呼んでるくらいらしいし」
ケイスは、そう言って定食のご飯をかっ込んだ。定食の御菜は、茄子と肉を混ぜたようなもの(に見えるだけで、実際に材料は違うことだろう。現に、ケイスが茄子と思しき何かを箸でつまんでいたが、その色は真っ赤だった。そんなナスは果たして存在するのか? とも崇人は考えていた)で、崇人はそれを食べるには少々抵抗があった。とはいえ、この世界全ての食材が崇人にとって苦手というわけでもなく、特に崇人が好きだったのは缶詰だった。マーズ・リッペンバーという女子は、調理があまり得意でなく、失敗することも多い。そのため、恐らくその保険として、大量の缶詰がリッペンバー家には備蓄されており、崇人はそれをかなりの頻度で食べることになる。
この世界の缶詰のバリエーションは、崇人が元居た世界以上に多く、味付けもそれに近い。何故かは知らないが、崇人にとって、それはある意味救いだった。
「うどんマスター……ねえ。けれど、俺はどうもうどんしか食いたくないというか、うどんが大好きというわけでもないんだよなあ。懐かしの味……と言ったほうがいいのかな。まあ、そんな感じだよ」
「懐かしの味、ねえ」
ケイスは箸を置いて、水を一口飲んだ。よっぽど崇人が言った『うどんは俺の懐かしの味』というのが余り理解できなかったらしい。けれども、懐かしの味ってやつは人それぞれだからどうでもいいだろう、というのが崇人の正直な感想だったため、特になにも感じていなかった。
「そういえば、もうすぐ『大会』だけど、ケイスくんは魔術クラスの代表として出るんだよね」
エスティが言うと、ケイスは少し照れながら頬を掻いた。
魔術クラスといった、起動従士クラス以外のクラスは一クラスの代表一人しか出ることが出来ない。だから、それに選ばれることは名誉であり、かつそれに選ばれることはそのクラスの重圧がかかるということだ。
また、代表に選ばれるのはクラスの上位の成績を誇る人間であるが、それがトップであるとは限らない。いろいろと基準があり、それを満たした者こそが代表としての権利を得る。それを選ぶのは学校の先生ではない。『大会』のために集められた有識者――『オプティマス』である。オプティマスは大会が開催される度に成立と解散を繰り返している。また、三回以上の続投は許されておらず、それ以後はオプティマスへ参加することは許されない。これは、大会参加者とオプティマス参加者の間の癒着を防ぐためでもあり、それは即ち大会自身の平等をはかっている。
「……そういえば、今年の『オプティマス』に起動従士クラスのアリシエンス先生が就いたって噂があるけど」
ケイスは小さく呟いた。
「それ、どうして知っているの……?」
「噂だよ、噂。最近アリシエンス先生、公欠多くない?」
崇人は最近の記憶を思い起こしてみる。そう言われると、確かに最近の授業では三回に一回の割合くらいで休講にしており、もうすぐ補講も二回くらい連続でやるというのだから、学生としては少し微妙な感じになっている。
「それで、アリシエンス先生が『オプティマス』のメンバーに選ばれたんじゃないか、って話だけど……。まあ、まだ噂でしかないよ。噂ってのはいっぱいあるさ。例えば、ペイパス王国に居る起動従士はこの学校の学生と同じくらいの年齢だとか。まあ、マーズ・リッペンバーの例があるし、とても驚くことではないと思うけれど」
「オプティマスに選ばれる……でも、アリシエンス先生は元起動従士だしありえそうだよね。確か、マーズさんが『大会』で選ばれた時に引退したらしいから、ちょうど七年前かな?」
「七年前……。早すぎやしない?」
「特に問題もないんじゃない。だって、選ばれたんだし。選ばれたもん勝ちでしょ」
エスティはそう言うが、正直それは胸を張れるものなのだろうか。明らかに違うのは、崇人もどことなく解っていた。
とりあえず、崇人は次の授業はなんだったかな、とか考えながら、最後のうどんを啜った。
◇◇◇
一日も終わり、さて帰ろうとした時に、崇人は声をかけられた。振り返るとそこに居たのはアーデルハイトだった。彼女は珍しくゲームをしていないようだった。どうやら、スマートフォンを忘れてしまったらしい。
「少し、質問があってきたんだけど。ちょっと、いいかな」
少し考えて、崇人はそれにイエスと答えた。
アーデルハイトと崇人がやって来たのは、通学路の傍にある古い喫茶店だった。マスターも店内も年季が入っており、なんだか落ち着ける雰囲気を醸し出している。
「マスター、アイスコーヒー二つ」
あいよ、と言ってマスターはコーヒーメーカーにコーヒー豆を淹れる。中にはクラッシックの音楽が流れ、ゆったりと時が流れているようだった。
「……さて、ところで、話をしようか」
「ここまで呼び出したからには、よく解らないですけど、重要な話をするんでしょうね」
「物分りが早くて助かるよ。実は、こういうものでね」
アーデルハイトの口調は学校とのテンションとは非常に異なるものだったので、崇人としてもぎこちなく応答してしまった。そして、アーデルハイトから受け取った名刺にはこう書かれていた。
――『ペイパス王国 起動従士
アーデルハイト・ヴェンバック』
それを見て、崇人はアーデルハイトの顔をもう一度見る。アーデルハイトはその反応も予想通りだったらしく、小さく微笑んだ。
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