絶望世界の最強機≪インフィニティ≫ ~三十五歳、異世界に立つ。~
第十話 逃亡と決意
トロムセントラルタワー前と描かれたバス停で崇人たちは降りた。すると休日だからかたくさんの人たちがセントラルタワー周辺にいた。
「……今日って何かあったかなぁ」
崇人が呟くと、エスティは笑って答える。
「今日はセントラルタワーが出来て二周年なんだよ。それで、特別フェアをやっていたり、アーティストの人がライブをやりに来たりしているんだって」
「へえ……知らなかったな」
崇人はそんなことを呟いて、あたりを見渡す。タワーの一階はショッピングモールのグランド・エリアとして様々な専門店とスーパーがある。スーパーにはみずみずしい果物や野菜が並べられていて、それを買いに連日たくさんの主婦が安く商品を手に入れるために鎬を削っている(余談ではあるが、セントラルタワーに入っているスーパー『アダイロ』はこの近辺では一番安く買い物が出来る場所として有名であり、現に開店前まで近くにあったショップは経営を縮小していくか閉店していくかのどちらかにまでなってしまっているほどである)。
アクセサリーなどが販売されている雑貨店『ポルトロール』に到着したエスティは店頭の棚にあるアクセサリー(特にネックレス類)を見て目を輝かせていた。
「ねえ、タカトくん。どっちがいいかな?」
そう言って崇人に見せてきたのは、貝殻がついたネックレスと、小さなダイヤモンドがついたネックレスだった。値段を見ると後者のほうが前者よりひと桁大きいものだった。
「どっちも似合うと思うぞ」
崇人が言うと、エスティはもう一度訊ねる。
「どっちか選ぶとしたら?」
「どっちか……うーん……こっちかな」
崇人が指差したのはエスティの右手にかけられた貝殻のついたネックレスだった。
「値段で決めてない?」
「いや、一番似合うと思うよ」
崇人の言葉に照れながらもエスティは微笑んだ。
そんな感じのことがあって、いろいろと遊んでいると頭上から古めかしい電子音が聞こえてきた。どうやら、そろそろ五時を回ったらしい。エスティは買いたかったワンピースを嬉しそうに抱えている。崇人はエスティが欲しかったものと、崇人自身が欲しかったものとを抱えていた。人々もそろそろ帰ろうと足取りが出口の方へと向かっていた。
崇人はふとエスティの方を見ると、なんだか喜んでいるようだった。それを見て崇人もなんだか笑ってしまっていた。
「……タカトくん、やっと笑ってくれたよ」
「えっ?」
「だって、タカトくんずっと心ここにあらず的な感じだったんだもの。実はここにいるのはタカトくんじゃないんじゃないか、って……心配になったんだよ」
「あ、ああ……ごめん……」
崇人はエスティがまさかそこまで自分のことを思っているとは……と考えていた。こんなことを考えているのだから、エスティの気持ちなど百年経っても解ることはないのだろう。
「そうか……。俺、そんなに笑ってなかったか」
「そうだよ。何かあったのかな、って思ったんだよ?」
「あー実は……」
エスティの言葉に、崇人は考えた。
これを話してもいいのか。これを話して、エスティはどう考えるか。
エスティは崇人の正体を知って、そのままの状態で接してくれるのか?
それは崇人には解らないことだ。他人、ましてや異性が考えていることなど、解るはずもない。
他人だからこそ、知り得ることだってある。
他人だからこそ、自分が解らないこともある。
崇人はそれを充分知っていた。
だけれど。
今、エスティに話してもいいのではないか。この気持ちを、少なくとも誰かと共有したかった。
でも。
エスティにそれを話したら、崇人自身に降りかかる試練を受けなくてはならないのではないか。
崇人はそうも考えていた。
だから、
だからこそ。
「――いや、なんでもないよ。心配してくれて、ありがと」
崇人は嘘をつくしかなかった。
「そっか。ならいいんだけれど」
エスティはそれだけを言って、特に詮索もせずにただ歩き続けた。
そして、出口までたどり着いたちょうどその時だった。
ドゴオオ――――――ン!!
