絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第十四話 天才と天災
次の日。
崇人とマーズはシミュレーションセンターへとやってきていた。シミュレーションセンターは相変わらず静かだった。建物全体が静寂に包まれていて、なんだか不気味な雰囲気をも醸し出していた。
「……なんだ、メリアは居ないのか?」
「居ないみたいだな」
マーズと崇人はそれぞれそう言った。
シミュレーションセンターは小さい建物ではあるが、中はそれを思わせないほどの広さである。しかし、今はその広さが仇となっているに過ぎなかった。
「……ほんとうに居るのか?」
「おかしいわね……メリアはここに住んでいるはずだから居ない訳はないんだけれど」
ここにすんでいるとは思いもしなかった崇人であったが、それを呑み込んでまだ進む。しかし、彼女の姿は未だに見えることはなかった。
「ふうむ……、いないって訳はないだろうしなあ」
「どうしてそれが言えるんだ?」
「あいつは極端な外嫌いなんだよ。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけれどね……、あいつはかつて別の国にいたんだよ」
「……密出国したのか?」
その概念は崇人の世界でもあったから、崇人はよく理解していた。それをする意味を。それは、リスクが高い。にもかかわらず、それを行う意味を、だ。
崇人の言葉を聞いて、マーズは頷く。その表情はどこか重々しく見えた。
「あれは……どれくらい前だっただろうね」
そして、マーズの話は始まった。
◇◇◇
それは、マーズが起動従士となって暫く経ったある冬のことであった。
ヴァリエイブル帝国とアースガルド王国との戦争――後の『クルガード独立戦争』にマーズが参戦したときのことだ。クルガードとはヴァリエイブル帝国に面するアースガルド王国の一区画であり、そこは原油がよく採れる場所でもあった。
リリーファー制作の上で、原油――それを精製した石油は重要なものである。
リリーファーの制作方法とは、現時点においても理解出来ている人間が少ない。その人間をかき集めた組織こそリリーファー応用技術研究機構、ラトロである。国有リリーファーの制作はラトロであった民有リリーファーをプロトタイプとして制作したものを元に行われるため、ラトロは謂わば最先端のリリーファー技術を持つ機構である。自ずとラトロには『世界の頭脳』といっても過言ではない人間たちが集められる。自ら志願する者もいれば、無理矢理に連れて行かれる者も居るのだという。
ラトロ曰く、頭脳を集めるのに、手段は選ばない。即ち、それが意味していることとは、世界から頭脳を略奪することを意味していた。
メリア・ヴェンダーもその一人だった。
彼女はとある工業大学に通っており、主席で暮らしていた。彼女自身、この世界は非常につまらないものだと思っていて、日常に何か物足りなさを感じていた。
そこに現れた魔法科学組織『ヴンダー』という存在。
彼女はそこに捕縛された。ヴンダーは「神殺し」の意味を持つ。つまりは、「神を殺して、自らがその位置に付く」という考えの下、集められた科学者(しかしながら半分は『神への反逆のため』と称して無理矢理に連れてきた者たち)である。
神への反逆とは即ち、世界のシステムを変えようということだ。
そのために、今まであったものを、謂わば過去にするシステムが必要だった。
彼らはそれを二十年も悩んでいた。
しかし、それをある一人の少女が変えてしまった。
メリア・ヴェンダーがその正体であった。彼女は後に『ピークス-ループ理論』と位置づけるこれを成立させた。
ピークス-ループ理論。
名前のとおり、ピークとなる値をループさせることで、エネルギーを循環させ、かつエネルギーをその循環により増やしていく理論である。その理論を完成させた人間こそが、メリアだった。
メリア程の人間が、簡単に組織に捕縛されてしまうものなのだろうか?
答えは明確である。アースガルド王国は『天災保護法』を設定しているからだ。
天災保護法とは『天才』ではあるが、その頭脳に精神が追いついておらず、放っておけば世界を破滅にすら導く『天災』を管理・保護する法案のことだ。
天災に認定されるには、『その知識で人を殺した』場合のみである。
つまり、メリアはそれに引っかかってしまった。天災保護法を満たしてしまった。
では、誰を、殺してしまった?
