絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第十九話 独白
「それって元から用意していたんですか?」
訊ねたのはエスティだった。エスティの言葉にアリシエンスは再び微笑む。
「別に用意していたわけではありませんよ。……この場で要約したもの、と言えばいいでしょうか」
アリシエンスの言葉を聞いて、エスティは頷く。
「まあ、そう難しいことではありません。確かにステージは選ぶことができません。ですので、運を味方につける必要もあるのです」
「運を味方に……とかいいますけれど、そんな簡単に」
「できますよ。『幸運を掴み取る腕』ってのは、自らが鍛えるものなのです」
「ですが……!」
「ひとまず、今回はお開きとしましょう。……おっと、それと最後に自己紹介でもしておきましょうか? けれども、みんな同じクラスだし大丈夫かしら?」
アリシエンスの言葉に特に反応もなかったので、アリシエンスはそのまま立ち上がり、扉へ向かった。
「それでは、これに終わりにします。もし、ミーティング等で使いたかったら、ここを使う旨を誰かに伝えてください。わかりましたね?」
その言葉に全員が頷き、それを確認してアリシエンスは頷きを返し、外へ出ていった。
◇◇◇
帰り道の道中。
エスティと崇人は話をしながら帰っていた。
「……結局、仲良くなれるかなあ」
「あのメンバーと? どうだろうね。私もちょっと難しいかなぁ……」
「そうだよね……」
崇人はミーティングでの各人のファーストインプレッションをまとめると、つまりはそういう結論になった。
そういう結論になったとはいえ、結局崇人が大会に出ることには変わりない。寧ろ、それが変わることは有り得ない。まだ元の世界に戻る方法も見つからない崇人にとって、組織に所属することは仕方ないことでもあった。
だからとはいえ、自分がこのようなところに出てもいいのか、と崇人はまだ考えていた。周りの出場メンバーは(大まかに見て)起動従士になろうという大きな夢を抱いている。突然にこの世界に到着して、成り行きでこの学校に来た崇人とは大違いだ。つまりは、崇人と崇人以外の人間とでは、この大会にかけるモチベーションが大きく異なる。
自分はここでやっていけるのか――ある意味ではそれを判断するためのイベントだと、崇人が自己解釈出来たかどうかは、まだこの時において定かではない。
いつもの分かれ道でエスティと別れ、崇人は自分が住む家に到着した。先ずは状況報告としてメンバーになったことを“上司”に報告せねばならない――崇人はそう考え、溜め息をついた。
そして扉を開け、靴を適当に脱ぎ捨てる。この国では屋内(一般家屋等)の土足の有無について細かく定められていない。しかしながら、床が汚れないことに対する清掃の利便性等を考えると、結果として殆どの家庭では玄関で靴を脱ぎ、屋内では裸足やスリッパ等を履いて過ごすようになっている。ここ、マーズ・リッペンバーの家もそのようになっている。
玄関でスリッパに履き替え、リビングに向かう。マーズは不在だったようで、部屋は仄かに暗かった。
「……おかしいな、今日は遅くなるとは言っていなかったはずなのに……?」
まあどうせ『仕事』だろうと勝手に結論付けた崇人は、冷蔵庫に入っている麦茶を取り出した。そして、コップを取り出し並々に注いで一口飲んだ。直ぐに口の中に仄かな苦味が広がる。マーズが麦茶の沸かしに失敗でもしたのだろうか。
そこで、崇人は改めて自らの置かれている状況を考えてみることとした。
崇人は元いた世界では『D&Rエンタープライズ』という会社の技術部に務めていた。その会社はロボットを開発していた。
二〇一三年当時、ロボット技術は著しく発展している分野で、崇人の居た会社はそれが日の目を浴びる前から目をつけており、ある巨大財閥から支援され一九九八年に設立となり、崇人はその初期スタッフとなって以後十五年もの間働いていた。