それが『爆発』だと認識できるまでわずかながらの時間を要した。崇人はそちらを見る。そこは既に出口とよべる空間ではなかった。そこは既に出口ではなく、出口だった場所としか認識出来なかった。
瓦礫で覆われ、人々が慌てる姿はまさに世界の終わりともいえた。
しかし、原因はすぐ判明した。
『――静かにしろッ!!』
天井にあるスピーカーから聞こえた声は、男の野太い声だった。その声を聞いて慌てていた人々の間には強制的に沈黙が流れた。エスティは怯えた顔で崇人の腕にしがみついていた。
「……なんだってんだこれは……?」
崇人は小さく呟く。そして、スピーカーから再び声が聞こえる。
『我々は「赤い翼」。名前だけは聞いたことがあるだろう。ティパモールを悪しきヴァリエイブル帝国から解放するために活動している……といえば、君たちも何処かで聞いたことがあるのではないのかな?』
それを聞くと、人々がざわつき始めた。
赤い翼とは、ティパモールを拠点として、ヴァリエイブルからの独立を目指すテロ組織のことだ。この前のハリーニャ・エンクロイダーを狙ったテロも彼らによるものとされており、ヴァリエイブル帝国としては確実かつ素早く彼らの確保を目的としていた。
スピーカーからの声は続く。
『我々はとってもいらついていてなぁ……一先ず一階のホールに集まっていただこうか。話はそれからだ』
その声を聞いて、一人、また一人と出口とは反対側の方向へと歩いていく。
「……タカトくん、どうしよう?」
崇人は考えた。このままみすみす捕まるべきなのだろうか? 逃げて、助けを待った方がいいのだろうか――と。
しかし、今はたくさんの人もいるし、リリーファーを操縦出来るような状態でもない。
せめて、マーズが居れば――!
と、崇人はポケットにある携帯端末を思い出し、取り出す。
そして、マーズに短いメールを送り付ける。
「……タカトくん?」
「いま、マーズにメールを送った。とりあえず、直ぐに助けに来てくれるだろう。俺達は……一先ず、捕まっておくほうが得策かもしれない」
そう言って、歩きだしたが――エスティはその場に留まっていた。
「エスティ?」
エスティは肩を震わせていた。
そして、顔を上げて、崇人の方を見た。
「……タカトくんはそれでいいの? みすみす捕まってたら、面白くないじゃない。なのに?」
「エスティ、君は命が惜しくないってのか?」
「惜しかったら、起動従士になろうなんて思わないよ」
エスティはそう笑ってこたえた。その笑顔はとても輝いていた。
崇人は――エスティを助けるために、エスティのためにあえて捕まろうと思っていた。
しかし、崇人が考える以上に、エスティ・パロングという女性は、強く、おおらかであった。
そして、崇人は思い知った。『エスティのため』に逃げるのではなく、『自分のため』に逃げていた。
解っていたのかもしれない。けれどそれは、解ろうとは思わなかった。
自分は、なんて脆く、酷い存在なのか、と崇人は自らに問いかける。
崇人は自分自身に失望し、絶望した。
「――でも、そう思っている暇はあるのか?」
崇人は再び、自らに問いかける。
答えは――もう出ていた。
崇人はエスティの手を取り、出口のそばにある脇道へと入ろうとした――。
「あ、あの」
ちょうどその時だった。崇人に声をかける少女が、その脇道の入口にいたのだった。
「どうしました? もしかして、誰かとはぐれたとか?」
崇人の問いに少女は頷く。
「それじゃ、一緒に行こう。ここに居ても、仕方ない」
崇人はそう言って手を出す。
「あなたたちは……誰なの?」
「俺はタカト・オーノ。そして、そっちはエスティ・パロング。起動従士の勉強をしている。これでも少しは体力もあるほうだ。どうだ? 一緒に行くか?」
崇人による簡単な自己紹介を聞いて、少女は頷いた。
そして、少女は崇人の手を取った。
「……行くか」
