天井裏のウロボロス

夙多史

Section1-2 日本のお土産厳選中

 妹と二人――兄妹水入らずで買い物になるようなことはなく、目的地である大型百貨店の前で彼女たちは手を振りながら紘也たちを待っていた。
「遅いにゃあ、ご主人! もう待ちくたびれたにゃ!」
 だらしないのかファッションなのか、ボサボサの髪を肩まで伸ばした少女が人懐っこい笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
 ――ッ!
 それを見て紘也は一瞬身構えた。頭に猫耳はなし。腰に尻尾はなし。猫的なアレルギーが発動しないことを確認してほっと安堵する。
 彼女は幻獣ケットシー。
 アイルランドの伝承に登場する猫の妖精であり、そこで謳われる叡智――を微塵も感じさせない駄猫が目の前のソレである。あざとく砕けた猫語に、なにも考えてなさそうな間抜けた笑顔。それでもケットシーとしては最高位の能力を持っているというから解せない紘也だった。
「あ、ごめん。そんなに待った?」
「いえ、それほどお待ちしてはおりません。こちらが到着して二分と少々でしょうか」
 若葉色の長髪に金色の瞳、スラリと背が高く、男物の服を違和感なく着こなした女性が恭しく紘也たちに頭を下げた。
 ケットシーと違って全身から有能なオーラを醸し出している彼女は――幻獣ケツァルコアトル。文化や農耕の神とも讃えられるアステカの強大なドラゴンだ。先日のウロとの死闘で街を更地に変えそうになった件が計算なのか天然なのかで評価が変わってきそうである。
 ケットシーとケツァルコアトルは柚音の契約幻獣だ。だからこうして合流したところで特に疑問はない。
 だが、この場にはもう一人――
「秋幡せんぱぁい♪ お久しぶりですぅ♪」
「? ……! お前、まさか、美良山仁菜みらやまにいなか!?」
 茶髪をおさげに結った媚びるような口調の少女に、紘也は驚愕を抑えられなかった。
「あはっ♪ 孝一先輩と同じ反応ですね。ここまで相思相愛だと秋幡先輩×孝一先輩の妄想が捗る反面ちょっと嫉妬しちゃいそうです」
「気持ち悪い妄想はやめろ!?」
 彼女――美良山仁菜は絋也の中学時代の後輩だ。偶然にも呪術を発動させてしまった程度には魔術師としての才能があったらしく、そのせいでちょっとした事件を起こしてしまったこともある。自称諫早孝一の彼女で、絋也と孝一のイケナイ一線を越えた熱い友情を勝手に妄想している困った後輩である。
「俺と孝一は到ってノーマルな友人関係だ!」
「本当に?」
 美良山はニヤリと含みのある笑みを浮かべた。なにも知らない紘也を嘲笑っているような、自分だけ知っていることに優越感を抱いているような、そんな笑み。
 まさか……ノーマルだと思っているのは紘也だけで、孝一は――
 それ以上はいけない。
 紘也は思考を停止した。
「仁菜ちゃんとはイギリスむこうで知り合ったのよ、お兄。学校で呪術を使おうとしてたから、それを止めて連盟に誘ったの」
 目を白黒させる紘也に柚音がそう教えてくれた。もっと早く教えてくれと思った紘也だが、妹のニヤけた顔は絶対にわざとだ。
 美良山は家の都合で海外に行ったと聞いていたが、まさかそれがイギリスで、しかも柚音と知り合っていたとはなんとも数奇な運命である。
「そんなことより秋幡せんぱぁい、私がいなくなってからの孝一先輩とのあれこれを聞かせてくださいよぅ。孝一先輩はどうしても教えてくれないんです。隠すってことは、しっぽりねっとりイくところまでヤっちゃったんですか詳しくーッ!!」
「鼻息やめろ!?」
 今の今まで紘也の前に現れなかったのは、孝一の方に行っていたかららしい。中学時代のように一日中ストーキングされていたかと思うと孝一が憐れ過ぎて涙が出る。ご愁傷様。
 今ごろ部屋に引き籠って布団を被ってないかと心配になりながらも、紘也は姦しくお喋りする柚音たちの後ろに続いて百貨店へと入るのだった。
 どんなお土産を買うのかは、見ながら決めるそうだ。
「みゃあはどら焼きを食べてみたいにゃー。日本の猫型ロボットが美味しそうに食べていたのにゃ」
「ロボットが食事を? 味覚を持つ機械とは高度な技術でございます」
「アニメの話にゃ! ケツァは日本に来る前にもっとオタク文化を学んでおくべきだったにゃ!」
「それはヴィーヴルのようになれということでしょうか? 謹んでお断りいたします」
 落ち着きのないケットシーはあっちこっちとキョロキョロし、逆に落ち着き払っているケツァルコアトルはボディーガードのように柚音の傍を離れず、それでいて駄猫が迷子にならないかしっかりと監視している。やはりこの豊穣龍は優秀だ。元は親父の契約幻獣だったという事実を疑いたくなるくらいに。
 同じ幻獣、同じドラゴン族として紘也の残念な契約幻獣たちに爪の垢……いや、鱗を煎じて飲ませてやりたい。
「柚音、食品なら地下だぞ」
 柚音はエスカレーターで二階に上がろうとしていた。どら焼きを買うにしてもそっちではない。この大型百貨店は三年前に建てられたため、イギリス暮らしの柚音には勝手がわからないだろう。
 と思ったが――
「そこは最後。食べ物もいいけど、もっと日本らしい物をお土産にしたいの」
 どうやらちゃんと案内図を見てからの判断だったらしい。
「ご主人、アニメグッズは四階にゃ!」
「……そこはキャシーに任せるわ」
「にゃっはーッ!! 流石ご主人わかってるにゃ!! ちょっくら行ってくるにゃ!!」
 飛び跳ねたケットシーは喜び勇んでエスカレーターを駆け上がっていった。オタク文化も日本らしいと言えばそうだし、柚音が止めなかったということは海外受けもいいのだろう。きっと。
 とりあえずケットシーは放置でいいとして、紘也たちは紘也たちで『日本らしいお土産』を探すことにした。
 この百貨店は蒼谷駅からも地下道で繋がっており、外国人観光客も割と多く訪れる。だからこそ普通の百貨店にはないような珍しい商品も置いてあり――
「我が主人、これなどいかがでしょう?」
「模造刀ね。男子が喜びそう」
「見て見て、柚ちゃん! これとか超面白そう♪」
「待て美良山!? 忍者スーツセットってどっから持ってきたし!?」
 こんな具合に、お土産選びには事欠かない。扇子に浴衣に抹茶茶碗に和手拭い、狐や般若のお面なんてものまである。寧ろあり過ぎて迷うレベル。
「日本らしいもの日本らしいもの……お、これなんかいいんじゃないか?」
 紘也が手に取った物はアレだ。あの寿司屋とかによくある魚の漢字がビッシリと書かれた湯飲み。
「お兄、それ……」
 と、柚音がプルプルと震えながら紘也の持つ湯飲みを指差した。ちょっと地味過ぎただろうか? それとも外国で湯飲みはナンセンスなのかもしれな――
「グッジョブお兄! そういうおじ様みたいな渋い趣味ってステキ! わかってるわね流石!」
「え? おっさん趣味……?」
「それは確か辰久様が愛用されている湯飲みと同じでございます。やはり親子ですね。ご趣味がよく似ていますよ」
「よしやめよう! 湯飲みはやめよう!」
 あの親父と一緒だなんて鳥肌が立つ。紘也は高速で湯飲みを元の棚に戻してなにもなかったことにした。妹がちょっと残念そうにむくれていたけど安定のスルースキルを発動し、次に目についた物を引っ手繰るようにして皆に見せる。
「だったらこれはどうだ! 漢字Tシャツ!」
 これならなんとなく外国人に人気ありそうな気がする。あと若者っぽい気がする。
「そういえばちょっと前、パパがオフの時に『I'm☆魔法少女』って書かれたTシャツ着て外歩いてたわ」
「なにしてんのあの親父!?」
「おじ様業界で流行ってるのかしら? これは帰ったら要チェックね」
「おじ様業界ってなに!?」
 なにかの罰ゲームだと思いたい。もし自分の父親が趣味でそんな服を来て外を闊歩する時代が来てしまったのだとしたら…………そうだ、首を吊ろう。
 紘也が身内の恥に死にたくなっていると、なにやら店の奥の方から怒号が聞こえた。