崇人が開発していたのは所謂音声認識システムだ。もっと言えば、それを用いてコンピュータやロボットに命令を伝達するといったものだ。即ち、事前に書きこんでいたパターンに沿って動かすのではなく、『ロボット自体に人間の脳を組み込ませる』ことで、まるで人間のように動くロボットを作ろうと考えていた。そして、その中でも音声認識システムはその根幹を為す、言わば要となるものだった。
崇人がこの世界にやってきたその日も、スプリントの終わりに間に合わせるために、音声認識システムのプログラムファイルのエディットを行っていた。
「なんだかなぁ……」
それからのことは、この世界に来て一ヶ月余り経った今ですら理解出来ていなかった。突然の異世界。ロボット。崇人の世界では確実にオーバーテクノロジーと呼ばれるような技術。突然学校に通うことになり、成り行きで大会にまで出るようにまでなった。まったく、人生というものは理解出来なかった。
斯くも人生とはここまで予測不可能なものなのか、と崇人は呟く。幾ら何でも、そんなものが予想出来るのは有り得ない。出来るとするならそれは夢見がちで現実逃避をしたかったか、ただの馬鹿である。
そうでありながらも、崇人は結局はこの世界を好きと思いつつあった。
しかし、前の世界にもまだ『離れたくない』という思いはあった。
彼は、そして、その中で葛藤していた。
それは、誰にも、この世界で生まれ過ごした誰にだって、解りえないことだった。
マーズが帰ってきたのは、それから二時間も経ってのことだった。崇人が冷蔵庫にある材料から野菜炒めを作り、ちょうど食べ終わった時だった。
「いやー、ちょっと用事が入っちゃってね」
「飯は?」
「食ったよ。……あれ。もしかして、ご飯用意しちゃってた? ごめんよ、メールなりなんなりすりゃよかったんだが、あの王様ずっと私にベタベタくっついてたもんでさ……」
「またあいつか。だったら、話をしたくないからメールでやれとでも言えないのか?」
「あれでも一国の王だからねえ。無理だとは思うよ」
マーズはため息をついて、冷蔵庫にある缶ジュースを取り出す。プシュという空気の抜けた音とともにジュースが開けられ、一口飲んだ。
「まったく、疲れちゃうよ。今日だなんて、聞いてもなかったしね。聞いていたなら、もうちょい余裕もっていたんだけど」
「なんについてだったんだ?」
「『大会』と『ティパモール紛争殲滅作戦』についてだよ。もっとも、私にとっちゃ後者の方が圧倒的に大きいパーセンテージを占めているがね」
「殲滅……作戦?」
「これはオフレコだけどね」
そう言って、マーズは崇人に話を始めた。
ティパモール紛争殲滅作戦。
ティパモール独立運動により紛争が多発しており、それによって経済事情も滞りつつあることを確認した政府は国王の名のもとに殲滅作戦を実行することを決定した。
ティパモールとはひと月もしないうちに『大会』が行われるが、それと同時進行に展開していく。リリーファーを三台投入し、『赤い翼』などを含むティパモール独立派のアジトを徹底的に叩き潰すのが目的だ。
「……大体は解った。そして、これが『大会』当日にいけないという用事か」
「まあ、そんな感じだね」
「そんな感じってな……。解った、こっちもとりあえずメンバーには確定したよ」
「ご苦労さん。それで、あとは一月後の大会待ちってわけだ。ところで……あんた、なろうと思えば国付きの起動従士になれるのに、なろうとは思わないわけ?」
「まだ考えてちゃいないよ。まだ、前の世界に戻りたい気持ちの方が強いってのもあるし」
「前の世界、ねえ……」
マーズは呟く。そして、何かを思い出したかのように話を再開した。
「ねえ、どうしてあんたがこの世界に来たのか考えたことはない?」
「……なんでだろうな。案外カミサマってやつの気まぐれだったりしてな?」
俺はカミサマだなんて信じていないんだが、と付け加えて崇人は笑いながらその質問に答えた。
「カミサマねえ。……だとするなら、カミサマってのは本当にクソッタレな存在なんだな。相変わらず」