その言葉を、自らを奮い立たせるように呟き、崇人たちは脇道へと入っていった。
「……今日って何かあったかなぁ」
崇人が呟くと、エスティは笑って答える。
「今日はセントラルタワーが出来て二周年なんだよ。それで、特別フェアをやっていたり、アーティストの人がライブをやりに来たりしているんだって」
「へえ……知らなかったな」
崇人はそんなことを呟いて、あたりを見渡す。タワーの一階はショッピングモールのグランド・エリアとして様々な専門店とスーパーがある。スーパーにはみずみずしい果物や野菜が並べられていて、それを買いに連日たくさんの主婦が安く商品を手に入れるために鎬を削っている(余談ではあるが、セントラルタワーに入っているスーパー『アダイロ』はこの近辺では一番安く買い物が出来る場所として有名であり、現に開店前まで近くにあったショップは経営を縮小していくか閉店していくかのどちらかにまでなってしまっているほどである)。
アクセサリーなどが販売されている雑貨店『ポルトロール』に到着したエスティは店頭の棚にあるアクセサリー(特にネックレス類)を見て目を輝かせていた。
「ねえ、タカトくん。どっちがいいかな?」
そう言って崇人に見せてきたのは、貝殻がついたネックレスと、小さなダイヤモンドがついたネックレスだった。値段を見ると後者のほうが前者よりひと桁大きいものだった。
「どっちも似合うと思うぞ」
崇人が言うと、エスティはもう一度訊ねる。
「どっちか選ぶとしたら?」
「どっちか……うーん……こっちかな」
崇人が指差したのはエスティの右手にかけられた貝殻のついたネックレスだった。
「値段で決めてない?」
「いや、一番似合うと思うよ」
崇人の言葉に照れながらもエスティは微笑んだ。
そんな感じのことがあって、いろいろと遊んでいると頭上から古めかしい電子音が聞こえてきた。どうやら、そろそろ五時を回ったらしい。エスティは買いたかったワンピースを嬉しそうに抱えている。崇人はエスティが欲しかったものと、崇人自身が欲しかったものとを抱えていた。人々もそろそろ帰ろうと足取りが出口の方へと向かっていた。
崇人はふとエスティの方を見ると、なんだか喜んでいるようだった。それを見て崇人もなんだか笑ってしまっていた。
「……タカトくん、やっと笑ってくれたよ」
「えっ?」
「だって、タカトくんずっと心ここにあらず的な感じだったんだもの。実はここにいるのはタカトくんじゃないんじゃないか、って……心配になったんだよ」
「あ、ああ……ごめん……」
崇人はエスティがまさかそこまで自分のことを思っているとは……と考えていた。こんなことを考えているのだから、エスティの気持ちなど百年経っても解ることはないのだろう。
「そうか……。俺、そんなに笑ってなかったか」
「そうだよ。何かあったのかな、って思ったんだよ?」
「あー実は……」
エスティの言葉に、崇人は考えた。
これを話してもいいのか。これを話して、エスティはどう考えるか。
エスティは崇人の正体を知って、そのままの状態で接してくれるのか?
それは崇人には解らないことだ。他人、ましてや異性が考えていることなど、解るはずもない。
他人だからこそ、知り得ることだってある。
他人だからこそ、自分が解らないこともある。
崇人はそれを充分知っていた。
だけれど。
今、エスティに話してもいいのではないか。この気持ちを、少なくとも誰かと共有したかった。
でも。
エスティにそれを話したら、崇人自身に降りかかる試練を受けなくてはならないのではないか。
崇人はそうも考えていた。
だから、
だからこそ。
「――いや、なんでもないよ。心配してくれて、ありがと」
崇人は嘘をつくしかなかった。
「そっか。ならいいんだけれど」
エスティはそれだけを言って、特に詮索もせずにただ歩き続けた。
そして、出口までたどり着いたちょうどその時だった。
ドゴオオ――――――ン!!