それは――彼女すらも教えられない、そんな昔話の中に閉じ込めてしまったものだ。
メリアの唯一の友人でもあるマーズでもそれは知らない。知る余地もなかった。
そして、彼女が『天災』になったあとはピークス-ループ理論など『ヴンダー』に尽くした。いや、尽くさざるをえなかった。
天災になれば、基本的人権は剥奪され、国のために知識を放出するただのマシーンに成り下がる。マシーンに成り下がって、知識を搾り取られ、そして天災は天災自身が人と感じなくなる。その先に待っているものは……もう、誰にだって解ることだ。
クルガード近郊にあったヴンダー本部はピークス-ループ理論を適用した新型リリーファーの開発に取り組んでいた。スタッフが六十人、そしてそのトップにはメリアが居た。
メリアはこの状況に悩みをとうとう持たなくなった。これが普通で、これが日常だと思っていた。つまらないことを、それ自身を、感じなくなったのだ。
「局長、アウターカタパルトの設置完了しました」
メリアはただスタッフから来る状況報告を理解するだけでよかった。
「――解った。概ね順調であることには変わりないね?」
メリアの言葉にスタッフは頷く。
そう、それでよかった。
それで、それしか、彼女には選択肢はなかった。
「……それで、システムプログラムのコンパイルにおいてエラーが発生したんですが」
「エラー? どういうもの?」
「定義ミスといいますか……」
「ならば、intがcharになっていたのじゃない? それとも打ちミスとか。たくさんあるのだから、ちゃんと探しておきなさい。そんな初歩的なことを聞いてこなくてもいい」
そう言って、メリアはまた自分の殻に閉じこもった。
それで、一生過ごしていくのだ。
この冷たい檻の中で、人権をも奪われた世界で。
彼女は、生きていく。
絶望など、とうに感じなくなった。
誰も、救い出すことなんて出来ない――メリアはそう考えていた。
――あの日が来るまでは。
崇人とマーズはシミュレーションセンターへとやってきていた。シミュレーションセンターは相変わらず静かだった。建物全体が静寂に包まれていて、なんだか不気味な雰囲気をも醸し出していた。
「……なんだ、メリアは居ないのか?」
「居ないみたいだな」
マーズと崇人はそれぞれそう言った。
シミュレーションセンターは小さい建物ではあるが、中はそれを思わせないほどの広さである。しかし、今はその広さが仇となっているに過ぎなかった。
「……ほんとうに居るのか?」
「おかしいわね……メリアはここに住んでいるはずだから居ない訳はないんだけれど」
ここにすんでいるとは思いもしなかった崇人であったが、それを呑み込んでまだ進む。しかし、彼女の姿は未だに見えることはなかった。
「ふうむ……、いないって訳はないだろうしなあ」
「どうしてそれが言えるんだ?」
「あいつは極端な外嫌いなんだよ。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないけれどね……、あいつはかつて別の国にいたんだよ」
「……密出国したのか?」
その概念は崇人の世界でもあったから、崇人はよく理解していた。それをする意味を。それは、リスクが高い。にもかかわらず、それを行う意味を、だ。
崇人の言葉を聞いて、マーズは頷く。その表情はどこか重々しく見えた。
「あれは……どれくらい前だっただろうね」
そして、マーズの話は始まった。
◇◇◇
それは、マーズが起動従士となって暫く経ったある冬のことであった。
ヴァリエイブル帝国とアースガルド王国との戦争――後の『クルガード独立戦争』にマーズが参戦したときのことだ。クルガードとはヴァリエイブル帝国に面するアースガルド王国の一区画であり、そこは原油がよく採れる場所でもあった。
リリーファー制作の上で、原油――それを精製した石油は重要なものである。