――十年前と、変わらない。
最後にマーズが言ったその言葉は、崇人の耳には届かなかった。
訊ねたのはエスティだった。エスティの言葉にアリシエンスは再び微笑む。
「別に用意していたわけではありませんよ。……この場で要約したもの、と言えばいいでしょうか」
アリシエンスの言葉を聞いて、エスティは頷く。
「まあ、そう難しいことではありません。確かにステージは選ぶことができません。ですので、運を味方につける必要もあるのです」
「運を味方に……とかいいますけれど、そんな簡単に」
「できますよ。『幸運を掴み取る腕』ってのは、自らが鍛えるものなのです」
「ですが……!」
「ひとまず、今回はお開きとしましょう。……おっと、それと最後に自己紹介でもしておきましょうか? けれども、みんな同じクラスだし大丈夫かしら?」
アリシエンスの言葉に特に反応もなかったので、アリシエンスはそのまま立ち上がり、扉へ向かった。
「それでは、これに終わりにします。もし、ミーティング等で使いたかったら、ここを使う旨を誰かに伝えてください。わかりましたね?」
その言葉に全員が頷き、それを確認してアリシエンスは頷きを返し、外へ出ていった。
◇◇◇
帰り道の道中。
エスティと崇人は話をしながら帰っていた。
「……結局、仲良くなれるかなあ」
「あのメンバーと? どうだろうね。私もちょっと難しいかなぁ……」
「そうだよね……」
崇人はミーティングでの各人のファーストインプレッションをまとめると、つまりはそういう結論になった。
そういう結論になったとはいえ、結局崇人が大会に出ることには変わりない。寧ろ、それが変わることは有り得ない。まだ元の世界に戻る方法も見つからない崇人にとって、組織に所属することは仕方ないことでもあった。
だからとはいえ、自分がこのようなところに出てもいいのか、と崇人はまだ考えていた。周りの出場メンバーは(大まかに見て)起動従士になろうという大きな夢を抱いている。突然にこの世界に到着して、成り行きでこの学校に来た崇人とは大違いだ。つまりは、崇人と崇人以外の人間とでは、この大会にかけるモチベーションが大きく異なる。
自分はここでやっていけるのか――ある意味ではそれを判断するためのイベントだと、崇人が自己解釈出来たかどうかは、まだこの時において定かではない。
いつもの分かれ道でエスティと別れ、崇人は自分が住む家に到着した。先ずは状況報告としてメンバーになったことを“上司”に報告せねばならない――崇人はそう考え、溜め息をついた。
そして扉を開け、靴を適当に脱ぎ捨てる。この国では屋内(一般家屋等)の土足の有無について細かく定められていない。しかしながら、床が汚れないことに対する清掃の利便性等を考えると、結果として殆どの家庭では玄関で靴を脱ぎ、屋内では裸足やスリッパ等を履いて過ごすようになっている。ここ、マーズ・リッペンバーの家もそのようになっている。
玄関でスリッパに履き替え、リビングに向かう。マーズは不在だったようで、部屋は仄かに暗かった。
「……おかしいな、今日は遅くなるとは言っていなかったはずなのに……?」
まあどうせ『仕事』だろうと勝手に結論付けた崇人は、冷蔵庫に入っている麦茶を取り出した。そして、コップを取り出し並々に注いで一口飲んだ。直ぐに口の中に仄かな苦味が広がる。マーズが麦茶の沸かしに失敗でもしたのだろうか。
そこで、崇人は改めて自らの置かれている状況を考えてみることとした。
崇人は元いた世界では『D&Rエンタープライズ』という会社の技術部に務めていた。その会社はロボットを開発していた。
二〇一三年当時、ロボット技術は著しく発展している分野で、崇人の居た会社はそれが日の目を浴びる前から目をつけており、ある巨大財閥から支援され一九九八年に設立となり、崇人はその初期スタッフとなって以後十五年もの間働いていた。