それが『爆発』だと認識できるまでわずかながらの時間を要した。崇人はそちらを見る。そこは既に出口とよべる空間ではなかった。そこは既に出口ではなく、出口だった場所としか認識出来なかった。
瓦礫で覆われ、人々が慌てる姿はまさに世界の終わりともいえた。
しかし、原因はすぐ判明した。
『――静かにしろッ!!』
天井にあるスピーカーから聞こえた声は、男の野太い声だった。その声を聞いて慌てていた人々の間には強制的に沈黙が流れた。エスティは怯えた顔で崇人の腕にしがみついていた。
「……なんだってんだこれは……?」
崇人は小さく呟く。そして、スピーカーから再び声が聞こえる。
『我々は「赤い翼」。名前だけは聞いたことがあるだろう。ティパモールを悪しきヴァリエイブル帝国から解放するために活動している……といえば、君たちも何処かで聞いたことがあるのではないのかな?』
それを聞くと、人々がざわつき始めた。
赤い翼とは、ティパモールを拠点として、ヴァリエイブルからの独立を目指すテロ組織のことだ。この前のハリーニャ・エンクロイダーを狙ったテロも彼らによるものとされており、ヴァリエイブル帝国としては確実かつ素早く彼らの確保を目的としていた。
スピーカーからの声は続く。
『我々はとってもいらついていてなぁ……一先ず一階のホールに集まっていただこうか。話はそれからだ』
その声を聞いて、一人、また一人と出口とは反対側の方向へと歩いていく。
「……タカトくん、どうしよう?」
崇人は考えた。このままみすみす捕まるべきなのだろうか? 逃げて、助けを待った方がいいのだろうか――と。
しかし、今はたくさんの人もいるし、リリーファーを操縦出来るような状態でもない。
せめて、マーズが居れば――!
と、崇人はポケットにある携帯端末を思い出し、取り出す。
そして、マーズに短いメールを送り付ける。
「……タカトくん?」
「いま、マーズにメールを送った。とりあえず、直ぐに助けに来てくれるだろう。俺達は……一先ず、捕まっておくほうが得策かもしれない」
そう言って、歩きだしたが――エスティはその場に留まっていた。
「エスティ?」
エスティは肩を震わせていた。
そして、顔を上げて、崇人の方を見た。
「……タカトくんはそれでいいの? みすみす捕まってたら、面白くないじゃない。なのに?」
「エスティ、君は命が惜しくないってのか?」
「惜しかったら、起動従士になろうなんて思わないよ」
エスティはそう笑ってこたえた。その笑顔はとても輝いていた。
崇人は――エスティを助けるために、エスティのためにあえて捕まろうと思っていた。
しかし、崇人が考える以上に、エスティ・パロングという女性は、強く、おおらかであった。
そして、崇人は思い知った。『エスティのため』に逃げるのではなく、『自分のため』に逃げていた。
解っていたのかもしれない。けれどそれは、解ろうとは思わなかった。
自分は、なんて脆く、酷い存在なのか、と崇人は自らに問いかける。
崇人は自分自身に失望し、絶望した。
「――でも、そう思っている暇はあるのか?」
崇人は再び、自らに問いかける。
答えは――もう出ていた。
崇人はエスティの手を取り、出口のそばにある脇道へと入ろうとした――。
「あ、あの」
ちょうどその時だった。崇人に声をかける少女が、その脇道の入口にいたのだった。
「どうしました? もしかして、誰かとはぐれたとか?」
崇人の問いに少女は頷く。
「それじゃ、一緒に行こう。ここに居ても、仕方ない」
崇人はそう言って手を出す。
「あなたたちは……誰なの?」
「俺はタカト・オーノ。そして、そっちはエスティ・パロング。起動従士の勉強をしている。これでも少しは体力もあるほうだ。どうだ? 一緒に行くか?」
崇人による簡単な自己紹介を聞いて、少女は頷いた。
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