リリーファーの制作方法とは、現時点においても理解出来ている人間が少ない。その人間をかき集めた組織こそリリーファー応用技術研究機構、ラトロである。国有リリーファーの制作はラトロであった民有リリーファーをプロトタイプとして制作したものを元に行われるため、ラトロは謂わば最先端のリリーファー技術を持つ機構である。自ずとラトロには『世界の頭脳』といっても過言ではない人間たちが集められる。自ら志願する者もいれば、無理矢理に連れて行かれる者も居るのだという。
ラトロ曰く、頭脳を集めるのに、手段は選ばない。即ち、それが意味していることとは、世界から頭脳を略奪することを意味していた。
メリア・ヴェンダーもその一人だった。
彼女はとある工業大学に通っており、主席で暮らしていた。彼女自身、この世界は非常につまらないものだと思っていて、日常に何か物足りなさを感じていた。
そこに現れた魔法科学組織『ヴンダー』という存在。
彼女はそこに捕縛された。ヴンダーは「神殺し」の意味を持つ。つまりは、「神を殺して、自らがその位置に付く」という考えの下、集められた科学者(しかしながら半分は『神への反逆のため』と称して無理矢理に連れてきた者たち)である。
神への反逆とは即ち、世界のシステムを変えようということだ。
そのために、今まであったものを、謂わば過去にするシステムが必要だった。
彼らはそれを二十年も悩んでいた。
しかし、それをある一人の少女が変えてしまった。
メリア・ヴェンダーがその正体であった。彼女は後に『ピークス-ループ理論』と位置づけるこれを成立させた。
ピークス-ループ理論。
名前のとおり、ピークとなる値をループさせることで、エネルギーを循環させ、かつエネルギーをその循環により増やしていく理論である。その理論を完成させた人間こそが、メリアだった。
メリア程の人間が、簡単に組織に捕縛されてしまうものなのだろうか?
答えは明確である。アースガルド王国は『天災保護法』を設定しているからだ。
天災保護法とは『天才』ではあるが、その頭脳に精神が追いついておらず、放っておけば世界を破滅にすら導く『天災』を管理・保護する法案のことだ。
天災に認定されるには、『その知識で人を殺した』場合のみである。
つまり、メリアはそれに引っかかってしまった。天災保護法を満たしてしまった。
では、誰を、殺してしまった?
それは――彼女すらも教えられない、そんな昔話の中に閉じ込めてしまったものだ。
メリアの唯一の友人でもあるマーズでもそれは知らない。知る余地もなかった。
そして、彼女が『天災』になったあとはピークス-ループ理論など『ヴンダー』に尽くした。いや、尽くさざるをえなかった。
天災になれば、基本的人権は剥奪され、国のために知識を放出するただのマシーンに成り下がる。マシーンに成り下がって、知識を搾り取られ、そして天災は天災自身が人と感じなくなる。その先に待っているものは……もう、誰にだって解ることだ。
クルガード近郊にあったヴンダー本部はピークス-ループ理論を適用した新型リリーファーの開発に取り組んでいた。スタッフが六十人、そしてそのトップにはメリアが居た。
メリアはこの状況に悩みをとうとう持たなくなった。これが普通で、これが日常だと思っていた。つまらないことを、それ自身を、感じなくなったのだ。
「局長、アウターカタパルトの設置完了しました」
メリアはただスタッフから来る状況報告を理解するだけでよかった。
「――解った。概ね順調であることには変わりないね?」
メリアの言葉にスタッフは頷く。
そう、それでよかった。
それで、それしか、彼女には選択肢はなかった。
「……それで、システムプログラムのコンパイルにおいてエラーが発生したんですが」
「エラー? どういうもの?」
「定義ミスといいますか……」
「ならば、intがcharになっていたのじゃない? それとも打ちミスとか。たくさんあるのだから、ちゃんと探しておきなさい。そんな初歩的なことを聞いてこなくてもいい」
そう言って、メリアはまた自分の殻に閉じこもった。
それで、一生過ごしていくのだ。
この冷たい檻の中で、人権をも奪われた世界で。
彼女は、生きていく。
絶望など、とうに感じなくなった。
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