崇人が開発していたのは所謂音声認識システムだ。もっと言えば、それを用いてコンピュータやロボットに命令を伝達するといったものだ。即ち、事前に書きこんでいたパターンに沿って動かすのではなく、『ロボット自体に人間の脳を組み込ませる』ことで、まるで人間のように動くロボットを作ろうと考えていた。そして、その中でも音声認識システムはその根幹を為す、言わば要となるものだった。
崇人がこの世界にやってきたその日も、スプリントの終わりに間に合わせるために、音声認識システムのプログラムファイルのエディットを行っていた。
「なんだかなぁ……」
それからのことは、この世界に来て一ヶ月余り経った今ですら理解出来ていなかった。突然の異世界。ロボット。崇人の世界では確実にオーバーテクノロジーと呼ばれるような技術。突然学校に通うことになり、成り行きで大会にまで出るようにまでなった。まったく、人生というものは理解出来なかった。
斯くも人生とはここまで予測不可能なものなのか、と崇人は呟く。幾ら何でも、そんなものが予想出来るのは有り得ない。出来るとするならそれは夢見がちで現実逃避をしたかったか、ただの馬鹿である。
そうでありながらも、崇人は結局はこの世界を好きと思いつつあった。
しかし、前の世界にもまだ『離れたくない』という思いはあった。
彼は、そして、その中で葛藤していた。
それは、誰にも、この世界で生まれ過ごした誰にだって、解りえないことだった。
マーズが帰ってきたのは、それから二時間も経ってのことだった。崇人が冷蔵庫にある材料から野菜炒めを作り、ちょうど食べ終わった時だった。
「いやー、ちょっと用事が入っちゃってね」
「飯は?」
「食ったよ。……あれ。もしかして、ご飯用意しちゃってた? ごめんよ、メールなりなんなりすりゃよかったんだが、あの王様ずっと私にベタベタくっついてたもんでさ……」
「またあいつか。だったら、話をしたくないからメールでやれとでも言えないのか?」
「あれでも一国の王だからねえ。無理だとは思うよ」
マーズはため息をついて、冷蔵庫にある缶ジュースを取り出す。プシュという空気の抜けた音とともにジュースが開けられ、一口飲んだ。
「まったく、疲れちゃうよ。今日だなんて、聞いてもなかったしね。聞いていたなら、もうちょい余裕もっていたんだけど」
「なんについてだったんだ?」
「『大会』と『ティパモール紛争殲滅作戦』についてだよ。もっとも、私にとっちゃ後者の方が圧倒的に大きいパーセンテージを占めているがね」
「殲滅……作戦?」
「これはオフレコだけどね」
そう言って、マーズは崇人に話を始めた。
ティパモール紛争殲滅作戦。
ティパモール独立運動により紛争が多発しており、それによって経済事情も滞りつつあることを確認した政府は国王の名のもとに殲滅作戦を実行することを決定した。
ティパモールとはひと月もしないうちに『大会』が行われるが、それと同時進行に展開していく。リリーファーを三台投入し、『赤い翼』などを含むティパモール独立派のアジトを徹底的に叩き潰すのが目的だ。
「……大体は解った。そして、これが『大会』当日にいけないという用事か」
「まあ、そんな感じだね」
「そんな感じってな……。解った、こっちもとりあえずメンバーには確定したよ」
「ご苦労さん。それで、あとは一月後の大会待ちってわけだ。ところで……あんた、なろうと思えば国付きの起動従士になれるのに、なろうとは思わないわけ?」
「まだ考えてちゃいないよ。まだ、前の世界に戻りたい気持ちの方が強いってのもあるし」
「前の世界、ねえ……」
マーズは呟く。そして、何かを思い出したかのように話を再開した。
「ねえ、どうしてあんたがこの世界に来たのか考えたことはない?」
「……なんでだろうな。案外カミサマってやつの気まぐれだったりしてな?」
俺はカミサマだなんて信じていないんだが、と付け加えて崇人は笑いながらその質問に答えた。
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