「ま、万引きです!? 誰かその人を捕まえてください!?」

 そんな店員の悲鳴が聞こえた途端、外国人観光客と思われる金髪アロハシャツの男が猛然と紘也たちの方へ突っ走ってきた。
 ラグビー選手のような巨漢がラグビーボールのように盗んだ商品を詰め込んだバッグを抱えている。僅かに見える中身だけでも雑然としていて、なんでもいいから手当たり次第にぶち込んだ感があった。
 金がなかったから盗んだとは思えない。恐らく、日本で奪った品を海外で高く売りつける腹積もりなのだろう。
 まるで重機が迫ってくるようなパワフルな突進は――
「どけガキども!?」
「きゃっ」
 運悪く進路に立っていた柚音を紙切れのように弾き飛ばして商品の棚に叩きつけた。
「柚音!?」
「柚ちゃん!?」
 商品棚と一緒に倒れ込む柚音に紘也と美良山が駆け寄る。大きな怪我はなさそうだが……妹は痛みで呻き、その表情が苦痛に歪んでいた。
 ――あの野郎ッ!?
 プツンとなにかがキレた紘也は逃げ行く男の背中を睨んだ。久しぶりに再会した家族が痛い思いをしているのを見て穏やかでいられるほど紘也は聖人ではない。
 だが、追いかけようとする前に横から凄まじい殺気が溢れたことに気づいた。

「許せません。我が主に働いた狼藉……あの男には骨の隋まで自らの犯した罪をお教えして差し上げましょう!」

 表情に影を落とし、指をポキリと鳴らすケツァルコアトルだった。
「待ってケツァ!? 一般人よ!? あなたが動いたら殺してしまうわ!?」
 柚音が別の意味で青い顔をしてケツァルコアトルの腰にしがみつかなければ、万引き犯は半秒後には文字通り床に沈んでいただろう。
「しかし、我が主」
「私は大丈夫だから!」
 それでいい。ブチ切れたケツァルコアトルでは過剰な報復になってしまう。
 おかげで少し冷静さを取り戻した紘也は、同じく眉間に青筋を浮かべている美良山と顔を見合わせた。
「だったら秋幡先輩、私たちでヤっちゃいましょうよ」
「そうだな。悪いことしたんだから『ごめんなさい』させないとな」
 だが、冷静になったことと相手を許せるかどうかは全くの別問題だった。

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